軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

39:金色の産声

ミュアはススとともにレッドスパイダーの巣に近づき、日色たちがどうなったのか確認しに行くことにしたわけだが、息を殺しながら岩の隙間から、巣がある広場を覗くと息を呑む光景が広がっていた。

それは今まさに糸で繭のように包まれた日色が、レッドスパイダーに食べられようとしている瞬間だった。

思わずミュアは身を乗り出して叫ぼうとしたその時、目を覆うほどの眩い金色の光が日色から迸る。

顔をしかめながらミュアは、細目で日色を視界に捉える。

繭の隙間から、金色をした炎のようなものが出現し繭全体に広がっていく。

すると一瞬にして日色を拘束していた繭は全て燃え散ったように消失し、自由になった日色がそのまま頭から地面へと落下していく。

クルリと上手く身体を回転させてスタッと見事な着地を見せた。

見た感じ日色はボロボロであり、服も破れて出血も多い。

明らかに疲労困憊、満身創痍の身体でできる動きではない。

日色は目を閉じたまま、スタスタと何事もなく歩いていく。

そして振り返り、ゆっくりと瞼を上げた。

日色の身体を覆っている黄金の光と同じように、日色の瞳も黄金色に輝いている。

しかし焦点が合っておらず、意識が覚醒してはいないことは明白だ。

「ヒイロさん……一体何が……?」

初めて見る日色の姿に困惑するミュア。

「ね、ねえミュアちゃん、あれってヒイロくん……だよね?」

ススも自信がないのか賛同を求めてくる。

「うん、間違いないよ。でもあんなヒイロさんは初めて……」

「そうなんだ……でも何だか……見てて安心する」

そうなのだ。ミュアも同じようなことを感じていた。日色から伝わってくる強く優しい陽だまりのような温かさがそれを感じさせているのかもしれない。

逆に、レッドスパイダーは煩わしさを覚えているのか、金切り声を上げると、そのまま巣の上で、日色に向かってまた糸を放出する。

すると日色は右手の人差し指をピンと立てた。

突然身体を覆っていた黄金の光が指先一点に集束する。

飛んでくる糸に向かって『燃』という文字を瞬時に書いて放った日色。

糸は炎に包まれてしまい、レッドスパイダーも慌てて自身の口と繋がっている糸を歯で噛み切り手放した。

ミュアは初めてレッドスパイダーを真正面から見た。その姿は恐怖以外の何ものでもないと愕然とする。

見ればアノールドも、あのウィンカァですら捕獲されている。それほど強い相手。

とても日色だけでは敵わない。普通はそう考える。しかし何故だろうか。

今の日色を見ているととても安心感を覚える。レッドスパイダーを見た恐怖が洗い流されていくような感覚。

レッドスパイダーが突然お尻を日色に向け出し、巣の上から日色に向かって無数に球体を放ってきた。

雨のように降ってくる球体から次々と小さな蜘蛛――ミニグモが出現し襲い掛かってくる。

ミュアとススはその気持ち悪さから身を引いてしまうが、日色は人差し指を上空へ向けると『斬』という文字を空に刻む。

刹那、文字を放ってもいないのに、降ってくるミニグモ一匹一匹の身体に『斬』の文字が判を押したように金色で刻まれた。

そして――――スパスパスパスパスパスパスパスパスパッッッ!

驚くことに全てのミニグモが真っ二つに身体が切断。

ボタボタボタボタと落ちてくるミニグモ。そのまま息絶えた後、砂のように変化し大地へと還っていく。

どうやらミニグモは生物というよりは、レッドスパイダーが生み出した人形のような存在だったようだ。

「す、すごい……」

日色があんなことをできたなんて知らなかったミュアは、ミニグモを文字通り瞬殺した手際に見惚れてしまっていた。

「ほ、ほんとだ……カッコいい……」

どうやらススもミュアと同様のようだ。

ゆっくりと今度は、日色が人差し指をレッドスパイダーに向ける。

するとレッドスパイダーの全ての足の根元に『斬』が刻まれ、先程のミニグモと同じように金の光が放たれたと思ったら、レッドスパイダーの足は身体から斬り離された。

耳を覆うほどの悲鳴を上げるレッドスパイダー。かなりの激痛を感じているのだろう。そのまま支えを失って巣から地面へと落下し大地に突き刺さる。

痛々しい様子を無機質な表情で見つめていた日色だったが、またもゆっくりと人差し指を動かし『治』をいう文字を書いて発動。

黄金の光に再度包まれた日色から、身体の傷がみるみる治癒していく。

そしてフッと日色の身体から火が消えたように金色が消失する。金色だった瞳もミュアと同じ空色の瞳に移り変わり……。

「…………ん? ……え?」

焦点の合っていなかった瞳にも力が戻る。意識が覚醒したのだ。

一体何が起こったのか日色には分からなかった。

自分は確かにレッドスパイダーと戦って敗れてしまい巣に磔にされていたはずだ。

そしてレッドスパイダーが近づいてきて、自分は死ぬのかと覚悟した。そこまでは日色も覚えている。

そのあとに頭の中に声が響いたと思ったら――――。

「そこからまったく覚えてない……」

それに何故かあれほど傷ついていた身体が動く。痛みもまるでない。思わず夢かと勘違いしてしまうのも無理はないだろう。

何故なら目の前にいるレッドスパイダーがどういうわけか足を失ってごそごそと必死に動いているのだから。

「一体誰が……?」

無論日色は自分がやったわけではないことを知っている。そんな記憶がないのだから。だから誰かがこの状況を作ったのだと断ずるのは仕方のないことだ。

周囲を確認するが、自分が意識を失う前と変わったところはほとんどない。不可思議な状況。

「ヒイロさんっ!」

困惑気味に思考を回転させていると、聞き覚えのある声が耳に入ってきた。

振り向けば、ここにいるはずのないミュアの姿があった。いよいよもって夢の可能性が高まる。

実はすでに自分はもう死んでしまい、これは魂だけになった自分が都合よく見ている最後の幻のようなものではないかと思った。

しかし次の瞬間、ミュアの口から「危ないっ!」という言葉が届く。見ればレッドスパイダーから糸が放出されてきていたのだ。

「おわっ!?」

反射的に身をかわすが、糸の鋭さで頬を軽く切られてしまい血が噴き出す。

ズキズキと感じる頬の痛み。

「夢……じゃない?」

自分の頬を撫でて実際に血を見つめる。

ハッキリ言っていまだに理解が追いついていない。もろもろの事情は、まずはこの場をどうにかした後で考えることに決めた。

ギロリとレッドスパイダーを睨みつける。

(不思議だ……あれだけ恐ろしかった奴が、何だか小さく見える)

とても信じられない感覚だ。恐怖と痛みで震えていた身体は、一切の負荷を感じず、普段と同じように動いてくれる。

自分に何があったのかは分からない。だが何故か日色はこう思う。

「負ける気が――――――――しないっ!」

また今の今まで気が付かなかったが、右手の人差し指の先に熱がこもっていた。ふと視線を落として確認してみると

『爆炎』

思わず目を見張る。何故ならそこには青い光で二文字の単語が紡がれていたのだ。

そして直感的に理解する。これなら奴に勝てると。

日色はそのまま文字を維持しながらレッドスパイダーに向かって走り出す。レッドスパイダーも動きは失ったものの糸を吐くことはまだできる。

日色を標的にして攻撃するが、知らず知らずに体力が回復していた日色を捉えることができずにいる。

「今までよくもやってくれたな! 低ランクの冒険者が勝てないSランクのモンスター! そんな常識は今ここで!」

日色が高く跳び上がり銃口を向けるかのごとく、レッドスパイダーに指先を突きつけた。

「オレが歪めてやるっ! 爆(は) ぜて燃え散れっ! 《文字魔法》っっっ!」

日色が放った『爆炎』の文字は真っ直ぐにレッドスパイダーの身体に命中し、そして先程のウィンカァの《火群》と同様の爆発がレッドスパイダーを襲う。

爆発とともに紅蓮の炎が舞い上がり大地を焦がしていく。

日色が使う『爆』単体のものとは比べものにならないほどの威力である。

凄まじい爆風に、日色はまたも岩壁に叩きつけられることになったが、今回は嬉しい痛みでもあった。

何故なら日色の眼前には、粉々になって燃えているレッドスパイダーの残骸が散らばっていたからだ。

日色は大きく息を吐くと、拳を高く突き上げた。そして柄にもなく雄叫びをあげてしまった。

「オレらの勝ちだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

これは日色一人の勝利ではない。

トドメを刺したのは日色だが、それまで戦い続けてこられたのは間違いなくアノールドとウィンカァがいてくれたお蔭。

途中、自分に起こった奇妙な現象の理由は分からないが、こうして見事に討伐成功した日色たちだった。

日色の『爆炎』の余波で蜘蛛の巣も大分ボロボロになっていたが、その余波はアノールドたちには届いていなかったようだ。皮肉にも蜘蛛の糸の繭により身を守られていたのだ。

日色はミュアとススと一緒にアノールドたちを蜘蛛の巣から引き剥がし解放することができた。

「パパァァァッ!」

ススは目を覚ましたマックスに顔を涙でクシャクシャにして抱きついていた。やはり気丈に振る舞っていただけのようで、子供らしく感情を爆発させていた。

アノールドがどうやってレッドスパイダーを倒したのか日色に聞いてきたが、魔法で倒したとしか言わなかった。何故なら本当に魔法で倒したのだから。

釈然としない感じのアノールドだったが、皆が無事で良かったと喜んでいた。

マックスと他の熊人からも日色たちは礼を言われた。何か恩返しがしたいとのことだったが、とえりあえず村の人たちを安心させるためにも帰宅が先だとアノールドは言った。

何よりもミュアの情報で、ルッソが産気づいているという話を聞いて急いで帰ることになった。

ちなみにハネマルも気絶はしていたが、日色がウィンカァの頼みで怪我を治した。

戦いの最中、蜜の入った壺が幾つか割れてしまっていたが、残っている壺だけでもしばらくは大丈夫ということで、熊人たちは壺を担いで村へと戻る。

村へと戻っている途中に、ミュアが日色に尋ねてきた。

「あ、あのヒイロさん? ヒイロさんって、金色の炎を出せたりするんですか?」

「……は? 何を言ってる? そんなことできるわけないだろ?」

「え? あの……でも……」

ミュアは何か言いたげではあったが、「え? 見間違い……かな? ううん、でもいつもの青じゃなくて金色だったし……多分。……あれぇ?」と一人でブツブツ言い出し始めていたが、日色は何となく気になりつつも追及はせずに歩き続けている。

「ヒイロ、ごめんね。守ってあげられなくて」

今度はウィンカァだった。彼女は自分の落ち度で日色とアノールドを窮地に陥れたと思っているようだ。明らかに落ち込んでいる。

「勘違いするなよアンテナ女」

「え?」

「オレは別に守ってほしいわけじゃない」

「…………」

「だからもうオレに対してあんなことは言うな」

「あんな……こと?」

日色の頭に残っているウィンカァの「ごめん……ね」という言葉。別に謝ること自体は普段でもよくある。

しかしあんな状況で一番聞きたくない言葉なのだ。

もう二度と――――聞きたくない言葉である。

「とにかくそういうことだ」

「……ん、分かった。ならウイ、もっと強くなる。強くなって今度こそヒイロ守る」

「い、いや、お前話聞いてたか? オレは守ってほしいわけじゃ……」

「頑張る。見ててね、ヒイロ」

目をキラキラと輝かせて真っ直ぐに見つめてくる穢れを知らない澄んだ瞳。

日色はボリボリと頭をかきながら溜め息混じりに言う。

「……好きにしろ」

何を言っても無駄だと判断した。ウィンカァは嬉しそうに笑みを浮かべると、「やるよ、ハネマル!」と意気込み、ハネマルが「アンッ!」とそれに対して応えていた。

村に帰ると村人総出で出迎えられた。

マックスは大急ぎでススとともに家へと向かう。何故ならルッソが産気づいたと聞かされていたからだ。

日色たちもそれが気になり、一目散に駆け出して行く。

助産婦役の女人から、もうすぐ生まれるかもしれないという話を聞いて、マックスもそうだが、何故かアノールドまでもがそわそわしだす。

「もうパパ! おちついてよ!」

「け、けどなスス! 家から追い出されちまって、俺はどうすりゃいいか!」

男は外で待つようにと女人に言われて追い出されてしまったのだ。熊人の世界では出産場所は聖域であり、出産が終わるまでは男は入るのを禁じられているという。

「もう、別に初めてじゃないでしょ! しっかりして!」

「う……」

意外にしっかりしているスス。少女なのに父のマックスよりも逞しく見える。

「そ、そうだぜマックス、お、お、お前は父親なんだからずっしり構えてりゃいいんだよ」

「そ、そういうお前も震えてんじゃねえかよ!」

「しょ、しょうがねえだろ! 出産に立ち会うのは初めてじゃねえけど、やっぱ緊張すんだよ!」

「俺もだってのちきしょう!」

やはりダメダメな大人たちであった。その時、家の中から叫び声が聞こえる。その声は苦痛に響くルッソの声だった。

思わず耳を覆いたくなるほど痛々しい叫び声。日色も思わず眉をひそめてしまう。見れば家の周りには無事に出産が終わるのを願って村人たちが集まってきていた。

「頑張れぇぇぇぇっ! ルッソォォォォォッ! 俺がついてるからなぁぁぁぁっ!」

マックスが全力で激励の声をルッソに届かせる。

だが彼女の叫びは強くなる一方で、出産がここまですごいものだとは思わず日色は息を呑む。

ミュアとススも家の中に入り、お湯の用意や清潔なタオルを準備し手伝っている。ウィンカァはおろおろしながら日色の身体を掴んだりハネマルを抱えたりして落ち着きがない。

どうやらこういう状況は苦手のようだ。そのまま時間だけが過ぎても、いまだに響くルッソの声。家の中では慌ただしく女人たちが動く様子が感じられる。

(ここまで凄いのか……出産ってのは)

こういう現場に出くわすのは日色は初めてだった。永遠とも思われる時間を叫び続けるルッソが信じられなかった。

いや、時間にしてみれば一時間ほどだ。だが彼女にしてみれば永遠に等しいだろう。

男が経験することのない痛みの中で、命をこの世に誕生させる。それができるのは母親だけである。男は……父親はただただ、無事に生まれてくることを祈ることしかできない。

今のマックスのように。彼は膝をつき、両手を合わせてジッと祈り続けている。アノールドもまた、友達であるマックスと同様に祈っている。見れば他の村人たちもだ。

これだけ誕生を望まれている中で生まれてくる命というもの。その命を日色もこの目で見たいと強く思った。

一瞬の静寂が訪れる――――。

………………………………オギャ……オギャアァァァ――――っ!

家の中から元気な 産声(うぶごえ) が聞こえてきた。

村人たちはその声を聞いた瞬間、割れんばかりの歓声を響かせる。

「お、おおぉぉぉぉっ! うっははっ! おーいマックス! マックスよぉ! やったぜ! ルッソさんやったじゃねえかよぉっ!」

「あ、ああ……ああっ!」

軽く呆然としていたマックスだが、現実感がようやく心に伝わったのか、涙を流しながらアノールドと抱き合っている。

「よっしゃぁぁぁぁぁっ!」

叫び声を上げるアノールドとマックスを見ながら、日色はやれやれと肩を竦める。

だが自分にも力が入っていたことに気づく。

手にはうっすらと汗が滲んでいた。

そうだ、日色もまた無事に出産が終わってホッとしているのだ。ウィンカァもふぅ~っと安堵の温かい吐息を漏らしていた。

しばらくするとススとミュアが出てくる。ススのか細い腕には、新たに誕生した命が穏やかに寝息を立てていた。ミュアの腕にはベルが眠っている。

「パパ! 生まれたよ! 男の子だって!」

「おお~っ! そうか! 俺にも抱かせてくれっ!」

マックスがススから赤ん坊をそっと受け取ると、その大きな顔が明らかに蕩けだした。

「うお~可愛いじゃねえか~。そっかぁ~男かぁ~」

相当嬉しいのだろう。あまりのニヤけ顔にススも若干引いてしまっている。

「いや~何だか俺も赤ちゃんがほしくなってきたぜ」

「何だかオッサンが言うと卑猥だからやめてくれ」

「何でだよっ!」

アノールドの純粋な想いなのだろうが、本当に少し「気持ち悪っ!」と感じたので突っ込んだ日色だった。

日色は別に赤ん坊が欲しいとは思わないが、生まれたばかりの赤ん坊を見て、感慨深いものは感じる。真っ赤な肌に、驚くほど小さな手がピクピクッと動いている。

これが成長したらこんな手になるとは信じられず、自分の手を見つめながら感嘆する。皆の祝福を受けながらこの世に誕生し、これからこの子がどうやって生きていくかは分からない。

だができればそう簡単には死なないでくれとふと思う。マックスの家に初めて泊まった時のあの夜のルッソを思い出し、何となくそう思ってしまったのだ。

ジッと赤ん坊を見つめている日色に、アノールドが急に黙った日色を不思議に感じて言葉を発する。

「何だよ~、お前もやっぱり赤ちゃんが欲しいんだろ? 素直に認めろって」

「………はぁ、いつも気楽でいいなオッサンは」

「ど、どういう意味だよ!」

「ありのまんまだ」

「くっ……やっぱムカつくコイツゥゥゥ……!」

ミュアは二人のやり取りを見てやれやれと肩を竦めると、赤ん坊の顔を覗き込みながら一言言った。

「こんにちは、赤ちゃん!」

この世界に生まれてきた命に、惜しみなく温かい拍手が村人から贈られた。