軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

268:フープシュート大会4

互いにほとんどシュートチャンスもないまま、得点も動かずに半分が終わった。

「いやぁ、何とも攻防激しい熱戦でしたね、クゼルさん!」

前半戦を振り返り、オリアがクゼルに声をかけた。

「前半戦で分かる通り、互いにまだ手を残しつつ、ほぼ互角のせめぎ合いでしたね」

「はい。一応〝イノセントムーン〟がリードしていますが、後半戦ですぐにひっくり返せる点差ですから」

「それにしても、心配になるのはレッグルス選手ですね」

「ほうほう、と言います?」

「彼は明らかにオーバーペースでした。恐らくそれだけ必死に、ヒイロ選手の動きを止めたかったのでしょうが、彼は前半でほぼすべての体力を消耗したのではないでしょうか?」

「確かに。控室に帰って行くレッグルス選手はフラフラでしたし、レニオン選手に支えられてもいましたから」

今頃控室のベンチで横になっている姿は容易に想像できる。

「後半戦、出られるのでしょうか?」

「難しい、としか言えませんね。レッグルス選手はヒイロ選手を押さえ、得点をさせないつもりだったようですが、現状では彼が引き続いてヒイロ選手を抑えることはできないと思います」

「なるほど。ではクゼルさん、後半戦は〝イノセントムーン〟優勢で進むと?」

「いえ、〝ストレングスレオン〟には、例のユーヒット選手がいます。先に見せた彼の謎の力を破らない限り、展開は〝トロイリーベ〟の時と同じようになるかもしれません」

あの時も、明らかに〝ストレングスレオン〟が劣勢だと誰もが思っていた。しかし結果的に勝ちを手にしたのは〝トロイリーベ〟ではなく劣勢だった〝ストレングスレオン〟だったのだ。

そしてその勝利の道を作ったのは、間違いなくユーヒットの謎の力。

「恐らくは転移の力を操作する力だと思われますが、どこにいても転移の力を駆使し、ボールを運べるので、対処が難しいと思います」

「私もそう思います」

「後半戦でしか出てこないのは、彼の体力や魔力に問題があるから。それとも元々制限がかかるほど強力な転移系の力か」

「制限がかかるほど……な~るほどぉ。確かにあれほどの力なら、運営の調査で制限がかけられていても不思議ではありませんね」

規格外の力を持つ日色やリリィンたちのように。

「今大会は初めてということもあり、いろいろ雑な部分もありますからね」

「何事も最初は不備があって当然。主催者のリリィンさんも、試験大会として催したとも仰ってましたしね。今大会を試験として、これからルールなども変わっていくとは思います。その流れで、制限などももっと明確なものになっていくのではないでしょうか」

「まあ、私としては面白ければ何でもありですけど!」

「ははは、こうやって英雄たちが民たちの前でイベントを行うということそのものが活気に繋がっていますからね。多少の矛盾や疑問など、大して問題ではないのでしょう」

「楽しければオールオッケーということですね!」

「簡単にいえばそういうことです」

それを観客たちも実感しているのか、誰一人不満の声を漏らしてはいない。これは祭りで何かを賭けているわけでもない。

ただ楽しむためのイベントの一つ。だからこそ、何も考えないで応援できるのだろう。

「残り二十分。我々は大いに楽しませて頂きましょう」

クゼルの言葉に、オリアだけでなく観客たちも歓声で応えた。

――〝イノセントムーン〟の控室。

ベンチに座って汗をタオルで拭く日色を見て、ドリンクを口にしているリリィンが声をかけてくる。

「ずいぶんと体力を削られたようだな。魔法で回復しておいたらどうだ?」

「冗談だろ? そういうのはやるつもりはない」

レッグルスとは正々堂々とやり合った。それで失った体力を、理不尽な魔法の力であっさりと取り戻すのは何か違う。

「フン、そういうと思った。しかしレッグルスもさすがに獣王と名乗るだけはあるな。最後まで貴様に離れずついていくとは」

「ああ、正直驚いた。最後くらいはバテて突き離せるかもって思ったけどな」

「まあ、そのせいで向こうは虫の息になっていたがな」

控室に帰る時のレッグルスは、やり切ったというような顔をしていた。恐らく後半戦には出て来られないだろう。

「後の者に託すために今を尽くす……か。奴には一番しっくりくる行為だな」

まったくである。リリィンの言う通り、レッグルスは文字通り後の者に託し全力を尽くした。そのせいで日色も大分と体力が削られてしまっている。

この休憩時間である程度戻るといっても、レッグルスの攻めが日色の手足に重い枷を装着させたのだ。

「……後半はアイツが出てくる」

日色の言葉に、メンバー全員が注目する。

アイツ……そう、ユーヒットだ。

「オレなりに分析はしてみた。リリィン、お前のことだから、お前もある程度は分かっているんだろ?」

「まあな。奴が扱う力が転移系なのは明らかだ。しかしそれは全方位であり、任意にいつでも発動できるという常識外れの能力」

「そうだ。だがその力にも欠点はあるはず。それが奴が後半にしか出られない、ということと、あれは魔具で発現させる力で、大量の魔力が必要になるということ。その証拠に、終わった後、アイツの体内の魔力はほとんど感じられなかった」

それはあの試合の後半戦ですべてを使い切ってしまったということ。

「元々魔力量が少ない獣人である奴にとっては、貴重な魔力だ。だから多発することはできない。発現させたら必ず結果を出す必要があるということだ」

リリィンの言葉に、誰もがなるほどと頷く。

「しかし効果範囲はコート全体。とても防ぎ切れない……と思うが、簡単な話だ。あの魔具を壊せばいいだけだ」

「な、なるほど! 確かに師匠の言う通り、そうすればユーヒット殿は何もできないはず!」

ニッキが両拳を握り二カッと白い歯を見せる。

「それに後半戦に投入したとしても、〝トロイリーベ〟戦と同じく、しばらくはコート内を動き回るだけで何もしないはず」

「ん……でもヒイロ、あれは何してる?」

ウィンカァの疑問も当然だろう。

「推測でしかないが、コート全体を把握しているんじゃないか」

「コート……全体?」

「ああ、その日の風の流れや、土の感触、敵の体調などなど、コートに存在するありとあらゆるものを見極めなければ使えない力なのかもしれないな」

日色の見解に、ニッキとレッカは「さすが!」と目を輝かせている。

「だから奴を徹底的にマークし、隙あらば魔具を破壊する。そうすれば、奴は無効化できるはずだ」

対策が見え、誰もが勝利を確信したような顔つきになっているが。

(……まあ、そんな簡単にいけばいいがな)

相手だって、敵がそうしてくることも視野に入れているはず。だとすれば、何かしらの対策を施している可能性が高いのだ。

(奴が本領発揮する前に、魔具を壊しにかかるのもいいが、その前に追いつけないほどの点差を広げるのも一つの方法。しかしそれで〝トロイリーベ〟は敗北した)

日色は控室に設置されてあるモニターを見つめる。そこには盛りに盛り上がっている観客たちが映し出されており、コートも運営に関わる人物が整備している。

(……環境を把握して実施する力……か)

日色は静かに目を閉じて体力回復に努めた。

――〝ストレングスレオン〟の控室。

控室に入った直後、あまりの疲労感から倒れたレッグルスをベンチに寝かせたミュアたち。

しかし全員の顔は絶望を抱えてはいなかった。それどころ、しっかりと任務をこなしたレッグルスに称賛の声をかけていたのだ。

「けどこんなことなら兄貴を“コンジキ”に選ばなかった方が良かったんじゃねえか?」

レニオンの言うことも当然誰もが思うことだ。しかしこの議論はすでにレッグルスが答えを出していた。

「……それは何度も言ったが、私が“コンジキ”だからこそ……ヒイロくんも私から目を離せずに……意識を向け続けてくれていたんだ。確かにリスクも大きいが、そのお蔭で、ヒイロくんの体力も奪えたし、前半ではヒイロくんという得点力を封じたことで、点差もそれほど……開かなかった」

たった11点差。それはすぐに取り返せるものだった。

「分かったぜ、兄貴。後半にはユーヒットやララシークも出るし、こっからがホントの勝負だしな」

「ニョホホホ! 我らが兄妹の力、見せつけてやりましょう、ララ!」

「へいへい。そのために体力温存って形で前半は出なかったんだ。後半は初っ端から飛ばしてやるぜ、ナハハ!」

ユーヒットの言葉にララシークも次いで、皆も笑顔を浮かべる。

「けど相手はあのヒイロだからなぁ。何かしら対策してくると思うんだよなぁ。どう思う、ミュア?」

「うん。おじさんの言う通りだと思う。〝トロイリーベ〟戦で、ユーヒットさんの魔具の力は、分析されてると考えた方が良いかも」

「アイツなら魔法使って鑑定とかしてるかもしんねえしな」

「ううん。そういうことじゃないよ」

「は? どういうこった、ミュア?」

「えとね。ヒイロさんは、そういったことで魔法を使ってないと思うの」

「……つまり魔法で、ユーヒットさんの魔具を調べ上げてねえってことか?」

「うん。ああ見えて同じ土俵で戦うのが好きなヒイロさんだし」

「ナハハ! 確かにな! 決闘の時も、わざわざレオ様に合わせて肉弾戦で戦ったりするし、今回だって自分に戒めをかけて《釈迦金気》も使ってねえんだろ?」

そう言うララシークにミュアは「はい」と頷きを見せた。

「まあ、アイツは何気に子供っぽいとこあるからなぁ。真正面から叩き潰すってことを楽しんでる節もあるし」

「そうだね。だからヒイロさんは、分析は魔法じゃなくて自分自身の考えを使って行ってると思うの。でもそれでも……」

「そう……だね。ヒイロくんは頭が良い。これまで戦闘で得た分析力も持ってるし、ユーヒットの魔具をある程度分析されてると考えた方が良い」

レッグルスの言葉に全員が賛同する。

「だからこそ、向こうがやってくる妨害だって予想がつく。この体力だと、もう後半戦には私は出られないが…………皆、後は頼んだぞ」

上半身を起こし、強い眼差しで言う彼からは王としての風格を感じた。まだ王となって浅い彼だが、それでもやはりレオウードの息子らしく覇気は持っている。

そしてレッグルスは見事に自分の仕事をやり終えた。

「ニョホホホ! レッグルス様のお蔭で、現在のヒイロ・オカムラくんのデータも収拾できましたし、何とか上手くいきやがりそうですねぇ!」

頼もしいユーヒットの言葉。

そうしていよいよ後半戦開始時刻が迫ってくる。

泣いても笑っても、これが最後の試合で、最後の時間。

勝利を信じて、〝ストレングスレオン〟は控室を出て行った。

両チームが現れると、一気に会場中が熱気を強くする。

それぞれが応援するチーム名や、個人名を叫んでいる。また中にはタオルをブンブン回したり、足踏みをしたり、手作り感溢れるパネルを出したりと、多種多様な応援方法を取っていた。

両チームがベンチに入り、試合前の最後の作戦会議を行っている。

しかし両チームとも、すでに突き進むレールを決めているようで、各々が身体を動かしたりしてアップをしている様子が映った。

ハーフラインに立つシウバがホイッスルを鳴らす。

一気に選手たちの表情が引き締まり、自分たちの陣地へと散っていく。

ボールは前半終了時にボールを所持していた〝ストレングスレオン〟へと渡される。

皆の準備が整ったところで、シウバが開始のホイッスルを鳴らした。

同時にレッグルスの代わりに入ったララシークがボールを持って移動を開始。

すぐ目の前に立ちはだかる日色に対し、身体力を使って身体能力を上げて抜き去ろうとする。

「させるかっ! ――《太赤纏》!」

後半開始最初からいきなりの《太赤纏》に会場がワッと盛り上がる。

「ナハハ! ちょっと足にキテるんじゃねえか?」

「抜かせ。まだまだ万全だ」

「そうかよ!」

ララシークはニカッと楽しげに笑みを浮かべた直後、長いウサミミを揺らしながら左右に素早く動いてフェイントをかけ始める。高速の反復横跳びのようになっていて、常人なら確実に翻弄されてしまうだろう。

しかし日色の眼球はめまぐるしく動き、完全に彼女の動きを捉えていた。彼女が近づいた瞬間にボールへと手を伸ばす。

するとララシークは、その小さい身体をさらに身を屈めて小さくし、ボールを身体で多い守り通す。

思った以上にララシークが小さいのでやりにくさを感じる日色。

「ヒイロ……そんなに近づいていいのか?」

「は?」

刹那、ララシークの足元から凍結し始め、日色の靴まで凍らせ地面と釘付けにした。

「しま……っ」

その隙にララシークがヒイロの脇を通り抜けフープへと目指す。すぐにカバーに走るレッカとテンだが、ララシークは彼らが来る前にできるだけ前に進み、そのまま大きく跳び上がった。

するとそこを飛んでいたバリドの背中にピョンと跳び乗ると、そのままフープへ空中移動を開始する。

(くっ、あのウサギめ、ボールを下に置いて十秒ルールをクリアしてやがる!?)

一人でボールを所持し続けられる時間は十秒。超えたらファールとして相手ボールへと分かってしまう。しかし今のララシークは、バリドの背にボールを置くことで、バリドがボールを所持していることになっているのだ。

ララシークは、そのままバリドの背に乗って空を自由に飛び回り、フープに近づいたところで再びボールを手にした。

「うし! んじゃ一発目、受けてみなっ!」

バリドの背から跳ね、

「名付けて――《氷華》っ!」

ララシークが投げたボールは、雪の結晶のように周囲を氷でできた華で覆われている。ボールから空気まで凍らさんばかりの冷気が迸っていた。

キーパーであるカミュは、砂を波のように広げて迎え撃つ――が、ボールが触れる前に、冷気に触れた砂が瞬時に凍ってしまい動きを止める。

柔軟さを失った砂は、脆い壁のようになり、ボールを受け止めきれずに貫かせてしまった。そしてそのまま真っ直ぐフープへと直行する。

「――させない! ――――レッドアイドル!」

自身の血液を砂に混ぜることにより赤く染まった砂を自在にコントロールするカミュの魔法。その精度は極められており、様々な形へと即座に変化させることもでき、防御力も普通の砂と比べてずば抜けて高い。

その赤砂で巨大な手を作り上げ、ボールを受け止めようとする。

「ムダだ! その砂も凍らせて――――何っ!?」

ララシークの思惑は通じず、赤砂は凍ることなくキッチリとボールを受け止めてしまっていた。

驚愕に顔を歪めるララシークは、目の前にいるカミュに説明を求めるような視線を向ける。

「……俺の血は……感染……する。俺の血は……熱い……から。そう……簡単には……凍らない」

「ナハハ……『魔族』の中には《沸血》――文字通り、沸騰した湯のように熱い血の持ち主がいるらしいが。お前さんがそうだったとはな」

「よく……分からない。けど……俺は自分の血を……熱くさせること……できる」

「とにかく、お前さんの力を見誤ってたってわけだ」

悔しそうな顔をするかと思いきや、まるで困難なパズルを解こうとしているかのように、楽しげにニヤリと頬を緩めるララシーク。

これが命を奪い合う戦場なら殺伐としている雰囲気ではあろうが、今はスポーツとして競い合っているのだ。

カミュもまた無表情ながら、どことなく楽しんでいる様子に見える。

「ヒイロッ!」

カミュからボールを受け取ると、日色はまず相手選手を位置を把握に努める。探すべきは、ユーヒット。

彼は〝トロイリーベ〟戦の時と同じように、試合に参加している素振りなど見せずにコート内を自由に歩き回り、パソコンのような魔具をカタカタと動かしている。

(やっぱあの魔具を先に何とかした方が良さそうだな)

チラリとテンへ視線を向けると、分かっているといったふうに彼もまた頷き、すると真っ直ぐユーヒットのもとへ向かった。

魔具破壊を狙っての行動――。

しかしテンがユーヒットに近づき彼に手を伸ばそうとした瞬間、ユーヒットはピタリと動きを止めた。何故避けないのか不思議に思ったが、その疑問はすぐに解けることに。

ユーヒットの足元に魔法陣が浮かび上がった直後、相手コート内の左サイドにいた彼は、一瞬にして日色側のコート内の右サイドに出現した。

「んなっ!?」

当然テンだけでなく、〝イノセントムーン〟の誰もが驚愕した。

だがすぐに日色は解答を得る。

(そうか! 元々転移系の魔具なんだ。自分を転移させるのはいつでも可能だってことか)

ユーヒットは何事もなかったかのように、再びコート内を歩き始めた。

テンがどうすればいいと、目で日色に訴えかけてくる。

(今の奴は完全に暖簾に腕押し状態か……)

捕まえようとしてもすぐに逃げられてしまう。

(……よし。なら下手にアイツにこだわらずに、今は人数差を活かして点を取っていくか!)

ユーヒットが参加していない以上、事実上七対六なのだ。有利なのは〝イノセントムーン〟。

しかしその作戦は〝トロイリーベ〟と同じ。

(それでもやはり点差を広げておく方が大事だ。奴が動き出した時に、余裕を持って分析するためにも、その時間を稼ぐ!)

日色はチーム全員に指示を送り、攻めあるのみという単純な手法を選んだ。元々攻めるのが得意な者たちが集っていることもあり、士気向上は望めた。

そして日色たちは、ここから怒涛の攻撃ラッシュに入っていく。

ユーヒットの不気味さを抱えながら……。

方針を決めてから日色は皆に守備よりも攻撃を主軸に置いた戦略へと切り替えるように指示し、そこから人数差を活かした猛烈な〝イノセントムーン〟の攻撃が始まった。

ただでさえ好戦的な者たちが多い〝イノセントムーン〟だが、全員が枷を外されたように本領を発揮して得点し始める。

しかし“コンジキ”である日色だけは、〝ストレングスレオン〟は注意して、得点を絶対にさせないように努めていた。

後半が始まりすでに十分が過ぎようとしており、点差は――。

40 対 15

と、かなりの大差を広げていた。

普通なら誰もが勝ちを確信する点差かもしれないが、観客たちもそれが分かっているのか〝イノセントムーン〟を応援している者たちの顔はまだ勝利を掴んでいるような表情ではない。

そしてそれは日色たちも、だ。

ボールはリリィンが持っており、相手フープへ向かってボールを投げ込む。そのまま真っ直ぐボールがフープを通過すると思われたその時――どこからともなくボールが向かう先に魔法陣が刻まれ、そこにボールが吸い込まれるような形で魔法陣とともに消失。

気づくと、〝イノセントムーン〟のフープのすぐ目の前に魔法陣が現れ、そこからボールが飛び出し、フープを通過した。同時にフープが輝きを見せ、

40 対 19

――4点を獲得。

ほぼ無得点状態が続いていた〝ストレングスレオン〟が息を吹き返した瞬間だった。

一斉に会場中が湧き、日色たちの視線がある人物へと注がれる。

(とうとう動く……か)

日色は、すべての準備が整ったと言わんばかりにニヤッと口角を上げているユーヒットの姿を捉える。

「カミュ! これからはボールが消失したら、今のような現象が起こることを注意しろ!」

「……分かった」

カミュも得点されたことが悔しいようで歯噛みしている。

「さぁて、ここから反撃しやがりますですよぉ!」

ユーヒットを筆頭に、〝ストレングスレオン〟のメンバー全員の雰囲気がガラリと変わる。まるで今まで闘っていた者たちとは別人のようだ。

本当にここからが本番だということだろう。

得点されてしまった日色たちが、ボールを獲得している。日色はボールを持って、すぐに《太赤纏》を使う。ニッキ、ウィンカァも同時に。

まずは力押しでユーヒットの力を破ることができるか確かめるためにだ。

日色、ニッキ、ウィンカァは、三人一列になって相手陣地内に一気に攻め込む。しかし直後、ニッキの目の前に魔法陣が現れると、ニッキが魔法陣に触れた瞬間ともに消えて、カミュの隣へと転移してしまった。

また驚いて走っていたウィンカァにも同じ現象が起こり、カミュのもとへ。

思わず日色は足を止める。

「なるほどな。邪魔者は飛ばそうってことか」

ただ一気に二人を飛ばせなかったところを見ると、魔法陣を出現させられるのは一つだけ。

だがそれだけでも強力な力だ。迂闊に前に進んでいると、自陣に戻されてしまうのだから。

(魔法陣に触れないように注意する必要があるが、どこに現れるか常に魔力を感知しなければならないってことか)

日色ならば、すぐに魔法陣に気づくことができるが、感知能力がそれほど高くないニッキやウィンカァでは難しい。

(リリィンにテンは大丈夫だ。レッカも、ニッキよりは感知能力は高い)

日色は一旦近くに来てくれたリリィンにボールを手渡して、こちらへ来ようとしているニッキとウィンカァに向かって、その場で待機するように指示を出す。

下手に突っ込んで、ユーヒットに利用されるくらいなら、守備に力を使ってもらった方が良い。

日色は魔力感知を最大にして突っ込んでいく。当然壁役としてアノールドたちが立ちはだかる。

ここでおかしいのは、防御にはミュアとアノールドしかおらず、その他は日色たちの陣地へとなだれ込んでいることだ。

(最低限の防御だけを設置して、あとはグルグル眼鏡の力でボールを味方へと飛ばせようって腹か)

つまり点を奪われることなどほとんど考えていないということだ。

日色はボールを持っているリリィンに、空からそのままフープへ向かうように言うと、彼女の前方に魔法陣が出現。しかしニッキたちの二の舞にはならず、しっかりと動きを止めた。

そのまま魔法陣をかわし、リリィンはフープへと直行しようとするが、彼女の周囲にはキラキラと光る銀色の粒子が漂っている……いや、漂っていたところへリリィンが入ってしまったのだ。

「捉えました!」

「くっ、ミュアの奴か!?」

リリィンが眼下に視線を向けると、そこにはミュアが頬を緩めていた。

「ちっ……力が……っ!?」

空中に浮かんでいるリリィンが身体をグラリと傾けてしまう。ミュアの力で、リリィンの力を奪っているのだ。

「くっ……このままでは!」

「リリィン! 俺に任せるさっ!」

地上にいるテンからパス要請が届けられる。リリィンも反射的にテンへとボールを投げる――が、ボールがテンへと到着する前に、魔法陣が出現しボールが消失。

カミュはその光景を見て身構えるが、フープの目前にボールは現れず、レニオンの傍にボールは出現した。

ボールを手にしたレニオンは、空に浮かぶバリドへパスした。レニオン、クロウチ、ララシーク、バリドの四人でフープに全速力で突っ込む。

守備陣はウィンカァとニッキだ。しかし二人で四人を相手にするのは難しい。日色たちも戻ろうとするが、さすがに距離があり過ぎる。

ララシークたちは、パスを上手く使ってウィンカァたちを出し抜き最後の壁であるカミュの前に出た。

「ここは……止める! ――レッドアイドル!」

得意の赤砂を使い、四人それぞれの猛攻を止めようと壁を作るが、不意に四人全員が一斉に足を止めて、大きく一歩後方へ跳んだ。

当然カミュは何事かと思いギョッとするが、直後、彼の足元に輝きを放つ魔法陣が現れる。

「え……しまっ」

気づいた時には遅かった。カミュは魔法陣と一緒に消失すると、日色の傍まで飛んでいた。

四人それぞれの前方にあった赤砂もコントロールを失って散っていく。

そして、四人の目の前には、守る者が一人もいなくなったフープだけが存在感を強めていた。

だがボールを持っているララシークは、まだフープにボールを入れない。まるで何かを待っているかのように。

そこでフープに向かいながら日色は気づく。

(アイツ! より多くの点が表示されるのを待ってやがるのか!)

ウィンカァたちが全力でララシークに向かっているが、ボールは空にいるバリドへと手渡される。

完全なる時間稼ぎだ。

数秒後――表示得点が〝10〟となる。

バリドはニヤリと笑みを浮かべると、ボールをフープへと投げ入れた。ウィンカァたちも守ることができずに……。

40 対 29

見事に失点しまった。

(……あと、11点差……っ)

思わず下唇を噛んでしまう日色。

まさか今度はボールではなく、キーパーそのものを転移させて邪魔者を消すとは。

(残りは……あと七分強……か)

十分に逆転される時間だ。

このまま何も対策ができないとなると、一方的に敗北してしまう。

「何とかして……っ!?」

足を踏み出した時、ガクッと膝が折れそうになる。

(っ……こんな時に、体力が)

魔力はまだまだ余裕だが、《太赤纏》も前半から使用し続けていたこともあって、体力が大幅に削られていた。

チラリと、〝ストレングスレオン〟のベンチに座っているレッグルスに視線を向ける。

向こうはしてやったりというような顔を浮かべていた。

(……ふぅ、やれやれ。こればっかりはアイツの作戦に見事って言葉を送るしかないな)

恐らくここまでは彼のシナリオ通りの展開に違いない。

チームの要であり、“コンジキ”でもある日色の体力を削り、身体能力に制限をかけること、そして魔法にしてもミュアの力を利用すれば、ある程度は防げると思っているのだろう。

攻撃や守備に関しても、ユーヒットの力を使えば同時に行え、最低限の守備だけ置いて、あとは全員で攻撃に転じる。

後半戦の十分程度しか使えない戦略らしいが、ほとんど手が出せない反則じみた戦略だ。

「…………ふぅ。ならここらで少し変化を加えてみるか」

日色はサッと右手を高く上げて、

「――選手交代だ!」

そう告げた。

「おっと、ヒイロ選手がここで選手交代を宣言しましたよ。そういえば、〝イノセントムーン〟が選手交代をしたのは今大会で初めてではありませんか?」

実況のオリアの言葉に解説のクゼルも賛同して頷く。

「そうですね。選手交代をするということは、ベンチに座っている選手と誰が代わるかということになるのですが……」

二人の視線がともに〝イノセントムーン〟のベンチに向かう。

日色に指を差されたある人物がベンチから立ち上がる。雪のように真っ白な髪を靡かせ、巫女服のようなものを着用している少女だ。

「なるほどぉ。ここでニッキ選手と契約している精霊――ヒメ選手の投入ですか」

「そのようですね。しかし何故今まで彼女を投入しなかったのか、その理由も気になりますし、何故今のタイミングで、ということも解答がほしいところですね」

確かに事前の登録では、ヒメは〝イノセントムーン〟として登録されているので、いつ試合に参加しても問題はなかった。

しかし前回の試合でも、此度の試合でも今までヒメを参加させることはなかったのだ。

「ヒイロ選手の策……なのか。いいえ、十中八九その通りでしょうが……む?」

クゼルの視界に苦笑を浮かべているユーヒットの顔が映る。

「どうされましたか、クゼルさん?」

「いえ……とりあえずあと七分、〝イノセントムーン〟がどうやって〝ストレングスレオン〟の力に対抗するか楽しみにしていましょう」

「そうですね! 英雄ヒイロ様のことですから、きっと何か考えがある……はずですよね?」

「それは分かりませんが、このまま終わるとは思いたくないですね」

「むむむ?」

「どうしましたか、オリアさん?」

「見てください!」

オリアが驚愕するのも無理はなかった。何故ならヒメと交代したのが――日色だったからだ。

観客たちもざわつき、〝ストレングスレオン〟のメンバーたちもまた目を丸くしていた。

「ったく、いくら作戦だからって、まさか前の試合から少しも出してくれないのは頂けなかったわよ」

明らかに不満を滲ませた言い方だが、その顔は別段怒ってはいない。そんなヒメに対し、日色は簡易的に説明する。

「お前を温存したのも、すべてはグルグル眼鏡の力の隙間を突くためだ」

「まあ、分かっているけれど。テンが活躍しているのに、私が出られないジレンマは正直どうしてくれるのって感じよ」

「そう怒るな。試合が終わったら、ニッキと一緒に美味いものでも奢ってやるから」

「約束だからね」

そう言って、日色とヒメはタッチをして交代した。

「お疲れ様でした、ヒイロさん!」

タオルとドリンクを持ってきてくれるランコニス。彼女からそれらを受け取り、ベンチに座る。

座った直後、チラリとユーヒットを見た。それまで余裕の表情しか見せなかった彼の顔が少し強張っている。

ジッとヒメの姿を凝視しつつ、魔具をカタカタと動かしていた。

「ねえねえ、ヒイロ兄」

「ん? 何だ、レンタン?」

ランコニスと同じく、マネージャー扱いとしてベンチに彼も入れていた。

「何でヒイロ兄が交代するの? 戦力が大幅にダウンしない?」

「あ、それ私も気になりました」

二人が説明がほしいといった感じで見つめてくる。

「オレが交代したのは単純だ。残り三分になるまで、身体を休めるためだ」

「おお、なるほど。レッグルス王に削られた体力を戻すためだね!」

「そうだ。もう一度満足のいく《太赤纏》を使うためには、今の体力じゃ不十分だしな」

だからこそベンチに下がって休息をとることにしたのだ。

ニッキとウィンカァの《太赤纏》も利用したいが、彼女たちとユーヒットの力の相性が悪い。逆手に取られることを危惧すると、攻撃メインで使うわけにはいかない。

「んじゃさ、何で今までヒメさんを出さなかったんだ?」

当然、その疑問は誰もが浮かぶことだろう。一応ヒメや他のメンバーには説明しておいたが、ランコニスとレンタンには伝えていなかった。

「まあ、それはすぐに分かるはずだ」

それだけを言うと、ジッとコートに視線を置く。

(オレの推察通りなら、これで突破口が開けるはずだ。頼んだぞ)

試合が開始し、ヒメがボールを持っている。

変わらずニッキとウィンカァは守備に徹し、他の者たちは相手コート内へ進んでいく。

ただおかしいのは、今までそれほど重視していなかった〝ストレングスレオン〟の防御陣が、何故かヒメに意識を集中し始めた。

アノールドとミュアの二枚壁が彼女の前に立ちはだかる。そのために、リリィン、テン、レッカの攻めに、それまで気にせず相手コート内に向かっていたレニオンたちが、防御に回っていた。

ヒメが上空にいるリリィンにボールを回す。パス速度は決して速いというわけではなかった。

それを見て、日色は内心で「やはり!」と確信を得る。

そしてリリィンやヒメたちもまた小さく頷きを見せた。

ボールを今度はリリィンからヒメへと投げられる。今度もそれほど速い速度ではない。しかし今度はボールの前に魔法陣が出現し、ボールが魔法陣とともに消え、クロウチの前にボールが現れてしまう。

だが〝イノセントムーン〟の誰一人、失敗したという表情はしておらず慌ててはいない。

(……どうやら推察通りのようだな)

日色はリリィンに視線を送り、目で「ヒメを中心に攻めろ」と語る。彼女も了承するように頷くと、クロウチを追う。

しかし、クロウチの足元に魔法陣が出現し彼女の姿が消え、瞬時にしてフープの傍にクロウチが現れる。

「くっ!」

咄嗟にカミュがカバーに向かうが一歩遅く、ボールはフープを通過してしまった。

40 対 35

これで下手をすればあと一回で追い抜かれてしまう事態になってしまった。

しかし日色たちは決して絶望だけに顔色を染めていない。

「みんなぁっ、私にボールを集めなさい!」

ヒメも自分の成すべきことを理解したようで、日色の納得のいく宣言をした。

「フン、貴様にボールを渡すのは癪だが、ヒイロの推察通り、現状ではその方法が最も有効そうだしな」

リリィンからも了承を得て、ボールがヒメへと手渡され、試合が開始される。

「いいかぁ、お前らぁ! あの女に攻め込む隙を与えんじゃねえぞ!」

そう声を張るのはレニオンだ。彼もまた、ヒメの存在の重要度に気づいている。

ユーヒットがひたすらヒメに集中して魔具をカタカタと音を鳴らす姿が目に映った。

ヒメはボールを受け取ると、真っ直ぐフープ目指して突き進んでいく。しかし先の日色たちのように彼女の前に魔法陣が現れるようなことはない。

ヒメは持ち前の素早さを活かして、蛇行しながら守備陣を華麗に抜いていく。また傍に来ているテンにパスを出すが、やはり魔法陣には阻まれていない。

「やはり思った通りだったようだな」

「どういうことですか、ヒイロさん?」

と、呟いた日色に対してランコニスが聞いてきた。

「俺にも分かりやすく説明してほしいよ、ヒイロ兄」

レンタンも同様に、説明が必要のようだ。

「オレたちは運が良かった」

「へ? 運……ですか?」

「ああ。もし最初に〝ストレングスムーン〟と当たってたら、多分〝トロイリーベ〟みたいな展開になって、そのまま何もできずに負けてただろうな。さらにいえば、奴らが闘ったのが第一回戦だったことも大きい」

「どういうこと、ですか?」

「奴らが第一回戦で、あのグルグル眼鏡の謎の魔具の力を見せつけてくれたからこそ、オレはある程度分析することができて策を立てることができたんだ」

そう、すべては本当にクジ運が良かったとしかいえない。

「グルグル眼鏡の魔具――あれは恐らく、発動させたら最強に厄介だが、そのためにはかなりの対価が必要になる」

「対価って何だよ、ヒイロ兄?」

「分析する時間だ」

「分析する……時間?」

「そうだ。奴が後半戦しか出られないのは、魔具の特性から、オレみたいに制限を受けてる可能性が高い」

「つまりあまりに能力が高いので、後半戦からしか参加できないようにされていると?」

「まあ、その制限がなくても、あの魔具に使用される魔力は膨大。奴の魔力量じゃ、後半戦の十分程度しかもたないって理由もあるだろうがな」

獣人は基本的に魔力量が少ないので、大量に使用する魔具を扱うと、すぐに魔力が枯渇してしまうのだ。

「まあ、運営の判断もまだ曖昧だし、今後の大会でそれを詰めていく必要があるが、事前に使用する力は決めておくってのが、今大会のルールにしたからな。オレに対して言えば、一文字魔法に関する力と、《太赤纏》のみに限定したわけだ」

提示された技や魔法を考慮して、運営の判断で制限をかけていくというわけだ。まだ初大会ということで、いろいろ隙間があって複雑になっているが、今大会を試験としてより明文化されていくことだろう。

「あの、ヒイロさん。先程言った分析する時間というのは? まだ説明がありませんけど」

「ああ、そうだったな。あの魔具――多分だが、この場においての膨大な情報量を注ぎ込まないと使えない代物だということだ」

「膨大な情報量……ですか?」

「そうだ。試合ごとに芝生の形や、風の強さ、空気の温度は違うだろ?」

「……えっと……まさかユーヒットさんはそのデータを魔具に登録して?」

「ああ、もちろんそれだけじゃなく、一番重要なのが選手のその日のデータだ。その日の体調は当然のこと、癖、長所短所、役割などなど、多くの情報をデータ化してあの魔具に打ち込む。そうすることで、恐らくは……予言にも等しい予測を得ることができるんだろう」

「むぅ~どういうこと、ヒイロ兄?」

レンタンにはまだ少し難しい話のようだ。

「つまりは、だ。あらゆるデータを手に入れることで、あのグルグル眼鏡の魔具は、このコート内限定で、支配者になれるってことだ」

「なるほど。転移魔法陣を生み出すのは、そういうデータが必要になるということですね」

「だろうな。環境の全てを把握しなければ、魔法陣を狙ったところに出現させることができないんだろう」

「な、何かめんどくさそうな魔具だなぁ」

確かにレンタンの言う通り、ほとんどの者ならば使うことを拒否してしまいそうな魔具だろう。しかし体力も魔力もそれほど高くないが、極めて頭の良いユーヒットならば、それは最強の武器になるのだ。

「奴の魔具の力を推測した時、ヒメには悪いがここまで温存させてもらったんだ。そのせいで〝ジェントルブレイヴ〟との闘いでは敗ける危険性が高かったがな。それでもこの先の闘いを考えて、アイツには我慢してもらっていた」

「なるほど。だからヒメさんのいる場所には魔法陣は出ませんし、ヒメさんの投げたボールも予測できないから魔法陣で奪うこともできないんですね」

「おお! さっすがヒイロ兄! そんな先のことまで考えてヒメ姉を温存してたなんてすっげえじゃん!」

二人が絶賛感心中だが、日色にとっても賭けではあった。

(そもそも推測の前提から違っていた可能性もあったしな)

把握するのは環境のデータだけで、選手データはそれほど必要ないかもしれない。もしそうだったならば、ここでヒメを投入したところでほぼ無意味に終わっていたのだ。

ユーヒットがコート内に入ってグルグルと試合に参加せずに歩き回っていたことも、単なる相手を油断させるためのパフォーマンスだった時も終わっていた。

今では、あの行動はやはりコート内の環境をデータとして取り入れるために行っていたことだというのは確信しているが。

「けどヒイロ兄、ユーヒットさんのことだし、すぐにヒメ姉のデータを手に入れるんじゃ」

「そうだろうな。今も必死にヒメのデータを入力してるみたいだし」

ユーヒットを見ると、物凄い速さで手を動かして、ヒメのデータを入力している。テンが邪魔をしようと魔具に近づくが、やはり転移で逃げられてしまっていた。

「恐らくヒメを中心にして闘えるのはもって3、4分程度」

「その前にヒイロさんは、体力を回復させるつもりですね」

「ああ、残り三分は、全部の力で〝ストレングスレオン〟を打ち破ってやる」

それまでに何としても満足に動けるだけの体力を回復させる。

――一分、二分と時間が経ち、ヒメという存在のお蔭で〝トロイリーベ〟戦のような連続失点こそ防いだものの、ユーヒットの網から逃れられるのはたった一人ということもあって、一度得点されてしまっていた。

40 対 40

面白いことに残り三分――皮肉にも両者の得点が同じになっていた。

体力がある獣人集団――〝ストレングスレオン〟にも疲れの色がありありと出てきている。当然〝イノセントムーン〟にもだ。

ヒメのせいで余計な体力と魔力を使ってしまったようで、ユーヒットからも余裕の表情が失われている。

そして――。

「――選手交代だ!」

日色からの宣言が審判のシウバの耳に届く。ホイッスルが鳴り、メンバーの交代が行われる。

日色はレッカと視線を合わせる。彼はどこか寂しそうな顔をしたが、すぐに首を左右に振って笑顔で日色のもとへ向かってきた。

「父上……最後までお役に立てず申し訳ありません」

見ればレッカも激しく息を乱し、全身は汗塗れだ。魔力量も底を尽きかけている。防御のために魔法を精一杯駆使してくれたお蔭だ。

日色は悔しげに言葉を絞り出すレッカの頭にそっと手を置く。

「いや、お前はよくやった。後はオレに任せて、ゆっくり休め」

「ち、父上!」

ぱあっと心からの笑顔を浮かべるレッカは、大きな声で「はいっ!」と返事をすると、日色とタッチをしてベンチに下がって行った。

「師匠!」

「……ヒイロ」

出迎えたのはニッキとウィンカァだ。

「お前ら、ここからは出し惜しみなしだ。転移で飛ばされても、何度も何度も《太赤纏》を全開にして突っ込んでやれ」

ウィンカァが「いいの?」と当然のごとく聞いてくる。何故ならその都度、恐らくはユーヒットに邪魔をされるからだ。

「奴の力にも限界はあるしな。ここからは物量押し。どっちが先に力尽きるか、な」

ユーヒットの魔力も限りがある。それを含めて相手は計算に入れているだろうが……。

「何てことはない。オレたちは停滞してるわけじゃない。試合の中で成長すれば、その分アイツの思惑を上回ることだってできる」

それにヒメのお蔭で、相手の得点力も〝トロイリーベ〟戦の時のようなめまぐるしさはなくなっている。

日色はモニターの得点板を見つめる。

(同点……か。恐らく次に点を入れた方が……勝つ)

そんな気がした。

(相手コート内に《設置文字》を施したいが、ことごとくミュアの力で無効化されてるしな。こんなふうに限定空間内での勝負だと、やはりアイツの利は大きい)

さすがは〝三大獣人種〟の一つ――『銀竜』である。

ミュアは常に銀の粒子を周囲に散布しつつ、日色の魔法対策を施しているので、フープ近くに行くと、魔法の効果を打ち消されてしまうのだ。

頭も良いミュアに奇襲はもう通じない。文字通り、ここからは力と力のぶつかり合いになりそうだ。

しかし……と、日色は頬が緩むのを感じる。

たまにはこういう力ずくで、どちらが上かという対決も悪くはない。

かつて獣人と決闘した時、レオウードと日色はタイマン対決をした。その時の高揚感が、今まさに思い起こされようとしている。

ミュア、アノールド、ララシーク、レニオン、クロウチ、バリド、プティスから、絶対に負けないという強いオーラを感じた。

対峙しているだけで身震いするほどの威圧感。

(はは、レオウードがこの光景を見たらきっと喜ぶだろうな)

願わくば、彼とももう一度こうやって闘ってみたかったが。

「はぁ~ふぅ~……よし!」

顔をパンと叩いて気合を入れる。

体力は休息時間のお蔭で少し回復した。これならば最後まで――もつ。

日色は仲間たちそれぞれに目配せをする。仲間たちもまた、視線に気づいて頷きを返してくれた。

「よし。じゃあ、行くぞ!」

ボールは日色が持っている。そのまま真っ直ぐ相手コート内へ侵入すると、

「こっからは行かせニャいニャ、ヒイロ!」

「ニャン娘か!」

クロウチが立ちはだかる。

(オレのデータはすでにグルグル眼鏡にはインプットされてる。下手にパスを出せば、その軌道を予測されて転移魔法陣で奪われる)

理想はこのまま日色が単身で、壁を突破し続けフープに行くことだが、それはさすがに無理がある。

「なら――《太赤纏》っ!」

さっそく残りの身体力を削る力を使っていく。魔力はまだまだ豊富にあるが、もともと体力の方が少ない日色は、自然にそちらの方が先に尽きてしまう。

「止めるニャッ! 《十愚の黒撃》ぃぃぃっ!」

驚くことに、本来は攻めで使う技を、日色を止めるためだけに使ってきた。

(くっ、コイツらも、次の得点が勝敗を決めるってことを理解してるのか!)

そうでなければ、いきなり最強の技を使ってはこないだろう。

日色は十人に分身したクロウチの壁に阻まれ、先に進めないでいた。長い手がゾロゾロと伸びてきて、ボールを奪おうとしてくる。

「舐めるなっ!」

日色はビュンッと跳び上がり、

「来いっ、ニッキ、ウィンカァッ!」

二人もまた、《太赤纏》状態で空中にいる日色のもとまで高速に向かう。

しかしニッキの前に魔法陣が出現し、ニッキは避けることもできずに自陣コート内へ飛ばされてしまう。

(だが――)

魔法陣の構築には少し時間がかかるし、一人一人にしか対応できない。なので、この速度で二人が動けば、必ずどちらかが日色のもとへ辿り着けるのだ。

日色はすれ違いざまに、ウィンカァにボールを手渡す。

こうやってパスを投げなければ、その先に魔法陣を生み出して奪うことができない。

「ぜってぇ止めてやるぜっ、ウイ!」

ボールを受け取ったウィンカァを待ち構えていたのは――アノールド。

「ん……かわす!」

ウィンカァは九本の尻尾を器用に動かして身体の向きを変え、地上で身構えているアノールドにボールを取られないように背を向ける。

しかし今度は空からバリドがボールを狙ってきた。

「――させるか!」

そんなバリドの前に同じように空を飛んでいるリリィンが立ちはだかる――が、バリドの目前に魔法陣が出現したと思ったら、バリドの姿が魔法陣とともに消え、ウィンカァの背後に姿を現した。

「もらったぞ、『金狐』の少女よ!」

――トンッと、腕の隙間からボールを弾かれ、ウィンカァはボールを手放してしまった。

「よし! ナイスだ、バリド! よこせ!」

地上にいるレニオンを視界に捉えたバリドは、指示通り空中に投げ出されたボールを蹴って、レニオンへとパス。

(やられた!? まさかあそこで仲間を転移させるとは!)

全方位系の転移が、これほど厄介だとは。

残り時間――二分。

ボールは〝ストレングスレオン〟の手の中へと渡ってしまった。

「――時間がねえぞぉっ、全員でフープを死守だっ!」

叫んだのはテンだ。〝イノセントムーン〟の全員が、自陣コート内に戻り、守備に全力を注ぐ。

ここで得点されれば負ける。それは誰もが感じていること。

だが相手も守備に当てているミュアやアノールドたちまで動かして、全員で点をもぎ取ろうとしてきた。

「ユーヒットォ、隙見て連中を飛ばせ!」

「ニョホホホ! お任せくださいですよぉっ!」

レニオンの命令にユーヒットの眼鏡がキラリと光る。

(くっ、今度はオレたちを魔法陣で自分たちのコート内に飛ばして守備力を削減しようとしてるってわけか)

そうはさせないと思い、日色は魔法と使ってユーヒットを止めようとすると、

「させませんっ、ヒイロさん!」

目の前に銀の粒子を漂わせたミュアが現れた。

「ここでお前か、ミュア!」

「ヒイロさんに魔法を使わせることはできませんから!」

「悪いが、今のお前じゃオレの動きそのものは止められないぞ!」

《太赤纏》状態の日色を止められる者は少ない。さすがに身体能力の差で、ミュアではまだ日色を単独で止めるのは無理だろう。

「分かってます! だから!」

「俺もいるっつうわけだ、ヒイロォ!」

ミュアの隣に立つのは、彼女の保護者――アノールドだ。

二人がかりで日色の動きを止めようという魂胆だ。

「舐めるな!」

日色はそれでも素早い動きでどんどん加速して、ボールを持つレニオンと止めるために、ミュアたちの脇を通過――

「――《風落とし》っ!」

突如日色の頭上から強烈な風が吹いて、日色を地面に釘づけにしてしまう。

「ぐぅ……っ、な、何だ……!?」

空を見上げると、バリドが翼を大きくはためかせ、その行為により生み出された風が、日色の足を止めていた。

(オ、オレ一人に三人がかりだと!?)

さすがにそれは投入し過ぎでは、と思ったが……。

(そうか。こっちの守備陣は、グルグル眼鏡の魔法陣があるから動きが制限されてる。下手に動けば、飛ばされる危険性があるから満足に動けていないのか!)

レニオンを止めようとしているテンたちだが、動きがどこかぎこちない。ふと気を緩めると、背後や足元に魔法陣を出現させられてしまう。すぐに回避するが、そこに気を回しているせいで、レニオンへの注意が散漫になり動きにも精彩を欠いている。

残り三人でも、十分にボールをフープへと運べる自信があるということだ。

事実、テンとニッキは、レニオンの攻めを守れずに内部への侵入を許し、クロウチと一緒にフープへと目指している。

残っているリリィンとヒメ、ウィンカァがそれぞれボールを奪い取ろうとレニオンとクロウチに接近する――が、クロウチが《十愚の黒撃》を使用し十人に分身し、レニオンとボールをパスしながら三人を翻弄し始めた。

「大丈夫……分身できるのは……俺も同じ」

キーパーのカミュが大量の砂を使って分身を作っていく。それでクロウチの分身に対抗するつもりのようだ。

「ウッゼェなぁっ! ならてめえら纏めて弾き飛びやがれぇっ!」

レニオンがボールを持ったままた右手を地面に叩きつけた直後、そこからその下にあった風船が破裂したような音とともに暴風が周囲へと吹き荒れる。

波紋のように広がる風を受けて、リリィンたちが吹き飛ばされていく。

「ぼ、僕もニャァァァァァッ!?」

しかし味方であるはずのクロウチもまた吹き飛ばされてしまっているが。

レニオンの周りに誰一人いなくなったところで、レニオンは真っ直ぐ開けた勝利へのロードを見定めてニヤリと笑う。

――残り一分。

最大のピンチが日色たちを迎えた。

レニオンの前に立ち塞がるのはただ一人――カミュだけ。

砂の分身も吹き飛ばされてしまったせいで、彼に残されているのは赤砂のみ。カミュは赤砂を広げて津波のようにレニオンへと向かわせる。

「けっ、んなもん――《風崩転化》っ!」

肉体を捨て風そのものに自分の全身を転化させる《化装術》の奥義の一つ。しかしボールはそのまま実体があるので、カミュは砂でボールを奪おうと、風になって自由にボールを持ち運ぶレニオンを追う。

ただ砂の動きよりは、風の動きの方が速いようで、徐々に砂が引き離されていく。

カミュも風の動きに翻弄されて、捉え切れずにいる。

フープまでの距離があと十数メートルほどにレニオンが近づいた瞬間、赤砂はすでに置いてきぼりにされてしまっていた。

「――もらったぜぇぇぇぇぇっ!」

カミュの砂を突破したレニオンが、風の力を使って砲弾のようにボールをフープ目掛けて飛ばした。

だがフープの前方にまだ手元に温存していたのか、カミュが赤砂で壁を作る。

しかしボールが砂に到着する前に魔法陣が出現。

当然誰もがこの後に起こることを予想する。予想通り、ボールが魔法陣に触れた瞬間にその場からボールは消失し、砂壁のすぐ後方に出現した魔法陣からボールが――

「――させっかよぉぉぉっ!」

その時、予想だにしない光景に会場中が息を呑む。

カミュの赤砂の壁の後方から、突如として現れたテンが、魔法陣から出現したボールを見事に上空へと蹴り上げてしまったのだ。

「す、砂の転移術だとぉっ!?」

得点することを確信していたのだろう、レニオン他、〝ストレングスレオン〟の面々が愕然とする。

「リリィン――ボールは頼んだぞぉぉぉっ!」

空高く上がったボールへは、テンに言われずともすでにリリィンが向かっていた。

そして見事にリリィンがボールをキャッチした瞬間を見計らって、

「よしっ、全員で敵陣地へと向かえぇっ!」

日色の叫びと同時、〝イノセントムーン〟のメンバー全員が、敵陣地へと走った。

「くそがっ! ユーヒットォ、俺らをさっさと運べっ!」

レニオンの命令を受け、ユーヒットが魔法陣を一人一人の足元に出現させて、自陣コート内へと戻していく。

しかし――日色は目撃した。ユーヒットの足が小刻みに震えているのを。彼に残された魔力量がすでに底を尽きかけているのだ。

ここで決着をつけるはずだったのだろう。賢い彼だから、あと一回や二回くらいの転移は残していたのかもしれない。だが今、彼が行おうとしているのは、〝イノセントムーン〟のコート内にいるメンバー五人を転移で飛ばすこと。

さすがにもう、今の彼では全員を飛ばすのは無理のはず。

思った通り、レニオンとララシークを自陣コート内に飛ばした直後、そのまま地面に膝をついてしまった。

(これでもう普通にパスが通る! あとは正真正銘、最後の攻撃を繰り出すだけだ!)

残り――四十秒。

これが最後のターンになることは会場中の誰もが気づいていた。〝ストレングスレオン〟の応援者たちは、死守するように声を荒げ、〝イノセントムーン〟の応援者たちは絶対に決めろと息巻いている。

空からボールを運ぶリリィンに対し、バリドが立ちはだかる――が、

「悪いが、最後のチャンスだけはふいにするわけにはいかないのだ!」

リリィンが今までにない加速を見せてバリドを振り切る。

「くっ、何て速さだ!?」

恐らくバリドは、日色を止めるために翼を酷使し過ぎていたのだろう。彼もまた、自分たちの攻めで試合を終わらせるつもだったようだ。

だがリリィンは、まだ余力を残している。その差が明らかに出ていた。

「ニッキよ、あとは貴様が運べ!」

そう言って、空から地上のニッキへとボールをパスした。

「リ、リリィン殿はどうするのですかな!」

「ワタシは最後にまだやることがある」

そう言って、彼女が向かった先は――ユーヒットがいる場所。彼はまだ震える手で魔具を作動させようとしていた――が、

「おい、貴様」

「っ!?」

呼ばれてついだろう。ユーヒットは顔を上げてしまい、リリィンの目を見てしまった。

「貴様はそこでしばらく大人しくしているがよい」

ユーヒットは、リリィンの《幻夢魔法》により、夢の世界に精神を支配されてしまった。

しかしリリィンもそれで大きく溜め息を吐いて汗を拭う。彼女もまた限界が近かったのだろう。最後に抵抗されないようにユーヒットを動けないようにしたのである。

残り――――三十秒。

リリィンの最後の後押しのお蔭でユーヒットの力を封じられた。

あとはもう時間内にフープにボールを突っ込むだけ。

しかし無論、相手も必死にボールを奪おうとしてくる。空からはボールを持っているニッキに向かってバリドが突っ込んで来た。

「渡してもらうぞぉ!」

「にょわぁっ!?」

ニッキはボールを死守しながら、何度も突っ込んでくるバリドから逃げ回っている。

「ニッキッ、ボール!」

そこへウィンカァがパスを要求。

「させんっ!」

バリドが空中から羽毛を飛ばして、パスコースを塞ぐ。下手に出せば羽毛がボールに突き刺さってボールが地面に落ちてしまう。

「むむむぅ! 羽に何か負けませんぞぉっ! ――《太赤纏》っ!」

ニッキの全身から《赤気》が迸り、それがボールへと注がれていく。そのままニッキは力一杯ウィンカァのところへ投げつけた。

雨のように降り注ぐ羽毛を弾き飛ばしながら、ボールは見事にウィンカァの手元へと届く。バリドは舌打ちをしながらウィンカァを追おうとするが、彼女も――

「――《太赤纏》っ!」

身体能力を高めて、バリドの追随を許さない。

「このまま、行く!」

大地に穴が空くほどの勢いで、真っ直ぐフープへと突っ込んでいくウィンカァ。

「ミュアッ! 何としてでもウイの力を削げぇっ!」

「任せてっ、おじさんっ!」

アノールドとミュアの二枚壁がウィンカァを止めるべく立ち向かう。

「ぬおぉぉぉぉおっ、《風陣爆爪》ぉぉぉっ!」

空高く腕を突き上げたアノールドを中心にして上昇気流が吹き荒れる。それでウィンカァの動きを止めるつもりのようだ。

「そんな風に、ウイは負け――っ!?」

突破できる自信があったのだろう。しかしウィンカァが顔をしかめる。何故なら風の中に銀の粒子が含んでいたからだ。

「ミュ、ミュア……ッ!?」

「ウイさんの力とボールは奪わせて頂きます!」

アノールドとミュアのコンビ技を見事に受けてしまい、ウィンカァの身体から《赤気》が消失し力が抜けていく。

「くっ……力が……っ」

そのままボールを落としそうになるが、それでも歯を食いしばっているウィンカァ。

「――――うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

驚くことにバリドやリリィンのように空から声を張り上げて近づいて来る人物がいた。それは―――テンだ。

テンは足元で魔力爆発を起こして空を駆けることができる。そうやって落下速度を利用して、ウィンカァの身体に激突し彼女を弾き飛ばした。

何故味方に、という疑問もすぐに氷解する。テンはウィンカァを銀の粒子の檻から脱出させるために突っ込んで来たのだ。

そのままウィンカァはすぐに体勢を整えて、最後の力を振り絞りボールをヒメへと投げ渡した。

「よくやったわ、ウイ! あとは任せなさい!」

ミュアとアノールドの脇を通り抜けたボールを受け取ったヒメは、最後の守護神――プティスと対面する。

「……ここは守る」

「悪いけれど、ここまで来たのだもの。勝たせてもらうわ」

プティスが《氷の化装術》を最大限に活用して、周囲に身震いするほどの冷気を漂わせている。

「氷なんて、私には届かないわ! ―――《白炎》!」

雪のように真っ白い炎がヒメの身体から発せられ、冷気を意味のないものへと変えていく。相性が悪いと思っているのか、プティスから焦っているような雰囲気を感じる。

「止められるものなら、止めてみなさい! このボールをっ!」

ボールに《白炎》を纏わせ、ヒメがフープへ目掛けてボールを投げつけた。

「さ、《三重氷山》っ!」

ボールを弾くべく、三つの氷山を生み出したプティスだが、《白炎》を装備したボールは、いとも簡単に氷を貫いていく。

「くっ、絶対に――守る!」

最後の氷山をくりぬいたボールに向かって、プティスが吹雪を起こしてボールの勢いを止めようとする――が、最後の抵抗は《白炎》を消し飛ばすことに成功しただけで、ボールの勢いそのものは残ったまま。

フープへとボールが吸い込まれて――

「―――――まだだァァァァァァァァァァァァッ!」

突然ボールの側面に現れたのは――――レニオンだった。

「レニオンッ!」

ベンチからレッグルスの声が轟く。

「うおらぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

レニオンがボールを全力で蹴って、フープから遠ざけた。

「んなっ!?」

ヒメの勝利を確信していた表情が一気に凍りついた。

ボールは誰もいない場所へと放物線を描きながらそのままコート外へ――と思われた瞬間、

「今だぁっ、カミュゥゥゥッ!」

会場中に響いた声。その持ち主へと、皆の視線が向く。

そこにいたのは、カミュが赤い砂で作った巨大な手に掴まれている日色だった。

いつの間にかキーパーであるカミュまで、自陣のフープを捨てて相手コート内へと攻め込んでいたのだ。

赤砂の手が、反動を目一杯つけて日色をボール目掛けて放り投げる。凄まじい速度でボールへと飛んで行く日色。

「けっ、もう間に合わねえよっ!」

残り十秒もない。レニオンはこのまま引き分けになり、延長戦が行われることを確信しているのだろう。

しかし、日色はまだ諦めていなかった。

「加速しろっ、《文字魔法》ッ!」

『速』の文字を書いて発動。ググンッと急激にスピードが増し、ボールに接近した日色は、そのまま全身を覆っている《赤気》を右拳へと集束させる。

「これが正真正銘――最後の一撃だっ!」

コート外にボールが出る瞬間に、ボールを《太赤砲》を撃つ時と同じ要領で、ボールを殴りつけた日色。

その威力にへしゃげてしまったボールが、爆発したような勢いで再びフープへと直行する。

「くそがぁっ、させっかよぉぉぉっ!」

レニオンは再度《転化》し、風の力を右足すべてに込め、向かって来たボールを蹴りつけた。

「んぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎっ!」

ボールの勢いと、レニオンの脚力とのせめぎ合い。

残り――三秒。

皆が息を呑む――。

結果は――――――…………。

刹那、試合終了のホイッスルが鳴らされた。

一気にシンと静まり返る会場。全員の視線が、モニターに映し出されている得点板へと向かう。すでに試合の時間は0秒となっている。

40 対 40

その数字に変化は――

42 対 40

――あった。

同時に会場が一瞬で沸騰し、沸き上がった。

「「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおっっっ!」」」」

大気だけでなく地面まで揺るがすような歓声が雨のように降り注いできた。

「はあはあはあはあ……」

日色もまた、全力を尽くして膝をついていた。

だがその表情は、疲れは吹き飛び頬が緩んでいる。

「師匠ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

「ヒイロォォォォォォォォォッ!」

ニッキとテンが飛びかかって来た。避けることもできずにそのまま三人で転倒してしまう。

「っつぅ……お前らな」

「さすがは! さすがは師匠ですぞぉぉぉ!」

「やっぱりお前は最高の俺のパートナーだぜ、ウッキキィィィ~ッ!」

二人の喜ぶ顔を見ると、叱る気持ちがどこかへと行ってしまった。

そこへ同じように達成感を証明するような笑みを浮かべたままリリィンや、ウィンカァ、カミュ、ヒメがやってくる。

「ギリギリだったな」

「ん……けどヒイロならやってくれるって、信じてた」

「そうだね……さすがは俺の王」

「ま、当然ね。けれど少しは褒めてあげるわ」

それぞれが日色に言葉を投げかけてくる。

日色はその場から大きく息を吐きながら立ち上がると、皆の顔を見回してから、

「お前らがいてこそだろ。オレだけの力じゃない」

いつものように憮然とした態度を保ちながら言い放った。

日色はチラっと相手側のフープの傍に座り込むレニオンを見つめる。彼の周りには、ミュアたちが駆けつけていた。

レニオンの右足は膝から先がなく、ユラユラと風が揺らめいている。

(危なかった。アイツにもう少し体力が残っていたら、《転化》の防御を突き破ることはできなかっただろうな。いや、仮に突き破れたとしても、タイムオーバーだった)

見ていると、失われたはずの右足が再び顕現している。《転化》を解いたのだろう。

本当にギリギリだった。あと少し粘られていたら延長戦を迎えることになっていたはずだ。そうなれば逆に敗けていたのは日色たちだったかもしれない。

「さあ、整列だ。優勝チームなんだ。最後まで気を抜くなよ」

それが勝った者の礼儀だと日色は思っている。

そして日色の言葉に誰もが頷きを見せた。

柔和な笑みを浮かべたシウバのもとへ、選手たちが集まっていく。

試合の結果で、〝ストレングスレオン〟を応援していた者たちは意気消沈していたが、それでも誇らしげなミュアたちを見て、誰もが称えるように拍手を送っていた。

「いやぁ~、まさか最後の最後でこんなドラマを見られるとは……。クゼルさん、どう思われましたか?」

実況のオリアも、最後は実況するのを忘れていたようで、齧りつくように日色たちの攻防を見てしまっていたようだ。

「そうですね。結果はともかく、皆さんが全力を尽くしたのは顔を見れば分かります。清々しい表情です。とても素晴らしかったと思います」

「まさに決勝戦に相応しい試合でしたね! 久々に熱くなっちゃいましたよ~!」

「ふふ、私もです。これからこの〝フープシュート〟は世界に広まっていくでしょうね。公式化されて、益々盛り上がりを見せるかもしれません」

「そうなるといいですね! 今回だけのビッグイベントにするには惜しいですから!」

それは会場中の全員が感じているようで、誰もがクゼルたちの言葉に頷きを見せている。

「おっと、そろそろ最後の整列がされるようですよ!」

拍手喝采の中、選手たちが互いの健闘を称えるように顔を突き合わせる。

「やられたよ、ヒイロくん」

「いや、こっちもギリギリだった」

レッグルスと日色が互いの顔を見つめ返している。

「でも全力でぶつかれた。楽しかったよ、なあみんな!」

レッグルスの声に、〝ストレングスレオン〟の皆々が賛同する。

「良い闘いを、ありがとう」

そう言いながらレッグルスが差し出す手に、日色もまた微笑を浮かべ握り返した。

選手たちも同様に大会で最後の握手を交わしている。

その光景に微笑ましさを感じているのか、シウバがにっこりを笑顔を浮かべながら、大きく息を吸い込み、

「〝フープシュート大会・決勝戦〟、優勝チームは――〝イノセントムーン〟ッ! 互いに、礼っ!」

「「「「ありがとうございましたぁっ!」」」」

白熱した大会を締めくくるには、最高の試合だった。それは日色たちの顔を見れば一目瞭然だろう。

拍手と歓声が鳴り止まない中、日色は澄み切った大空を仰ぐ。

(楽しかった……か。そうだな、スポーツがこんなに楽しいと思えたのは初めてだったな)

日色にとっても最高の大会になったのだ。

かくして、〝フープシュート大会〟は想像以上の盛り上がりを見せ、また未来を予感させる終わり方を見せたのだった。