軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

獣王国の危機

結果が明らかな戦争にさしたる興味も心配もせずに、いつも通りの仕事をこなしていたアルマンの下へ、慌てふためきながら側近が駆け込んできた。

「陛下、大変でございます!」

「なんだ?」

あまりに鬼気迫る勢いの側近に、アルマンもなにごとかと驚き、手が止まる。

「先日、ファガールとの戦いに向かわせた兵士が全滅いたしました」

息を切らしながら話す側近の言葉を、アルマンは最初理解できなかった。

「どういうことだ!?」

机に両の手のひらをダンっと叩きつけるようにして立ち上がり、前のめりになる。

「こちら側が負けただと? 誤報じゃないのか!?」

「いえ、間違いございません。我が国の方が潰されました。どうにかここまで帰ってきた兵士から直接聞きましたので嘘ではないようです」

「なん、だと……」

結果は明らかだった。

ファガールは一万人の兵で、獣王国は三万人の兵。

あちらも獣王国と同じで亜人が多い国ではあるが、それだけの戦力差があれば余裕で勝てていたはず。

だからこそアルマンものんびりと構えて、勝利をたずさえ帰還した兵士を労うために宴でも設けるかと側近と話していたところだったのだ。

それなのに……。

「冗談じゃねぇぞ。ファガールの奴らはどうやったんだ」

「それが……。兵士からの情報によると、ファガールの前線には愛し子がいたとか」

「なんだと? どこの愛し子だ? 今世界にいる愛し子はセレスティンとルリとラピス、そしてヤダカインの女王だけのはずだ」

以前にもう一人愛し子がいたが、その者は瑠璃を害したことでコタロウの逆鱗に触れ、愛し子としての価値を奪われた。

なので、残るは四人。

同盟国である三人の愛し子がファガールに協力するはずがない。

ヤダカインの女王とて、ファガールと国交はない上に、現在先代竜王のクォーツがヤダカインにいるので、手を貸すなどありえない。

仮に貸すことになったとしたら、ジェイドを経て知らせがもたらされるはずだ

アルマンはわけが分からなかった。

「それが、その中の誰でもない、別の愛し子だっというのです」

「別の愛し子? そんな情報入ってないぞ」

「愛し子は黒目黒髪の少女だったとか。それを聞いて思い出したのですが、少し前にファガールの城に何人もの人間が突然現れたという噂があったのです。その者達は皆、黒目黒髪だという話で……」

「転移者か……?」

異世界というものを知らなかったアルマンだが、異世界からこちらに来た瑠璃の話は聞いて知っている。

時々、二つの世界が繋がり、こちらの世界に落ちてくる者がいるのだとか。

そんなことが本当にあるのかと疑問だったが、瑠璃の母親が持ってきた数々の機械は、この世界のどこにもないものだった。

そして、実際にカメラに収められた向こうの世界の画像を見せてもらい、真実であると納得させられた。

それには精霊達もが本当だと断言したことも大きい。

精霊は嘘を吐かないから。

「愛し子が戦争に加担しているんじゃ負けて当然じゃねえか」

アルマンは相手が弱いと決めつけて情報の収集を怠ったことを後悔する。

「くそっ」

頭を掻きむしるように手を動かしてから、冷静になれと己に言い聞かせる。

「ファガールの兵はどう動いている?」

「真っ直ぐこの王都に向かってきております。もう一日二日でたどり着くかと。精霊があちらに味方しているため情報が届かず、それほど近くに来ているのに気がつきませんでした。恐らくそのままの勢いで宮殿を攻め落としに来るつもりなのでしょう」

「最悪だな」

「陛下、どうしますか?」

「相手が愛し子なら、どんなに魔力があったって負け戦だ……」

絶望の色が部屋に渦巻く。

そこへ、ノックもなくセレスティンが入ってきた。

「アルマン様、私が前線に参りましょう」

「馬鹿か! 愛し子を危険な目に遭わせられるわけねぇだろ」

「しかし、愛し子を止められるのは愛し子だけです」

アルマンの顔が苦痛に歪む。

アルマンも分かっているのだ、愛し子であるセレスティンの協力がなければ確実に負けると。

精霊を相手に人が勝てる見込みなど皆無だ。

「アルマン様」

セレスティンはもう一度アルマンの名前を呼ぶ。

決断を急かすように。

「だが、相手の格の方が高ければ、お前が危険な目に遭うんだぞ」

愛し子には格というものが存在し、どちらがより精霊に好かれているかで優劣が決まる。

もし、相手の格か高ければ、精霊はセレスティンではなく相手の言うことを聞いてしまう。

そうなったら今度はセレスティンが危ない。

「やらないよりはマシでしょう? 黙ってこの国を蹂躙されるなど納得できません」

セレスティンの目は覚悟を決めていた。

「…………」

王としての判断を迫られるアルマンは必死に打開策を考えるが思いつかない。

そうしている間にも、きっとファガールの兵士は迫ってきているのだろう。

苦渋の決断だった。

「……分かった。ただし、相手の格が上だった場合はすぐに連れ戻すぞ」

「はい」

「万が一に備えて、セレスティンとパパラチアを逃がす準備を進めておけ」

「はっ!」

アルマンの命令に側近達が慌ただしく動き始める。

それから二日もしないうちに王都の城壁の向こうにファガールの兵士が陣を取った。

その中に嫌でも目立つ、精霊達を幾人もはべらせている黒髪の人物。

それは二人の若い男女のようだった。

「おいおい。愛し子が二人とか聞いてねぇぞ」

宮殿で大人しくしていられなかったアルマンは城壁の上から様子を見下ろしていた。

愛し子がいると聞いていたが、二人とまでは情報が入ってきていなかった。

「アルマン様、落ち着いてください。別におかしなことではないではありませんか。ルリさんのご家族には二人も愛し子がいらしたのですから」

「うっ……、まあ、確かに」

瑠璃の家族を考えると異常事態とは言いきれず、納得してしまう。

いつ戦闘が始まってもおかしくない一触即発の緊張状態の中、愛し子と思われる男女が前に進み出た。

「この地を支配する悪しき獣達よ、今すぐ武器を捨て投降なさい。そうすれば悪いようにはしません!」

「俺達は無駄な血を流したくない。言う通りにすれば、これまでの悪逆非道な行いも許してやるように、俺達が上とかけ合ってやろう」

アルマンにセレスティン、そして他の兵士達も同様に、こいつらなに言ってんだ? という顔で戸惑いを隠せない。

「支配するもなにも、昔からこの地は獣王国の物だ! そちらこそ侵略行為を今すぐやめて帰れ!」

アルマンが声高々に叫ぶ。

「……やはり獣に人の言葉を理解するのは難しいみたいですね」

「せっかく慈悲をかけてやろうとしてるのに。この恩知らずが!」

黒髪の男女は言いたい放題だ。

「そっちから戦争ふっかけてきて恩知らずってなんだよ」

呆れるアルマンはどうしたものかと途方に暮れる。

そんなアルマンの隣に立つセレスティンはふと思う。

「アルマン様、あの方達が転移者であった場合、ファガールの者に真実とは異なる都合のいい思想を植え付けられた可能性があります。確か、以前にもルリさんと一緒にこの世界にやってきた姫巫女なる者も、似たように嘘を教えられ旗頭とされていたと記憶していますが……」

「なるほど。確かにそんなこともあったな」

アルマンも思い出したらしい。

あれは下手をすると瑠璃が竜王国と敵対していた可能性もあったと、後になって戦慄した一件だ。

瑠璃が冷静かつ、まともな思考をしていたおかげで戦争に加担するどころかチェルシーの住む森に捨てられてしまった。

今でこそ笑い話だが、竜王国の敗北もありえた恐るべき事件だった。

二人が会話している間も、黒髪の男女はぎゃあぎゃあと耳障りな言葉を発している。

まるで魔王を退治しに来た勇者のように、獣王国側を悪と決めつけている。

「まるで洗脳されているかのようですね」

「かのようじゃなくて、そうなんだろ。無知なのをいいことに、都合のいい話を盛りやがったんだろ。奴らならやりかねん」

アルマンの言葉の端々からは、ファガールへの忌まわしさが伝わってくる。

「戦闘準備!」

とうとうファガール側が戦闘を始めようと軍を進ませ始めた。

「愛し子様、どうかお願いいたします!」

ファガール側の兵士が黒髪の男女に乞い願うと、男女は悲しげな顔をする。

「ああ、戦わずしておさめたかったのに」

「仕方ない。俺達の使命だ」

そういって女の肩に手を置く男。

その二人のやり取りは舞台役者のように演技じみていて、これが現実だと本当に分かっているのか疑問に感じるほどだった。

「皆、お願い」

黒髪の女が祈るように手を組むと、周囲にいた精霊達が向かってきた。

「来るぞ、セレスティン」

「はい」

緊張したアルマンの声にセレスティンも顔を強ばらせながら、精霊の動きを注視する。

どうか最悪の事態は避けられるようにと願いながら、セレスティンは一歩踏み出した。

そして……。