軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

番外編『ジェイドの道具屋繁盛記』 その27

ソワソワしながら開店時間まで待ち、僕は再び『シャ・ノワール』の前にやってきた。

先ほどよりもたくさんの人が並んでいて、どうやら整理券のルールを知らない人も並んでいる様子。

見るからに悪そうな人がお店の扉の前で文句を言っており、さっき僕に整理券を渡してくれた美人の店員さんが詰められている。

ビオダスダールに来たばかりの頃であれば、すぐに注意していたと思うけど……悪そうな人の胸につけられているプレートは白金。

つまりプラチナランク冒険者である証であり、三年間の間、屑鉄のプレートから変わっていないルーキーの僕では何もできない。

そんな情けない自分に胸が苦しくなってくる。

「整理券なんてのは知ったこっちゃねぇよ! こっちはわざわざ来てやったんだぞ! 俺らにも買わせろや!」

「申し訳ございません。張り紙に書かれている通り、本日はもう購入できないんです。明日ならまた買いに来られますので、また明日、早朝に並びに来てください」

「だ、か、ら! そんなルール知らねぇっての! ……ぶっ飛ばされてぇのか?」

プラチナランクの冒険者は拳を振り上げており、美人の店員さんは明らかに怖がっている。

僕も含めて、周囲の人はどうしたらいいのか分からなくなっていることもあり、誰も止めに入ろうとはしない。

今、僕の代わりに依頼をこなしてくれているトムとミックのことを考えたら、下手に関わることはせず、静観するのが正しいこと。

これからの人生を考えてグッと堪えようとしたんだけど……体が勝手に動いてしまった。

「――あ、あの……よ、よければ、僕の整理券をあげます。ですので、て、手をあげるのはやめてください」

暴れていた冒険者の前に立ち、僕はそんな言葉と共に整理券を差し出してしまった。

体が動いたのはいいものの、物語の英雄のように助けられる力がない僕にできるのはこれだけ。

「……あ? 整理券? 10番ってことは良い数字じゃねぇか! なるほどな! 最初からこうやって整理券をもらえばよかったのか」

お礼を言われることもなく、雑に整理券を奪い取ってきたプラチナランクの冒険者。

美人の店員さんのことは助けることができたと思うけど、トムとミックの頑張りを無駄にしてしまった気持ちが大きすぎる。

早朝から並んで手に入れた整理券をなくした僕は、宿に帰ろうと静かに帰ろうとしたその時――店の中から大きな男性が出てきた。

体格だけでいうのであれば、暴れていたプラチナランクの冒険者と大差はない。

そう。大差はないはずなんだけど……凄く大きく見える。

実際に先ほどまで大暴れしていたプラチナランクの冒険者も、店から出てきた男性を見て、少し戸惑っているようにも思えた。

「その整理券はその人のものだ。さっさと返せ。それと、俺の店の大事な従業員に手をあげようとしたお前を客とは認めない」

「あ? てめぇ俺が誰だか知っていて言ってるのか? 俺はプラチナランク冒険者のギド様だ――」

そう名乗りながら剣を引き抜き、男性の店員さんに襲い掛かった。

僕は思わず目を瞑ってしまったのだけど――目を開けるとなぜか倒れたのは襲い掛かった冒険者の方だった。

「その男はお前らの仲間か? お前らもやるというのなら相手になるが、やらないならさっさと連れて帰れ。それと、またこの店にやってきたら――次は手加減しない」

「す、すみませんでした!」

圧倒的な威圧感を放っている店員さんに対し、プラチナランクの冒険者の仲間は謝罪しながら去っていった。

その一連の流れに拍手が巻き起こり、僕もつい拍手をしてしまう。

店員さんはゆっくりと僕に近づくと、僕の整理券を差し出してくれた。

「従業員を守ってくれてありがとう。嫌ではなければ、ぜひ買い物をしていってほしい」

「も、もちろんです! 助けて頂き、ありがとうございました!」

「いや、それは俺のセリフだ。本当にありがとう」

美人の店員さんも僕に頭を下げてから、店の中に入っていった。

衝動的に整理券を渡してしまったときは、本気で後悔したけど……結果的に守る行動を取ってよかったと思う。

まだこのお店の商品は見ていないけど、絶対に良いものが売られているという自信がある。

僕は気分よく列に並び直し、前後の人に先ほどの行動を褒められながら、開店までの僅かな時間を待った。

整理券が10番ということもあり、僕は最初の呼び込みで中に入ることができた。

呼び込まれる際にもお礼を言われ、僕は照れながら受け答えしつつ、お店の中に入る。

さっきの行動に対してこれだけもてはやされているけど、手持ちは銀貨五枚だけというのが何とも恥ずかしい。

とりあえず買えるものを見つけるため、店内をぐるりと一周見て回ったんだけど……銀貨五枚以下の商品が一つしかなかった。

ジャームスラッグのドロップアイテムと呼ばれるものが、ちょうど銀貨五枚で売られていたけど、僕の目にはゴミにしか見えない。

ぬるぬるのボールのようなもので、普通のお店に売られていたら絶対に買わない品だけど、これしか買えないのであれば買うしかない。

もう一周だけ銀貨五枚で買えるものがないかだけ確認し、僕はジャームスラッグのボールを勘定場に持っていった。

勘定場には美人の店員さんと、先ほどプラチナランクの冒険者を一瞬で倒した冒険者さんがおり、そこで僕は改めてお礼を言われた。

「さっきは本当にありがとう。一人三点まで購入できるんだが、それだけでいいのか?」

「いいえ! はい! こ、これだけで大丈夫です!」

「分かった。それじゃ銀貨五枚を頂く」

店員さんにそう告げられ、僕は慌てて麻袋の中から硬貨を取り出した。

銀貨が五枚あることは何度も確かめたけど、他人に確認されると非常に恐ろしい。

銭貨一枚でも足りなければ、このジャームスラッグのボールすら購入することができないのだ。

お金が足らなかったときのことを考えてしまい、僕は祈りながら数え終わるのを待っていると、どうやら硬貨の確認が終わった様子。

「ぴったり銀貨五枚だな。購入してくれてありがとう」

「い、いえいえ! また来ます!」

足りていたことに安堵しつつ、僕はジャームスラッグのボールを受け取ってお店を後にしようと思ったんだけど、店員さんは立ち去ろうとする僕を止めた。

「ちょっと待ってくれ。助けてくれたお礼ってものではないが、これを受け取ってほしい」

「お、お礼だなんて、そんなものはいりませんよ!」

「いいから受け取ってくれ。俺からの気持ちだ」

そう言って渡されたのは短剣。

鞘に入っていて、肝心の刀身は見えないんだけど、鞘の質からして普通の短剣ではないことが分かる。

「う、受け取れません! 結局、僕は何もできなかったので!」

「何もできなかったわけがない。俺の店の従業員をちゃんと助けてもらったからな。それに守れなかったと感じたのなら、この短剣で守れるようになってみせてくれ」

そう言われてしまったら……受け取らざるを得ない。

僕は震える体を何とか抑えて、差し出された短剣を受け取った。

「ほ、本当にいいんですか?」

「ああ。その代わり、また俺の店に来てくれ」

「わ、分かりました! お金を稼げるようになって、また必ずこのお店に来ます!」

僕は何度も深々と頭を下げてから、『シャ・ノワール』を後にした。

すぐに安宿に戻り、頂いた短剣を確認したんだけど、やはり普通の短剣なんかではなく、いわゆる名刀と呼ばれるぐらいの凄い短剣だった。

何度も返しに行こうか迷ったけど、店員さんからはこの短剣で強くなれと言われ、僕は強くなると宣言してしまった。

だったら……強くなって、『シャ・ノワール』の常連になれるくらいお金を稼げるようにならないと駄目だ。

今日できたことは確実に僕の人生を大きく変えるものであり、トムとミックにも全てを話そうと思う。

ビオダスダールに来てからずっと底辺を這いつくばって生きてきた中で、僕はようやく上を向くことができた気がした。

それから少ししてから、銀貨五枚で購入したジャームスラッグのボールの価値も調べたのだけど、なんと他の道具屋では金貨五枚で売られている代物だった。

あの店員さんが物の価値を分かっていないということはありえないし、本当に利益度外視で営んでいることが分かる。

その理由は分からないけど、ここまで利益度外視でこれから営んでいけるのかも心配。

ただ、僕はそんな『シャ・ノワール』のお陰で救われたし、もし負債を抱えてしまい『シャ・ノワール』がピンチになった時に助けられるように強くなる。

今はドン底だけど、ドン底ということはこれ以上の下はないし、あとは上だけを見て進んでいくだけ。

昨日まで人生に絶望していたとは思えないほど、僕は明るい笑みで進み出したのだった。