軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

最高位精霊が恐れをなす人間

着いた頃にはギベオンはさっきのことは忘れてしまったかのように振る舞っている。

瑠璃もあえて追求せずに店に入れば、水色のクジラが描かれたTシャツを着たひー様が客である女性を口説いているところであった。

「ひー様、何してるの?」

「なんだ小娘、来たのか。見て分かるだろう。接客中だ」

普通接客する従業員は客の手を握ったりなどしない……。

瑠璃は呆れた眼差しをひー様に向けてから、お目付役である母リシアの姿を探すが見当たらない。

「ひー様、お母さんは……」

リシアはどこかと問おうと振り返ったら、先程の女性ではなく、ルチルの手を握っていた。

その変わり身の早さに、もはや感心してしまう。

「美しい人。名はなんと言う?」

「ルチルですが、あなたは?」

「ルチルというのか。素晴らしき名だ。私とデートしようではないか」

「いえ、私は今ルリの護衛中ですので」

「あんな小娘など捨て置けばよい。愛し子と言われておるが所詮はただの小娘。美しい人が守る価値などない」

そのひー様の言葉にルチルが眉をひそめた。

「愛し子様に対してそのような言い方はいかがなものかと思います」

ルチルはひー様に対して苦言を呈するが、そんなものを聞くひー様ではない。

「無駄ですよ、ルチルさん。ひー様は火の最高位精霊なので、人の言うことは聞かないんです」

唯一聞くのがリシアである。

すると、ルチルは驚いた顔をしてひー様を見つめた。

「私のいない間に最高位精霊様方がたくさんいらっしゃるようになったとお聞きしましたが、あなたもそうでしたか。これは失礼をいたしました」

ルチルの丁寧な謝罪に気を良くするひー様は偉そうにふんぞり返る。

「ふっふっふっ、気にするな。小娘ならば許さぬところが、美しいそなたならば許そう」

「いや、なんで私だと許さないのよ!」

「うるさいぞ、小娘。お前は小娘だから当然の処置だ」

「意味分かんないし」

ひー様が瑠璃にだけは当たりが強いのは今に始まったことではないが、本当になんでこんなにも差別するのか未だに分かっていない。

忠犬であるコタロウの爪の垢を煎じて飲んだ方が良いかもしれない。

そうすればわずかでも優しさというものを得るだろうに。

「あんな小娘は放っておいて、私とデートしよう。今すぐに」

「いえ、しかし……」

「ひー様、ルチルさんを困らせないでよ!」

「黙れ。今は大事な話をしているところだから邪魔するな」

「……あらぁ、お仕事を投げ出してどんな大事なお話をしているのかしらぁ」

店の奥から姿を見せたリシアが、にっこりと微笑みながらやって来る。

リシアの声が聞こえた瞬間に体をびくりと震わせ怯えるひー様。

そこに最高位精霊という威厳はない。

「ひーちゃん。ちゃんと店番しておかないと駄目でしょう?」

「ひぃ」

ひー様はルチルからぱっと手を離す。

そして、そこでようやくリシアの視線が瑠璃へと向けられた。

「瑠璃、いらっしゃい。今日はなんだかとってもかっこかわいい人を連れてるのね。男装の麗人なんて素敵だわ。創作意欲がかき立てられるもの」

「彼女は護衛してくれてるルチルさん。フィンさんの婚約者さんでもあるの」

「あらぁ、フィンさんの。やるわね、フィンさんも」

その感想には瑠璃も激しく同意する。

まさかこんなに綺麗な婚約者がいるとは思わなかった。

「ギベオン君が来てたけど、瑠璃のお供だったの? 借りて良いかしら?」

「そういえばギベオンは?」

先程からやけに静かだなと思っていたが、いつの間にかギベオンの姿がない。

すると、店の奥から「ル~リ~」と情けない声を発しながら出てきた。

その服装は先程までと違っており、水色のクジラ……フーリエルの絵がシャツにもズボンにも描かれていた。

ひー様の服にもフーリエルが描かれているが、こちらは大人の男性が着ても恥ずかしくないお洒落で大人っぽいデザイン。

しかし、ギベオンが着ているものには、可愛らしくアレンジされたフーリエルがででんと主張しており、まるで子供が着る服のよう。

「これ嫌だぁぁ」

今にも脱ごうとするギベオンを、「脱いだらお仕置きよ~」と言ってリシアが脅している。

効果はてきめんで、半泣きで大人しくなった。

助けを求めるように瑠璃に視線を送ってきたが、瑠璃はそのギベオンの視線を無視する。

母に逆らって良いことはないのは、娘である瑠璃が誰よりよく知っているのだから。

「可愛らしくなったでしょう? このまま宣伝してもらいたいから、ギベオン君は置いていってね」

ぎょっとするギベオンは「師匠助けてぇ!」とひー様に泣きついているが、ひー様とてリシアには逆らえないのだからその行動は無意味である。

「ねっ、いいでしょ?」

「うん、別に良いよ」

「酷い、ルリ! 愛人の俺を捨てるの!?」

縋り付かれてもどうすることもできない。

瑠璃は生暖かい眼差しでギベオンの肩を叩き「頑張って」と声をかけた。

絶望するギベオンを置いて店を後にした瑠璃は、ルチルと共に大いに王都を満喫したのだった。