軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

226:銀竜の試練

「レッグルス様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

ドゥラキンの洋館へと転移した日色たち。一緒に連れてきたレッグルスの姿を見て、涙を目にいっぱい浮かばせたドウルが一目散に彼の腕の中へと飛び込む。

レッグルスも突然の抱擁に驚いてはいたが、優しく抱きかかえて苦笑交じりにも彼女の頭を撫でて慰めている。

「……クーお姉さま!」

「ミミル? ……あなたは無事だったのね」

「どうしてそのようにお元気が無いのですか?」

「そういうあなたもいつもの笑顔が無いわよ?」

二人して元気がない。ククリアに関して言えば、いきなり家族と引き離された形になり、レオウードにもしっかりした別れが言えなかったのだから仕方ない。

しかしミミルの理由が分からない。日色は部屋の中をグルリと確認して、この場にいない者を把握する。

「……オッサンとチビウサギとグルグル眼鏡は下で作業してるはず。……ミュアはどこだ?」

ミミルの表情がさらに陰る。

「おい……」

「それはワシから話そう」

「……?」

ドゥラキンから、ミュアが自分の意志で《一天突破の儀》というものを受けていることを聞かされる。

「何だと? だったらアイツは今頃、死ぬかも分からない修練をしてるってのか?」

「そうじゃて」

「……何故止めなかった?」

「――――――――覚悟のある者を止めることなどはできまい。誰にもな」

答えたのはスーだ。ミュアを儀式の場へと送った張本人。日色は彼を睨みつける。

「勝手なことを。アイツが強くならなくても、オレが何とかする」

「――――――――その結果、お前が死ねばあの娘も後を追う可能性は大だな」

「……! そう言ったのか、アイツが?」

「――――――――いいや、あくまでも我の推測だ。だが案外的を射ているのではないか? それほど慕われているとは、さすがはノアのお気に入りだ」

「ふざけるな。今すぐミュアをここへ戻せ」

「――――――――不可能だ」

「何?」

「――――――――一度試練を受ければ力を得るか廃人、もしくは……死だ」

「お前……っ」

ふつふつと怒りが込み上げてくる。何故ミュアのことをよく知りもしない他人が、彼女の道を示すようなことをしたのか憤怒が湧く。

「――――――――ヒイロ・オカムラ。お前はあの娘を誤解している」

「は? 誤解だと?」

「――――――――そうだ。あの娘は強いぞ」

「……そんなことはお前に言われなくても分かって――」

「――――――――いいや、分かっていない」

「っ!?」

「――――――――分かっているのなら、何故戻そうとする? あの娘が試練を突破することを信じればよいのではないのか?」

「そ、それは……」

確かにミュアの強さは信じている。それは初めて会った時からこれまで、彼女との触れ合いの中で培った想い。必死で自分やアノールドに追いつきたくて、頑張ってきたことを知っているが故に、彼女が強いことを理解している。

「――――――――お前はあの娘が失敗すると思っているのか?」

「だから、こんな試練など受ける必要がないと言っているんだ。『神人族』との戦いもオレや他の奴らがする」

「――――――――それが許容できないから、あの娘は力を欲したのだ」

「…………っ」

「――――――――お前は少しでも今のあの娘の想いを悟ろうとしたか? あの娘にとってお前がどういう存在か、本当に理解しているか? あの娘が何故死ぬかもしれない試練を受けたか知っているのか?」

矢継ぎ早にスーからの質問攻め。答えにあぐねていると、

「信じるしかねえんじゃねえか、ヒイロ」

部屋の中へ入って来たのはアノールドだ。

「オッサン……けどアンタの大事な娘でもあるんだろうが」

「ああ。当然心配さ。けどな、ミュアは一度決めたら俺らが何て言ってもムダだ。それはお前も知ってんだろ。だからこそ、誰にも言わずに一人で決めて一人で立ち向かおうとしたんだ。俺らにできることは、ミュアが試練を成功させて戻ってくることを祈るだけだ」

「……失敗すれば死ぬんだぞ?」

「……俺はアイツの親に頼まれたことがある」

「は?」

「アイツの父親…………ギンにな。もしミュアが真剣に悩み出した答えなら、それを信じて支えてやってくれって言われてる。たとえその答えがどれほど危険に見舞われると想像できたとしても、俺はミュアを信じるって決めた。ギンとの誓いもある。だから俺は、アイツを信じるんだ」

そう言う彼の、固く握りしめられた拳からポタポタと血が滴り落ちているのを見る。彼もまた本当なら今すぐにでも止めさせたいのだろう。それでもミュアを信じて待つと決めているようだ。

(オッサンが決めたんなら、オレどうこう言っても仕方ない……か)

それに一度受けたらもうこちらからはどうにもできないというのであれば、あとは待つしかないのだ。ミュアを信じて。

「分かった。そん代わり、帰ってきたらお仕置き決定だ、あのバカ」

日色の言葉に皆がホッと息を吐く。

「アイツの試練はどれくらいかかるんだ?」

「――――――――個人差もあるが、ノアの時は三日だった」

「そうか。ならその間にできることをやるしかないな。オッサン、アレについてはチビウサギは何て言ってる?」

「概ね問題無しだってよ。あとはミミル様との同調が上手くいけばどうにかなるって言ってたぜ」

「そうか。ミミルはチビウサギから声がかかったら手伝ってやってくれ」

「はい、分かりました。で、ですがヒイロさま、本当にミュアちゃんは大丈夫なのでしょうか?」

「お前も親友なら信じてやれ。オレもそうすることに決めた。あと、国のことはレッグルスたちにでも聞いておけ」

「どちらかに行かれるのですか?」

「【ヴィクトリアス】へ行くのを忘れてしまっていたからな。アクウィナスにも頼まれていたし行ってくる。そのあとは【魔国】へ戻って情報収集してくる」

皆にそう伝えると、各々のやれることを確認させてから日色は【人間国・ヴィクトリアス】へと向かった。

ミュア・カストレイアは闇の中をひたすら歩いていた。上下左右、何も分からない空間の中で、本当に前へ進んでいるのかすら判断できないことに恐怖が徐々に膨らんでいく。

「一体……どこまで歩けばいいんだろう……?」

あれからずいぶん時間が経った気がする。それなのに何一つ確認することができない。本当にこの中に試練があるのかすら疑わしくなってきた。

スーに嘘を吐かれたのではと思い始めていた頃、ふと何かの音を察知して獣耳がピクリと動く。

「……音?」

何の音だろうか。しかし確かに今もまだ聞こえる。それはまるで心臓が脈動する音。生きている音だった。

(何でだろう……この音を聞いてるとすごく安心する)

懐かしささえ感じさせる優しく温かなリズム。

音に導かれて歩を進めていくと、急にその音がピタリと止んだ。

「あれ? 音が消えた……けど、どういうことなのかな?」

キョロキョロと周囲を見回してもやはり何も見えない。ミュアは溜め息を一つつき、その場に座り込むことにした。

「……もし一生ここから出られなかったらどうしよう…………そんなのやだよぉ」

膝を抱えて押し寄せてくる恐怖から身を守ろうとするが、考えれば考えるほど恐怖はじんわりとやってくる。

「……違うよ。ダメだよこんなんじゃ! わたしは強くなるためにここに来たんだし!」

ミュアは立ち上がって祈るように両手を組む。

「お願い! わたしに進むべき道を教えて!」

耳がピクピクッと振動し、光る銀の粒子が舞う。そしてその粒子が風に乗るような形で動き出し始める。

「……この先に何かあるの?」

粒子が飛んでいく先に何かがあると確信したミュアは、ゴクリと唾を胃に流し覚悟を決めるとゆっくりと粒子を追いかけていく。

それでもかなりの距離を歩いた。

三十分。一時間。二時間。

するとまた心臓の音が耳に入ってくる。さらに大きな音。近づいている。そう判断させられる。思わず進む足も早くなり、早足から駆け足になるのもそう時間はかからなかった。

粒子の先に光の点が視界に映る。あれが終着地点なのではと思われ、ようやくこの気が変になりそうな闇から脱出できると思い嬉しくなる。

加速して光へと飛び込む。視界いっぱいに広がる眩い光に、つい目を開けていられずに閉じてしまう。

目を閉じたままでも、確実に耳に入ってくる心臓音が心地好さを感じさせる。どこかで聞いたような音。気を許せば何故か涙が零れそうな……。

「――――そうか。もうここまで来られるようになったのか」

耳に入ってきた言葉――いや、声に衝撃が走る。

聞き覚えがあるという次元の話ではない。聞きたくて、聞きたくて、でももう二度と聞くことができないはずの声だった。

ミュアはゆっくりと瞼を上げ、目の前にいる声の主を確認する。

「よぉ、元気そうだな、ミュア」

「………………お父……さん?」

そこにいたのは、ギン・カストレイア。ミュアの実の父親だった。

「う……そ……だよ……ね?」

「おいおい、お前がこの試練を受けるのを選んだんだろ。だったら相手は俺に決まってるじゃないか」

目の前に立つ父の姿をしている人物。声も姿も、かつて失ったはずの父そのものである。しかしそんなわけがない。ここに父であるギンがいるわけがないのだ。

彼はもう、死んでしまったのだから。

(相手はお父さんって決まってる? ど、どういうこと? それにこの場所は……)

場所はかつてギンとともに暮らしていた【リンツの山】だった。緑豊かな木々に囲まれた静かで穏やかな山奥。

「……? お前もしかしてこれが《一天突破の儀》だと知らずに受けてしまったのか?」

「えと……ううん、知ってるよ」

「ならどういう試練なのかも知ってるはずだよな?」

そういえば、どのような試練なのかスーやドゥラキンに聞くのを忘れてしまっていた。

「……本当に知らないのか?」

「ご、ごめんなさい……」

「……ハハハ、相変わらずお前は大事なとこがいつも抜けてるな。少しは成長したみたいだが、何だか逆に安心したぞ」

彼のその包み込むような笑顔を見て確信する。目の前にいるのは、間違いなく父なのだと。だけど何故このようなところにいるのか説明がつかない。

死んだはずの父が、まさか生きていたということなのだろうか。そうならどれだけ嬉しいことか。でも今は、そんなことよりも――

「お父さぁぁぁぁぁんっ!」

父の腕の中に飛び込みたかった。

「おっと。ハハ、少し背が伸びたか、ん?」

優しく頭を撫でてくれる。その撫で方は、まさしく父のギンしかできないものだった。

「ほらほら、もう泣くな。強くなるためにお前はここに来たんだろ?」

「で、でもぉ、でもぉっ……!」

「……残念ながら、俺はもう現世にはいない。死んでしまったのは確かだからな」

その言葉を聞きたくはなかった。一抹の希望が潰された感じである。

「ミュア、話したいことは山ほどあるが、時間も限られてる。さっそく試練を始めるぞ」

そうだ。そのためにここまで来たのだ。大切な人の隣に立つために。

「ほう。良い眼をするようになったじゃないか。アノールドに任せたのは正解だったな」

「……お父さん、わたしは強くなりたいの。だから!」

「みなまで言うな。分かっている。だが説明も必要だろう。この試練で何をするのか」

ミュアは彼から少し距離を取ると、ジッと話に耳を傾ける。

「この試練でお前は――――俺と戦い、俺を超えてもらう」

「え……お父さんと…………戦う?」

「そうだ。《一天突破の儀》とは、己の中に秘める力を覚醒させる儀式。そのためには、その者が乗り越えなければならない者と戦わなければならない。お前が『銀竜』の力を己のものにするには、同じ『銀竜』である俺を超えるしかない」

「で、でもそんな……」

「お前は選んでしまったんだ。この道を」

「……!」

「本来なら時間をかけて自分を見つめ、『銀竜』の力をコントロールしていくんだがな。……よくは分からないが、短時間で力を手に入れなければならない状況なのだろう?」

そうだ。彼の言う通り、短時間で力を得るためにこの試練を受けた。まさか父と戦わせられることになるとは思ってもいなかったが……。

「選んでしまったのなら引き返せない。また、俺に負けてしまえば、この世界に永久に閉じ込められてしまう。手加減はできないぞ。今の俺は、そういう存在だからな」

「お父さん……」

「見せてみろ、ミュア。力を得たいなら、お前自身の手で掴み取ってみろ!」

突如としてギンの身体から膨大なエネルギーが迸る。その威圧感だけで尻込みをしてしまうほど。

(お父さん……本気だ……!)

これが自分が乗り越えなければならない試練。自分で選択した道。後悔などしている暇はない。ギンの言う通り、時間は限られているのだから。

ミュアは腰に携帯しているチャクラムである《紅円》を手に持つ。

「どうやら覚悟は決まったようだな。行くぞ、ミュア」

いきなり彼の獣耳が翼へと変化する。『銀竜』独特の《銀耳翼》の体現だ。消えたような動きとともに懐へと突っ込んでくる。

「かはっ!?」

凄まじい速度で放たれた一撃が鳩尾に刺さり吹き飛ばされる。だが身体を回転させて体勢を整えて着地をする。すぐに次の攻撃に備えようとしたが、

「――――遅いぞ」

上空から聞こえる声にゾクッと悪寒が走る。ギンの拳がハンマーを打ち下ろしたように迫ってきた。しかし拳はミュアを捉えることができずに大地に突き刺さり亀裂を生んだだけ。

「……さすがだ。お前も《銀耳翼》くらいは発現できるようになったようだな」

拳が迫ってくる一瞬、ミュアはギンと同じように《銀耳翼》を使って加速して、その場から脱出したのだ。

「――《迅雷転化》っ!」

「ほう、全身の《転化》まで……。ならこちらも――《轟雷転化》っ!」

両者の身体から凄まじいまでの放電現象が起こり、四方八方に電撃が放たれ轟音を生む。

ミュアは空を飛びながら、ギンの隙を突こうと様子を見ていく。ギンはその場に佇んだままあろうことか目を閉じている。

そんな彼の背後につき、攻撃を放とうとしたが、

「それじゃダメだな」

放とうとした《紅円》が空を斬る。同時にいつの間にか背後に立っていたギンに足を掴まれ振り回されてしまう。

「くぅぅぅぅっ!?」

「そらぁっ!」

大木に突っ込むが、勢いが強過ぎたせいで呆気なく折れてしまい、そのまま三本ほどの大木と衝突することになった。

(……くっ……やっぱり……お父さんは強い……!)

背中には激痛。何とか戦闘不能にならないように意識だけは強く保っているものの、ギンの強さに勝機がまったく見えない。

父である彼が強いのは知っていた。しかし自分もあれから大分成長したはず。それなのにほとんど手も足も出ていない。

「どうしたミュア、それで終わりか?」

「う……ま、まだまだ……」

ギンの身体からさらに放たれる雷は、大地を削り大気を割るほどの雷鳴が轟く。

「これに耐えられるか――――《一翼の天雷》っ!」

ギンの《銀耳翼》が雷化したまま巨大化して、頭から離れて空へと舞い上がる。

(す、すごいエネルギー……っ!?)

あの翼に秘められている膨大な力に言葉を失う。しかもそれがミュアの真上まで移動したと思ったら、ミュア目掛け落下してきた。

避ける間もなく、まともに落雷に当たってしまったせいで、全身から焼けるような痛みと痺れが走る。

「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!?」

いくら雷に耐性があるといっても、これほどの力が身体に流れると、耐久力を超えてダメージを与えてくる。体中の血液が沸騰するかのような感覚に、意識がプツンプツンとブラックアウトしては、痛みで甦るといった繰り返しを経験する。

まさに拷問でも受けているかのようだ。時間にしてほんの数秒ほどだったのだろうが、体感時間ではその何倍ほどのものを感じていた。

プスプスと身体から焦げたニオイが漂う。見れば、自分がいるところが先程と違っていることに気づく。

(こ、これは……!?)

周りは土壁に囲まれており、上には丸い空が見える。先程の雷によって地面が円状に削られ、その中に落ちてしまっているようだ。

ジャリジャリと足音が聞こえる。穴の上から見下ろしてくるギン。

「…………お前にはまだ早かったようだな、この試練は」

その時、ギンの顔が悲しげに歪むのを見た。

「おと……う……さん……」

大事なことを忘れていた。彼は自分の父なのだ。いくら試練とはいえ、実の娘に攻撃をすることの辛さは尋常ではないはず。

それをさせているのは、間違いなくミュア自身なのだ。そして試練に破れれば、ギンのせいでミュアは一生ここから出ることができなくなる。

そのような十字架を彼に背負わせてもいいのか……。

(……ダメだよっ! それだけは絶対にダメッ!)

まだ諦めるわけにはいかない。

「くっ……!」

まだ指は動く。腕も動く。足も動く。

「ま、まだ……まだぁ……!」

諦めればすべてが終わってしまう。誰も守れない。何よりも、また大切な人を悲しませてしまうことが怖い。それだけはしたくない。

「だから――」

全身の力を振り絞って立ち上がる。フラフラな足取りだが、しっかりと両足で大地を掴む。

「はあはあはあ…………わたしはまだ……やれるから……だから――」

自分の中に眠る『銀竜』、力を貸して――――。

ギンは悲痛な思いで眉をひそませながら穴から遠ざかる。

「……まだ早かったというわけか」

落胆の色が瞳に宿るが、その時――――大地、木、岩、川から銀の粒子が出現し、穴の中へと吸い込まれていく。

「こ、これはっ!?」

ギンは粒子に視線を巡らしながら、その行き先である穴を見つめる。そこから、銀の粒子に包まれたミュアが、ゆっくりと空へ浮かび上がってくる。

「ミュア……!?」

粒子が彼女の身体の中に吸い込まれていき、体中に刻まれた傷が瞬く間に消えていく。

「ハハハ、おいおい、ここで《銀転化》かよ!」

まさに驚嘆する思い。

「周りにあるものから生命力を少しずつもらい自分の力にする《銀転化》……俺もできなかったってのに…………ハハハハハ、これは凄い! さすがだミュア!」

これほど嬉しいことはない。自分の娘が、自分が到達できなかった力を発現させたのだから。

「だがまだだ。まだお前の潜在能力はそこで終わってはいないはずだ! これで最後にしようミュア! 今のお前ならできるだろう! ――――《霊獣化》だっ!」

ギンはミュアと同じように銀の粒子を身体に纏う。眩い光に包まれ、身体が形態変化を起こして巨大化していく。

「…………ごめんね、お父さん。それはさせないよ」

ミュアが大きくした《銀耳翼》で、ギンの身体を素早く包み込む。

「な、何ィッ!?」

ミュアの光に包まれたギンが、次第に縮まっていき元の姿に戻る。ミュアの光が身体に流れてきて、急速に力を奪っていかれている感覚だ。

「ぐぅっ!? 俺の力まで《銀転化》して――――っ!?」

気づけば十二分にあった体力と魔力がほぼ根こそぎ奪われてしまい、『銀竜』本来の姿になる《霊獣化》ができる力が失われた。

「はあはあはあ…………ミュ、ミュア……お前……」

「……こういう戦い方もあるって気づいたんだよ、お父さん。わたしがほしい強さは、これなんだって」

ギンは黙って彼女の姿を見る。それはまるで天使だった。美しい銀を纏い、翼をはためかせて浮かび上がっている姿は、さながら慈愛の天使とでも呼べるか……。

「……なるほど。力をぶつけて相手を叩きのめすのではなく、その力を奪い戦えなくする……か。……優しいお前にピッタリの力かもな」

「お父さん……」

「ミュア――――――――――――お前の勝ちだ」

ギンにミュアの勝ちを宣言してもらった後、フッと《銀耳翼》がもとの獣耳に戻り、空に浮かんでいたが、頭から落下してしまう。

勝利したことで気が抜けてしまったのだ。

「ミュアッ!?」

慌ててギンが駆けつけて受け止めてくれた。

「ったく、最後まで気を抜くんじゃない!」

「ご、ごめんなさい……お父さん」

「ふぅ。けど、よく頑張ったな、ミュア」

「――っ!?」

彼のその言葉で、さらに勝利の実感。込み上げてくる熱い想い。欲しかった力を手にできたことが嬉しい。これで日色と一緒に戦えることがとても嬉しかった。

ギンがそっと抱えていた身体を下ろしてくれる。

「さて、これで試練は終わりだ。だが、まだお前には会ってもらいたい人がいるんだ」

「会ってもらいたい人?」

「そうだ。ついてこい」

すべては行った先にあるという意味を込めて歩き出すギンの後を、黙ってついて行く。ここはかつて住んでいた【リンツの山】と酷似した場所であり、彼が向かうある場所にも心当たりがあった。

だってこの道は毎日通っていたのだから。少し小高い丘に、花畑が存在し、その中央にはあるものがあった。

それは一つの石碑。

その場所へ向かっていることは分かっていた。もう墓参りできなくなってどれくらい経っただろうか。

ギンは何故そこへ連れて行こうとしているのか分からないが、またあの花畑を見ることができるなら嬉しいと思えた。

一陣の風が吹き花びらを運んでいる。花びらが目に入りそうになり、思わず目を閉じる。

「ミュア、あそこにいるのがお前を待っている奴だ」

「……え?」

瞼を上げて花畑を確認する。すると中央に、銀の髪を風で揺らしている一人の女性の後ろ姿が映る。

「うそ……うそ…………うそぉ……!」

口から出てくる無意識の言葉。信じられない思いが胸に込み上げてくる。でも、その後ろ姿に見間違いはない。

だってあれは――――

「お母……さん……っ!」

ゆっくりとその女性が振り返る。ミュアをそのまま大人にしたような、美しい女性が優しく微笑んでいる。

「久しぶりね、ミュア」

風が運んでくる。それは母のニオイ。優しくて、温かくて、忘れもしないニオイ。思わずミュアは駆け出していた。

「お母さぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!」

ギンの時と同じく、優しく抱きかかえてくれる。

(お母さんのニオイだ! お母さんの温もりだよぉ!)

全身で感じる母親――ニニア・カストレイアの存在に、自然と涙が溢れ出てくる。死んだはずのギンとニニアに、まさかこうして会えるとは思わなかった。

これは一体、何の奇跡なのだろうと思ってしまう。しかし今はそんなことどうでもいい。だって今は、ただただこの温もりに甘えたいから。

「本当に大きくなったわね、ミュア」

泣きじゃくるミュアの頭を撫でてくれる。そこへギンもやって来て、ニニアと微笑み合う。

「あなた、ミュアは強かったでしょう?」

「ああ、負けてしまったよ」

「ふふふ、だから言ったでしょう? この子は必ず勝つって。何といってもわたしの娘だもの」

「おいおい、俺の娘でもあるんだぞ?」

二人の会話。それがとても心地好く耳を震わせてくる。ずっと聞いていたい衝動が走るが、聞きたいこともまたある。ミュアは顔を上げて、ニニアの腕の中で彼女の顔を見上げる。

「お母さん、でも何でここに?」

「この世界は、あなたの心が作り出した幻想世界よ」

「え? じゃ、じゃあここにいるお母さんたちは、わたしが作り出した……幻?」

それならばこれは、自分が作り出した都合の良い世界に他ならないのではないかと不安になる。せっかく会えた父と母も、自分の願望が生み出した代物だと思うと悲しくなる。

しかしニニアは静かに首を左右に振る。

「いいえ、確かにこの世界を形作っているのはあなたの心だけど、わたしとギンさんは、死ぬ前にあなたに託した力の欠片だから」

「力の欠片?」

「そう。いずれあなたがこの試練を受ける時に、わたしたちがあなたの前に立てるように願い託した欠片。想い。心そのもの」

「そ、それじゃ……お母さんたちは……!」

「本物よ。ずっと今まで傍にいたもの」

また涙が溢れてくる。ずっといてくれた。傍に居続けて見守ってくれたんだ。そう思うと涙が止まらない。

「こうして実際にあなたと会って、あなたの姿を見ることができたのは、この試練のお陰。ずっと一緒にいたけれど、あなたがどんなことで笑い、泣いてきたのかは残念ながら知らない。だから聞かせて、あなたが歩んできた道を」

「うんっ!」

ミュアたちは、その場に腰を下ろし話に花を咲かせる。そのすべてはミュアがこれまでどうやって生きてきたのかだったが。それでもミュアの話を、嬉しそうにギンとニニアは耳を傾けていた。

「そっかぁ。やっぱりあの時、ミュアは一度死んでしまったんだな」

「分かってたの?」

「ああ。言っただろう? 俺たちはずっとお前の中にいたと。だがある時、光に包まれていたお前の身体が、急に冷たく暗くなっていって、お前の心が感じられなくなった時があった」

それはアヴォロスによって命を絶たれた時と同時刻。

「でも本当に無事で良かった。安心した」

「あら、だけどあなた、何故そんなに不機嫌なの?」

ニニアが言うが、確かにギンは口を尖らせて顔をしかめている。

「べ、別に不機嫌じゃない」

「……お父さん?」

「……あ、もしかして、ミュアが自分の命を投げ出すほど守りたくなるような存在ができたことが悔しいの?」

「うぐっ!?」

図星だったようだ。サッと顔を逸らしたことで、彼の嫉妬が如実に伝わってきた。

「ミュアも年頃なのよ? 好きな人くらいできても不思議じゃないわ。ねえ、ミュア」

「あぅぅ……」

改めて日色のことを意識させられると恥ずかしくなってくる。親に日色を紹介している気分になってしまい、身体が熱くなってきた。

「くそぉ、アノールドの奴、そういう輩ができないように守れって言っておいたものを……!」

「もう、この人は。ミュア、その人のこと、もっと聞かせてくれる? 確か、ヒイロくん……だったわね?」

「う、うん。ヒイロさんはね、すごく強い人。真っ直ぐで、自分に正直で、どんなことも絶対に諦めない人」

ミュアが手放しで褒めるので、益々ギンの額に青筋が浮き上がっていく。

「だけど、とっても放っておけない人なの。自分一人で全部守ろうとして、無茶ばかりするから。だからわたしは、強くなってその人を支えてあげたいの」

「ミュア…………ふふふ、本当に好きなのね、彼のことを」

「……うん!」

「これはもう諦めさせるのは無理よあなた」

「むむむぅ……」

「だって、今のこの子の眼に映っている感情、恋じゃなくて――愛そのものだもの。わたしがあなたに向ける瞳よ」

「あっ、お父さんの耳、赤くなってるよ?」

「う、うるさい! 子供が親をからかうんじゃない!」

「「あはは!」」

ギンの戸惑いぶりに、ニニアと二人して笑うミュア。ギンはボリボリと頭をかくと、諦めたように溜め息を吐く。

そしてジッと確かめるような眼差しをミュアへと向けてくる。

「なあミュア、そいつのことが好き……なんだな?」

「うん」

「そいつもお前のことを大事にしてくれるか?」

「うん、ヒイロさんはわたしのことを大事にしてくれるよ」

「…………そいつを生涯支えると誓えるか」

「誓えるよ」

「勘違いするなよ。そいつの傍で生き続けて、お前が幸せになれるかって聞いてるんだぞ?」

「うん、なれるよ。わたしの居場所は、あの人の隣だから!」

「……………………分かった。なら約束だ。そいつの命だけじゃなく、自分の命も守り通せ。守りの『銀竜』として、大切なものたちを守ってみせろ」

ギンが手を差し出してくる。それは約束を守るために行う仕草。ミュアもまた手を差し出し、互いの手を組み合う。

「守るよ。そのために得た力だから」

ギンはミュアの宣言を耳にして頬を緩める。そしてゆっくりと立ち上がると、それに伴ってニニアも立つ。

「それでこそ、俺たちの娘だ」

「あなたはわたしたちの誇りよ」

「お父さん……? お母さん……?」

ミュアも立ち上がる。二人の雰囲気が急に変わったことに不安を覚えた。そこでアッとなる。何故なら、二人の足元が銀の粒子に変わって消えていっているのだから。

「お母さんっ! お父さんっ!」

二人が石碑の上に浮かぶ。その下には、死んだ二人が眠っているはずなのだ。

「ミュア、こうしてまた会えて良かった」

「ええ、欠片が消える前に、あなたが試練を受けてくれて良かったわ」

「ま、まだダメだよ……まだいっぱい話したいこともあるのに!」

「泣くなミュア。お前には待っている者たちがいるんだろう?」

ミュアの脳裏に過ぎる仲間たちの顔。

「いつまでもこの世界にはいられないのよ。そんなことをすれば、二度と出られなくなるから」

「でも、でもぉっ!」

二人と離れ離れになりたくない。できればもっと一緒にいたい。

ギンが左手で、ニニアが右手を伸ばして、ミュアの頬に触れる。温かくて安心する二人の温もり。

「ミュア、お前はお前の信じる道を進めばいい」

「わたしたちは、いつも心の中であなたを応援しているわ」

二人の身体のほとんどが粒子状になってしまっている。もうお別れなのだという事実を突きつけられた。

「最後に頼みを聞いてくれるか、ミュア?」

「な、何……?」

涙を目に浮かべながらギンの頼みを聞く。ギンは隣にいるニニアと顔を合わせると、微笑みながら同時に声を揃える。

「「――――笑って」」

こんな時に笑えないよ。そう言いたいが、最後の最後に泣き顔を二人に見せたくない。ミュアは乱暴に涙を拭うと、心からの笑みを浮かべる。

「――――またね!」

ミュアの言葉に、二人も嬉しそうにニッコリと微笑んでくれた。そのまま彼らは銀の粒子になり風に乗って流れていく。

麗らかな陽射しを浴びながら、心地好い風を全身で受け止めながら、吸い込まれるような青い空を見上げる。

「また、会おうね。お母さん、お父さん」

ミュアの試練がここに終結を迎えた。

ミュアが試練を終える前、一人【人間国・ヴィクトリアス】へと向かった日色は、ジュドムと会い【パシオン】での出来事なども含めて、情報を開示していた。

「むぅ……あのレオウードでも抗えない力か……」

彼の実力を知っているジュドムには信じられないことなのだろう。

「ここで気をつけろよって言っても仕方がないということは理解できるな?」

「ああ、ヒイロの言う通り、この【イデア】に住む者たちにとっては、まさに悪魔の本というわけだな」

「そうだ。できれば結界の中に匿いたいが、そうはいかないんだろ?」

「ああ、国を捨てて俺だけが安全地帯にいるわけにはいかん。レオウードが選択したように、俺も最後まで民とともにある。操られたらお前にも迷惑をかけるだろうが、国王として逃げるわけにはいかんのだ」

この【ヴィクトリアス】――いや、名前が変わって【人間国・ランカース】となり、その初代国王は民たちの支援のもとジュドム・ランカースが選ばれた。

「今は俺も国を背負っている。たとえ操られるリスクがあっても、ここから離れるわけにはいかん」

「だが、それで民たちを傷つけるような命令をされたら元も子もないんじゃないか?」

「確かに、そんなことをされれば……な。しかしその時は、お前が止めてくれ。最悪、俺を殺してでもな」

そこまでの覚悟をしているということだ。それはレオウードもまた同じ。彼と別れる時に、彼の眼が、今のジュドムと同じことを言っていた。

「はぁ、どいつもこいつもオレに頼りやがって」

「ハハ、悪いな。それだけお前さんを信じてるって話だ。それに、お前さんなら、俺らが操られる前に何とかしてくれそうだしな」

今『神人族』の力で操るには《黄金血界》などの特殊な技術が必要になるらしい。だからこそ、まだ完全にイヴァライデアの力を奪えていないという証拠。

近いうちにジュドムも意識を操作される可能性は高い。何とかして《塔の命書》を破壊することが要求される。

ただ少し安心しているのは、この国には《不明の領域者》の因子を持っていそうな者がいないということだ。ならば『神人族』がわざわざ手を出すとは思えない。

まあ、ただの暇潰しで国を潰そうとしてきた過去を考えて、完全に安全とは言えないが。

「ところで、お前さんが【パシオン】で倒した『神人族』だが、これで残りは二人になったってことで間違いないのか?」

「多分な。三人いるって聞いてたが、アイツが『神人族』なら残りは二人のはずだ。ただ……」

「ただどうした?」

「いや……」

何となく違和感のようなものは感じている。確かにペビンという男は驚異的な能力の持ち主ではあった。しかし戦争時で対峙した時はもっと威圧感があったような気がした。

自分の手で倒したはずだが、しっくりきていない感覚が拭い切れていないのだ。

「残りの二人のうち、お前さんが見たのは二枚羽の大男なんだな?」

「ん? ああ、鉄仮面をつけた男だ。確か名前を――アヴドルって言ってたな」

すると座っていた席から急に立ちあがったジュドム。その顔が愕然とした表情へと変貌している。

「ど、どうした?」

「お、おいヒイロ……お前今、アヴドルって言ったか?」

「あ、ああ。オレが倒した糸目野郎が、鉄仮面のことをそう言ってた。白いローブを来た連中のトップっぽい奴だ」

「…………まさかそんな――――いや、消息は不明だった。有り得る……のか?」

一人で悩み込み始めたジュドムの様子が気になり「知っているのか?」と尋ねた。

「……ああ。大男でアヴドルという名前には心当たりが……ある」

「ホントか? どんな奴なんだ?」

「もし俺が知ってる奴だとしたら、そいつはアヴドル・ハイデッカー。俺の前にギルドマスターを務めていた奴だ」

「ほう」

「昔、俺がまだ現役の冒険者をやってた時期だ。【ヴィクトリアス】のギルドマスターは、国王にも期待され、他の冒険者にも一目置かれた人物だった。それほど強く、人望も厚かった。あのキルツさんも認めてた」

キルツというのはジュドムが所属していたギルドパーティ《平和の雫》のリーダーだった男で、アヴォロスに操られジュドムとの死闘の末、日色にランコニスを託して消えていった実力者。

「俺だって憧れてた。けどな、ある日のこと、『獣人族』が国へ攻めてきたことがあったんだ。無論国を守るために俺は戦った。他の冒険者もだ。しかしアヴドルは、多くの冒険者を引き連れて国を出た。捨てたんだ!」

「おいおい、そいつは強いんじゃないのか?」

「ああ、それなのに戦うこともせずに、情報すら冒険者に回す前に、自分だけ安全圏に逃げやがった」

言葉の端々から怒りの感情が読み取れる。保身のために、ギルドマスターという立場を利用して、獣人が攻めてくるという情報を一早くキャッチしたアヴドルは、それを皆に伝えずに国から離れたらしい。

「そして二度と姿を見せなかった」

ジュドムたち冒険者たちや兵士が、何とか獣人を追い払ったみたいだが、情報が遅れたせいもあり、被害は甚大で、死者もかなりの数に上ったという。

「……もしオレが見た鉄仮面がそいつだったとして、最初からその闘争は仕組まれていた可能性が高いってことだな」

「奴が手引きしたってわけか、ヒイロ?」

「そうだ。『神人族』の連中はそうやって内部をかき回して遊ぶ癖があるらしいからな。ギルドマスターになったのも、ホントは大きくなった国を一旦潰そうとしたんじゃないのか? 遊び半分で」

「ふざけるなっ! 国は! 人は! 世界は玩具じゃないぞっ!」

彼の身体から覇気が吹き荒れる。会議室の壁がベキベキッと軋み始める。

「おいおい、せっかく作った城を壊すつもりか?」

「く……悪い、取り乱したな」

大きく息を吐きながら力無く首を左右に振り席へと座るジュドム。

「アヴォロスの奴が言ってた。奴らは【イデア】を玩具としか見ていないと。気まぐれで国を栄えさせ、気まぐれで滅ぼし、気まぐれで戦争を起こすような奴らだ。もし鉄仮面がそいつなら、恐らくは国を壊滅させようとしたのか、ただ争いという刺激を見たかったのか、真実は分からないが、確実に仕組まれていた可能性が高い」

国はジュドムたちのお蔭で滅びるまでにはいかなかったらしいが、その戦いで前国王のルドルフの父が戦死したという。

「くそぉ、どこまでもふざけた連中だ!」

ジュドムの怒りは【イデア】に住む者たち全員が感じることだ。裏から世界を操作し、世界の人生ゲームを楽しんできた奴らなのだから。

そして今もなお、それは続いており予断を許さない状況にあるということ。

「今すぐ【ヤレアッハの塔】に殴り込み、奴らをぶち殺してえところだが、俺じゃそれは叶わねえ」

それはほとんどの者が言えることだ。《不明の領域者》の因子を持たない彼では、たとえ塔へ行けたとしても、操作されて終わりだろう。抵抗すらできない。

「ヒイロ、今回もお前さんに頼まなきゃならねえようだ」

「安心しろ。オレだって、いつまでもそんな連中にオレの道を邪魔されたくはない。近いうち白黒をつけてやる」

「すまねえな。戦争の時もそうだが、結局はお前さん頼みになっちまった」

責任感の強いジュドムのことだ、自分が戦えないことが本当に悔しいのだろう、悲痛な面持ちで頭を下げている。

「一国の王が、いつまでも頭を下げてていいのか?」

「…………だな。こんな俺でもできることはあるはずだ」

「今した話を他の連中に話すかどうかはアンタが決めればいい。オレは他に用事があるから行く」

「もう行くのか? ファラが少し話したいって言ってたんだが」

「第二王女がか?」

「もう、第二王女ではありませんですの、ヒイロ様」

いつの間にか開いていた扉の先からファラが登場。どうやら先程のジュドムの覇気で、扉が開いてしまっていたようだ。

「ジュドム様の叫び声が聞こえたので、様子を見にきたんですの」

まあ、あれほどの怒声なら城中に響いたかもしれない。見れば、第一王女のリリスと、勇者の教育係だったウェルの姿もある。

「おおファラ、ちょうど良かった。おいヒイロ、少し茶でも飲んでいけ」

ファラの期待感を含ませた瞳が真っ直ぐ向けられてきた。断れそうもない雰囲気がある。

「…………はぁ、ほんの少しだけだぞ」

ファラがパアッと嬉しそうに笑みを浮かべて、さっそくお茶の用意をするように侍女に頼み込んでいた。

【人間国】の者たちと少し話すことになった日色だが、ファラが侍女に頼んで用意してくれた紅茶を囲みながらジュドム、ファラ、リリス、ウェルの四人とともに談笑する。

「ヒイロ様、今度はもう少し余裕がある時にいらしてほしいですの」

「考えておく」

ファラの頼みだが、さすがに今の状況でゆったりとした時間を作るのは無理だ。

「ハハハ、ヒイロも美少女の頼みには弱いってことか」

「勘違いするなジュドム、社交辞令に決まっているだろ」

「社交辞令なんですの!?」

ショックを受けた表情を浮かべるファラ。日色は心の中でしまったと思ったが、口に出してしまった以上言い訳できない。

ここは咳払いを一つして話を変える必要がある。

「んんっ! そういえば聞きたかったことがあるんだが?」

「私に……ですか?」

リリスが可愛らしい顔を傾げる。

「そうだ。ジュドムが王になることを支持したと聞いたが、お前はホントにそれで良かったのか?」

彼女は第一王女だった人物なのだから、普通なら彼女が後を継ぐことも考えられた。

「はい。父が起こした責任は取らなければなりませんから。それに民もまた、ジュドム様をご支持しています。民の声に耳を傾けなかった父と同じ愚行はできません」

「なるほどな。ちゃんと考えてのこと、だったわけか」

初めて会った時から考え無しの王族というイメージがついていたが、最後まで愚行を貫いたルドルフ王とは違い、彼女は民のために行動できる器を持っていたということだ。

「今は微力ながら、国のためにジュドム様を支えようと思っています」

「まあ、お前がそう決めたのならそうすればいいんじゃないか」

「はい」

「もう一つ、あのことをジュドムから聞いたと思うが、お前らは一生を国に捧げるつもりか?」

あのこと――その言葉でファラとリリスの表情がうっすらと陰る。いや、同じように座っているウェルもまた同様に。

「そのことについて、ヒイロに頼みたいことがあるんだ」

「何だジュドム?」

「召喚魔法によって、ファラとリリスは不老不死の身体になっちまった。かつて、同じ魔法で異世界から勇者を呼んで、長い時間生き続けてきたマルキス・ブルーノートと同じようにな」

マルキス――本名アリシャ。

日色が元の世界に飛ばされた時に、同じようについてきて、その命の代わりに送還魔法を行い日色を【イデア】に戻してくれた、六百年ほど前の【ヴィクトリアス】の第一王女。

召喚魔法を使用すると、その成否に関わらず肉体は不滅となり、老いることも死ぬこともできない身体になってしまい、時間の牢獄に閉じ込められる。

アリシャは自分のせいで大切な者たちを傷つけた過去を背負い嘆きながら、死んで終わりにすることもできずに長い時間彷徨い続けていた。

「俺はな、二人にそんな過酷な運命を背負わせたくねえ。できるなら、普通に成長して、普通に死んでほしいんだ」

ジュドムの言いたいことは分かる。望んでもいない不老不死など残酷以外のなにものでもないだろう。友や家族などが先に老いて死んでいくのを、未来永劫見続けなければならないのだ。

それはどのような拷問よりも苦しい罰のように思える。

「……私はいいのです、ジュドム様」

「リリス……?」

「私には、まだ義務が残されております。この地にいるタイシ様たちを、元の世界に送還するという義務が」

「だ、だがそんなことをすれば――」

そう、死んでしまう。送還魔法を使うと、術者は必ず命を奪われるのだ。アリシャと同じように。

「私は自分たちの都合でタイシ様たちを召喚し、無理矢理運命を捻じ曲げてしまいました。そのようなことをしなければ、タイシ様たちは平和に暮らせていたはずです」

大志たちの現況は、彼女の耳にも入っている。彼らが置かれている状況は、自分が作り上げたものだと思っているのだろう。

「タイシ様たちが、自らの使命を全うした時、元の世界の扉を開かなくてはなりません。ですから私は近い未来死ぬ運命にあります。不老不死など問題ではないのです」

「くっ! ……何とならねえのか、ヒイロ!」

「…………何とかなるだろうな」

「っ!? そ、それはホントかっ!?」

ジュドムが詰め寄ってくる。かなり暑苦しい。他の者も驚愕の表情を見せている。

「とりあえず説明するから離れろ」

「あ、ああ、すまねえな」

ジュドムを落ち着かせてから日色は語り出す。

「いいか、そもそも召喚魔法を作ったのは誰だ?」

「…………誰だ?」

「この世界の神、イヴァライデアだ。世界を救うため、オレがやって来た世界とリンクし、勇者を呼び込む術を編み出し人間の王族に授けた」

皆が頷きを返すのを見て、話を続ける。

「しかし『神人族』がその魔法に細工を施した。それが召喚魔法へのリスクだ」

それにイヴァライデアは気づくことができなかった。

「同時に送還魔法のリスクも設定し王族へと受け継がせた。つまりは、お前らが使った魔法は、すべて世界のシステムによるものだということだ」

「……つまりはどういうことだ?」

「世界のシステムによって設定されたのなら、そのシステムを使って設定し直せばあるいは……な」

「この子らの不死は取り除ける……ということか?」

「可能性の話だ」

正直に言って、日色の魔法で何とかできるかとも思ったが、世界のシステムと強く結びついているせいか、直感的に不可能だと分かった。

少なくとも今の日色では彼女たちの呪いは解くことができない。

「……送還魔法を使用しても……死ぬことはないのですか?」

「お姉様……」

「ファラ……」

互いに見つめ合って涙を浮かべる。やはり不老不死という事実が、彼女たちの心を痛めていたことはそれでよく分かる。リリスもやはり死ぬことが怖かったのだろう。希望が見えてどことなくホッとしている様子だ。

「すまねえヒイロ、加えて頼みてえ。『神人族』からシステムを奪い返して、ファラたちを戻してやってくれ!」

ジュドムだけでなく、その場にいる四人ともが頭を下げる。

「別についでだから構わんぞ。その代わり、条件がある」

「じょ、条件です……の?」

ファラが不安気に眉をひそめている。

「ま、まさかヒイロお前……ファラの身体が欲しいとか言わねえよな?」

「ええっ!? そ、そそそそそんないきなり恥ずかしいですの! で、できればその、れ、れ、恋愛というものをしたいですのに!」

「ヒイロ様! ファラはまだ小さい子です! そのようなことなら私が代わりになりますので、どうかこの子だけは!」

「わ、私も何か支払えるなら! この身体でも!」

ジュドムの勘違いから始まる混沌。というか最後のウェルよ、日色は男色ではない。

「…………はぁ。オレがお前らの身体に興味があるわけがないだろ」

その言葉にジュドムとウェルはホッとしたが、カチンとした顔を浮かべたのはファラとリリスだった。

「そ、それはわたくしが子供だから……ですの?」

「何か、女として傷つけられた気分ですぅ……」

女性としての魅力が無いと思い、リリスは落ち込んでいるようだが、ファラからは高圧的な雰囲気を感じる。

「何を言ってる。オレがお前らに女としての魅力を感じているとでも思うのか? 一切ないぞ、そんなことは」

リリスは別に日色のことを慕っているというわけではないので、単純に女としてと言われたことにだけガックリきているようだ。自分に自信があったのかもしれない。

だがファラだけは顔を俯かせてプルプルと身体を震わせている。

「とにかく、オレが出す条件は美味い料理を出すことだ。あとは城の書物を自由に持ち運べる権利だな」

「い、いやまあ、それくらいなら問題ねえけど……ヒイロ」

「あ?」

「ちょ、ちょっとぐれえはフォローしといた方がいいんじゃねえかなぁ」

「何のことだ?」

ジュドムの視線を追っていくと、頬をハムスターのように膨らませたファラが物凄い形相で睨みつけていた。

「…………何故そんな顔をしている?」

「むぅ……ふんっですのっ!」

目一杯顔を逸らし怒っていますよオーラを出してくる。

「……おい、ジュドム?」

「こうなったらどうしようもねえよ。しばらく不機嫌モードが続く」

「だから何故不機嫌になる? そんな要素がどこかにあったか?」

ファラを除く三人が「ダメだコイツ……」という表情を浮かべていた。

「……まあ、ファラのご機嫌取りは後にするとしてだ。二人のこと、頼んでいいんだな?」

「任せろとは言わないぞ。あくまでもついでだからな」

「ハハ、それでいい。それでお前さんはやってくれるだろうしな」

ずいぶんな期待を持たれたものだ。

「ならそろそろオレは行くぞ。美味い茶もご馳走になったことだしな」

「ヒイロ様なんて、どこへでも行けばいいですの!」

まだ怒っている様子のファラ。どうにかしろとジュドムたちが見つめてくる。

「……はぁ。おい第二王女」

「…………」

「聞いてるのか?」

「…………」

「第二――」

「名前でお呼びしてくれるのなら返事して差し上げますの」

「…………………………………………ファラ」

「……何ですの?」

それでも顔は背けたまま。

「何だかよく分からんが、これからも頑張れよ」

すると彼女は諦めたように大きな溜め息を吐くと、顔を日色へと向ける。

「ヒイロ様も、ご無理をなさらないように」

日色は頷くと、『転移』の文字を書く。

「あ、あのタイシ様たちに、リリスは元気ですと伝えてください!」

「気が向いたらな」

リリスへ軽い返事をしておく。大志たちに会うことがあればと、一応頭の片隅にでも置いておく。

「ヒイロ、頼んだぜ、いろいろとな」

ジュドムの次にウェルが「頑張ってください!」と言ってくる。短く「ああ」とだけ答えると、一通り四人の顔を一瞥してから、

「じゃあな」

と、だけ言って魔法を発動させた。

「また、会いに来てくださいですの、ヒイロ様」

最後にファラの声が室内に響いた。