軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

空間の幽霊

『ねえ、これはいる?』

「うーん、何かには使えそうかも」

瑠璃はリディアと一緒に、もう使われなくなった空間を物色していた。

スラムの子達のために使えそうな物を探しているのだが、全ての空間から使える物が出てくるわけではない。

死期を悟り、生前にちゃんと持ち物整理をした者の空間などからは、ゴミとか不要品しか出てこないことも多い。

逆に不慮の事故だったり相続人がいなかったりだとか、様々な理由がありそのままになっている空間からは予期せぬお宝が出て来たりする。

だが、今日はどうやら不漁のようだ。

あまりめぼしいものがない。

瑠璃は早々にその部屋を出て隣の所有者のいない部屋へと行こうとした時、歌が聞こえてきた。

「歌?」

ここには瑠璃とリディアしかいないはずだ。そのどちらも歌など歌っていない。

どこから聞こえてくるのかと音をたどっていくと、1つの部屋にたどり着いた。

扉は光っておらず、持ち主がいないことを示していた。

その間も絶えず聞こえてくる歌声。

美しい音と声は耳に良く、ずっと聞いていたい気持ちにさせる。

誰が歌っているのだろうか。確かめようと扉に手を掛けたその時。

『ルリ、その部屋は駄目ー!!』

突然上がったリディアの大声に瑠璃はびくりと体を震わせる。

「な、何よリディア、突然大声だして」

リディアは慌てたように瑠璃と部屋の前に立ち塞がった。

『この部屋は駄目なの』

「どうして?」

『出るの』

「出る?」

『この部屋には幽霊が出るのよ』

「幽霊……?」

虫と幽霊が大っ嫌いな瑠璃は静かに部屋から距離を取った。

「そんな、まっさかぁー。精霊と勘違いしてるんじゃないの?」

その声色には嘘だと言ってくれという希望も含まれていた。が、しかし。

『この空間には私以外の精霊は入れないわ』

リディアによると、この部屋の持ち主は数十年前になくなったそうだ。

例によってこの部屋の整理をしようと中を覗いたら、誰もいないはずのそこにいたそうだ。

『体の透けた白い服の女性の幽霊がいたのよ』

「まじ?」

『私恐くってすぐに扉を閉めたわ。そこからその部屋は立ち入り禁止なの』

「リディアなら部屋ごと消滅させちゃえば幽霊もいなくなるんじゃないの?」

『嫌よ、そんなことして祟られたらどうするの!』

いや、最高位精霊が幽霊相手に何を言っているのか。

でもリディアは本気で怖がっている様子。

「この歌はその幽霊が?」

『多分ね。時々聞こえてくるわ』

今も聞こえてくる歌に耳を澄ませる。

この国では聞いたことのない歌だ。どこの国の歌だろうか。

「綺麗な歌ね」

『そうね』

優しくそしてどこか寂しげな歌。

幽霊の歌はいつまでも耳に残った。

***

神光教の問題以降、王都では小さいものはあるものの、大きな犯罪や目立った諍いは起こっておらず、比較的穏やかな日常を送っている。

しかし、近々迫った大会により、城内はその準備に忙しない。

そんな中でも特に忙しい者の一人であるジェイドは、今日も書類整理に追われていた。

イライラとした心の内が伝わってきそうなほど負のオーラを醸し出しているジェイドは現在瑠璃欠乏症。

それは忙しさが理由ではあるが、それが全てと言うわけではない。ここのところ瑠璃とのスキンシップがほとんどないからだ。

いつもなら膝の上で丸くなっている瑠璃を撫でながら仕事をしていた。

それだけで多少の忙しさや淡々とした味気ない書類仕事も心穏やかに執り行えるのだが、最近の瑠璃は温泉作りと称して毎日のように出掛けており、ほとんど執務室には姿を現さない。

瑠璃との触れ合いが足りない……。

忙しすぎてジェイドの方から会いに行けないという状況も拍車を掛けていた。そうでなかったら、共に城を下りて四六時中一緒にいるのに。

竜心を持っているので余計な虫は付かないと分かっているが、ユアンからの報告によると、作業員などとかなり仲良くなっていると聞く。

自分の知らないところで知らない男と仲良くしているというのは全くもって面白くない。

できることなら城で大人しくしていてもらいたいというのがジェイドの希望ではあるが、活動的な瑠璃はなかなか思うようにならない。

「いっそ、鎖で繋ぐか」

竜族の中には番いを他の男の目に触れさせないために家から出さない者もいるが、ジェイドはそんな者達の気持ちが今なら大いに分かる。

思わずこぼれ落ちた願望が、静かな執務室には落とされ、同じ部屋で仕事をしていたクラウスにばっちりと聞こえた。

「陛下、危ない発言がこぼれ落ちておりますよ」

「冗談だ」

いや、誰がどう見ても目がマジだった。

「そもそもルリを鎖で繋いだとしても精霊達が助けに入るので、すぐに逃げられてしまいますよ」

「そんなこと分かっている」

瑠璃が普通の人間だったなら良かったのにと思わなくもない。

「せっかく帰ってきたというのに」

獣王国から戻ってきて、これからは一緒にいられると喜んだというのに、蓋を開ければ温泉作りに勤しんで一緒にいるどころではない。

元気にくるくると動き回る姿は好ましいが、もう少し大人しくして欲しいと思うジェイドだった。

「クォーツ様の気持ちがよく分かる」

「あの方は竜族の中でも特に番いへの扱いが竜族らしい方でしたからね」

先代竜王であったクォーツには番いがいたが、信頼のおける側近にでも男性には姿を見せたくはないと、それは慎重に番いを囲っていたことで有名だった。

事実、番いが亡くなるまで決して他の男性の目に触れさせることをしなかった。それは番いの亡骸すら。

「……お元気そうでよかったですね」

ぽつりと落とされたクラウスの呟き。誰がとは言わずともジェイドには分かり、小さく頷く。

クォーツが番いを亡くした時はとても見ていられないほど憔悴しており、自ら命を絶ってしまうのではと誰もが心配していた。

そうならないように常に見張りを置いたりもした。

しかし、そんなクォーツの命を繋いだのは番いとの約束だった。

その約束のためクォーツは王を辞め、この竜王国を去った。

それはとても無謀な、非現実的な約束だと誰もが思ったが、クォーツは信じていた。その約束が果たされるのを。

いや、それしか縋れるものがなかったのかもしれない。その約束はクォーツにとってたった一つの希望だったから。

クォーツが竜王国から出て行くとなった時、側近誰もが反対をした、このまま消えてしまうのではと心配したのだ。

だが、ただ一つの希望に縋るクォーツを止めてしまっては、このまま狂ってしまうのではと誰も反対できなくなり、ただ静かに見送るしかなかった。

それだけ番いはクォーツの全てだった。

ジェイドもクォーツもその時のことをよく覚えていた。何もできない己の不甲斐なさにやるせない思いを抱いたものだ。

そんなクォーツの事件はジェイドのその後にも多大な影響を与えた。

それほどまでに番いに入れ込む竜族の雄の性に恐れすら抱くことになる。

そんな思いをするのなら番いなどいない方が良いのではないかと思った。

その結果、嫁をと望む年寄り達から逃げ続けることになるのだが、そんな努力虚しく瑠璃という存在を見つけてしまった。

それがどんな結果を生み出すのが分からない。

だが、瑠璃がいる今、番いを失ったあの時のクォーツの気持ちがジェイドには痛いほどよく分かるようになった。

もしも自分の立場だったならと、クォーツが去って行った時とは違う笑顔で帰ってきたことが奇跡のように感じた。

いったいどれだけの苦しみの果てにあのように笑えるようになったのが、ジェイドには考えもつかなかった。

その時、コンコンと扉がノックされ入ってきたのは今話していたクォーツだった。

「やあやあやあ、頑張ってるかい?」

やけに楽しそうにしているなと思ってよくよく見てみると、クォーツの服の至る所に血痕が飛び散っている。

瑠璃がここにいたら悲鳴を上げていたことだろう。

しかし、竜族にとってはそれぐらい然した傷にもならないので、ジェイドもクラウスも平然としているが、その血痕がどうしたのかは気になる。

「どうなさったのですか、その格好は?」

「訓練場で血の気の多い兵がたくさんいたからね。大会に備えてちょっと稽古を付けてあげたんだ」

「死人は出していませんよね?」

クラウスはちょっと心配になった。

先代とは言えクォーツは戦闘狂ばかりの竜族の将を勝ち抜いて王となった者なのだ。

「それほど馬鹿ではないよ。

まあ、しばらく動けないだろうけどね。でもまだ体を動かし足りなくて、ジェイドを誘いに来たんだけど……」

クォーツはジェイドの机の上に積み重なる書類の山に視線を移した。

「無理そうだね」

「ええ、この通りですよ。おかげでルリとの時間も取れないほどです」

「大会も近いし仕方ないか。

でもそんな状態でジェイドは大丈夫なのかい?

体がなまったままで大会に参加してフィンにコテンパンにやられたりしないかい?」

「心配ご無用です。合間にちゃんと体を動かしていますから」

現竜王として、無様な戦いなどできない。大会の最有力候補であるフィンはジェイド以上に訓練に余念がない。そんなフィンに負けてはいられない。

「そうか、なら良いけど。そう言えばルリはどうしているんだい?」

「ルリは町で子供に勉強を教えているそうです。温泉で働くための人材を教育して雇用するそうです」

「なかなか楽しそうなことをしているね。

なら、私もちょっと様子を見てこようかな。ジェイドの分もルリと楽しんでくるよ」

明らかにジェイドを意識してからかっているのが分かる。

ぼきりとジェイドがペンを握り潰した。

「まあ、頑張ってくれたまえ」

颯爽と出て行くクォーツを、ジェイドは恨めしそうに見送った。