軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

106:第二回戦決着

「お……終わった?」

「ええ、もうすでに終わっていたのでございます」

シウバから第二回戦がもう決着が着いていることを聞いて、その場にいた者全員が唖然としてしまった。

「ど、どういうことだよっ! つうか終わってたって、すでに決着が着いてたのに俺らは戦ってたってことなのか?」

「ええ、全くその通りなのでございます」

「な、何で止めねえんだよぉっ!」

アノールドの叫びも尤もなものだった。

もしシウバの言う通り勝負がついていたのなら、こんなにもしんどい思いして戦わなくても良かったのだ。

「そのことなのですが、わたくしももちろん勝負が決した時に宣言しようとはしたのですが、ある方に止められまして」

「あ、ある方?」

シウバがクスリと笑みを溢すと、

「もちろん勝者の方でございます」

「そ、そうだぜ! その勝者ってのはどっちだったんだ!」

四人の目が一斉にシウバの口元へと向かう。

「それはあちらをご覧頂ければ一目瞭然だと」

そう言って彼が促した方向を見ると、その先には大きな氷山が存在した。

「え……あ……氷山?」

「あ、あんな所に氷山なんてあったっけ?」

アノールドに続けてミュアも驚きの声を上げている。

先程まで意識を失いそうだったが、あまりに驚愕の情報に今は意識がハッキリしてしまっていた。

「き、気がつきませんでしたね……いつあのような氷山が……」

「イオも今気づいたの」

ハーブリードとイオニスも戦闘に夢中だったため、気がついていなかったようだ。

「よ~く、氷山の中心を見てください」

シウバの言う通り、皆が目を凝らして注視する。

「……ん? 誰か氷の中にいる……か?」

アノールドの発言を皮切りにハッとなったハーブリードとイオニスが、二人一緒に弾かれたようにその場から氷山へと向かって行った。

「あ、おい!」

「イオちゃん!」

残された二人に対してシウバは、「では我々も参りましょう」と誘う。

呆気にとられながらも、先に向かった二人の後を追うようにミュアたちは身体を動かそうとするが、やはり限界を迎えていたのか動かなかった。

「むむ、仕方ありませんな」

シウバが地面に向けて手をかざすと、手から黒い煙状のものが現れ、その中から何かが迫り出してくる。それはどこからどう見ても数人乗っても大丈夫なほど大きなリヤカーであった。

そしてシウバがそのリヤカーに二人を乗せると、

「さあ、参りますぞ」

リヤカーを引きそのまま氷山の元へと向かって行った。

「「シュブラーズ様っ!?」」

ハーブリードとイオニスは、氷山を見て驚愕の表情で叫び声を上げていた。

何故ならその氷山の中には動きを止めたシュブラーズが存在していたのだから。

ミュアたちも到着して、瞬きを忘れたように固まっていた。

「ほう、良いご身分じゃねえかバカ弟子ども」

そんな二人に対して不機嫌そうな声が飛んで来た。声の主に顔を向けると、そこにはつまらなさそうに酒を飲んでいるララシークがいた。

「し、師匠!?」

アノールドの声にギロッと視線をぶつけてくるララシークに、気圧される形で引くアノールド。

「……まあ、勝てるとは思っていなかったが、もっとマシな戦い方ができなかったのか? ああ?」

どうやら不機嫌なのは、ララシークの求めているような戦い方ができなかったかららしい。

「何のためにお前らを二人揃って参加させたと思ってんだ? 最後は共闘したようだが、もっと早く合流して戦えよ! お前らは圧倒的に戦闘経験が足りねえんだから、二人で協力してそれを補えと何度も教えてきただろうが!」

突然のララシークの説教に、アノールドとミュアは反論もできずシュンとなっている。彼女の言うことが正しいので何も言えない。

特にミュアは、自分が一人で戦えると思っていたこともあり、進んでアノールドと合流しようとは思っていなかったのだ。

その結果、危険になったところでアノールドに救われる形になった。もっと早く合流して一緒に戦っていれば、戦い方の幅を広くすることができたはずだ。

欲を出して一人でイオニスを抑えると思ったのが間違いだったのだ。アノールドにしても、しばらくはタイマンで相対していた。

だがしばらく戦っていた後、突然ララシークがミュアと一緒にこの戦いに参加させた理由に気づいたらしく、慌ててミュアのもとへと向かったのだ。

「……はぁ、まあ少しは勉強できたかお前ら? 特にミュア、相手を分析するのは当然だが、もっと状況を正確に把握するように努めろ。ただ真っ直ぐ突き進むだけじゃ、お前の成長はそこ止まりだ」

「は……はい。す、すみませんでした……」

明らかに落ち込み肩を落とす。

「アノールドも、ユキちゃんを通して見ていたが、力押しするだけでなく、もっと柔軟性を身につけろ。相手の僅かな動きで次の行動を予測することが次へのステップだ」

「わ、分かりました!」

アノールドもガッツリ叱られ、思わず溜め息が漏れた。

「あの、ララシーク殿、もう彼女を解放されてあげては?」

シウバの言葉を聞いて、ハッとなったララシークは、

「おうそうだな。んじゃ、一応勝利宣言をしてくれるか?」

「あ、そうでございますね。……おほん、では、」

シウバは大きく息を吸うと、

「第二回戦! 『獣人族』の勝利ですっ!」

宣言を聞いて、ララシークは指をパチンと鳴らす。

――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!

突然氷山にヒビが走り、頂点から割れていく。

「シュブラーズ様っ!」

氷山が割れたことにより、彼女を支えていたものが失われ地面へと落ちてくる。ガシッと、ハーブリードが彼女を受け止め、安否を確認する。

「……うぅ」

「良かった。まだ温かいし意識もある」

すると氷に包まれていたのに、不思議なことに彼女の身体は熱を失っていなかった。身体に触れても、そこからは確かな体温が伝わってくるようだ。

「シュブラーズ様?」

ハーブリードの声を聞いたことがきっかけなのかは分からないが、シュブラーズはゆっくりと目を開けた。上半身を起こして、周囲の状況を確認する。

そして悲痛な面持ちで軽く溜め息を吐くと、

「……負けたのね私……」

「シュブラーズ様……」

「身体…大丈夫なの?」

「……あらイオニス? アイマスクはしてないの?」

「うん、いろいろあったの」

「……そう、でもまずは言わせて」

シュブラーズは、二人に向かって頭を下げる。

「勝たせてあげられなくてごめんなさい」

「そ、そんな! 頭をお上げください!」

「うんうん」

あまりに突然な上司の謝罪に、どう反応すればいいのか戸惑いあわあわとしている。

「いいえ、そんなボロボロになってまで必死に戦ってくれたのに、私は勝てなかった。だから本当にごめんなさい」

「そんな……我々も駆けつけられずすみませんでした」

「ごめんなの」

シュブラーズは、僅かに微笑み首を横に振る。

「いいえ、でも結果的に負けたのは私のせいよ。だから謝罪は受けてほしいのよ。これ以上、恥をかかせないで?」

「…………分かりました」

「…………うん」

二人は頷きを返し肯定を表した。

「と、ところでシュブラーズ様、一体何があったのですか? あなたともあろう方が、こんなにも早く倒されるとは……」

しかもララシークはほとんど無傷なのだ。

負けたとはいえ、もっと肉薄していたと思っていたらしく、見たところ一方的にシュブラーズがやられた感じがしたのが信じられない様子である。

「……そうね、『獣人族』のエースが誰なのか知らされたわ」

そう言いながらララシークの方を見つめる。彼女もまた視線に気づいてニッと笑いを向けてくる。

「まあ、相手が悪かったと思って諦めてくれ。一応ここに来た『獣人族』のトップたちは、全員ワタシの弟子なんでな、簡単に負けるわけにはいかねえんだよ」

ララシークとシュブラーズが、皆に聞かせるように、どのような戦いが繰り広げられていたかを語り始めた。

シュブラーズの《舞踏魔法》により、与えた傷を無かったことにされて戸惑ったララシークだったが、しばらく適度に攻撃しながら距離を保っていた。

シュブラーズもまた、ララシークがこちらの能力を分析しているのだろうと彼女の攻撃を踊りながら避けながら考慮し、分析する時間を与えないようにするために動く。

全速力でララシークの背後へと移動した。

「なにっ!?」

驚くララシークに向かって、鋭くそして長く伸ばした爪で、斬り裂くように腕を振り下ろす。

そのまま爪がララシークの背中に命中したその時――バキッ!

「えっ……っ!?」

シュブラーズは攻撃の手応えに違和感を覚えて、戸惑いの表情を浮かべた。

「残念だったな!」

言葉と同時にララシークが蹴りを放ってくるが、シュブラーズもまたしっかりと反応し、その場から一瞬にして移動して避けた。

そして距離を取ってララシークの変貌を確認する。

身体がまるで氷でできているかのように色も変化して冷気が放たれていた。

「……《転化》ね」

人肌を貫いた時の攻撃音は、氷が割れた音だったのだ。

「さてと、どうやらお前の魔法はユニーク魔法のようだな」

「何のことかしらね?」

互いに笑みを浮かべながら見つめ合う。

「ククク、それじゃ属性魔法を使ってみろよ」

「…………」

「ワタシの特技は分析でな、一度見れば大体どんな魔法かは理解できる。恐らくお前の魔法は、特殊な足の運び……まあ踊りと言おうか、その行為をすることによって発動する類のものだろ?」

シュブラーズは黙って笑みを浮かべているが、内心ではララシークの分析が的を射ているので冷や汗ものだった。

「最初、ここら一帯に広げたワタシの氷が一瞬で消えた。いや、消えたというよりは……時間が戻った……か?」

「…………」

「まあ、これは推測するのは簡単だった。何故ならワタシの魔力も元に戻ってたし、投げて少なくなっていたはずのメスも、元通りの数で懐に収まってたしな」

「……やるわねぇ」

「ほう、認めるのか?」

「ええ、そこまで分析されているなら大したものよ」

「まあ待て、次いでさっきの攻撃だ。突然お前のスピードが極端に飛躍した。まるで別人のようなスピードだ。恐らく、ワタシの攻撃を避けている間に、またも上手く踊っていたのだろうな。今度の踊りは自身のスピードを倍化……いや、数倍化する効果がある……か?」

「……本当に怖いわねぇ。一体あなたは何者なのかしら?」

凄まじく正確な分析力に舌を巻いていた。

たった二度見ただけで魔法の特異性を見破られるとは微塵も思っていなかったのだ。

実際に最初の魔法は時間を戻したのではなく、十数分前の状態を投影しただけなのだが、ララシークの考えは全く外れているというわけでもない。

それに攻撃スピードが上がったことも、まさしく《舞踏魔法》である《集世の舞解放》の力である。

ステータスには五つのパラメーターがあるが、一つのパラメーターに力を集中させることができる魔法なのである。

例として先程のことを挙げると、他の四つのパラメーターを半減させる代わりに、AGIに半減した分を加算したのだ。

仮にそれぞれが10だとしたら、結果的にAGIが30になるのだ。他は5になるが。

その素早さを利用して攻撃をしたのだが、ララシークは背後に気配を感じて咄嗟に《転化》したので致命傷を避けたのだ。

「何者かはお前が勝手に分析するんだな。それよりも、こっちはゆっくりと弟子の成長を眺めたいんでな、分析が終わったからここらでケリを着けさせてもらうぜ?」

「え?」

「我願う、太古より紡がれし血のもとに、今こそ顕現せよ」

ララシークはブツブツと呪文を呟くように口を動かす。

「さあ、出番だぜユキちゃん?」

そうは言うものの、ララシークには変化が見当たらない。一体先程の言動は何だったのかと思っていると、突然背後にゾクッとしたものを感じてすぐさま振り向く。

そこには――。

「……雪ウサギ?」

まさしく雪で作られた小さなウサギがチョコンと地面に座っていた。

「その子はユキオウザ。まあ気軽にユキちゃんって言ってくれ。けど、いつまでもそこにいていいのか? その子は……怖いぜ?」

直後、ユキオウザの目が赤く光った瞬間、またもゾクッと怖気が走ったことで、慌ててシュブラーズは上空へと跳んでその場を離れる。

しかし上空にいながら地面にいるユキオウザに視線を向けるが、そこには何もいなかった。

「……えっ!?」

――チョコン。

突如頭に何かが乗った感触を感じた。

ヒンヤリとした小さな物体だ。

まさかと思ったが、頭の上にはユキオウザが鎮座していたのである。

「そ、そんな!? いつの間にっ!?」

当然ユキオウザを取り払おうと思って手を上げようとするが、その瞬間――だった。

――ピシィィィィィィィィィィィィィィィィッ!

ユキオウザが弾けたと思ったら、一瞬にしてその場に大きな氷山が出来上がった。まるでそこに元々あったかのように。

そしてその中には時を凍らせたシュブラーズが閉じ込められていた。

「ご苦労さんユキちゃん」

そこでシウバはララシークに近づいていき、現状を確認する。

「……ふむ、どうやら勝敗は決した模様でございますね。では、」

勝利宣言をしようとしたところ、

「ちょっと待て」

「……はて?」

「少し待ってほしいんだがな」

「むむむ、しかしこのままだと彼女も危険なのでは? 幾らデッド・オア・アライブの決闘でも、助かる命なら助けるのがわたくしのポリシーです。しかもお相手は美しい女性ですので。ノフォフォフォフォ!」

下心が見え隠れするシウバに対して少し引き気味なララシークだが、溜め息交じりに口を動かす。

「安心しろ。ユキちゃんの氷は時を凍らすだけだ。だから体も冷えねえし、もちろん死にもしねえ」

「なるほど~、では彼女は氷さえ解ければ大丈夫だということなのでございますね?」

「ああ、だから勝負は決定したが、うちのバカ弟子たちの成長のために、まだ決闘を止めないでほしいんだよ」

「ふむふむ、ですがアノールド殿たちのお相手もさる者、もしかすると殺されてしまう可能性もございますよ?」

「フフン、もしこんなトコで死ぬようならそれまでのバカ共ってことだ」

しばらくシウバはララシークの顔を見つめるが、フッと頬を緩めると、

「畏まりました。ではそのように」

「感謝する。奴らにもユキちゃんを向かわせたから、ワタシはここで待ってるぜ」

ユキオウザの見ている光景は、ララシークも視認できるのだ。

「分かりました。ではわたくしは彼らのもとへ向かいたいと思います」

そう言ってシウバは去って行った。一人になったララシークは一言呟く。

「ま、そんな柔な鍛え方もしてねえし、最低限生き残りはするだろう」

そう言いながら、ポケットから取り出した酒瓶を煽った。

ララシークたちの語りが終わり、ミュアたちは言葉を失って固まっていた。

「ま、戦いはレベルだけじゃねえってことだな。んじゃ、ワタシは帰るぞ」

そんな中、着用していた白衣のポケットに手を突っ込んだララシークは、敗者であるシュブラーズには一言も無く去って行った。

「フフ、まったくぅ~、見た目は幼女で研究者のようなのに、振る舞いは生粋の武人なんだもの。ビックリするわ~」

シュブラーズは肩を竦めながら去って行くララシークを見ていた。どこか清々しそうな雰囲気だ。

「それじゃ、私たちも行きましょうか。陛下にご報告しないとねぇ~」

それでもやはり負けてしまったことで、イヴェアムに会わせる顔が無いと思っているのか、シュブラーズの表情に陰りが生まれる。

「あ、ちょ、ちょっと待ってください!」

そこへミュアが、立ち去ろうとするシュブラーズたちに声をかけた。

「何かしらぁ?」

「あ、その……イオちゃんのこと……なんですけど……」

「え? イオニス?」

シュブラーズもミュアの言葉を受けてイオニスに視線を向ける。

「あ、そういやそうだったな。えっと……アンタがその子の上司ってことでいいんだよな?」

アノールドも会話に入ってくる。

「え、ええ、そうだけどどうかしたのかしらぁ?」

アノールドはイオニスの火傷を日色なら治せるということを話した。

「え? ヒイロくんて古傷も治せるの?」

以前シュブラーズは魔王イヴェアムの傷を治すところは見ていたが、あれはあくまで治癒魔法と同じく、現在患っている傷を塞ぐものだと思っていた。

だから過去に受けた傷、つまり俗に言う一生傷や病気などの類には効果が無いと勝手に判断していたのだ。

「えっと……多分できると思うぜ? まあ実際にできるかはアイツに聞きゃ分かるだろうけど」

「……へぇ、陛下には聞いてたけど、あなたたちはずいぶん彼を信じているのねぇ~」

面白いものを見つけたような感じで目を光らせた。

「ま、まあな。アイツの人間性はともかく、力だけは信じてるっていうか信じさせられたっていうか……」

軽く頬を引き攣らせてアノールドは言う。

確かに日色の力は、感じた者は強制的に信用させられるだろう……規格外な存在として。

「フフフ、でも彼は本当にイオニスを治せるのかしらぁ?」

「確実ってわけにはいかねえが、それは――」

「――おい」

「へ? おわぁぁぁっ! ってヒイロォォォォッ!?」

アノールドが驚くのも無理はなかった。何故ならそこには件のヒイロがいたのだから。

「な、な、何でお前が急に出てくんだよ?」

「はあ? お前らが呼んでるって聞いたから来たんだが?」

「へ? 俺らがって……」

すると日色の背後にいるシウバと目が合い彼が微かに微笑み、その意図を把握し、

「あ、そうそう! そうなんだよ! 実はお前に頼みがあってな!」

「頼み? こんな場所で、こんな時にか?」

日色は腕を組みながら訝しむようにアノールドを見つめている。

「あ、あの!」

そんな中、声をかけてきたのはミュアだった。

「ん? 何だチビ? まさかお前に関係することか?」

「え、あ、その……」

日色と目が合い、何故か少し頬を赤らめて顔を俯かせる。そしてモジモジしていたが、バッと顔を上げたと思ったら、

「イ、イオちゃんのお顔を治して上げてくださいっ!」

「…………は?」

イオちゃんという名に聞き覚えが無いのか、日色は眉をひそめてしまう。

そしてミュアが、イオニスの両眼に刻まれている火傷を治してほしいと頼み込んだ。

「なるほどな、だからオレが呼ばれたってわけか」

「あ、あの……治してくれますか?」

「そんな義理は無いんだが?」

やはりミュアたちが思った通りの答えが返ってきたのか、思わず溜め息が漏れている。

「おいヒイロ、たまには対価とか無しで人助けってのをだな……」

「黙れ半死人、オレがどういう人間か知ってるだろうが」

「ぐぬ……わ、分かってるが……って誰が半死人だオイ!」

アノールドの叫びを無視して、日色はミュアを見つめる。

「おいチビ、そっちのヨーヨーはお前の敵だろ?」

「え? よーよー?」

ミュアだけでなく、ヨーヨーと呼ばれたイオニスも首を傾げている。

めんどくさいと思ったが、日色はイオニスが使っていた《回迅》という武器が、自分の知っている玩具のヨーヨーそのものだということを教え、それをあだ名にしたことも話した。

「よーよー……」

イオニスは小さく呟きながら手の中にある《回迅》を見つめている。

「まあ、玩具の話は別にいい。答えろチビ、そいつは敵だろ?」

「あ、はい……ですが、今は友達です」

「ミュア……」

イオニスは無表情だが感動しているかのようにジッとミュアを見つめて名前を呟いた。

(友達……ねぇ)

相変わらず甘い奴だ。

だが彼女の顔を見ていると、本心で言っていることは理解できる。嘘偽りの無い澄んだ瞳がこちらを見つめている。

日色はそのまま顔を動かしてイオニスの方を向く。彼女は顔をジッと見られるのが恥ずかしいのか、髪の毛を触りながら目を隠そうとする。

「ふぅん、別に気にしなくてもいいと思うがな」

「……え?」

そんな日色の何気なく言った一言がイオニスの心を掴む。

「ま、女は気にするってことか」

イオニスから顔を逸らし、再びミュアの方を見る。

「義理も打算も無く、ただ友達だから助けてほしいって言うんだな?」

「はい!」

力強い瞳を見ながら、軽く息を吐き頭をかく。

「だが、オレが義理も打算も無ければ動かない奴だってのも当然知ってるよな?」

「え、あ、はい……」

やはり普通の交渉では無理かと判断したのか、ミュアがアノールドに助けを求めようとした時、

「ならお前が今度、オレに美味いものを用意しろ」

「……へ?」

日色の言葉につい口をポカンと開けてしまっている。

「青リボンに聞いたが、お前もオッサンに料理を教えてもらっているんだろ?」

「は、はい」

「ならオレが満足するものを作れ。それが対価だ」

最初呆気にとられていたミュアだが、徐々に頬を緩ませていき、

「は、はいっ! 精一杯ご奉仕させて頂きますっ!」

満面の笑みを浮かべて返事をした。

「おいおいミュア……ご奉仕は何か違うだろ……?」

アノールドのそんな呟き突っ込みを聞いた者は誰もいなかった。

「ならとっととやるか」

日色は指先に魔力を宿す。物凄い魔力が集束していき、それを感じたシュブラーズたちも目を見張っている。

そして『復元』という文字を書いて、イオニスに近づく。

「あ……」

凄まじい魔力を宿し近づいてくる日色に怖くなって、イオニスは無意識に後ずさりを始める。だがその肩を抱いて、ミュアが優しい声をかけてくる。

「大丈夫だよ。ヒイロさんを信じて」

「ミュア……」

イオニスはそれでも不安だ。いや、この火傷の顔を日色に向けるのがやはり恥ずかしくて、思わず顔を若干俯かせてしまう。

それを見た日色が憮然とした態度で、

「おいヨーヨー、手を貸してみろ」

「え? あ……」

了承の声を出していないのに、日色がサッと手を握ったので驚く。幾ら相手が国の英雄でも、男に面と向かって手を握られるのは初めてなのでドギマギしてしまう。

「緊張するな」

そんなことを言われても、どんどん高鳴っていく鼓動。だがその時、ポワッと自分の中の何かが灯る感覚が過ぎった。

「あ……」

寒空の下で戦っていたせいか、冷たくなった手に確かな温もりを感じ、その温もりが手を通じて全身に流れていくような感じだ。

「……あったかいの……」

思わずポロッと口に出してしまった。気がつけば先程まで感じていた怖さが嘘のように消失していた。

今はまるで春の陽だまりの中にいるように感じられている。そしてそれが日色が自分の手を伝って流している魔力のお蔭だと理解する。

(なんで? なんでこの人の魔力はあったかいの……それにとても気持ち良いの……)

無意識に顔を上げてしまっていることに気がつかず、その心地良い気分を目を閉じながら味わっていた。

そして自分の眉間辺りに何かが触れる感じがした。すると今度は身体が熱くなってきた。特に触れられた眉間辺り……両眼が物凄く熱を感じている。

だがその熱も嫌な熱さではない。冷え切った身体が徐々に温められていく。両眼周辺の熱はそれに伴い段々と熱を失っていく。

どのくらいの時間が経ったのだろうか。一分とも、一時間とも感じられる不思議な感覚だった。

そして自分の耳にある言葉が届いた。

「――――――――――終わったぞ」

ゆっくりと目を見開いた。

イオニスが目を開けて最初に見たのは、日色のぶっきらぼうな表情だった。

突如入ってきた景色に言葉が出ずに固まってしまう。

そこへミュアがイオニスの肩をポンと叩いてきた。

「うん、すっごく可愛いよイオちゃん!」

嬉しそうに笑顔を向けている。

「これを」

するとさすがの執事であるシウバが手鏡をイオニスに手渡す。

「見てみてイオちゃん」

ミュアはそう言うが、やはりまだ確かめるのが怖いのか手が震えている。だが、イオニスが周囲の者の反応を見ると、誰もがイオニスに笑みと頷きを与えてくる。

イオニスもまた、覚悟をしたように喉を鳴らすと、ゆっくりと鏡を顔の真正面へと持ってくる。

そしてそこには――――――――――シミ一つ無い、赤子のような肌が映っていた。

瞬間、イオニスの両眼から大量の涙が流れ出る。

ミュアが同じように涙目でギュッとイオニスを抱きしめてきた。

「うんうん、良かったね……良かったねイオちゃん」

「ひぐ……ぐす……うえぇぇぇぇぇぇん!」

日色以外はそんな二人を微笑ましく眺めていた。

泣き終わったイオニスは、またも無防備に泣いてしまったことが恥ずかしいのか、顔を俯かせて黙っていた。

「ありがと、ヒイロくん」

突然シュブラーズから感謝の声を頂く。

「オレは依頼をこなしただけだ。礼を言うのなら、オレに依頼したチビにでも言えばいい」

憮然とした態度で言う日色を見て、シュブラーズは微笑を浮かべて肩を竦める。

「もちろん、あの子にも感謝しているけど、やっぱり言わせてほしいわ。ありがとね」

その笑顔がいつもの妖艶さで、男を魅了するだけのものではなく、彼女の素の笑顔なのか、無邪気さが表に出ていた。本当に感謝していることが一目で分かるものであった。

「さ、さすがは我らの英雄です! か、感動しました!」

何やらハーブリードは、日色の所業に感動を覚えているのか、目をキラキラさせてこちらを見つめてきている。どうにもこういった場は、いつまでたっても慣れないと感じる日色だった。

背中がむず痒くなり、その症状から解放されるために、さっさとこの場から離れようと思って動こうとするが……。

クイ……。

服が引っ張られる感じを得た。

見てみると、そこにはいまだ顔を俯かせているイオニスが、人差し指と親指でちょっとだけ服を摘まんでいたのである。

「…………何か用か?」

だが何も発声が無い。

しばらく待っていると、微かにイオニスが顔を上げる。その頬が真っ赤に染め上がっていることに気がつく。

「……がとう……」

「は?」

イオニスは下唇を噛んだ後、コクリと唾を飲み込む。そしてゆっくりと口が開く。

「あ……ありがとうなの!」

どうやら礼を言いたかっただけのようだ。

(……礼を言うだけで何故こうも時間がかかるんだ?)

本当に理解不能だった。

だがしかし、礼を言われるのは別に悪いことでは無いし、それを追及するつもりも毛頭なかった。

それよりも礼を言うのに必死な彼女を見ていると、何だか面白く思えて、つい頬が緩んでしまった。

「気にするな」

――ボウッ!

日色に微笑みかけられたと勘違いしたのか、イオニスは「……あぅ……なの……」と茹だっている。

「あらあらぁ」

シュブラーズが照れてしまっている彼女を見て微笑ましそうに笑っている。

何故急に顔を真っ赤にしたのか分からない日色は、次いでミュアへと視線を向けた。彼女の身体はボロボロで満身創痍という言葉が相応しい。

「ずいぶんこっぴどくやられたみたいだな」

「え……と……その、ありがとうございます!」

「何で礼を言う?」

「だ、だってイオちゃんを治してくれましたから」

「それなら礼よりも美味い料理で応えてくれ」

「は、はい!」

ミュアもやはり友達が治ってくれて嬉しく喜んでいるのは顔を見て分かる。

「オッサンも、残念ながら試合には勝ったが勝負には負けたようだな」

「ふ、ふん! うるせいや!」

アノールドもやはり完全勝利を手にしたかったのか、結果的にイオニス・ハーブリードのタッグに負けた感じになったので釈然としていない様子だ。

「だがまあ……」

ミュアとアノールドを見て、視線をミュアに固定する。

「あの時言ったように、強くなったようだなチビ」

トン……。

軽くミュアの額を突いて微笑を浮かべる。

そしてミュアもくすぐったそうに、「えへへ……」と笑みを浮かべ、それでいて嬉しげに額に触れている。

それを見ていたアノールドが、ムッと不機嫌面を浮かべて、

「そんなことよりヒイロよ」

と言ってきたので、「何だ?」と無愛想に聞き返した。

「お前も出るんだろ? 一体いつ出るんだよ?」

ミュアも興味があるのかジッとこちらを見つめてくる。

「ああ、そのことか」

二人が日色の口元に注目する。

他の者たちも一様に日色の発言を待った。

そんな中、日色は静かに口を開く。

「――――――――――――次だ」