軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第70話 快適

あれからボロ宿から荷物を持ち出し、店主のおばさんに挨拶を済ませて引っ越しが完了。

まだ日が出ていて明るかったが、ゆっくりと綺麗な部屋で過ごした翌日の早朝。

ふわふわな布団で眠ったからか、それとも気持ちの問題なのかは分からないが、体の疲れが綺麗さっぱり消えている。

日課のトレーニングで体の動きを確かめた後、部屋に備え付けてあるシャワーで体を洗い流して準備万端。

いちいち外にあるシャワーやトイレに行かなくていいのが、これほどストレスフリーだとはな。

ボロ宿から料金が三倍近く上がったものの、これだけ設備が整っているのであれば銀貨一枚であっても安く感じる。

ボロ宿には感謝しているが『水の郷』の部屋を利用してしまった今、もう向こうに戻ることができない。

少し前までは、牢屋の固い床で体を縮こませながら寝ていたとは考えられない。

当たり前だったことが当たり前じゃなくなってきていることに、少しだけ怖さのようなものを感じつつ、今の当たり前の生活に感謝してから俺は出勤した。

「ジェイドさん、おはようございますっす!」

店の扉を開けるなり、いつも以上に元気なニアが花が咲くような笑顔で挨拶してきた。

『シャ・ノワール』はレスリーは明るいが俺とヴェラが暗いため、比率的に若干暗い雰囲気があったのだが、ニア一人の加入で一気に覆った気がする。

「ニア、おはよう。朝から随分と元気だな」

「分かるっすか! 実は師匠からこれを買ってもらったっす!」

軽やかにくるりと一回転しながら、背負っている大きなリュックのようなものを見せてきた。

ニアは体が小さく一度に運べる量が少なくなってしまうため、レスリーがたくさんの荷物を運べるように買い与えたのだろう。

「お、似合ってるぞ。これで以前よりも荷物が運びやすくなるな」

「うへへ、本当に似合ってるっすか? このリュックのお陰で、ジェイドさんの負担を軽くできるようになるっす!」

「ああ。俺のためにも頑張ってくれ」

「了解っす!」

ビシッと敬礼を決めてから、スキップでもしそうな足取りでニアは配達へと出かけて行った。

そしてニアがいなくなると同時に、嘘のような静けさになる店内。

レスリーは何故か見当たらないが、ヴェラはしっかりと既に出勤しているのだが……。

やはりニアがいた時といないときでは、店内の明るさが昼間と深夜ぐらい違う。

「また何か失礼なこと考えてる」

「別に考えてない。静かになったなと思っただけだ。それより、毒煙玉の方は進んでいるのか?」

「うーん……微妙。ちょうどいい毒は見つかったけど、煙玉に混ぜるのが難しい」

「一つ手間がかかるだけで、それだけ苦戦するんだもんな。毒煙玉じゃなく、煙玉を先に作って良かっただろ?」

「知らない」

拗ねた様子でそっぽを向いたヴェラ。

素直に認めればいいのだがそんな性格ならヴェラではないし、らしいと言えばらしいな。

「おー! ジェイドももう来たのか! しっかり休みは取れたか?」

「ああ。宿も変えて体の疲れは完全に吹っ飛んだ」

「何っ!? あのボロ宿から出たのか! 火炎瓶の売り上げのお陰か?」

「それが大きいな。給料が増えたことでかなり余裕が持てたから、重い腰をあげて宿屋を変えた」

「それは良かった! 俺の店も儲かって、ジェイド自身も贅沢できる! 火炎瓶が売れてくれてみんなが幸せになった! ジェイド、ヴェラ、ありがとな!」

しみじみとした様子で、俺とヴェラに深々と頭を下げてきたレスリー。

一応店長なのだが、本当に素直に感情をぶつけてくるため毎度困惑してしまう。

「いや、こちらこそありがたいと思ってる。……ただ、これで満足してもらったら困るぞ。まだまだ『シャ・ノワール』を盛り上げるからな。ヴェラも新商品の開発に精を出しているし」

「そう。まだまだ稼がせてもらう。そしていつかは、アイテムの売り上げだけで寝ながら暮らすのが夢」

「……本当に嬉しくて涙が出そうだぜ! でも、アイテムの売り上げだけで寝ながら金を稼ぐ生活は無理だぞ! 従業員にしか払わないしな!」

「それはズル」

何がズルなのかは分からないが、金の受け渡しだってできないし当たり前といえば当たり前。

ヴェラが本当にそんな生活がしたいのであれば、一従業員に留まらずにアイテム開発の道に進めば叶うかもしれない。

……まぁ『シャ・ノワール』にはヴェラが必要だし、そんなアドバイスは今はしないが。

「全然ズルじゃない! しっかり自分の手で売って、ようやく金を得られる権利があるってもんだ!」

「むむ……。ジェイドもなんか言って」

「俺は別にレスリーの意見に反対はないぞ」

「裏切者」

「うっし! 雑談もこの辺りにして、今日も気合い入れて仕事に取り掛かるか!」

ヴェラの話はそこで打ち切られ、各々開店に向けての仕事へと取り掛かった。