軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

番外編『ジェイドの道具屋繁盛記』 その71

イカを狩ろうとしていた思考を切り替え、俺は墨まみれで真っ黒になっている先に集中する。

視界も奪われているし、水の中だと気配も上手く感じ取れないのだが、何かが凄い勢いで動き回っていることだけは分かる。

(あのサイズの魔物を捕食できるのは、流石にファントムシャークしかいない)

そう推察した俺は、手に持っている手製の銛を構え、イカの魔物に並走するように泳ぐ。

墨まみれの中を探すより、このイカの魔物について行ったほうが鉢合わせる可能性が高いと判断しての行動。

そして俺の判断が正しかったことを証明するように、墨で真っ黒になっている場所から、一体の魔物が矢のように飛び出してきた。

鳥のくちばしのように先端が尖ったフォルムをしており、墨と同化するほどの真っ黒な体。

目は赤く輝き、鋭い牙を覗かせながら突っ込んでくる。

見た目での判断になってしまうが、ほぼ間違いなくファントムシャークだ。

自然と口角が上がりそうになるのを、理性で抑える。

水中という圧倒的に不利な場所で、装備も満足な状態じゃないからな。

とはいえサイズは思っていたよりも小さいし、確実に狩れる相手でもある。

驕らずに冷静に分析し、そう判断した俺は、イカの魔物に隠れながら機を伺う。

先に動いてきたのは、もちろんファントムシャーク。

というより、イカの魔物に隠れる俺には気づいていない様子で、一直線に噛みつきにかかってきた。

対するイカの魔物は逃げ一辺倒だが、速度差は明確。

もう墨も残っていないようだし、そもそも墨を吐いて視界を奪っても、噛み千切られた足の先から分泌している血を頼りに向かってきているように思える。

こうなってしまったら逃げる術はなく、ファントムシャークに食べられるだけの存在だ。

俺としてはいい撒き餌であり、ファントムシャークがイカの魔物を食らっている間に不意打ちを入れればいいだけなんだが……。

勝手に隠れ場所にさせてもらっているし、助ける意味も兼ねて、食いつく瞬間を狙うとしようか。

食いつかれたら申し訳ないが、どちらにせよ死ぬことはない。

俺は気配を殺し、千切れている足の近くへとすぐさま移動する。

予想通り、ファントムシャークは千切れた足の先の血を頼りに突っ込んできていたようで、俺の目の前まで迫ってきた。

そして、獲物を狩る瞬間というのが一番無防備になる。

大口を開け、隙だらけのファントムシャークに対し、俺は真横から銛を突き刺した。

皮膚は硬かったものの、上手く刺さったことで深々と突き刺すことに成功。

まさか攻撃されるとは思っていなかったのか、ファントムシャークの動きが固まったところを狙い、追撃として短剣で斬りつけた。

水中のせいで切れ味は落ちているものの、ダメージを負わせるには十分な速度。

赤黒い血が大量に流れ出たことを確認してから、俺は一気に水面へと浮上を開始した。

銛の柄の部分には紐をつけており、俺の体に固定してある。

ここからはファントムシャークとの泳力勝負。

泳力で負ければ逆に水中へ引きずり込まれるわけだが、深手も負わせたし負ける道理がない。

最悪の場合、俺は紐を短剣で斬ればいいだけでもあるため、心の余裕でも勝っているからな。

渾身のバタ足で浮上していったことで、ようやくファントムシャークは水中から引きずり出されそうになっていることを悟ったらしい。

慌てて水底を目掛けて泳ぎ始めたが……不正解。

ファントムシャークが取るべきだった行動は、自らも水面を目指して泳ぐこと。

そして、背を向けて泳いでいる俺に攻撃することだったんだが、魔物が咄嗟の判断で正解の選択は取れないよな。

パワーで無理やり水面へと引っ張り上げた俺は、そのまま湖から這い出て、紐を手繰り寄せていく。

銛が抜けないかどうかだけが心配だったが、深々と刺さり、さらに返しのようになっていることもあって抜ける気配はない。

「お、ジェイド。随分と早かったな。ファントムシャークを狩ることができたのか?」

「今まさに狩っている最中だ。引っ張り上げるぞ」

興味深そうに近づいてきたエンペラに警告してから、俺は勢いよくファントムシャークを陸地へと引っ張り上げた。

水中では大きく見えたが、サイズとしては三メートルほど。

もちろんめちゃくちゃデカいが、これまでの獲物に比べたら小さく感じてしまう。

それから……重要なのは、こいつが本当にファントムシャークなのかどうかだ。

「大きな魚だ! ……でも、本当にファントムシャークなのか?」

「それは分からない。今から調べるから、鞄の中から手帳を持ってきてくれ」

エンペラに俺の手帳を取りに行かせ、その間に俺は捕らえた獲物を締める。

美食ギルドが必要としているのはファントムシャークのヒレであり、鮮度は何よりも重要だからな。

「ジェイド、持ってきた」

「ありがとう」

珍しく素直に言うことを聞いてくれたエンペラにお礼を言い、手帳に書き込んだ情報と見比べて確かめていく。

色合い、目の位置、牙の形、ヒレのギザギザから考えても……間違いなくファントムシャークだろう。

水中での確認だったこともあり不安だったが、ファントムシャークのようで一安心。