軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

218:さらなる高みを目指して

気絶したレッグルスにミミルたちが駆け寄る。見たところ大した傷は無い。

いきなり《現象の儀》に目覚めて精霊を召喚したから気力を使い果たしたというところだろう。

「レッグ兄さま……」

「死なないでくださいわたしの旦那様ぁぁぁぁぁ~っ!」

ミミルはしおらしいが、ドウルの発言には少し引く。いつからレッグルスがドウルの夫になったのだろうか……。

プティスやニッキも心配そうに彼を見つめているが、日色はその場から少し離れた場所に向かったデュークキーパーに視線を向ける。向こうも視線に気づいたようで日色に向かって、軽く頷いた後、遠くにある大木へ向かって歩き出した。

ついて来いということだろう。

「ニッキ、ついてこい。……それと、レッグルスのことは任せるぞ」

ニッキは「はいですぞ!」と言って隣に位置取り、プティスはコクッと了承したといった感じで頷きを示す。

デュークキーパーの後を追い、大木のところまで向かう。遠目からは大木の周囲に色とりどりの草花が咲いていると思われていたが、それはある花に光が反射してオーロラのような輝きを放っていたためにそう見えていただけだった。

「この花は?」

「これは《銀米草》だ」

「お、これがか!」

その名の通り、銀の花びらをつけたコスモスに似た花。デュークキーパーがその花びらを一枚取ると、日色に手渡してくる。

「両手で擦り合わせてみるがいい」

「……?」

見た感じ、確かに美しい銀色をしているが、ただの花びらのように見える。言われた通りに両手で覆い擦り合わせてみると、手の中に違和感が生じる。何やら小さな粒々が次々と生まれている感覚。

慌てて手の中を覗いてみると、そこには少し破れた花びらと、銀色に輝く米粒のようなものが何粒も現れていた。

「《銀米草》の花びらは米粒でできている。見た目ではなかなか判別つかないかもしれないが、そうやって擦り合わせることで分離させることが可能」

「なるほどな。面白い花だ」

「ボクもできたですぞ!」

いつの間にかニッキも花びらを米粒に分離していたようで、それを見せつけてくる。

「お主はこれも欲しいのだろう? 勝利の褒美として持っていくがよい」

「やったですぞ! 師匠、これきっと美味しいですぞぉ~! ……師匠?」

ニッキは手放しで喜んでいるが、日色は彼の発言に引っ掛かるものを覚えて彼を睨みつけていた。

「……どうした?」

「お前、ホントにモンスターか?」

「今更何を言う?」

「オレはここへ来て、お前に《銀米草》が欲しいと一言も言った覚えなどない」

「……実は我は心が読めて――」

「有り得ないな。だとしたら先程の戦闘でも、オレの罠にいちいちかかるわけがない。それに極めつけは――」

日色は『覗』の文字を右手の指先に書いて発動していた。

「何故、お前には《ステータス》がないんだ?」

「…………」

黙るモンスター。いや、日色の中ではある程度答えは出ている。今目の前にいる相手が一体何者なのかが。

「お前――――――――タマゴジジイだろ?」

「ええっ!?」

ニッキはギョッとなってデュークキーパーを凝視する。驚くのも無理はない。見た目からして明らかに違うのだから。それに彼はぎっくり腰で洋館の中にいるはず。

「オレが《銀米草》を欲しているのは奴なら知ってる。何らかの方法で先回りして、ここで待ち受けていたと考えるのが自然だ。さあ、答えろ」

顔の無いモンスター然とした相手と見つめ合いしばらく時間が過ぎる。するとデュークキーパーがチラリと、遠くにいるレッグルスたちを一瞥してから顔を日色へと戻す。

「……さすがじゃのう、《文字使い》よ」

声が変化し、完全に思い描いていた人物の声音が耳に入る。ニッキも口をあんぐりと開けたまま固まっている。

「やはりな。つまりこれは茶番だったってわけだ。そう考えればあの包帯女の妙な落ち着きも納得がいく」

「ほう、どういうことじゃて?」

「もしアンタがただのモンスターで、侵入者を殺そうとしているのなら、レッグルスに想いを寄せている包帯女がもっと取り乱してもいいはず。だがアイツは一応典型的な忠告はしたものの、それ以降はほとんど口を挟まなかった。戦っている時も、どこか安心していたような感じだしな。モンスターがアンタならそれも納得だ」

「本当によく見ておるんじゃて。敵わんのう」

「そんなことよりアンタ、結界から出られないんじゃないのか?」

「ああ、安心するんじゃて。これは分体じゃて」

「分体? 分身みたいなものか?」

「そう、まあこの分体に力を集中させておるから本体は眠っておるがのう。それに行動範囲も結界からそれほど離れることはできんという制限つきじゃて」

「なるほどな。それで今回こんな試練をした理由は?」

「なあに……」

デュークキーパーならぬドゥラキンがレッグルスに顔を向ける。

「初代獣王であるジングウードとの約束じゃて」

「約束?」

「彼が言っておった。自分の血を引く者が、いつかここへ来ると。その時、全力で腕試しをしてやってほしいとのう」

「…………」

「現獣王とはすれ違ってしもうたが、あの若い次代獣王と会えて良かったぞい。これでジングウードとの約束が叶った」

どうやら前にも言っていた通り、ジングウードとは知り合いらしい。しかも約束を取り付ける間柄だということは、それなりに深い関係だったのだろう。

「お主から見て、あの子はどんな感じじゃて?」

「あ? レッグルスか?」

「ふむ」

「まだまだ甘いな。ようやく《現象の儀》ができるようになったみたいだが、一発で気絶するとは情けない限りだ」

「ファファファ、厳しいのう」

「厳しく判断するのは当然だ。奴は次の獣王なんだぞ? レオウードからも容赦するなと言われてる」

「うむ。じゃが奴は本物じゃて。お主もそうじゃが……良い人材というのは精霊に好かれるもんなんじゃて」

戦っていた時の雰囲気とは別格に感じるほどの優しげな風格を漂わせ、レッグルスとドウルを見つめている。

「アンタ、オレが精霊と契約してることも見抜いてるな?」

「こう見えても『虹鴉』じゃて。お主のその腰に携えておる刀を見るだけで精霊が宿っていることは一目瞭然」

やはり老いても『虹鴉』。その観察眼は鋭い。それに分身体であれほどの強さを持っているということはさすがだった。

「さて――」

ドゥラキンが大木の近くへ行くと、その幹にそっと触れる。すると驚いたことに、触れた部分が光り輝き、そこから光に包まれた何かが出現した。

彼はそれを受け取ると、日色のもとへ戻ってくる。

「これが《黒樹の種》じゃて」

「デ、デカイな……!」

「お、大きいですぞ……!」

二人して驚く。それほどの大きさ。見た目は向日葵の種のような細長い物体だが、黒々とした削る前の鰹節の塊のような大きさをしている。

「《銀米草》は好きなだけ持って帰るとええ。あ、ワシのことはレッグルスには内緒にしてもらいたい。それじゃ、館で待っておるからのう」

そう言うと、ドゥラキンはスーッと消えていった。

「よし、ニッキ。《銀米草》を回収するぞ!」

「はいですぞ!」

洋館へ帰るとぎっくり腰が治ったのか、穏やかな笑みを携えたドゥラキンが出迎えてくれた。ちなみに《銀米草》は大量に袋に詰めて、【獣王国・パシオン】の厨房に『転送』の文字で送っておいた。

回収したら送ると一応言っておいたので大丈夫だろう。……量はかなりのものだが。

《黒樹の種》についてはレッグルスが自らの手でレオウードに渡した方が良いと思ったので彼に預けておいた。

「もう帰るのかのう?」

「ああ、ここには用事がなくなったからな」

「そうじゃのう……ただまあ……」

ドゥラキンの視線の先――――。

「ふぎゃぁぁぁぁ~っ! 嫌ですぅぅぅぅ~っ! ここにず~っといてくださいよぉぉ~っ! レッグルス様ぁぁぁぁ~っ!」

レッグルスに泣きついているドウルがいる。レッグルスが帰るということは離れ離れになるということなので寂しいに違いない。

「これドウル、我が儘はよすんじゃて」

「ドゥラキン様のお馬鹿! この機を逃したらわたしってば一生独り身ですよ! 童貞で満足しているドゥラキン様じゃないんですから、わたしは愛するお方と一生を添い遂げたいんですぅぅ!」

「だ、誰が童貞で満足しておるんじゃて! ワシだってのう、ほ、本気になればいくらでも若い子をゲットできるんじゃて!」

「ふ~んだ! こんなとこに若い女の子がのこのこやって来るわけないじゃないですかぁ! あ、それともミミルさんたちを狙っているのですか! 嫌っ、来ないで歩くロリコンッ!」

「ええい! 誰が歩くロリコンじゃぁ! ワシはノーマルじゃてっ!」

「信じられませんよっ! その枯れ切った肉体で幼女を襲うつもりなんですね! ミミルちゃん、プティスちゃん、ニッキちゃん、早く館から出ていくんです!」

「もう黙れぃ、この妄想爆弾娘めぇぇぇぇぇっ!」

二人のやり取りを見ていると平和だなと思ってしまう。ミミルたちも面白そうに微笑んでいる。

「と、とにかくじゃ、ドウルはここでやるべきことがあるんじゃから、少しくらい我慢せんか! すべてが終わったら会いに行けばよかろう」

「いいんですかっ!?」

「う、うむ」

「やったぁぁぁっ! ねえねえ聞きました? 聞きましたよね皆さん! ああ~任務が終わったらわたし……結婚するんだぁ」

「おめでとうございます、ドウルさん」

「おめでとうですぞ!」

「うん、めでたい」

ミミル、ニッキ、プティスが祝いの言葉を述べる。ただまあ、死亡フラグな感じがしないでもないが……。

「うん! ありがと~っ! わたし幸せになるね~!」

だがそんな彼女たちを引き攣った笑いでレッグルスは見ている。まあ、他人事ではないのだから仕方ないのかもしれない。

「良かったな、将来の相手が早々に見つかって」

「ヒイロくんっ!?」

何となくからかってやりたくなったので肩をポンと叩いておいた。

それから帰宅の準備を整えていると、ドゥラキンが日色のもとへやって来た。

「《文字使い》……いや、ヒイロよ」

「何だ?」

「まだ少し時間があるようじゃが、気をつけるんじゃて」

「…………」

彼が窓の外に浮かぶ【ヤレアッハの塔】に視線を置く。

「奴らは必ず世界に……お主に牙を向けてくる。時がくればワシがお主を呼ぶ。ここの結界の意味はもう分かっておるじゃろ?」

「……ああ」

「ならばええ。その時が来るまで決して油断してはならんぞい?」

「肝に銘じておこう」

「うむ。お主の信じる者たちが、お主を裏切るかもしれん。しかしそれは本心ではない。心を強く持て。あとは――」

「もういい」

「む?」

「歳を取ると心配性になるのはホントなんだな」

「むぅ……」

「オレは先代とは違う。どんなことがあっても諦めたりはしない」

「…………そうか」

ドゥラキンは孫でも慈しむような笑みを浮かべる。

「気をつけての」

「ああ」

そして日色もまた彼に祖父のような雰囲気を感じていた。

(オレに祖父がいれば、あんな感じだったのかも……な)

日色たちがドゥラキンとドウルに別れを告げて『転移』の文字で【パシオン】へと帰った。

【獣王国・パシオン】へ帰ると、さっそくレッグルスとプティスは《黒樹の種》をレオウードのもとへ持っていった。日色はその前に用事があると言って、厨房へと急いだ。

もちろん《銀米草》がちゃんと届いているかの確認である。ニッキもミミルもついてくるというので一緒に向かった。

「……あ、オッサン?」

厨房に入ると見知った顔を見つける。アノールド・オーシャンだ。

「おうヒイロじゃねえか! お前だろ、この大量の花を送ってきたの? 料理人たちがあまりの量でひっくり返ってたぞ?」

「一応送ると前もって言っておいたはずだ」

「にしてもこの量はなぁ」

厨房の三分の二ほどの空間を埋め尽くすほどの大風呂敷の群れ。この一つ一つに《銀米草》が詰め込んである。料理人たちは風呂敷を解いて大量のソレを整理するのにてんやわんや中らしい。

「オッサンは何故ここに……ってアンタの後ろでチラチラ見えてるのは何だ?」

よく見ると、アノールドの陰に隠れてチラチラと日色を見ている少女がいる。いやまあ、誰かは分かってるのだが……。

「何やってるんだ、ミュア?」

「あぅっ!?」

顔を真っ赤に染め上げながら素早く全身をアノールドの後ろに隠すミュア・カストレイア。もう何度か会っているはずなのだが、まだこうして面と向かうと照れた素振りを見せる。

「や、やっぱ名前で呼ばれるのは緊張するよぉ……」

小声でそんなことを言っているが、日色の耳には届いていない。そんな彼女を見てミミルはクスッと笑みを零すと近づいていく。

「ミュアちゃん!」

「あ、ミミルちゃん、お、おかえり」

「はい、ただいまです! ほらミュアちゃん、そんなところに隠れていないで出てきましょう!」

「あ、引っ張らないでミミルちゃん! わ、わたしまだ心の準備が!」

「もう、いつもそれなのですから! ダメです!」

強引にミュアの腕を引っ張り表に出すミミル。

(まあ、オレも最初は何となく恥ずかしい感じだったが、コイツのこれは少し大げさ過ぎやしないか?)

さすがの日色も、キスをされて好きだと言われてそれが親愛からくるものだなどとは誤解しない。それまでは精々が兄を慕う妹のような想いだと思っていたが、ミュアの日色への想いが異性に対するソレなのだということはさすがに理解できている。

なので戦争が終わり目を覚まして初めてミュアに会った時は、日色も初めて会いたいような会いたくないような不可思議な想いと緊張感があったが、今ではそれも和らいでいる。

だが会う度にミュアはまだ新鮮な態度を見せてくるので、逆にこちらが恥ずかしくなってしまう感じだ。

「あ、あのあの、そのですね……ヒイロ……さん」

「何だ?」

「あ……っ!?」

前に出てきたミュアと目を合わせた瞬間にボフッと彼女の頭から湯気が立ち昇り、その衝撃のせいかよろめいたので日色はそっと彼女を受け止める。

「はにゃっ!?」

さらに紅潮する彼女の顔。これは熱湯風呂我慢大会でも参加したみたいにのぼせ上がった表情だ。どことなく涙目だし。

「あ、あうあう……ヒイロさんの顔……ふにゅ~……!」

グルグルと目を回してそのまま日色の腕の中で失神してしまった。

「お前……初心過ぎるだろ」

「ふふふ、ミュアちゃんですから。でも羨ましいです」

「は? 何がだ?」

「だってヒイロさまの初めてを奪ったんですから、ミュアちゃんは。一歩リードされちゃいました」

「…………」

ミミルの気持ちももう分かっている。彼女もミュアと同じ想いを自分に抱いているということは。

「ミミルだって負けていられません! 覚悟していて下さいね、ヒイロさま!」

「むむむ! ボクだって師匠のこと大好きですぞ!」

ニッキも参加してくる。この子に関しては純粋に師を慕っている気持ちの方が強いだろう。だが本当に何故だろうか……。

(何故こうもオレは子供に好かれるんだ……?)

日色最大の謎である。

(まあ、嬉しいか嬉しくないかといえば、嬉しい方なんだが…………幼女だしな……)

こちらとしては恋愛対象としてみるのは抵抗があり過ぎる。また恋愛など今までしてきたことがない日色にとっては、とても難しいテーマなのだ。

ただ彼女たちに好きと言われると、心の奥が温かくなるのは心地好いとは思っている。

「くそぉ……ヒイロめ……ミュアの初めてを奪っただけじゃなく、ミミル様のも奪うつもりか……このロリコン野郎め……」

ブツブツとアノールドが爪を噛みながら妬ましいことを言っているみたいだが、

「ロリコンはアンタだろオッサン」

「何っ!? 俺の心を読んだのか!?」

「声に出てたぞバカ」

「くっ……ああもう忌々しいっ! 何でコイツばっかモテんだよぉ! 俺だって恋がしてぇぇぇぇっ!」

「厨房で叫ぶな変態。そんなことより暇なら料理しろ鬼畜」

「おいこらテメエ! 誰が変態で鬼畜だ! いっぺんぶん殴るぞホントまったくよぉ!」

とまあ、通例のやり取りをした後、気絶したミュアをアノールドに任せて日色はレオウードのもとへと向かうことにした。

彼がいたのは《玉座の間》であり、すでにレッグルスから粗方の説明を受けていたようだ。

「おおヒイロ、待っておったぞ」

「ああ」

「ずいぶん珍妙な体験をしたようだな」

「まあな。ん? もしかしてタマゴジジイのことも聞いたのか?」

「ざっくりとはな。しかしまさか、あそこにそのような者がいたとはな。しかもアダムスとの交流がある人物とは……驚きだ」

「今そいつのことはいい。それで? 《黒樹の種》はどうするんだ?」

「おお、そのことだ。実はな、今から《始まりの樹・アラゴルン》があった場所へ皆で向かおうと言っていたところだったのだ」

「ほう」

「お前もついてきてくれ」

「別に構わんぞ」

レオウードは触れを出した。その内容は、これから新たな《アラゴルン》の誕生を見せるというようなもの。

城中の者だけでなく、国中の民たちが一挙に《アラゴルン》のもとへと集まってきた。レオウードは皆に見えるように《黒樹の種》を高々く持ち上げる。淡い光に包まれた種。

民たちがそれを見て感嘆の溜め息を漏らしている。

「皆の者! ここに我らの《アラゴルン》の復活を願ってこの《黒樹の種》を埋めたいと思う! 聞いてくれ! この種は息子であるレッグルスが、我らが英雄――ヒイロとともにある場所へ行き手に入れてきてくれたものである!」

「「「「おおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」」」」

日色を英雄視している者たちや、レッグルスを慕っている者たちばかりなので、大いに喜びの声を上げている。

「これより、新たな《アラゴルン》誕生をその眼に焼き付けておくのだ!」

レオウードは種を胸の前まで持ってくると、身体をレッグルスへと向け腕を突き出す。

「え……父上?」

「これはお前が試練を乗り越えて勝ち取ったものだ。お前の手で埋めるのだ」

「…………分かりました」

レッグルスが種を受け取ると、ざわついていた観客たちも静まり返る。これから一世一代の歴史的瞬間を見逃さないように誰もが息を呑んでいる。

レッグルスがゆっくりと歩き、《アラゴルン》が存在した場所に立つ。

「……《黒樹・ベガ》よ。我らが創世の大樹よ。今この時をもって、再び我らの前にその姿を見せたまえ」

レッグルスが種を持った両手をそっと前方へと突き出す。種がフワリと自然に浮き、ひとりでにゆっくりと雪が落ちるような感じの速度で大地へと落下していく。

そのまま土の中へ吸い込まれるようにして消失した種。すると乾いた大地から次々と草花が生えていく。《アラゴルン》が死んだ時、周囲に生えていた緑も軒並み枯れ果ててしまていて、大地も乾いていた。

しかし今、種が吸い込まれた瞬間、大地は瑞々しい色合いを取り戻し、緑を復活させた。更にその中心――――ピョコッ!

一際大きな芽が姿を見せた。

そしてその姿を見た者たちが――。

「「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおっっっ!」」」」

大気を割らんばかりの歓声を響かせる。その芽はまさしく大樹の新芽である。

「皆の者ぉっ! ここに新たな《アラゴルン》が誕生したっ! 今宵は宴だぁぁぁぁっ!」

レオウードの声に呼応して、全ての者があらん限りの声を発し喜色満面の態度を現す。やはり獣人にとって《アラゴルン》が特別なのだと改めて理解させられる。

ここに《始まりの樹》ならぬ《次世代の樹・アラゴルン》が復活した。

まさに、歴史が作られた瞬間であった。

その日の【獣王国・パシオン】には悲しい色は一つも無かった。

誰もが嬉々とした表情で新たな大樹の新芽である《次世代の樹・アラゴルン》に両手を合わせて祈りを捧げている。

誕生を鼓舞するように、その近くでは太鼓を叩く音と軽やかに踊る踊り子たちを見ることができる。

また簡素ながらも舞台が作られ、その上でオカリナのような笛を持った者たちが身体を動かしながら吹いている。まるで小さな音楽祭のようだ。

レオウードが宴だと言ったことで、すぐに皆が祝いのために行動した。ちょうど日色が採取してきた《銀米草》も大量にあるということで、それを利用した料理を皆に振る舞おうとしている。

「あっという間に宴モードだな」

「おお~! みんな嬉しそうですぞ! 祭りですぞぉ!」

日色の隣ではニッキもはしゃいでいる。彼らのはしゃぎぶりは理解できるが、まさに喜び一色。泣いている子もつい笑ってしまうほどの賑やかさが国中に広がっている。

もうすぐ日が沈む。昼と夜の隙間の時間帯。夕日が国を朱く照らす。

「それに、レッグルスはレッグルスで引っ張りダコみたいだな」

《黒樹の種》を手に入れるために試練を乗り越えたレッグルスの周りには女性たちが群がっている。美女たちばかり。恐らくこの機会にレッグルスとお近づきになろうとしているのだろう。

次代の獣王として、しっかりと結果を残した彼に惹かれる女性は多い。また彼には男性も憧れており、兵たちに多く慕われている。

ただ今の状況をドウルが見たらヤンデレ化する可能性が大なので、決して伝えることなどはできない。まあ、伝えてみたいという好奇心があることは否定しないが。

「ヒ、ヒイロさんっ!」

「あ?」

背後から声をかけられたので振り返ると、そこにはミュアがいた。

「あ、あのあの……こ、これぇ!」

そういって差し出してきたのは竹を縦に割って器にしたもの。その中には白銀に輝く米がぎっしりと詰まっている。そこから漂う香りが鼻に入り、一気に口内の唾の量が爆発的に増える。

「……もう料理ができたのか?」

「あ、その……これはわたしが作りました」

「ほう、お前が。くれるのか?」

「は、はい!」

やはりまだ対面することに慣れきっていないようで緊張感を持っているミュア。日色は彼女から竹を受け取る。

「そ、それは《銀米草》の《銀米》で作った《炊き込みご飯》です!」

「このニオイ、美味そうじゃないか」

「ど、どうぞ! 召し上がって下さい!」

「ああ」

この《炊き込みご飯》に入っている食材はいろいろある。シイタケ、ちくわ、タケノコ、ニンジンなどなど、小さく切られた具材がご飯に混ぜられてある。さらに微かに赤い粒が見えるので、これは唐辛子だろう。

「あむ…………んんん~っ!?」

自然と頬が緩んでしまう美味さ。《炊き込みご飯》独特の香りが鼻から外へと抜け出ていく。それぞれの具材の味がハッキリと伝わってくる。タケノコとニンジンのシャキシャキとした歯応えもアクセントとなっている。

シイタケとちくわの甘さがご飯に満遍なく滲み出ている。また唐辛子がほどよいピリ辛を演出していて手が止まらないほど胃がもっと運んでこいと命令してくる。

特にこの《銀米》だ。多分、これだけでも相当な美味さを備えているのだろうが、ちゃんと具材の全てを引き立たせている。

(こんな米、食べたことがないぞ!)

とにかく美味い。その一言に尽きる。

「ど、どうですか?」

不安気に尋ねてくるミュアに、日色はグーサインを出して答える。

「ああ、やるじゃないかミュア」

「あぅ……う、嬉しいですぅ……えへへ」

両手を頬に当てて嬉しそうに破顔している。

「ああ! 師匠だけずるいですぞ! ボクも欲しい~!」

「ふふ、ニッキちゃんのもあるよ。こっちおいで」

「はいですぞ!」

ニッキはミュアに連れられて去っていく。そこへ代わりにやって来た人物がいる。

「楽しんでいるようだな、坊主」

「……チビウサギか」

現れたのはアノールドとミュアの師でもあるララシーク・ファンナルだ。可愛らしいウサミミも健全である。

「何でワタシはまだあだ名なんだよ」

「その方がしっくりくるからな」

「……まあいい。ずいぶん面白そうな話を聞いたそうじゃないか」

「あ? もしかしてレオウードから聞いたのか?」

「まあな。だがまさか預言書なんてものがあるなんてな。まだ信じられねえんだが」

「心配するな。オレもだ」

「だよな。今までの自分の行動が、まさか操られたものかもしれねえなんて考えはしたくねえしな」

彼女の言う通りである。ただドゥラキンの言い分も否定できないので、日色としては何とも言えないのが現実だ。

「お前さんは『神人族』とやらを止めようとしてるのかい?」

「オレの邪魔をするようならな」

「そうかい。でもならどうやって【ヤレアッハの塔】に行くつもりなんだ?」

それが大きな問題だ。ドゥラキンも問い質してきたが、それには答えられなかった。魔法を使っても行けないというのだから悩みどころである。

ただ一つ、アダムスが作った転移魔法陣がどこかにあるかもしれないので、それを探すという手もあるが……。ただ『神人族』が簡単に見つかるようなところに設置しているとは思えない。どうしたものか……。

「一つだけ、方法があるかもしれねえぜ?」

「……! ……どういうことだ?」

「今、クソ兄が長年をかけて造っているあるものがもうすぐ出来上がる」

「あるもの?」

「お前さんにも手伝ってほしいとか言ってたが、アレならもしかすると塔へ行けるかもしれねえ」

「そんなものが?」

「まさしく史上初めての大発明だろうがな」

さすがはマッドサイエンティスト。どんなものを作ったのか知らないが、史上初めてということは、あのアダムスでも作れなかったものということ。まったく恐れ入る。

「オレが手伝えば完成するのか?」

「お前さんがいなくても完成はするが、より完璧を求めるならお前さんの手助けが必要だ。何せ相手は――」

ララシークが忌々しそうに空に浮かぶ金色の塔を睨みつける。

「あんな高みから見下ろせるような奴らなんだからな」

「……分かった」

「助かるぜ。んじゃ、明日頼むな」

パンと日色の尻を叩くと、白衣のポケットから酒を取り出し呑み始めると、その場から去っていった。

(相変わらず、幼女が酒を呑む姿ってのはいつ見ても違和感抜群だな……)

ああ見えて二百歳をゆうに超えているというのだから異世界はまさにファンタジーである。

その時、一際大きな太鼓の音が響いた。音に導かれ視線を向けると、舞台の中心に一人の少女が立っているのを視界に捉えた。ミミルである。

同時にざわついていた周囲が鎮まる。誰もが両手を胸の前で祈るように組みながら目を閉じている彼女の姿を凝視していた。

そこへ笛の音が優しく響き出す。そしてゆっくりとミミルが閉じていた目を開き、その小さな唇を震わせ始める。

この大空の下 広い大地に抱きしめられ

ここに生まれてきた わたしたちを見守る命

いつも震えていた もう二度と会えないのだと

でもあなたはここに その姿をまた見せてくれた

吹き抜ける風に抱かれて 夢のような時間をくれる

優しい温もりとともに 帰ってきてくれたことを

この喜びを心から 祝わせてほしい

この声 あなたに届いていますか マイフレンド

ミミルの美しい歌声が皆の心を満たしていく。スーッと何の抵抗も無く胸の中に入ってくる彼女の声は日色の精神も穏やかにしていく。まるで優しい風に包まれているようだ。

彼女の周囲にポワ、ポワ、ポワと蛍の光のようなものが出現する。

あれは――精霊だ。

『精霊の母』の転生体だからこそできる、精霊の創造。

本人は意識してやっていないだろうが、幻想的な空間に皆がうっとりとして酔いしれている。

この歌は恐らく《アラゴルン》に向けて作られたものだろう。驚くことに《アラゴルン》の周りにも精霊が次々と生まれていく。まるで《アラゴルン》がミミルの歌に応えているかのように……。

歌は続き、しっとりとした時間が流れていく。

(さすがはミミルだな。大したものだ)

しかし日色は気づいていなかった。この宴に注目していた者たちがいるということに。夜空に浮かぶ金色の塔――――一度だけ怪しく光り輝いたのをこの場にいる者たちは誰一人として感じ取ることができなかった。

宴ムードが数日続き、その間は日色もいてくれたので、ミュアとしてはしばらく会っていなかったこともあり気恥ずかしさを感じながらも嬉しかった。

まだ面と向かって二人っきりで長時間喋ることはできない。

やはりあの時の…………キスが脳裏に浮かんでしまってとてもではないが真正面から日色の顔を見る勇気が無い。

(はわぁ~……ヒイロさんはどう思ってるんだろ……)

まだ早朝。ベッドの上で寝転びながら彼のことを考える。告白だってしたし、それ相応に態度まで現した。

あれが最後だと思ったからこその大胆な行動。まさか生き返られるとは思ってもいなかったので、自分がしたことを振り返ると顔がマグマのように熱くなる。

「しかもだよ……何で急に名前を呼ぶようになったの? 反則だよぉ~」

枕を抱えてゴロゴロと動き回る。本当に反則だ。今まで素っ気ない態度で「チビ」としか言わなかったのに、何故か甦って会った瞬間から「ミュア」と呼んでくれた。

ずっと名前で呼んでほしかったので嬉しかったが、いきなり過ぎて心臓が爆発するかと思った。

「ほんとにヒイロさんは…………わたしを混乱させてばっかなんだからぁ」

でもやっぱり嬉しいのだ。再び日色やアノールドたちと過ごせる日常が何よりも心が躍る。生きていて良かった。心底そう思える。

「でもヒイロさん、今日には帰るんだよね…………寂しいな」

いっそのことついて行きたいという衝動にもかられるが、まだまだこの【獣王国・パシオン】でやるべきことがある。ララシークとの特訓も完結したわけではない。

あの時、戦争の時に自分の中で目覚めた『銀竜』の力を完全に制御するためには、もっと修練を積む必要があるとララシークに言われた。

あの時の力をいつでも満足に引き出せるようにしなければならない。そしてそうすれば、今後、もっと日色の力にもなれる。

「だから頑張るって決めたんだもん。あ、でも一昨日からヒイロさん、ずっとお師匠様とどこかへ出かけてるんだよね……どこに行ってるのかな?」

アノールドに聞いても分からないと言っていた。直接日色に聞けばとも思うが、帰ってきた日色の顔がやけに深刻そうな表情だったので聞けずにいた。ニッキも知らないとのことらしい。

「何が大事なことをしてるんだろうなぁ、ヒイロさんのことだから」

まだまだ自分が頼られる立場にいないということを痛感してしまう。

「うん! だから強くなるんだもん!」

そうすれば胸を張って日色の隣に立てるはず。

ミュアはパジャマから服に着替えて部屋から出る。少しランニングでもしようと思い修練場へ向かう。すると修練場から声が聞こえてきた。

「はっ! とうっ! てやっ!」

見れば二人の人物が手合せをしている光景が映る。

「ヒイロさん……と、ニッキちゃん?」

静かに佇む日色に向かってニッキが突撃して拳や蹴りを突き出している。彼は彼女の攻撃の軌道を見極めて、腕や足で防御したり、上体を反らしてかわしたりしている。

「ふにゅぅ~っ! なかなか決まらないですぞぉ~!」

有効打を一度も当てられていないのだろう。ニッキが悔しげに拳を固めている。

「いいか、《太赤纏》の基本は魔力と身体力のコントロールだ。まったく同じだけの量を捻り出して混ぜ合わせるイメージを作れ」

「むむむぅ~」

ニッキの右手に青い光、左手に黄色い光が宿る。そのまま彼女はパンと両手を叩くと、合掌した部分が赤い光が生まれる。

「そのままを維持だ。気を抜くなよ。その《赤気》を拳に纏わせ維持しつつ、攻撃してこい」

「むむむ……はうわっ!?」

ニッキが合わせていた手を放そうとした瞬間、バチンッと赤い光が弾けてニッキが後方へ吹き飛ぶ。

「ニッキちゃんっ!?」

思わずミュアは叫んでしまっていた。

「ん? ミュア?」

「う~痛いですぞ~……あれ? ミュア殿?」

こっそり見ていたのに自分のバカと心の中で叱咤する。

「あ、あわわ! す、すみません! 修練の邪魔をしちゃったみたいで!」

「そんなことないですぞ! ミュア殿も修練ですかな?」

屈託のない表情でニッキが笑う。

「う、うん。少し走ろうかなって思って」

「ほう、いい心がけじゃないか。オッサンにも見習ってほしいものだ」

「はは、おじさんは……爆睡中かな?」

宴中、ずっとひっきりなしに、皆のために料理を作り続けていたから疲れているはずだ。

「あ、あの、もしかしてニッキちゃんに《太赤纏》を教えているんですか?」

無論日色に尋ねているが、目を合わせていない。……恥ずかしいから。

「ああ、コイツは精霊と契約できるくらいだからな。《太赤纏》とも相性がいいはずだ。というよりも、教えろとうるさくてな」

「ボクは師匠のように強くなりたいだけですぞ!」

「あはは、ニッキちゃんはどこまでも真っ直ぐだね。あのヒイロさん、見学させてもらっててもいいですか?」

少し勇気を出して彼の眼を見る。顔が火照ってくるが我慢だ。

「ああ、好きにしろ。ほら、続きだ」

「はいですぞ! むぅ、右手に魔力、左手に身体力……合体ですぞ! にょわぁっ!?」

今度は合わせた瞬間に弾け飛ぶニッキ。

「おい、集中しろって言っただろ。それに魔力の方が量が多い。まったく同じにしろ。もう一度やるから見てろ」

日色の右手が青白く、左手が黄色く光り輝く。パンッと乾いた音とともに彼が合掌した瞬間、彼の身体から一気に赤いオーラが噴出する。

まだ戦闘態勢でもないというのに、とてつもない力強さを感じる。

(こうやってじっくり見るのは初めてだけど、ほんとに《太赤纏》ってすごい……!)

その内包する力が数倍にも跳ね上がっている気がする。それにこれは熱気だろうか、傍にいるだけで炎がそこにあるかのように熱が伝わってくる。

日色がフッと《赤気》を消すと、再びニッキに「やってみろ」と言う。見ればニッキの全身から汗が噴き出ている。やはり生半可な鍛錬ではないことを知らされる。

結局その日は、ニッキが《太赤纏》をマスターすることはなかった。体力の限界に達した彼女は地面に倒れて息を苦しそうに吐き出している。

「今日はここまでだな」

「あ……あ……ありが……とう……ございましたぁ……」

「ヒイロさん、こんな修練を毎日?」

「コイツが望むんでな。まるでスポコンだぞ」

「はぁ、すぽこん……?」

意味は分からないが、何となく大変そうなイメージがする。

「ところで、お前も一つ手合せしてみるか?」

「ええっ!? わ、わたしがですか!?」

「嫌なら別にいいが」

「い、いいいえいえっ! 是非ともお願いしますっ!」

これは僥倖。まさか日色と一緒に修練できるとは。ここで自分がどこまで成長したか見せることができる。

「とりあえず体術中心になるが、お前は《化装術》を使ってもいいぞ」

「わ、分かりました!」

よしっと自分に気合を入れる。相手は魔神を倒した英雄。勝てるわけがないが、それでも持っている力を彼に見せてみたい。

「い、行きますっ!」

ミュアはすぐに今自分の中で最高の技を使うことにした。

「――《迅雷転化》っ!」

戦争時にはできても部分的な《転化》までだったが、今では全身を《転化》することが可能になっている。

「ほう、全身の《転化》か」

日色が感心するように目を見開いている。少しは驚かせられたみたいだ。

ミュアはそのまま突っ込むと、彼の腕に触れようとする。この状態だったら触れるだけで相手に感電させダメージを与えることができる。

だがミュアの手は空を掴んでしまう。

「え?」

その場から素早く移動した日色が、いつの間にか背後に立っている。

「こっちだぞ」

「っ!?」

ミュアはすぐさま振り返り、足に雷を流して最高速度で彼を捕まえに行く。しかし何度トライしても、まるで風でも相手にしているようにヒョイヒョイと簡単に回避されていく。

「はああはあはあ……す、少しも届かない……なんて」

力の差は歴然。いや、最初から分かっていた。だが全力を出しているのに、まだ相手は汗すらもかいていないというのが悔しかった。

「そ、そうだ……わたしはまだやれることが残ってる……」

ミュアは目を閉じて魔力を頭に生えている耳に集中させていく。

「……?」

日色もまたミュアの雰囲気が変わったことを察したようで目を細める。

(少しくらいなら制御できる!)

ミュアの耳が翼状に――《銀耳翼》に変化した瞬間、身体が羽のように軽くなる。バサァッと翼をはためかすと同時に大地を蹴り出す。

先程とはうって変わった速度に、日色も目を見開いて固まっている。

(いけるっ!)

パシッと彼の右手を掴むことに成功する。このまま一気に放電すれば――――そう思ったが、掴んだ手に激しい熱を感じてしまう。

「熱っ!?」

つい手を放してしまう。

「その耳まで使えるようになってるとはな、驚いたぞミュア」

日色はいつのまにか全身から《赤気》を溢れ出していた。先程の熱は《赤気》のせいだ。

「うぅ~……《太赤纏》なんてズルいですよぉ」

「そう言うな。まさかお前がここまで成長してたとは思っていなかったらついな」

「え? せ、成長してましたか!」

「ああ、ずいぶんとな。初めて会った時から考えるとビックリだ」

「そ、そっかぁ……えへへ」

嬉しい。成長したこともそうだが、何よりも日色に認められたことが最高に嬉しい。

「修練はここまでにするか、お前もずいぶん汗をかいたみたいだしな」

「え……あ」

気づけば全身がビッショリだった。つい夢中で力を使っていたみたいだ。

「あそこで寝てるバカ弟子と一緒に風呂でも入ってこい」

「あ、はい。あ、あのあの……ありがとうございました、ヒイロさん!」

日色は手を軽く上げると《王樹》の中へ戻っていった。瞬間、どっと疲れが押し寄せてくる。

(ふぅ……やっぱまだまだ遠いなぁ)

日色の後ろ姿を見ながらそう思う。しかし一歩ずつ確実に進んでいることも実感できた。

(うん、頑張ろ!)

ミュアにとって最高の一時だった。