軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

救援を求めて

そこから何日もしないうちに、お腹に感じる熱はどんどん大きな塊となっていっているような気がした。

さすがにこれは相談した方がいいかと、瑠璃自身も自分の体が心配になり始めていたある夜。

「ジェイド様、ちょっと相談があるんですけど」

ベットに横になるジェイドの横に座りながら、お腹に手を当てる。

「どうかしたのか?」

「多分大したことはないと思うんですけど……」

「うん?」

不思議そうな顔をするジェイドに説明しようとしたその時、ガシャァァァン! という大きな音が響いた。

突然のことに体をびくつかせる瑠璃と、飛び起きるジェイド。

「えっ、なに!?」

「分からない。なにかが壊れた音のようだ」

ジェイドはベットから出て、靴を履く。

「ルリ、一緒に来てくれ。万が一のために部屋に一人で残しておけない」

「は、はい!」

ジェイドについて部屋の外に出ると、コタロウとリンが寄ってくる。

他にも警備していた兵士が走っていたりしたが、夜とあって人が少ない。

「コタロウ、リン。なにがあったか分かる」

『どうやら精霊達が騒いでいるようだ』

「精霊?」

『行けば分かる』

ジェイドと共にコタロウの後についていくと、先ほどいた部屋からほど近い、普段は使われていない部屋へと着いた。

すでに兵士が集まって来ており、騒がしくしている。

けれど見ているだけで誰も中に入ろうとしない。

「なにごとだ」

ジェイドが来たことを知ると、兵士が一斉に道を空ける。

これ幸いと瑠璃が部屋を覗き込むと、大きな鳥がいた。

窓を突き破ってきたのか、部屋の中はガラスなどが散乱してぐちゃぐちゃだ。

竜体となった竜族ほどではないが、大きな鳥は体中が傷だらけでぐったりとしている。

状況が理解できない瑠璃に、ジェイドの叫びが聞こえた。

「セレスティン!」

「えっ!?」

瑠璃は我が耳を疑ってジェイドと鳥とを交互に見る。

驚きだったが、セレスティンが鳥の亜人であることを思い出す。

竜の姿を持つジェイドのように、鳥の姿になれてもおかしいことではない。

よくよく見ると、その鳥はセレスティンの髪の色と同じ新緑のような緑色をしていた。

「どうしてセレスティンさんがここに……」

それも至る所に傷を負った状態でだ。

しかし、その疑問はすぐに解ける。

「セレスティンさん、すぐに傷の手当てを……」

「待て、ルリ!」

駆け寄ろうと足を踏み出した瑠璃を、ジェイドが慌てて引き寄せて止める。

その瞬間、火の玉がセレスティンにぶつかった。

セレスティンは苦しそうなうめき声を上げながら、大きな羽でなにかを守るように羽を広げていた。

よく見ると、羽の下には人の姿が見える。

他に人がいたことにも驚いたが、それ以上に、セレスティンを攻撃した存在に目が釘づけとなる。

それはいつもなら愛し子の味方であるはずの精霊達だった。

「なんで……」

ショックを受ける瑠璃は、さらに攻撃をぶつけようとしている精霊とセレスティンの間に無我夢中で走り、手を広げた。

「やめて!」

瑠璃が悲鳴のような声を上げると、精霊達がぴたりと止まる。

そのことにほっとすると同時に、精霊達への怒りが湧いた。

「どうしてこんなことをするの!?」

瑠璃は叱りつけるように怒鳴るが、精霊は当たり前のように告げる。

『だってぇ、お願いされたからー』

『逃がすなって』

『殺さない程度に攻撃しちゃえって』

『うんうん、皆で多数決したの~』

なに一つ悪いとは思っていない無邪気な様子で精霊達は頷く。

「多数決?」

意味が分からない瑠璃の側にコタロウとリンが寄ってくる。

瑠璃の背後ではジェイドが「医師をすぐに呼べ!」と指示を出していた。

瑠璃の側にコタロウとリンがいるので安全だろうと、怪我を負ったセレスティンを優先したようだ。

『恐らく愛し子同士の諍いがあったのだろう』

『ルリも前に見たことがあるでしょう? 精霊同士は戦わない。話し合いでどちらの願いを聞くか決めるのよ』

「あ……」

瑠璃もそこまで言われて思い出した。

以前セルランダの愛し子とセレスティンが喧嘩をした時も、精霊達はどちらの味方をするかを多数決で決めていた。

「でも、セレスティンさんは愛し子なのに……」

『より格が高い愛し子の願いなら、相手が愛し子であろうと精霊は攻撃するわよ』

「…………」

瑠璃は衝撃のあまり思うように言葉が出てこなかった。

味方と思っていたはずの精霊から攻撃されるなど、セレスティンの恐怖はどれほどのものだったか。

「私が、もうセレスティンさんに攻撃しないでってお願いしたら、皆は聞いてくれる?」

瑠璃が精霊達に問うと、精霊達はあっさりと矛を収めた。

『いいよー』

『ルリがいちばーん』

『だねー』

無邪気な精霊達に悪意はない。

ただただ愛し子の願いを叶えようとしただけなのだ。

だからこそ、余計に恐ろしく感じる。

だが、問題は精霊達にそんな願いをした者の存在だ。

「セレスティンさんを攻撃しようとする愛し子なんて……」

と、そこまで口にしていて瑠璃は思い出す。

「おじいちゃんの手紙に書いてた、転移者だっていう愛し子?」

「う……」

うめき声にはっとしてセレスティンを見る。

「セレスティンさん、もう大丈夫ですよ」

セレスティンはじっと瑠璃を見た後、安堵したように目を閉じた。

それとともに、鳥の姿から見慣れた人の姿へと変わる。

「セレスティンさん!?」

瑠璃が慌てていると、ジェイドが手配した医師が駆けつけ、セレスティンを診る。

「気絶しただけのようです。ですが、傷がひどい」

医師はジェイドに目を向ける。

「陛下、竜の薬を使ってもよろしいですな?」

「ああ、すぐに治してやってくれ」

竜族の血から作られた秘薬は、滅多なことでは他人に使われない。

どんな怪我や病気も治してしまうからこそ、その扱いは慎重をきするのだ。

だが、世界の宝とも言える愛し子の怪我を治すためとあれば、惜しむはずがない。

「急げ!」

「慎重にお運びするんだ」

「そっとだぞ」

数名の兵士が気を遣いながら担架のようなものに乗せ、セレスティンを運んでいった。

残された瑠璃やジェイドの視線が一つに集まる。

「あなたは大丈夫か?」

ジェイドが、座り込む女性の前に膝をついて問いかける。

見慣れぬその人は、先ほどセレスティンが必死に精霊達から守ろうとしていた人だ。

彼女のお腹は大きく、一目で妊婦だと分かった。

傷だらけのセレスティンと違い、女性には目立った怪我は見受けられない。

「……私は大丈夫です。愛し子様が守ってくださいましたから」

そうは言っても、セレスティンがあのような状態になるほど精霊に攻撃を受けていたのだ。

女性の顔色は決していいとは言えない。

「ジェイド様、部屋を移しましょう。ガラスも散らばっているし、妊婦さんを床に座らせたままじゃ危険です」

「そうだな。立てるか?」

ジェイドが女性に手を差し出したが、女性はその手にすがりつくように握った。

「お願いします! アルマン様をお助けください!」

必死の形相で強く手を握る女性に、瑠璃もジェイドも呆気に取られる。

しかし、ジェイドはすぐさま表情を真剣なものへと変える。

「とりあえず場所を移そう」

「ここで構いません。一刻を争うのです!」

「……分かった。なにがあったか教えてくれ」

「はい。私の名前はパパラチアでございます。まだ正式な発表はなされておりませんが、アルマン様の正妃となる予定の者です」

これには瑠璃もジェイドも驚いた顔をする。

「えっ! ということは、そのお腹の子供は……」

「アルマン様との子です」

いつの間に、という言葉を瑠璃は飲み込む。

気にすべきことは今はそれではないのだ。

パパラチアは続ける。

「それは突然のことでした。獣王国の隣にはファガールという国があるのはご存知でしょうか?」

「ああ」

ジェイドが頷く。

「ならば獣王国とかの国の関係がよくないこともご存知かと思います。その国が突然国境を越え攻め入ってきたのです」

「だが、獣王国の兵士ならば返り討ちにできるでだろう?」

「はい。誰もがそう思っておりました。しかし、侵略者の先頭には愛し子がいたのです」

恐らくベリルが手紙で伝えてきた転移者ではないかと、瑠璃とジェイドは目を見合せる。

お互い考えていることは同じようだ。

「愛し子が相手とあれば、どんなに魔力が強い者だとしてもなんの意味はありません。向かった兵士は全滅となり、真っ直ぐ王都を目指してきました。そんな中で、愛し子相手には自分しか太刀打ちできないと、愛し子様が名乗りを上げ、戦いに参加することとなったのです」

「よく、アルマンが許したな。……いや、確かに愛し子が相手ではセレスティンに頼るしか道はないか」

ジェイドは納得した様子だったが、眉間に皺を寄せる。

「しかし、セレスティンが精霊から攻撃を受けていたということは、相手の格の方が高かったということか?」

「その通りでございます。ファガール側の愛し子は男女二人いたようで、女性の愛し子は格下だったようですが、男性の愛し子の方が格上だったようで……。愛し子様の周囲にいた精霊達は敵となってしまい、なす術なく王都はあっという間に陥落してしまいました」

パパラチアは苦悶の表情を浮かべる。

「精霊が敵となってしまえば、精霊の力は借りられません。相手が魔法を使ってきても、こちらは魔法も使えないハンデを背負って戦うしかありません。さらに、敵側は二人の愛し子によって精霊に守られている……。どうして勝てるでしょうか……」

精霊が敵に回ったら、たとえ竜族であろうと負け戦確定だ。

アルマンがどんなに強かったとしても、勝てるはずがない。

「アルマンはどうした?」

ジェイドの問いかけに、パパラチアはハラハラと涙を零し両手で顔を覆った。

「城の中にまでファガールの兵士が乗り込んでくる寸前で、私と愛し子様を逃がすための時間を稼ぐために残られました」

「そうか……」

歪むジェイドの顔。最悪な予想が頭をよぎり、瑠璃の表情も強ばる。

パパラチアは涙ながらに続けた。

「数名の空を飛べる護衛と共にこの竜王国を目指したのです。竜王国の愛し子様には最高位精霊様がついていらっしゃるので、きっと助けてくださるだろうと。しかし、すぐ追手がかかりました。それだけならばまだよかったのですが、あちら側の愛し子が、唯一の獣王の後継者である、私のお腹にいる子を狙い精霊に後を追わせたのです」

「ずいぶん徹底しているな。私ですらアルマンの子が妊娠中だなどと知らなかったのに」

きっと精霊に情報収集をさせていたのだろう。

瑠璃がコタロウに頼んでいるのと同じように。

まだ情報がまとまっていなかったのか、コタロウから情報は聞いていなかった。

そもそも、コタロウには転移者と愛し子について調べてもらっていただけで、ファガールが愛し子を使って獣王国に戦争を仕掛けるかということまでは調べてもらっていなかった。

愛し子を悪用する可能性を考えつつも、実際に行動しないと誰もが思っていたのだ。

なにせ、獣王国は霊王国と竜王国という、愛し子がいる上に最高位精霊まで住んでいる二つの国と同盟関係にある。

仮に国を落とせたとしても、確実にこの二つの大国を敵に回す。

そんな愚行は起こさないだろうと楽観視していた。

まさかファガールがそれほどに愚かだなどと誰も予想していただろうか。

だが、こんなことならもう少し慎重になるべきだった。

まさに後悔先に立たず。

「護衛を共に逃げてきたというが、護衛はどうした?」

ジェイドが、セレスティンとパパラチア以外に誰もいないことに疑問をぶつける。

「護衛の方達は愛し子様と私を逃がすために、一人、また一人と、精霊達の足止めにと残っていきました。最後には誰もいなくなり、セレスティン様は私を背に乗せ、精霊達の攻撃から私を守りながらここまで飛び続けてくださったのです。本来ならば、私が盾となり愛し子様をお守りしなければならなかったのに……」

セレスティンは自分の身より、パパラチアとアルマンとの子を優先させたのか。

どれだけ必死だったかは、セレスティン自身の怪我と、ほぼ怪我を負っていないパパラチアを見れば一目瞭然だ。

「どうかお願いいたします! アルマン様と国の人々をお助けください!」

パパラチアは大きなお腹を抱えながら、ジェイドと瑠璃に頭を下げる。

縋るしか彼女にはできることはないと分かっているからこそ必死だ。

気持ちは十分に伝わってくるが、果たしてアルマンが無事か分からない。

瑠璃はコタロウに目を向ける。

じっと外に目を向けたまま動かないコタロウ。

声をかけてもいいものか迷いつつ、瑠璃は名前を呼ぶ。

「コタロウ。獣王国のお城がどうなっているか分かる?」

『むう、あまりルリに言いたくないのだが……』

「そんな言い方されると余計に気になるんだけど。……もしかしてマズイ状況だったりするの?」

コタロウは言いづらそうにしながらも、瑠璃の望む情報を口にした。

『獣王国は王都だけでなく、城もすでに陥落しているようだ。獣王も獣王国の兵士もすべて敵に捕らえられ、牢に囚われている。正直、獣王はいつ殺されてもおかしくない状況だ』

「そんな!」

コタロウの話を聞いたパパラチアは悲鳴のような声を上げ、次の瞬間体から力が抜け体が傾く。

ガラスが散らばった床に倒れる前にジェイドが受け止めたので、怪我はないはずだが、今の話は精神的に不安定になりがちな妊婦に聞かせるべきではなかった。

「彼女を客室に。医師も呼んでくれ」

「はっ!」

ジェイドはパパラチアを兵士に託すと、他の兵士に側近達を執務室に呼ぶように命じた。

瑠璃もジェイドの後を追う。