軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

コタロウ激怒

竜王国の城下町にある酒場。

夜遅くだが、まだまだ賑やかなそこに、男女の二人組が入ってきた。

周囲には酒を飲んで酔っ払った者達がいるが、酒と会話を楽しんでいるので、二人を視線の端に捕らえたとしても、すぐに意識しなくなる。

二人は酒場の奥の席に座る、そこにはすでにフードを目深に被った者が二人座っていた。

体はゆったりとしたローブで、顔はフードで隠れているので男か女かは分からない。

言葉を交わすことはなく、フードを被った二人組は無言で袋を男女の二人組に渡した。

素早く中身を見た男は片方の眉を上げる。

周囲は騒がしく、誰も彼らに注意を向けている者はいない。

「他の準備はできているんだろうな?」

男が問い掛けると、フード被った一方が静かに肯く。

そしてもう一方が、大きな布袋をテーブルの上に置いた。

テーブルに置いた瞬間ごとりとした音がし、重い物であることが分かる。

女が布袋の中に手を入れ、中の物を引き出す。

すると袋の中からじゃらりと鎖が姿を見せた。

「標的は愛し子だったな。

やばい橋を渡るんだ、依頼料は弾んでもらうぜ」

「成功の見込みは?」

そこで初めてフードを被った一方が口を開いた。

その言葉を聞いて女は不敵な笑みを浮かべる。

「誰に言ってるの、死神が失敗したことはない。

愛し子だろうと一度標的となったら確実に殺してあげるわ」

「支払いは成功後に」

「それで構わないぜ」

よほど自信があるのだろう。

男と女の眼差しは自信に溢れ、成功への疑いはない。

それを聞き終わると、フードを被った二人組は飲み物の代金を置いて去っていった。

***

「にゃーう」

気持ちの良い朝に、気持ち良く目覚められ、瑠璃は猫の体で大きく伸びをする。

(匂い袋の効果かな?)

昨夜は忘れずに匂い袋を枕の下に置いておいたのだが、なんだかいつもよりぐっすり眠れたような気がする。

少しして隣で眠っていたジェイドも起き始めた。

今日は政務が休みらしい。

なので、いつもよりゆっくりとした目覚めだ。

『おはようございます、ジェイド様』

そう言ってジェイドの顔を覗き込んだ瞬間、ジェイドの顔が寄せられ、ちゅっと軽い口付けをされる。

『ちょっ、ジェイド様、私今猫の姿ですっ』

「ん、そうか、分かった」

いや、分かったって何が!?と思った次の瞬間、腕輪が外される。

人間の姿に戻った瑠璃はそのままジェイドに押し倒され、再び唇が合わさった。

離れると、ジェイドは不敵な笑みを浮かべる。

「猫じゃなく、人間の姿ならいいってことだな」

「~っ、そういうことじゃありません!」

クスクスと笑うジェイドは、もう一度瑠璃の頬に軽くキスをし身を起こす。

休みなので、いつもよりくつろいだ服に着替えたジェイドと朝食を食べに行く。

瑠璃が一人で食事をする時は、自室に用意してもらいそこで食べるのだが、ジェイドと食べる時は竜王専用の食堂へ行き、そこですませる。

食堂にある長方形のテーブルはとても大きく、二人で使うには大きすぎるぐらいだ。

それにもかかわらず、瑠璃が座るのはジェイドの向かいではなく、何故か隣。

それも、せっかくの大きなテーブルが無駄なほど近い。

瑠璃としてはもう少し離れてゆったりと食事をしたいのに、ジェイドがそれを許さない。

それというのも……。

「ほらルリ」

当然のことのようにフォークを瑠璃の口の前に差し出すジェイド。

「いえ、自分で食べられますから」

そう拒否するのに、有無を言わさず口に食べ物を当ててくるので、仕方なく口を開けて咀嚼するしかなくなる。

竜族の愛情表現である、給餌行動はまだ瑠璃には慣れない。

子供ではないのだから普通に自分で食べさしてくれと思うのだが、ジェイドは瑠璃に食べさせたがる。

何度か繰り返せばジェイドも気がすむようなので、諦めて食べるようにしているが、やはり気恥ずかしさがある。

しかし給仕の人は当然というように、この広いテーブルの近い位置に食事を用意してしまうので、これは人間と竜族の常識の違いなのかもしれない。

これに慣れるまではしばらくかかりそうだ。

食事が終わると、瑠璃は再び猫の姿になってジェイドの膝の上に乗り、勉強のための子供用の簡単な本を読んでもらう。

いつもはアゲットに勉強を教えてもらっているのだが、こうしてジェイドが暇な時は、ジェイドの膝の上で本を読んでもらうことが定番となっている。

文字の書き方も習いつつ、のんびりと時間が流れていたその時、クラウスがノックも忘れ慌ただしく入ってきた。

「陛下、またあの女がやらかしてます!!」

ジェイドの顔がとたんに不快そうに歪む。

あの女=アゼルダを指す言葉となっているのが、城で働く者の共通認識となっていた。

瑠璃と諍いが起こった後、精霊に相手にされなくて少しは懲りたかと思ったがそうではなく、相変わらず我が儘放題。

もはや愛し子様と、敬称すら付けられなくなっていた。

まあ、自業自得なので、瑠璃も訂正するつもりはない。

「今度は何だ?

取り巻きに入れたい者でもいたか?

兵の態度が悪かったか?

美人な侍女でも見つけたか?」

「庭園でお茶をしていたセレスティン様の所へ押しかけ、最近精霊が言うことを聞かないのはお前のせいだろうと難癖を付けてます。

今日は最初から攻撃的で、すでに精霊が一触即発です!

今、アゲット殿が抑えていますが、いつまで持つか」

はあ、ジェイドは深い溜め息を吐く。

アゼルダの注文は多岐に渡り、ある日は取り巻きに入れたいから今後は私の世話をしろと、ジェイドの護衛であるフィンに命令したり。

ある日はジェイドの面会を拒否した兵の態度が悪いから首にしろと騒ぎ。

またある日には、自身の取り巻きが綺麗な侍女に目を奪われていたのを見て、色目を使ったと侍女に難癖を付けたり。

段々我が儘が激しくなっている。

その度に精霊を使い何とかしようとするから、精霊達を抑えるために瑠璃が動く羽目になっていた。

精霊達もアゼルダより瑠璃の言葉を聞くので、さらにアゼルダの機嫌は悪くなり、それを我が儘で発散するという悪循環が起こっていたりする。

頼むから早く帰ってくれ、というのが城にいる者達の総意だ。

瑠璃はジェイドの膝からぴょんと飛び降りる。

『セレスティンさんが危ないので早く行きましょう、ジェイド様』

「そうだな」

『もうはっきり叱ってもいいですよ。

精霊達の反撃の心配も、私がいるから大丈夫です!

びしっと、言っちゃって下さい』

「それは頼もしいな」

急いで庭園へ向かう。

その後ろから、『なんか面白そう』といってカイが付いてきて、その後ろからコタロウとリンが続く。

庭園では、一方的に喚き散らすアゼルダ、それを止めようとするアゲット、無言でアゼルダを睨むセレスティン、今にも攻撃しそうな精霊達といった、なかなかにカオスな状況となっていた。

アゲットは瑠璃とジェイドが来るのを見て、ほっとした表情を浮かべる。

まず瑠璃は精霊達を抑えることを第一とする。

瑠璃は精霊達に向かって駆けだした。

『皆-、ストップ、ストップ!

攻撃しちゃ駄目よ-、はい、かいさーん』

『あっ、ルリだー』

『解散だってー』

『はーい』

精霊は素直で、可愛い。

瑠璃が止めると、ここ最近瑠璃が精霊の行動を止めていることもあり、すぐににこにこと笑い瑠璃の指示に従った。

そうして残ったのは瑠璃とセレスティンにつく精霊のみとなった。

アゼルダの顔が怒りで真っ赤になる。

「なっ、なんで、なんでよ!

帰ってきなさい!私は愛し子よ!!」

アゼルダの周りに精霊がいなくなると、はらはらとしながら見守っていた人達がほっとする。

ジェイドがアゼルダの前に進み出る。

「アゼルダ殿困ります。

こちらは獣王国の愛し子がいるので、第一区に来られるのは遠慮して欲しいと再三申し上げていたはずです」

怒りの形相をしていたアゼルダはジェイドを見ると表情を一変させた。

「あら、竜王様。

だってこの人私の邪魔ばかりするんですもの。この人のせいで精霊達が言うことを聞かなくなってしまったのよ。

余計なことをしないように注意していただけなんです」

甘えるようにジェイドにしなだれるアゼルダ。

さり気なくジェイドはアゼルダから距離を取る。

「それをしていたのはセレスティンではありませんよ。

最近のあなたの行動は目に余る、これ以上勝手をされるようならセルランダにお帰り願うことになるが、それでもよろしいか?」

ジェイドも、アゼルダより瑠璃の方が格が上だと知ったので、いつもより強気な発言だ。

見守る周囲の人々は、良く言った!とばかりにジェイドに熱い視線を向けている。

「なんてこと言うんです。私は愛し子なのよ!

そんなことを言ってただですむと思ってるの!?」

「残念だが、あなたの我が儘を聞かせるための精霊は、あなたより我が国の愛し子の言を優先させている。

この国はこれ以上あなたの我が儘を良しとはしない」

「なっ!我が儘ですって、私は愛し子として当然の権利を主張しているだけよ」

「我が国が不満であるなら、あなたの我が儘を聞いてくれるセルランダに帰れば良い。

我が国は今後一切あなたに振り回されるつもりはない」

ぴしゃりと拒絶を言葉にする。

アゼルダは何か言おうとして言えなかったのか、口をぱくぱくとさせている。

「我が儘なんかじゃない。

私のおかげで精霊の恩恵を受けるんだから、言うことを聞くのは当然でしょう!」

「確かにあなたがいることで土地は潤う。

だからと言ってなんでもしていいわけではない。

あなたを増長させた周囲も問題だが、あなたはもう少し他者への優しさを身に付けるべきだ」

「私にそんなこと言って良いの!?

せっかくいてあげてるのに、私がいなくなったら困るのはこの国なのよ!」

「この国にはすでに愛し子がいる。

わざわざ面倒を起こす愛し子を迎える必要はない。

我が国にあなたはいらない」

「っっ」

怒りなのか恥ずかしさなのか、ぶるぶると体を震わせ顔を真っ赤にするアゼルダ。

もうこれ以上の話し合いは不要とばかりにジェイドは背を向ける。

「ルリ、おいで」

『はい』

ジェイドに呼ばれたので戻る。

そして、アゼルダの側を横切ったその時、体に激しい痛みと衝撃を受け体がはね飛ばされる。

「に゛ゃんっ」

「ルリ!!」

ジェイドの焦りと悲鳴の混じった声を聞きながら、瑠璃は自分がアゼルダに蹴り飛ばされたことに気が付いた。

『っつ』

瑠璃はよろよろと体を起こそうとしたが、追い打ちを掛けるようにアゼルダがヒールの高い靴でルリの体を踏み付け、ぐりぐりとえぐるように足を動かす。

「にゃあぁ!」

呻き声のような鳴き声が出る。

今は人間の声が出せないので、庭園に猫の甲高い鳴き声が響く。

「うるさいわよ!

なんなのよ皆して私を馬鹿にして!」

「止めろ!」

ジェイドが血相を変えて飛んでくる。

アゼルダを突き飛ばすように押し、踏まれた箇所を触らないようにそっと瑠璃を抱き上げた。

「ルリ、ルリ大丈夫か?」

『……はい……大丈夫、です……』

ジェイドを心配させないようにそう言ったが、痛いものは痛い。

猫の小さな体が、ヒールの高い靴で踏まれたのだから当然だ。

『ルリっ』

リンも心配そうに瑠璃に近付く。

ジェイドは凍えるような冷たい眼差しでアゼルダを睨んだ。

一瞬たじろいだアゼルダだが、すぐに目をつり上げ口を開いたが、声を発する前にアゼルダの体が突然後方に吹っ飛んだ。

「きゃあ」

悲鳴を上げ、地面に叩きつけられるアゼルダ。

瑠璃やジェイドは何が起きたのか分からず目を見張ったが、犯人はすぐに判明する。

アゼルダの前にゆっくりと進み出るコタロウ。

コタロウからは強い怒気を感じた。

『きさま、いったい何をした。

ルリを傷付けるなど、身の程を知れ、小娘!』

コタロウから発せられるビリビリとしたような威圧感が辺りを支配する。

これには今まで勝ち気にしていたアゼルダも顔色を悪くし、怯えたような表情でコタロウを見つめる。

『我の前でルリを傷付けたのだ、覚悟はできているのだろうな』

「あ……あ……」

アゼルダの体がふわりと浮き上がる。

「えっ、きゃっ」

アゼルダは足をばたつかせ抵抗するが、体はどんどん上へ上へ上がっていく。

「いやぁぁ、誰か……」

誰もが助けに入ることもできず立ち尽くす。

見上げるほどアゼルダの体が浮かび上がると、今度はまるでかき混ぜたお風呂の中にいるかのように、アゼルダの体が上へ下へ右へ左へ振り回される。

「きゃあぁぁぁ、助けてぇぇ」

『ちょっと、コタロウ』

瑠璃の声が聞こえていないか無視しているのか、コタロウが止める様子はない。

少ししてアゼルダの体がぴたりと止まった。

終わったのかと誰もが思ったが、またさらにアゼルダの体が上へ上がる。

そして、支えをなくしたかのように、アゼルダの体が落ちた。

「きゃ、きゃあぁぁぁ!」

地面につく前にコタロウが止める。

そう思っていた瑠璃だったが、アゼルダの体は止まらず地を目指す。

慌てて瑠璃は叫んだ。

『コタロウ、止めて!!』

ぴたりとアゼルダの体が止まった。

地面すれすれの位置だった。

もし瑠璃が止めなかったら、間違いなくアゼルダは地面に激突していただろう。

恐怖に戦くと共に、ほっと安堵する瑠璃。

アゼルダは恐怖で体がぶるぶると震えている。

立つ力もなく、そのまま地面に座り込む。

コタロウは周囲の精霊達に向けて声を上げた。

『この者は我の大事な契約者に手を出した。

精霊達よ、今後一切この者への手助け、干渉、接触全て禁止する!!』

それは上位精霊から下位精霊に対する命令だった。

精霊は己より上位の精霊の命令には絶対服従だ。

最高位精霊であるコタロウの命令。

それは同じ最高位精霊以外、全ての精霊が従うことになる。

手助けをしてはいけない。それは愛し子が愛し子と言われる力である、精霊の恩恵を受けられないことである。

この日、世界から一人の愛し子が姿を消した。