軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

20:ブスカドルへの侵入

「そろそろ夜になるな」

ウィンカァを追ってきた日色たちは、夕焼け空の下、ようやく【ブスカドル】らしき施設を見つけていた。日色はさっと【ブスカドル】周辺に視線を巡らす。

(……馬車?)

少し離れた場所に馬車を発見する。別に馬車があっても不思議ではないので一瞥した後、ジッと施設を観察し、そして一つだけ壊れた窓を見つける。

するとアノールドもその窓に気づき指を差す。

「よし、あそこから侵入しようぜ! ミュアはここで待ってろ」

「え……あ……」

アノールドはミュアを危険がある施設の中には入れたくないと思ったようだが、ミュアは何かを言いたそうな表情をする。

「どうしたんだミュア?」

「……一緒に行きたいって言ったらダメかな?」

「ダメだ! 中にはどんな危険があるか分からねえ!」

「う……でも……」

日色はそれでも頑なに首を縦に振らないミュアを見ていた。どうしてそこまで彼女がついてきたがるのか何となく分かるような気がする。

もしかしたら自分だけが何もできない現状に不満なのかもしれない。

無力――かつて日色もそれを噛みしめたことがあるのを思い出し、咄嗟に頭を振って思い出を振り払う。

今回、ウィンカァとの出会いで、彼女を見つめるミュアの目が、明らかに羨望の光が宿っていたことを日色は気づいていた。

自分とそう変わらない歳の少女が、逞しく生きていることに少なからず嫉妬して、そしてその強さが羨ましいと思っていたのだろう。

だからこそ、ウィンカァを助けたいと自分の意見をハッキリ言ったし、ここでも放置は嫌だと思っているのだ。

だがアノールドの気持ちも分かる。彼が何よりも優先すべきものはミュアの安全だ。

今回はそのミュアのたっての願いということもあり、ウィンカァを救うために動いてはいるが、【ブスカドル】の中がどんなふうになっているか分からない状況では、おいそれとミュアの意見を通すわけにはいかないだろう。

だがいつまでもここで口論して、結果を出さずにいるわけにはいかない。

「おいオッサン、別に連れて行ってもいいだろ」

「はあ? お前何言って」

日色の言葉にミュア表情を明るくする。

だが無論アノールドは日色に対して噛みついてきた。

「あのなヒイロ、お前だってここが胡散臭え場所だって気づいてるだろ?」

「ああ」

「ここはすっげえキナ臭え! 俺の本能が一刻も早く立ち去れって言ってるぐれえだ! ここはハッキリ言って危険性が高え!」

「そうだろうな」

それはこの施設の雰囲気と、スカイウルフ(ウィンカァ通訳)から聞いた話から推測するとよく分かる。何かの実験場。

しかもこんな隠れるような場所でしか行われていないということから、それが表立ってのものだとは思えない。

「ならミュアには、ここで待っててもらう方が良いだろうが!」

ミュアもアノールドの言っていることが正論だと分かっているのか、途端にシュンとなる。

しかし日色は軽く溜め息を吐くと、「それでもだ」と言葉にした。

「は、はあ?」

「オッサン、このチビの意見を聞いてここまで来たよな?」

「へ? ……ああ」

「なら最後までコイツの意見を貫かせてみたらどうだ?」

「……はあ?」

「それともオッサンは、チビを過保護に、綺麗なものだけ見せて育てるつもりか?」

「…………」

「まあ、それでもいいと思うが、どうせならいろいろ経験させた方がオレはいいと思うぞ」

「ヒイロ……お前」

「後悔するのもしないのもチビ次第だ。コイツがどんな道を選ぼうが、その先でオッサンが手を貸せばいいだろ?」

日色の話に二人は呆然と聞き入っている。

「道を選ぶのはあくまで本人にさせろ。その上で、間違ってる道なら引き返せばいいし、引き返しもできない道で後悔するなら、それはそれで諦めるしかないだろ」

「諦めるのかよっ!」

「少なくともオレは他人に道を決められるのはゴメンだ。それこそ後悔してもし切れないからな。どうせ後悔するなら自分で選ぶ」

アノールドはミュアの目を見つめる。彼女もジッと見返している。

「その方が成長はすると思うぞ。さあ、さっさと決めるんだな」

二人は互いにしばらく見つめ合った後、

「…………分かった」

アノールドが折れることになった。瞬間、ミュアはホッとしたように微笑みを浮かべる。

「だがミュア、絶対に俺の傍から離れんなよ?」

「うん! 離れないよ!」

ようやく話がまとまったと思い日色は嘆息する。

「そんじゃ、さっそく――」

「待てオッサン」

歩こうとしたところに肩を掴んで制止させる。

「な、何だよ! 早く行かねえとウイがヤベえかもしれねえんだろ?」

「それは今さっきまでグチグチと口論してたオッサンが言えることじゃないな」

「う……くそぉ、相変わらず性格の悪い奴め……」

「黙れ。いいからついてこい」

二人は日色の行動に首を傾けながらも、仕方無く後を追って行った。歩きながら日色はアノールドに対して言う。

「オッサン、今回は借りを返すためにオレは行動するが、改めて聞く」

「何だ?」

「これが依頼として、オッサンは何を望むんだ?」

「……ミュア」

アノールドはミュアにその依頼内容を託す。ミュアも小さく頷くと、口を動かす。

「ウイさんを助けて上げてください!」

「……助ける……ね。何か漠然としてるが、とりあえず、アンテナ女をサポートすればいいんだな?」

「は、はい!」

「めんどくさそうだが、まあいいか。ならさっさと行くぞ」

「だからどこにだよ。窓は向こうだぜ?」

侵入経路として窓を考えるなら、もう通り過ぎてしまった。今は施設を大きく迂回しているのだ。

「この施設は恐らく何かの実験場で、あの施設の造り、そして金網に囲まれている様子を見れば、侵入者を防ぐようにできてるってことが分かる」

「ん……そうなのか?」

「こういう施設では、侵入者を感知するための仕掛けがあるのが普通だ。本来なら赤外線センサーとか体感センサーなどがあるが、この世界にはそういう装置よりももっと便利なものがある。それは魔法だ。恐らく施設に一定以上近づくと、中の連中に侵入者の存在が知れ渡るような結界が施されてる可能性が高い」

日色の話をキョトンとなって聞いている二人。日色がそれほど考えているとは思っていなかったようだ。失礼な話だ。

「お、お前……何でそんなに詳しいんだ?」

「あくまでも本で得た知識だ。完璧じゃない。結界のことだって推測だしな。だが迂闊に近づかない方が良いのも確かだ」

日色が言ったことは正しいのだが、真実でも無かった。何故なら結界で施設が覆われていると判断できたのは、ある文字を使用したからだ。

それは『視』。この世界に赤外線センサーなどがあった場合、この『視』の文字で視認できるようにした。

しかし視えたのは施設を覆っている薄い膜だった。それに金網には電流が流れているのも確認できた。これは侵入者が触れた場合、動けなくさせることが目的だろう。

そして施設を覆っている薄い膜は明らかに怪しい。そこで推測を立てたのが、侵入者を感知する結界だ。

この考えは恐らく合っていると思った日色は、馬鹿正直に真正面から行って、わざわざ自分たちの存在を知らせることはないと思い、こうして施設の周りにやって来たのだ。

(よし、結界はここまでだ)

来た理由は、こうして結界の範囲を見極めたかったからだ。

ちょうど岩で覆うようにして造られている施設は、岩に当たって結界が終わっている。どうやら岩の中までは結界は通っていないらしい。

ならば岩の中を通って行けば、気づかれることなく施設内に入ることができる。

「おいヒイロ、立ち止まって何してんだ?」

「いいから黙って見てろ」

岩に近づき、今度は『穴』という文字を書いて発動させた。

「おぉうっ!」

突然岩に人が一人通れるほどの穴が開いたのでビックリするアノールドたち。

「行くぞ」

「……はぁ、何をどうしたのか聞いたところで答えちゃくれねえんだろうな……」

「た、たぶん……ね」

「ふぅ、しょうがねえ。今はとにかくウイだ。行くぞミュア」

「うん!」

日色の後を二人は追って行く。

「所長、そろそろ時間ですが?」

ペビンが鼻をほじって退屈そうにしているナグナラに声を掛ける。

「へ? もうそんな時間なのね?」

「はい、どうされますか?」

「ん~まあ、データはそれなりに取れたしいいのね。それに新しい検体も手に入ったのね」

ウィンカァを見つめながら楽しそうに笑みを浮かべる。どうやらウィンカァを検体として扱おうと考えているようだ。

「あと二、三分ほどですね」

「くふふ~、精々最後まであがく姿を拝ませてもらうのね」

あくまでもウィンカァが負けることを疑っていない彼らだが、その彼女は《万勝骨姫》を支えにして不安定によろめいているが、その闘気は増々膨れ上がっている。

ブラックキメラに一撃は与えたが、まだ絶命させるまでは至っていない。トドメを刺さない限り、ウィンカァとスカイウルフの命は無い。

「ぐ……身体が……っ!?」

ウィンカァは必死で身体を動かすが、やはり麻痺毒の効果が強いのか、足が言うことを聞かない。

それにスカイウルフも、少し休めたとはいえ、フラフラなのは変わりない。

そしてそのスカイウルフが鉄網に囚われているハネマルを見つめる。そして顔を動かしウィンカァの目を見る。

「ク~ン」

「……え?」

ウィンカァの耳にはある言葉が届いていた。

『助けに来てくれてありがとう。君は生きてくれ』

スカイウルフの言葉が分かるウィンカァは、何故今そのようなことを言うのか分からず眉を寄せるが、次の瞬間、スカイウルフは一目散に走り出した。

向かった場所はハネマルの所だ。金網の外にいるハネマルに向かって、スカイウルフは全力で突進していく。

「ははは、馬鹿なモンスターだ。この金網は鋼鉄製で、しかも電流も流してある。自殺行為だ」

ハネマルの傍に立っている白衣を着た男たちはそれぞれ馬鹿にしたように笑う。

パキ……。

「……へ?」

鉄が折れるような音が聞こえて――――――ガシャァァァンッ!

驚くことに金網が破れて、白衣の者たちの方へスカイウルフが向かって来ている。

「な、ななな何でっ!?」

「に、逃げろぉっ!」

男たちはその場から逃げ出していく。そして逃げて行く途中に、何か装置らしいものを落としていく。恐らくそれでハネマルを包んでいる網に電流を流していたようだ。

「ど、どういうことなのねぺビン!」

「……恐らく先程の彼女の攻撃が金網にも届いていたのでは?」

ペビンの推察通りだった。先のウィンカァの攻撃で金網にかなりの衝撃を与えていたため、こうしてスカイウルフの体当たりで壊れてしまったのだ。

先程スカイウルフが見ていたのは、ハネマルというよりも金網だったのだ。これなら今の自分でも破れると判断して突進したようだ。

だが金網には電流が流れている。もちろん突撃した際にその電流が体に流れている。バタンと力無く倒れるスカイウルフ。

「くふふ~見て見てペビン! もう少しってところで力尽きちゃったのね! 不憫な実験体なのね!」

ウィンカァは歯をギリギリ噛み締めてナグナラを睨む。

「……所長、どうやらまだ生きているみたいですよ?」

ペビンの言葉でナグナラは力尽きたと思われたスカイウルフに視線を向ける。ウィンカァも同様に顔を動かして確認する。

体中から血を流しながらも、必死に震える足に力を入れて立ち上がり、ハネマルの元へと向かう。

白衣の男が装置を落としたお蔭で、ハネマルを覆う網には電流は流れていない。後はこの網を何とかすればいいだけだ。

スカイウルフは網を縛っている部分を探し出す。そこにはまるでミカンが包まれているネットのように絞る形で紐が括りつけられていた。そのボロボロになった歯で、最後の力を振り絞り紐を噛み切ったのだ。

そしてハネマルは体を動かして、出口の穴を広げて脱出する。

ハネマルは力尽きて倒れたスカイウルフの頬を舐める。そして互いに視線を合わせる。徐々にスカイウルフの目の光が薄まっていく。

しばらくして、スカイウルフは動かなくなった。ハネマルはもう一度、頬を舐めると、

「ウオォォォォォォォォォンッ!」

まるで手向けの花の代わりに雄叫びを上げた。

(何て……悲しい声……)

ウィンカァの心にハネマルの悲痛な想いが伝わってきている。自然と目から涙が顔を出す。

ハネマルはそんなウィンカァを青い 双眸(そうぼう) で見つめると、ダメージを受けた体を動かしながら彼女に近よってくる。

「ハネマル……ゴメン……みんなを……守れなかった」

涙を流していると、ハネマルはウィンカァの頬にそっと顔を持って来て、ペロッと涙を舐めとった。

「う~何なのね何なのねあの感動シーンですって感じは! 思わず……ひっぐ……ぐす……お涙頂戴なのねぇっ!」

ウィンカァとハネマルの情を誘う場面に盛大に涙を流すナグナラ。

「ハンカチをどうぞ」

「ありがとうなのね」

この状況を作ったのが自分たちにも関わらず、何故ナグナラが涙を流して感動しているのかは誰にも分からない。

「いや~いいものを見せてもらったのね! 涙もろいワタシは痛く感激したのね! あ、ハンカチどうも」

ペビンにもらったハンカチを返そうとするが、

「そのような所長汁のついた汚物は結構です」

「そんな! あんまりなのね! ショックで痩せてしまうのね!」

「それは無理でしょう」

「ガ~ン!」

石化したように硬直してしまうナグナラ。

だがペビンは些かも感情を表に出すことなく平然と言葉を続ける。

「所長、そんなことより、そろそろ奴が暴れます。少し離れておきましょう」

「そ、そんなことって……へ? もうそんな時間なのね?」

二人は同じようにブラックキメラに視線を向ける。するとブラックキメラが突然叫び出す。

「グギャギャギャギャギャギャギャガガガガガァァァァッ!」

その叫びとともに、途端に暴れ出す。ハネマルはウィンカァの服を噛んで、ポイッと自身の背中へと乗せる。

金網に電流が流れていることもお構いなくブラックキメラは混乱しているかのように周囲に攻撃を撒き散らす。

「やはり二十分が限界でしたね」

「くふふ~、暴走したのね」

「ロウソクは燃え尽きる時が一番激しく燃えると言いますが、まさにそれですね」

「まあ、それもすぐに終わるのね。できればあの検体には五体満足で死んでほしかったのね」

もちろん検体とはウィンカァのことである。

「まあバラバラになっても調べることはできます」

「そうなのね。とりあえず成り行きが治まるまで待つのね」

ハネマルは素早い動きで動き回り、ブラックキメラの攻撃をかわしていく。しかし突然ハネマルが血を吐く。

「ハネマル!」

見たところ血を吐くような傷は見当たらない。電流のせいで焼け焦げたところはあるが、それで血を吐くとはウィンカァには思えなかった。

そこである部分に目が言ってハッと息を飲む。耳の後ろから血が流れ出ている。

まるで針で刺した傷のようだ。そこで思い出す。男たちがハネマルに注射器を突きつけていたことろ。

「ハネマル……まさか……」

そのまさかだった。すでにハネマルの体内には、注射器に入っていた謎の液体が注入されていたのだ。それは猛毒であり、細胞を破壊する効果を持っていた。

「ハネマル、もういい! ウイが戦う! 休んでて!」

顔を青ざめながら叫ぶ。だがハネマルはその場を動き回っている。

次第に動きが鈍くなり、ブラックキメラの振り回した尻尾に吹き飛ばされる。地面をゴロゴロと転がっていく。

ウィンカァも背から投げ出されてしまう。そしてブラックキメラと目が合う。すると尻尾の毒針をこちらに向けてそのまま突き出してきた。

麻痺のせいで体が全く動かない。覚悟して歯を噛み締める。

――――ズブシュゥゥゥッ!

ブラックキメラは少し顔をしかめるようにした。何故ならターゲットとは違うものを貫いたからだ。

それは――――――――――――――――ハネマルだった。

「……ハネ…………ハネマルッ!」

目の前の光景に愕然となる。自分を庇うようにして毒針に体を貫かれているハネマル。口から大量の血を吐きながらも獰猛な視線をブラックキメラに向けている。

尻尾を振り回しハネマルを投げ捨てる。槍を地面に突いて必死にハネマルの元へと向かうために体を動かす。

ハネマルの傷口からはどんどん大量の血液が流れ出る。しかもその傷口から細胞が死んでいくように皮膚が黒くなっていく。どうやら先程の毒針で致死毒を注入されたようだ。

誰もが見て分かる。ハネマルはもう長くない。ウィンカァは悲痛な顔で、何度も何度も謝っている。

「守れなくて……ゴメン……ゴメン……ゴメン……ゴメン」

そんなウィンカァにハネマルは優しい眼差しでこう言ってくる。

『嬉しかった。ありがとう』

ウィンカァはそれ以上、もう喋ることのないハネマルのまだ温かい身体に触れながら、顔を俯かせ涙を流していた。

「おやおや~、これは悲しい別れなのね! 出会いがあれば別れがある! それが世の必然なのね。良いお勉強したのね小さな槍使い。くふふ~」

「そのようですね。おや、もう夜になっているようです。早いとこ片を……」

ナグナラは途中で言葉を止めたペビンを見て、彼の表情が固まっていることに不思議そうに首を傾ける。

「ペビン? どうしたのね?」

「しょ、所長……アレを……」

「何なの……ね……?」

静かに指を差す彼だが、その方向に視線を向けたナグナラも言葉を失う。

何故ならそこには――――――――――――――――まるで獣人のように黄金の毛色に包まれた耳と尻尾を持ち得たウィンカァの姿があったからだ。