軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

空飛ぶクリオネ

(私このままじゃ駄目な気がする………)

頭を抱えたくなるような気持ちで、瑠璃は最近の我が身を振り返った。

ジェイドと一緒に睡眠を取った先日から、ジェイドは味を占めたのかその後瑠璃と一緒に休むようになった。

その上ジェイドは瑠璃を出来るだけ側にいさせようとし、執務室には瑠璃専用の小さなベッドが置かれるようになった。

といっても、そのベッドは殆ど使わず基本ジェイドの膝の上だったりする。

こちらの世界の生活を学ぶためという本来の目的から逸脱し、食っちゃ寝の生活を送っていた。

このままではダメ猫……いや、駄目人間になってしまうと漸く生活改善に乗り出した。

「………で、どうしたいのよ?」

瑠璃の目の前には書類片手に瑠璃に問い掛けるユークレース。

どことなく面倒臭そうにしているが、瑠璃には他に頼れる人が居ない。

ヨシュアはジェイドの一目惚れの相手らしき人物を迎えに他国へ赴いた為、ヨシュア以外で唯一、瑠璃が人間である事を知るユークレースにしか相談できない。

「出来れば働きたいんですけど………」

「あんた、自分が愛し子だって分かってる?何かあったらどうするの。

働かなくても必要なものはこちらで揃えるし良いじゃないのんびりしていれば」

「ちゃんと働いてお金を稼いで一人でも生きていけるようにしたいんです。

そもそも、こちらの生活を学ぶために王都に来たんですから、ぐうたらしているってチェルシーさんにばれたらどれだけ怒られるか………」

想像するだけで身が竦む。

「そうは言ってもねぇ、あんたの姿が見えなくなったら陛下が心配されるでしょうが。

どう言い訳するのよ。まだ人間だって言ってないんだから働いてきますって正直に言うわけにもいかないし」

「長時間いなくならなければ大丈夫ですよ。普通の猫はふらふら散歩してるじゃないですか」

「でもねえ」

「お願いします!ユークレースさんだけが頼みの綱なんです」

その後も渋るユークレースを何とか拝み倒し働き口を勝ち取った。

そして………。

「いらっしゃいませー」

王都の隣町にあるユークレースの知人の食堂で働かせて貰うこととなった瑠璃。

一番目立つ髪を隠すためのかつらをユークレースに用意して貰い働き始めた。

理由もなく長時間姿を消すと大騒ぎになると言う事で、お昼の忙しい間だけ働かせてもらう事になった。

お店で働いているのは、元々ユークレースの家で雇われていた人で。

その人が年齢を理由にユークレースの家を辞め、娘夫婦と一緒にこの食堂を営んでいる。

「ルリちゃんはよく働いてくれるから助かるわ。少しの間って聞いているけれどずっと働いて欲しいわね」

「私もこういう仕事に憧れていたから凄く楽しいです」

食堂とは少し違うが、ずっとカフェで働きたいと思っていた。

何度もアルバイトの面接に行ったが、そうなってくると必ず出て来るのが、あのあさひだ。

あさひと一緒に働きたくないがために求人人数が少ない所を選んでいたのが災いしたのか、選ばれるのは必ずあさひ。

そのくせ瑠璃と一緒でなければ働かないと言って辞退するのだから怒りが込み上げるというものだ。

結局あちらの世界で瑠璃が出来たアルバイトと言えば、母のコネと母から受け継いだ容姿を存分に利用して、可愛い服を着て写真を取るモデルの仕事ぐらいだろうか。

正直に言えば瑠璃のしたい仕事ではなかったが、学生は何かと付き合いが多くお小遣いはいくらあっても足りないのだ!

それに、職種は希望とは違うが、あさひが入ってこないという事を思えば瑠璃にとってこれ以上居心地の良い職場もなかった。

誰も彼も周囲を虜にするあさひだったが、何故か母に関わりのある人達はあさひがいても瑠璃を優先してくれる。

あさひは魅了の魔法を使っていたにも関わらずだ。

あの頃は魅了の魔法の事は知らず、ただたんに母親の魅力の方が上だからあさひには惹かれないのだろうと、自分の魅力の無さに落ち込んだりもしていたが、あさひは魅了を使っていたはずだった。

チェルシーが、魔力の免疫が無いものには魅了も強く掛かってしまうと言っていたのに何故?という疑問が浮かぶ。

瑠璃はそこでふと思い出した。

魅了の魔法は、掛ける相手の魔力が強かったり、自分より魔力の強い者により既に魅了の魔法に掛かっていた場合は作用しないのだと。

(あれ………?)

そう言えば魔力は遺伝するものだとチェルシーから聞いていた。

強い魔力を持った者には同じく強い魔力を持った子供が産まれやすいのだと。

(あれぇ?)

さらに瑠璃は思い出した。

母の父親で、瑠璃にサバイバルを叩き込んだ祖父の事を。

軍人時代には、銃撃の雨の中、弾を弾きながら突撃し敵を一人で殲滅したとか、拳一つで大木をなぎ倒したとか、逸話に事欠かなかった。

それらはでまかせだろうと瑠璃は思っていたが、何てことはない。魔力さえあれば……。

それに母と祖父は独り言が多かった。何も無い方向をじっと見つめ、とても独り言とは思えない誰かと本当に話しているように。

しきりに瑠璃に「まだなのか?」と聞く祖父と「まだなのよ」と母が答えては、残念そうにあらぬ方向を向く二人。

その先に何かあるのかと目をこらして見るが、やはりそこには何も無く、瑠璃は首を傾げたものだ。

しかし………。

瑠璃はいつも側に居る精霊達を思い浮かべた。今は瑠璃が働く邪魔にならないようにと側にはいないが、離れたところから様子を窺っているはずの精霊達を。

(いやいやいや、そんなまさか………まさかねぇ………)

瑠璃は真実の扉に片足を突っ込んだような気がした。

必死でその思いを振り払おうとするも、二人の普通の人間らしからぬ日常を思い出す度に否定の言葉がなくなっていく。

とは言え、今の瑠璃にはそれを確認する方法はなく、考えることを諦めた瑠璃は、ある意味ほっと安堵した。

きっとあちらの世界では突然行方不明になった事になっているのだろう。きっと心配している。

だが、少なくとも瑠璃が事故や誘拐にあった訳では無いことを知っているかもしれない。

………いや、ある意味誘拐ではあるが、瑠璃の居場所を、瑠璃が異世界に居ることを、もう会えないかもしれない事を知っている可能性がある。

もう会えないかもしれないが、自分が異世界にいる事を知っていてくれるという事に、瑠璃は妙な安心感を持った。

心配させているだろうが、悲しませる事は無いだろう。

何せ異世界でも生きていけるだけの図太さとしぶとさは母と祖父譲り。

きっと上手くやっていけてると思っているはず。

そう思うと、あちらの世界への心残りが一つ消えたような気がした。

***

「ルリちゃん、悪いんだけど帰る前におつかいに行ってくれないかね?」

「はーい」

お昼の繁盛期も一段落し、夜の時間帯の食材が足りなくなったと言われ買い物に出掛ける。

問題なく食材を買ったその帰り道。こんな道のど真ん中で居てはいけないものが空を飛んでいるのを発見した。

「あれってクリオネ?……あっ落ちた」

ふらふらと空を飛んでいたクリオネは瑠璃の真ん前に力尽きたようにぽとりと落ちた。

瑠璃の知るクリオネは透明だったが、目の前にいるのは乳白色で、羽根の先が薄いピンク色をしている。

そして何よりでかい。瑠璃の拳より少し小さい位の大きさはとてもクリオネとは言えない。

しかし、大きさと色の違いはあれど、その天使のような姿はまさしくクリオネ。

何故海の、しかも流氷の天使と呼ばれるクリオネが海水も氷もない空を飛んでいるのか………?

瑠璃はその場にしゃがみ込み、つんつんと突いてみる。すると。

『う……み、みず……』

「うえっ、喋った!?」

驚きのあまりクリオネから距離を取った瑠璃だったが、水という言葉の意味を理解した瑠璃の行動は早かった。

クリオネを鷲掴むと、荷物を持って食堂まで全力疾走。

食堂の中に駆け込んで買ってきた荷物を渡し、同時に桶を借りると、井戸の水をくみに店の裏へ行き水を張った桶の中にクリオネを放り込む。

しかしそこで、クリオネが海の生き物だと思い出した瑠璃は塩を貰いに厨房へ走った。

そして貰った塩をバサッと桶に投入。

焦っていたあまり何も考えず投入した塩は、水の中で塩の山が形成されており、あっ多かったかも、と思ったが後の祭。

『何で塩なんて入れるのよー!しょっぱいでしょうが!』

息を吹き返したクリオネが今度はしっかりと叫ぶ。瑠璃の勘違いではなく本当に喋っているようだ。

怒っているようだが、天使のような姿につぶらな赤い瞳が可愛く、思わずときめいてしまった。

「だってクリオネは海の生き物でしょう?」

『私は川の生き物よ!』

桶の中でぱたぱたと羽根らしきものを動かしながら抗議するクリオネ。

だが、似ているだけで別の生き物のようだ。まあ空を飛ぶ時点で普通のクリオネでない事は確かだが。

『まあいいわ。おかげで助かった上、目的の人物にもこうして会えたことだし』

「目的って私?」

『そうよ』

しかし瑠璃にはクリオネが会いに来るような理由にはとんと覚えがない。

瑠璃の困惑を無視してクリオネは要求する。

『私に名前をつけてちょうだい!』

「はい!?名前?何でまた名前なんて」

『だってあいつにはコタロウって付けたんでしょう?

あなたに名前をもらったって、自慢気に話すのよ。だから私にもちょうだい!』

今コタロウと言っただろうか……。瑠璃の知るコタロウは一人、いや一匹しかいないが念の為確認する。

「コタロウって、私が名前を付けた猪みたいな魔獣の、あのコタロウ?」

『そうよ。風の精霊のくせに地の属性しか持たない体を使ったせいで力を使えなくなった、あのアホよ』

何やら非常に気になる単語が飛び出た。

「えっ、コタロウって精霊なの!?魔獣じゃなくて?」

『体は魔獣よ。だけど中身は私もあいつも精霊。聞いていなかったのね。

本来精霊は肉体を持たないけど、高位の精霊は時々魔獣や人の肉体に入って体を持つことがあるのよ。

私も最近まで持っていなかったけど、あなたに会うために川で干からびていたこの体を貰ったんだけど、水分補給したつもりが足りなくてね。危なかったわ、また別の体を探しに行かなきゃならないところだった』

「はあ………」

気のない返事を返す瑠璃。

突然色々な情報が入りすぎて、どこに反応を返せば良いか迷う。

「何でまた私に会うために体に入ったの?」

『あなたの側に居る精霊達から、あなたは可愛いものが好きって聞いたから可愛い体を探してきたのよ、どう?

本当はもふもふが好きだって聞いたから亜人の体を探していたんだけど中々私に合う体が見つからなくて。

この体よりもふもふが良いなら、そこら辺で狩ってこようかしら?ここは沢山亜人がいるようだし私に合う体がありそう』

確かにその体は可愛い。が、付け加えられた内容はとんでもなく怖い。

瑠璃は勢い良く首を横に振り、全力で否定する。

なんだってこう精霊は思考が過激なのだ。

「その姿で全く問題ないです!」

『あらそう?それなら良いわ。じゃあ名前ちょうだい!』

だから何故そこから、じゃあ、になるのか分からない。

しかし期待に満ちた眼差しに拒否することも出来ず名前を考える。

「ええっと………じゃあリンとか?」

『リン?それが私の名前ね、とっても気に入ったわ!』

嬉しそうにぱたぱたと羽根を羽ばたかせ、桶から飛び出し空をクルクルと回る姿を見て、気に入ってもらえたようだと瑠璃も安堵する。

『あっ、そうそう。コタロウも後からこちらに来るって言っていたわよ』

「えっちょっと待って!あの体じゃあ街中には入れないでしょう?大騒ぎになっちゃう」

コタロウの巨体では、歩くだけで町が破壊されてしまうだろう。

『ええ。だから今の体を捨てて新しい体を探しに行ったわよ。

ルリ好みの体になって会いに行くって』

激しく不安に襲われる瑠璃だった。