軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

123:スピリットフォレスト

せっかく忌まわしい泥棒猿を捕まえたという時に、突如空間に亀裂が走ったと思ったら、その奥の謎の空間から白々とした蛇が姿を見せた。

(何だ……? 猿の次は蛇か?)

どこの動物園だと思い訝しんでいると、次にもっと驚くべき光景を目の当たりにする。

「だからおよしと言ったでしょう。お爺さまは丁重にお迎えするように仰ったはずよ?」

耳を疑いそうになったが、間違いなく蛇が喋ったのだ。しかも猿に対して。そして更に、

「だって、アイツからかうと面白そうだったしさ~」

…………猿まで喋った。

思わずここはどこぞの御伽の国かとも思ったが、ここは異世界であり獣人もいるのだ。こういう状況もあるとは想定していたものの、さすがに初見では言葉を失ってしまう。

「そこの貴方、このお馬鹿が無礼を働いた模様なので謝罪するわ」

ペコリと蛇が頭を下へと動かす。

「ば、馬鹿って……」

猿が顔を引き攣らせていると、

「ほら、貴方も謝罪なさい」

「え~」

「……お爺さまに言いつけるわよ?」

「この度は無礼な行いを働き申し訳ございませんでした」

猿は調子良く綺麗に背筋を伸ばして、上司に謝るサラリーマンみたいに謝ってきた。

余程そのお爺さまとやらが怖いのだろうか?

「このお馬鹿もこう言ってるわ。どうかしら、ここは矛を納めてくれないかしら?」

そんなものとうの昔に無意識に引っ込んでしまっていた。今はこの不可思議な状況を把握するのに手一杯だ。

「……やはりお前……いや、お前らは『精霊』だったか」

蛇は感心するように目を少し見開くと、すぐにそれを細めてジッと観察するように見つめてきた。

「へぇ、さすがはニンニアッホ様がお認めになられただけはあるわね」

「……は?」

言葉が自然と漏れた。今聞き捨てならない言葉が聞こえたからだ。

ニンニアッホ――それは『妖精』の女王の名前だった。

以前獣人界に足を踏み入れた時、夜中に丘の上で妖精が遊んでいるのを発見した。

その際、こちらの存在も気づかれてしまったが、ひょんなことから妖精の住処である【フェアリーガーデン】へ行くことになり、そこでニンニアッホに出会いしばらく他愛も無い話をしたのである。

「無礼を承知で頼みたいことがあるのだけど、いいかしら?」

「……断る」

「な、何でさ!」

猿が当然のごとく断った日色に疑問の声をぶつけてくる。

「お前らもどうせ妖精どもみたいに変な世界に連れて行くつもりだろうが、オレにも用事があるし、何よりこんな場所まで来させられてイライラしてるんだぞ? というかさっさと眼鏡を返せ泥棒猿」

仕方無く『還元』の文字を使用して土で作られた牢が大地へと戻って行く。

「キキ!?」

グラグラと揺れる足場に焦りを表す猿だが、牢に隙間ができ、そこからジャンプして大地に足を着く。

そして日色は猿の目の前に行き手を出す。眼鏡を渡せと言うことだ。猿も口を尖らせながら渋々渡してくるが――ポカッ!

「キッ!? な、何するんだよ!?」

日色は眼鏡を受け取るとすぐにその小さな頭に拳骨を落としたのだ。

「こんな幼気な精霊に手を出すなんて、精霊虐待だってば~!」

頭を両手で痛そうに押さえながら日色から距離を取る。

「黙れ。お前のせいでせっかくの《フワフワ焼き》もダメになるし、面倒事にも巻き込まれるし……それくらいで済んで感謝しろ。本来ならこんがり焼いてるところだ」

その物言いに顔を青ざめてしまう猿。だがそんな二人を平然と見ていた蛇が大きく溜め息を吐く。

「もういいかしら?」

こちらもうんざりした様子で蛇に視線を向ける。

「そのお馬鹿には、後できっちりお仕置きしておくから、頼みを聞いてくれないかしら?」

「だから断ると言ってるだろうが。分からない蛇野郎だな」

「あら、野郎は無いんじゃない? こう見えても私は女よ?」

「ほう、精霊にも性別があるのか? 交配などもしないし、子孫も残すような存在じゃないと本で学んだが?」

「あら、それは少し間違いね。精霊にだって性別くらいあるわよ。まあ、最も性別を持てるのは高位の精霊だけだけどね。それに子孫は残そうと思えば残せるわよ」

子孫を残せるという事実には正直驚いた。本に書かれたことが全て正しいとは思っていなかったが、当人からの情報ならその通りなのだろう。

それに今の話を聞く限り、この蛇は高位な存在だということだ。猿はどうか分からないが。

「あ、ちなみに俺は男だぜ!」

聞いていなかったのだが、どうやらそうらしい。

しかしこんな所に高位の精霊が二体も現れるとは…………また面倒なことになりそうだ。

「まあ、お前らの性別なんてどうでもいい。おい白ヘビ、何を言ったところでオレはこれから夕飯の時間なんだ。それを邪魔するならお前ら二匹とも、しばらく牢の中に入ってるか?」

両手の人差し指を立てて脅すように言うが、蛇は表情を一つも崩さない。猿は警戒して一歩下がってはいたが。

「あら、お腹すいてるの? だったらちょうどいいわよ。こっちでも歓迎の準備は整えさせていたから」

「…………歓迎?」

「ええ、お察しの通り、貴方に私たちの住処に来てもらいたいのよ」

「……やはりか」

いまだ空間が開いたままなので、恐らく妖精の時と同じようにアレを潜って行くのだろう。

「満足できるか分からないけど、一応精霊のもてなしを用意させてもらってるわよ?」

「…………もてなし?」

その言葉が琴線に触れた。

「ええ、向こうにしか存在しない食べ物というのもあるんだけど……いかがかしら?」

含みのある笑みを浮かべて、試すように尋ねてくる。このまま彼女の意のままに行動するのは癪に障るが、精霊のもてなし料理というのが気になった。というよりも是非食してみたい。

しかしこのままついて行ってもいいのだが、今頃ニッキたちが探し回っているというのも気になる。ここで消えてしまえば面倒なことになる可能性も高い。

どれだけ向こうにいるのか知らないが、もしニッキたちが日色がいなくなったことをイヴェアムたちに言ったりすればどうなるか……。

「……行ってもいい」

「そう? ならすぐに……」

「ただし条件がある」

「……何かしら?」

「連れが二人ほどいる。そいつらの同行も認めろ。だったらついて行ってやる」

「…………」

互いに視線を合わせしばらくその状態が続く。だがこちらから折れることは無い。そんな思いを悟ったのか、蛇はまた大きく溜め息を吐くと、

「……いいわ。連れて来なさい」

それから《文字魔法》でニッキたちを探してここへ案内した。二人は喋る動物に興味津々な様子で目を輝かせていた。

「それでは行くわよ? だけど変なことはしないでね……まあ、貴方たちなら問題無さそうだけど」

そう言うと、そのまま闇が広がっている空間の中へ入って行った。

「んじゃ行ってくれ」

後ろから猿が背中を押してくる。

日色は以前同じ空間を通ったことがあるのでさほど不安は無かったが、ニッキとカミュはそろそろっと明らかにビビりながら少しずつ前に進んでいく。

だが闇だったのは潜った時のほんの一瞬だった。眼前に広がっている光景に三人は思わず感嘆の思いを宿す。

――そこは幻想的な世界だった。

宝石のように光り輝く粒子が雪のように舞っている。空には大きな虹がかかり、まるでその上を歩けるような錯覚さえ覚えさせるほどの存在感を放っている。

周囲は森に包まれており、木々に生い茂っている葉も雪の結晶のような美しい形をしている。三人が言葉を失って感動を覚えてもそれは自然なことだった。

「ようこそ、ここが私たちの住処――――【スピリットフォレスト】よ」

そのまま蛇の先導で森を抜けていくと、今度は美しい水辺を発見した。

そしてその水辺の中心には祭壇のような建物が築かれており、その上に大きな白い塊が見える。

(何だアレは……?)

目を凝らしながら見つめるがここからでは何かは判別できない。

「ついて来なさい」

蛇はそう言いながら、水辺に浮かんでいる蓮の葉のようなものが祭壇に向かって連結されている上を這っていく。

「し、沈まないのですかな?」

ニッキが心配気にそう言うのも分かる。体重の軽い蛇だから大丈夫そうだが、人を支えられるとは思えなかった。

そんな思いを悟った背後にいる猿が、

「安心しろっての。沈むことはないって」

だが日色は石橋を叩いて渡るように、そっと手で葉を下へ向けて押してみる。確かに沈みはしなかった。水の上なので波紋は広がっていくが、少し柔らかい土の上のような感覚だ。

三人はそれでも恐る恐る歩を進めて行き、祭壇へと到着する。すると先程の白い塊の正体がハッキリと視認できた。

「ほっほっほ、待っておったぞ《万能の者》よ」

そいつは超巨大な白蛇だった。その大きくて長い身体でとぐろを巻いていたようで、遠目からは塊にしか思えなかったのだ。

「ふわ~おっきいですぞぉ~」

「……でかい」

ニッキもカミュもそれぞれ感想を声に出している。確かに本当に大きいのだ。もし口を開けば、三人一緒にペロリといけるほどの巨躯である。

「よう来おったのう。その者たちは《万能の者》の仲間かいのう?」

「ええそうよお爺さま」

「ほっほっほ、そうかそうか」

嬉しそうに口角を上げて笑い声を上げるが、蛇が獲物を見つけてほくそ笑んでいるようにしか見えない。ニッキなんか大分怯えているではないか。

「おい」

いつまでもこうして佇んでいても仕方無いので、

「早くもてなし料理とやらを食わせてくれ」

さっさとこちらの要求を突きつけた。その言動にさすがの蛇と猿もあんぐりと口を開けて固まっている。だが巨大蛇だけは楽しそうに笑う。

「ほっほっほ、そう急かすでないわい。ちゃんと用意しておるよ。ほれ、あそこを見てごらんなさい」

示された場所に目を向けると、そこは森の出口の左側であり、大きなテーブルが用意されてあった。しかもその上には確かに食べ物らしきものが数々存在している。

すると突然何の脈絡も無く白蛇の体が光り始めた。思わず顔をしかめるほどの光量であるが、すぐに収まっていく。だがその光は小さくなっていくに連れ、ある人の形を成していく。

完全に光が消失すると、先程まで祭壇の上にいた巨大蛇は姿を消しており、代わりに白髪で大量の白髭を生やした老人がその場に立っていた。

「まずは自己紹介をしようかのう。儂の名はホオズキと言う。以後宜しくのう」

長い髭を擦りながら顔をクシャッとさせながら笑みを向けてくる。ニッキたちは現況に戸惑って目をパチクリさせているが、日色はジッと観察するように目を動かして尋ねる。

「……それで? アンタが『精霊王』なのか?」

日色の言葉を受けて相手は微かに頷く。

「ほう、ずいぶん高齢なんだな。妖精の女王とは見た目が明らかに違うぞ」

「ほっほっほ、これでも老体に鞭を打って務めておるじゃよ。それに今の『妖精女王』はここにおるヒメと同じまだ若い」

「……ヒメ?」

「私のことよ」

ここまで案内してくれた小さな白蛇のことだった。

しかしニンニアッホとこのヒメが同じ若さだったとは……。

だから別段思うことはないのだが、どちらかというとニンニアッホの方が貫録があったような気がした。

こっちはただのちんちくりんの小動物にしか見えない。あと口調が生意気な感じだ。

「……何か言いたいことがあるのではなくて?」

「……さあな」

やはり動物の姿をしているだけあって勘が鋭いのだろうか……。

ジト目で睨んでくるがサラッと受け流しておく。

「それより自己紹介よりも飯を食わせてくれ。話はそれからでもいいだろ?」

「ほっほっほ、それじゃ参るとしようかのう」

先程遠目から見えたテーブルまで行くと、そこには今まで気づかなかったが、スライムのような姿をした色とりどりの物体があちこちに存在していた。

「何だこのちみっこいのは?」

「ここにいるのは精霊だけよ」

ヒメが教えてくれたが、

「コイツらが……精霊?」

どう見てもスライムにしか見えなかった。手乗りスライムと言ったらいいだろうか。クレーンゲームの景品などで見かけても不思議ではないほど、色鮮やかにバリエーションがあり、それがわんさかいる。

「この子たちは自然が生んだ力の塊であり、まだ生まれたばかりで言ってみれば『ヒヨッ子精霊』と言ったところね」

「これヒメ、仲間にそのような物言いはよさんか」

「や~い、ヒメ怒られてやんの~」

猿がホオズキに怒られてバツが悪そうな顔をしているヒメを面白く感じたのかなじっている。だがヒメは瞬間キラリと目を光らせて、

「なに? 喧嘩を売っているのかしら? 殺すわよ?」

「え……あ……そ、その……何でもありませんですはい……」

どれだけ弱いんだ猿よ……。まるで浮気が見つかり何も言えず凝り固まっている夫の図のような猿だった。

「まあまあ、二人ともそれくらいにするんじゃ。お客人の前なのじゃぞ?」

「……分かりました」

ヒメはそう言うと猿から視線を逸らし、そのお蔭で金縛りが解けたような安堵感を表情に表す猿。

「それとじゃ……テン?」

「へ? 何さ?」

どうやらテンというのが猿の名前らしい。

「祭壇で見ておったが、お客人に失礼なことをした罰は後程受けてもらうからのう」

「な、なななななななっ!?」

楽しそうにニッコリと笑うホオズキと、絶望に苛まれているかのように青ざめてガクガク震えているテンの対照的な図式だった。やはり見た目は老人でも王なのだろう。笑顔だが有無を言わさない圧力を感じる。テンなど今にも失禁……いや失神しそうだ。

それを本当に嬉しそうにニヤニヤと見つめるヒメ。

テンを助けに来たから仲が良いと思っていたがそうではないのか?

(いや、まあ喧嘩するほど仲が良いとも言うしな……)

それから皆がテーブルに着くと、ホオズキは静かに話し始めた。

「此度はこのような場へ来てもらい感謝しておる。精霊を代表して礼を言わせてもらおう」

「お爺さま」

「ん? どうしたヒメ?」

「聞いてないわよ……彼」

「ほ?」

二人の視線の先には、話などまるで興味が無いかの如く、日色が目の前の料理に釘付けだった。

「おい、もう食べていいか?」

「ほっほっほ、ならば先に食事といこうかのう」

許可が出た瞬間、葉っぱでできた皿の上に置かれてある料理の数々に視線を巡らせる。

「おお~良いニオイなのですぞぉ~!」

「……美味しそう」

ニッキもカミュも口から涎を出しながらどれから食べようか目移りしている。それは日色も同じで、まずは一つの皿に目を落とす。

そこには、俗に言うマンガ肉のような形をした虹色の光を放つ骨付き肉があった。驚くことにまるで溶け出しているかのような肉汁が滴り落ちている。しかもその肉汁も虹色に輝いているのだ。

「それは《 虹肉(にじにく) 》よ。でも言っておくけど、それは一応デザートの部類に入るから気を付けなさい」

これがデザート? というよりも肉がデザートに入るとは初耳だった。

聞けばこの《虹肉》は肉と呼ばれてはいるが、味は果物のような甘さと酸味を備えているとのこと。骨に見えるところも、実は骨ではなく《白蜜》で固められたお菓子のようなものだということだ。

確かにそれはデザートの部類に入るだろう。しかし一度目に入り味が気になってしまったからには、まずは口にしてみたい衝動にかられる。

「ボクも《虹肉》もらうですぞぉ~」

「……俺も」

二人も一番気になったのか、同じものを手にする。そして一斉にガブリと噛む。

すると確かに肉のような食感ではなく、どちらかというとカステラのような噛み応えだ。

そこで初めて気づいたが、中には餡子のような甘い塊が入っていた。その餡は虹色をしており、どうやらその餡が外に流れ出てカステラの周りを覆っていたようだった。

「コレは確かにお菓子だな!」

カステラにトロトロした甘い餡をかけたような甘過ぎるお菓子だと思ったが、それほど濃い甘さではなく、どちらというと上品さを宿しているような甘さだ。

しかも物凄く熱いお茶が欲しくなる。するとテーブルの上にはこれまた葉っぱで作った湯飲みが置かれてあり、そこには茶色い液体が入っていた。しかもそこからは湯気が立ち昇っており、思わず手が伸びる。

ニオイは紅茶のような香りだ。一口飲んでみると、火傷しない絶妙な温度で喉にスッと入っていく。

「…………はぁ~」

恍惚の溜め息が自然と口から抜け出る。味も紅茶のようで、レモンティーのようなさっぱり系の飲み物だった。この《虹肉》と相性抜群だった。

「たまらんですぞぉ~!」

「はむはむはむはむはむはむ」

ニッキもカミュも相当気に入ったようで口の回りを汚しながら堪能している。

その他にも様々な精霊のもてなし料理を味わった。

かなりの量がテーブルにあったはずだが、ものの三十分ほどで綺麗に消失した。

「あ、あれだけの量を……何なのこの子たちの胃袋……」

冷静沈着そうなヒメも、さすがに目の前の光景に唖然としていた。

「特に眼鏡野郎は食べすぎだろ……」

天国にいるかのような気分でまったりしている日色の膨らんだ腹を見てテンは呆気にとられている。

「ほっほっほ、満足してもらったんじゃったらこちらとしても用意した甲斐があったというものじゃ」

ホオズキはさすがなのか、嬉しそうに微笑んでいるだけだ。その後は、もう一度お茶を頂くと、ようやく話を進められると思ったのかホオズキが口を開く。

「堪能してもらったかのう?」

「ああ、これなら満足だ」

素直に気持ちを伝えたら、ホオズキは頷きを返す。

だがそこで日色は、少し目を細めると、

「それで? オレに一体何の用なんだ?」

さっそく本題に入ることにした。

このままもてなし料理を堪能させただけでお別れという解釈をするほど単純に考えてはいない。何か意図があるのは明白。さっさと聞いて帰ろうと思った。