軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

異変

お茶会を強制終了させて、ジェイドの執務室へ向かう。

愛し子案件は早めに報告しておくにこしたことはないと、さすがに愛し子がこの世界に与える影響を理解するようになった瑠璃は急いだ。

報告とは別に、コタロウにはファガールという国と愛し子、そして転移者について調べてもらいたかったが、リンと共に姿が見えなかったので、ジェイドの執務室に来てくれるよう周りにいる下位の精霊に伝言を頼んだ。

離れていても意思の疎通ができるというのはなんとも便利だ。

しかし、他の精霊達のうるさいほどのおしゃべりまで聞こえてくることを思うと、メリットとデメリットのどちらに比重が傾くか判断するのは難しい。

まあ、コタロウ達は聴いたり聞かなかったりと上手く調整しているらしいので心配することはないのだろう。

執務室をノックして扉を開けると、ジェイドだけでなくユークレースやクラウスにフィンの姿もあった。

説明の手間が省けたと、瑠璃は遠慮なく部屋の中に入っていく。

「ジェイド様、今大丈夫ですか?」

「ああ、問題ない。なにか用事か? 確かリディア殿とセラフィ殿とお茶会ではなかったのか?」

「それが、呑気にお茶会していられなくなっちゃいまして」

「どうした?」

どこから話そうかと、頭の中でまとめていると、コタロウとリンも執務室に入ってきた。

『呼んだか、ルリ?』

「うん。ちょっとコタロウに頼みたいことがあってね。その前に皆に説明させて」

瑠璃はジェイド達の方に向き直って口を開いた。

「さっき、おじいちゃんからリディアづてで手紙が送られてきたんです。それによると、獣王国の隣の国でたくさんの転移者が現れたらしいです」

わずかに驚いたようだが、誰一人口を挟むことなく続きを待っている。

「その転移者の中に愛し子がいるという話で……」

今度こそ驚きを隠せず、ユークレースが最初に反応した。

「愛し子ですって? それ本当なの?」

「おじいちゃんも確証があるわけじゃなくて、噂として聞いただけみたいです。カイに調べてもらおうとしたけど、カイはそういうの得意じゃないからって断られたらしいです。それで、風の精霊のコタロウなら調べものは得意だからって」

得意じゃないということはできないわけではないと受け取れるのだが、きっとカイはただ興味がなかっただけなのだろう。

実にカイらしい。

リディアに、ノリと本能で行動すると言われるだけある。

『それで我を呼んだのか』

「うん、そうなの。転移者が現れたのは獣王国の隣にあるファガールっていう国らしいから、なにかしら影響が出たら困るんじゃないかと思って。本当に愛し子か調べておいて不足はないかなって」

愛し子など、いつ爆発してもおかしくない不発弾みたいなものなのだから。

「コタロウ、頼める?」

『うむ。まあ、ルリが望むなら』

カイと同じであまり興味はなさそうだが、瑠璃のお願いを断るコタロウではなかった。

『ただ、少し時間がかかる』

「うん。大丈夫ですよね、ジェイド様?」

瑠璃がジェイドに判断を仰ぐべく振り向くと、ジェイドも他の側近達も難しい顔をしていた。

「ジェイド様? 勝手に話を進めるのはまずかったですか?」

なにせ愛し子は政治に関わってはいけない。

しかし、どこまでがセーフでどこからがアウトか、瑠璃はいまいち理解できずにいた。

他国の調査をコタロウに頼むのはセーフなのかアウトなのか。

眉間にしわが寄るほどに真剣な表情で考え込んでいたジェイドがはっとなる。

「いや、問題はない。むしろ私の方からもお願いいたします、コタロウ殿。風の精霊以上に情報収集に長けた存在はいませんから」

『ルリが望むのだから引き受けよう』

あくまで瑠璃の願いだから動くのだ。

決して竜王の頼みだから動くのではないとけん制しているように感じた。

しかし、わざわざそのようなことをしなくとも、ジェイドも他の者達もきちんと理解しているはずだ。

精霊は決して人に意のままに動くわけではないと。

コタロウは窓に近づくと、窓を開く。

そしてコタロウから風がふわりと広がるように流れた。

それは本当にわずかな間の出来事で、コタロウはすぐに瑠璃の側に戻る。

『これでいい。風の者達に命じたから次第に情報が集まってこよう』

「ありがとう、コタロウ」

お礼とばかりにコタロウのモフモフな頭を撫でくりまわした。

まんざらでもないコタロウはされるがまま。

そんな中でジェイドがクラウスに命じる。

「クラウス。ヨシュアを連れてきてくれ」

「かしこまりました」

一礼して出ていったクラウスはすぐに我が子であるヨシュアを連れて戻ってきた。

執務室に集まる面々を見たヨシュアが顔を引きつらせる。

「あ、めっちゃ嫌な予感」

その予感は間違ってはいなかった。

「ヨシュア、早急にファガールに向かい、転移者に関する情報を仕入れてきてくれ」

それを聞いた瑠璃は首をかしげる。

「ジェイド様。それならコタロウがしてくれてますよ?」

「確かにそうだが、精霊から見た情報と、人から見た情報では、重きを置くものが変わってくるはずだ。精霊の感覚は人には理解しがたいからな」

「なるほど、あれですね。食べ物の情報収集を頼んだら、片方は麺料理のお店を探してきて、もう片方はお米料理のお店探してきちゃったって感じですね」

「う、うん? なんかちょっとずれている気がするが、まあそんなところだ」

瑠璃のたとえは伝わりづらかったようだ。

なんにせよ、ヨシュアのファガール行きは避けられないようで、非常に面倒くさいと言わんばかりの顔をしている。

「頼んだぞ、ヨシュア」

念を押すジェイドに、ヨシュアは「御意」と答えた。

というか、それ以外の答えは許されないので、ヨシュアは行きたくないというオーラを背負ったまま執務室から出ていった。

「ファガールに愛し子が本当に現れたとしたら、獣王国は大丈夫でしょうか?」

クラウスは心配そうな顔をするが、瑠璃には理解できない。

「ファガールに愛し子がいるのはそんなに問題なんですか? 確かに愛し子が世界に与える影響は理解できるようになったつもりですけど」

瑠璃の質問には、ユークレースが答える。

「問題大ありなのよ。ファガールは前々から獣王国に敵対心むき出しだったからね。常に引きずりおとすことを考えているヤバイ国なのよ。これまではセレスティン様っていう存在が抑止力となっていたけど、ファガールにも愛し子ができたならこれ幸いと戦争をふっかけて来かねないのよね」

「それ、大丈夫なんですか?」

頭をよぎる、セレスティンやアルマンの顔。

「セレスティンがいるから大丈夫だと思いたいが……」

不穏な言葉を残して、話はそこで切り上げられた。

遠く離れた瑠璃達にできることは限られている。

***

報告も終わり、気分転換にルチルを連れて瑠璃が作った温泉施設を訪れた瑠璃。

最初こそ瑠璃主導で始めた施設だったが、今や瑠璃はほとんどノータッチで、任せっきりになっていた。

そもそも愛し子が商売のようなことをしようとしたのが間違いであったと気づくのにずいぶんと時間がかかった。

店を経営する経験も知識もないのだから当然のこと。

アマルナに任せきりにしていたのは正しかった。

スラムの子達は生き生きと働いており、最初に彼らを見た時の夢も希望もないと言わんばかりの死んだような目とは大違いだった。

施設である程度の知識と教養を身につけると、施設を辞めて他で再就職するのがパターン化されていっている。

そうすることで、次々にやる気のある子達に教育を施すことができた。

アマルナがスパルタなのか、子供達の学習意欲が高いのか、ここで働いた子達は最終的にどこへ出しても恥ずかしくないほどの接客技術と事務業務を身につけていく。

勢いで始めてしまった瑠璃としては申し訳なくなると同時に、彼ら彼女らの成長が嬉しくもなる。

この勢いでスラムがなくなってくれたらもっと嬉しいのだが、そう簡単にはいかないのを、瑠璃も元の世界の知識で知っている。

それでも、一人でも多くの子が一人立ちできることを祈るばかりだ。

と、元気に働いている子達を見ながらそんなことを考えていた瑠璃は、温泉施設の内容に呆気にとられる。

これまでは男湯と女湯に分かれていた、ごくごくありきたりな温泉だったというのに、いつの間にか貸し切り湯などというものが増えている。

近くにいた店員を捕まえて話を聞くと、この温泉施設に多大な情熱を燃やし設計を請け負っていた、元獣王国出身の男性が、誰の目も気にせずゆっくり入りたいとの理由で、いくつかの個室を作ってしまったらしい。

初耳だった瑠璃はなんとも言えない表情となったが、一応アマルナの許可は取ったようだ。

アマルナに任せっきりにしていた瑠璃に文句が言えるはずもない。

それに貸し切りの個室はそれぞれ工夫をこらしているようで、風呂好きの瑠璃には心惹かれるものがあったので、なおさら口出しできなくなった。

貸し切り湯は予約制のようだが、予約が空いている個室があるというので、瑠璃は迷わず入ることを選ぶ。

ルチルもどうかと誘ってみたが、護衛が無防備な姿になるわけにはいかないと断られ、個室の外で待機してもらうこととなった。

リンとコタロウも気が乗らないのか、外で待機することに。

少々申し訳なくなりつつ、貸し切りの湯を堪能する。

のんびりとお湯に浸かっていた瑠璃は、ふとお腹の違和感に気がついた。

お腹の下の方がやけにポカポカとする。

そこを中心にまるで魔力が集まっているかのような感覚。

気持ちの悪さはまったくないが、これまで感じたことのない感覚だった。

「なんだろ?」

お腹を撫でるが別に痛いわけでも不調があるわけでもない。

このようなことは初めてだったので、誰かに相談すべきか悩んだが、過保護な周囲の人々の顔を思い浮かべて躊躇う。

「なんか大騒ぎされそうだしなぁ」

愛し子の体になにかしら起きているとなれば大騒ぎにならないはずがない。

しかし、瑠璃はすでにジェイドとの同調が済んでいる。

竜族との同調が終わると、人間でも竜族のように体が丈夫になり風邪や病気などをしにくくなる。

実際、同調を終えた後に林檎に似た果物を片手で粉砕できた時には、同調によって得られた肉体の強さにおののいたものだ。

そんな強靭な肉体を得たために、瑠璃は少々慢心していた。

「ま、いっか。これぐらいで心配かけるのも申し訳ないし」

異常を感じるわけでもなかったので黙っておくことにした瑠璃は、その判断を後に後悔する。