軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

リシアとひー様

ベリルがカイとアンダルを連れて出て行ってしまったことはすぐに城内に広まった。

一番残念がっていたのは、ベリルと手合わせをしていた竜族の兵士かもしれない。

それに引き換え、娘であるリシアは「あらぁ」と寂しがるでもなく悲しむでもなく、呑気な様子だった。

なんとなくリシアには分かっていたのかもしれない。

ベリルが一つの所に大人しく居続けることはないだろうと。

同じくコタロウ達精霊も、カイがいなくなったことに対して特に何か思うことはないようだ。

そもそもこれだけ最高位精霊が集まっていること自体、過去を見てもそうないことらしい。

なにせ城内には、地のカイ以外に、風、水、火、光と、これだけ揃っている。

これにリディアを加えれば十二の内六精霊である半分がいるのだ。

帝国の貴族が四カ国の力のバランスが崩れると言いたくなるのも少し分かるような気がする。

愛し子云々の前に最高位がこれだけ揃っているだけで過剰戦力だ。

まあ、瑠璃に従属しているコタロウとリン以外は自由奔放に過ごしているだけだが、いるというだけで怖いものなのだろう。

下手すると数千年単位で顔を合わせない最高位精霊達は特に気にしないようだ。

次の瞬間には別の話題になっている。

周囲があまりにもドライすぎる気がする。

まあ、手紙一つで出て行ったベリルも同じくドライだが。

だが、ベリルが出て行ったことでリシアにも心境の変化があったようで、突然城を出ると言い出した。

ベリルが出て行って数日もしない間の出来事に、さすがに瑠璃も驚く。

「どうして? 出て行くってどこに? おじいちゃんみたいに旅に出るつもり?」

矢継ぎ早に質問攻めにする瑠璃に、リシアはのほほんとしている。

「やだぁ、違うわよ。城を出て、前に瑠璃が用意してくれた王都の家に移ろうと思って」

さして離れていない場所であることにまず安堵し、質問を続ける。

「でもなんで? 城で暮らすのは嫌?」

元々、リシア達のために用意した家なので、いつか移ることを想定していたから引っ越すのは想定内なのだが、少し気になった。

「嫌じゃないわよ。とても良くしてくれてるわ。私達には勿体ないぐらい。でもね、私にはやるべき使命を見つけたのよ!」

「使命?」

何を言い出すのだこの母親はと思いつつ話を聞く。

「そうなのよ。私ねここの服飾関係を調査したんだけど、目新しさに欠けるのよ! モデルとしてはこれは許せないわ。女はワンピース、男はズボンなんて古いわ! 私はこの世界でデザインの革命を起こすのよ!!」

力説するリシアに瑠璃は呆れる。

まあ、モデルをしていただけあり、リシアは服にはうるさい。

瑠璃が召喚される直前には自分でデザインした新しい服飾ブランド立ち上げに忙しくしていたぐらいだ。

竜王国は多種属国家だけあり、他の国より服のデザインに幅があるのだが、リシアにするとまだ護りに入っているらしい。

無難な誰にもウケるデザインの服ではなく、これから新しい服のデザインを世に出していきたいのだそうな。

そのためには城で暮らしていてはできない。

城下の瑠璃が用意した家で暮らし、町に自分の洋服店を出したいのだと言う。

「うん、まあ、お母さんがそうしたいなら止めないけど、新しい文化を根付かせるのは難しいと思うよ?」

「そこは愛し子の威光よ。こういう時こそ愛し子っていうブランドを生かさないと。大丈夫よ、任せなさい!」

ドンと胸を叩くリシアの様子に、これは何を言っても聞かないなと諦めた。

問題は……。

「お父さんはどうするって?」

「私が城を出るなら一緒に行くって言ってるわ。彼の方は城での仕事を斡旋してくれたから、通いになるかしら」

「お父さんも納得してるならいいか。じゃあ、後は……」

リシアは愛し子だ。

愛し子をはいそうですかと野に放つわけにはいかない。

「ジェイド様に相談してみるから、それまでちょっと待って。おじいちゃんみたいに勝手に出て行かないでよ?」

「分かってるわよ。私もまだここでやることがあるし……あっ、ひーちゃーん!」

リシアが何かに目を止めて手を振る。

瑠璃が視線を追うとひー様が両手に花状態で歩いてくるところだった。

それを逃さなかったリシア。

両手の花……城内で働く侍女だろう女性を捨てて、回れ右をして逃げ出そうとしたが、素早くリシアに捕獲される。

「もう、ひーちゃんったら、呼んでるのに」

がっしりと腕を掴まれたあの傲岸不遜のひー様が口を引き攣らせている。

その珍しい反応に、瑠璃は母の偉大さを痛感する。

「は、離せ……」

「だって、ひーちゃんったらいつも私を見ると逃げるんだもの」

「お前と一緒にいたくないからだ」

「えー? なんて言ったのぉ?」

「ひっ……」

にっこりと微笑みながら目の笑ってない笑顔をひー様に近付けると、ひー様が怯える。

そう、あのいつも瑠璃には偉そうなひー様がだ。

「は、離してください……」

消え入りそうな声で懇願するひー様のその姿は本当に貴重である。

青ざめた顔をするひー様の姿が哀れすぎて、さすがにかわいそうになってくる。

「お母さん、やることあるんでしょう? 私はジェイド様に話してくるから、やることすましておいたら?」

「あら、そうね。すぐにでも出られるように準備しておかなくちゃ」

そう言うや、「じゃあね、ひーちゃん」とひー様の頬にキスをして行ってしまった。

我が母ながら嵐のような人だと感心しつつ、キスをされたひー様はブルブル怯えていた。

リシアの母国では頬にキスは親愛を示す挨拶程度のものなので、瑠璃も毎日のようにされているので気にならないが、ひー様にはミサイルにも匹敵する攻撃を受けたかのようだ。

「ひー様、大丈夫?」

「よ、よくやった小娘。あの女を退けるとは褒めてやろう」

「いや、そんな大層なことしてないんだけど……」

ひー様がどうしてここまでリシアを苦手としているかは分からない。

ただ、瑠璃の結婚式があった時、酔っ払ったひー様とリシアの間でもめ事があったらしい。

何を揉めたのかは教えられなかったが、女性を巡るものだったと小耳に挟んだ。

女好きのひー様が綺麗な女性であるリシアと揉めたということに首を傾げるが、瑠璃への態度もかなり酷いので絶対というわけではないのだろう。

で、なにやらリシアを怒らせたひー様は、リシアに引きずられてパーティー会場の外へ連れ出されたとか。

それからだ。

王であるジェイドに対しても不遜な態度のひー様が、リシアを見ると怯え始めたのは。

いったい何があったのかとリシアに問うても、にっこりと微笑みながら「躾けよ~」と言うだけ。

どんな躾けが裏で行われたかは、誰一人聞くに聞けなかった。

「お母さん、城から出るみたいよ」

「なんだと!?」

先程までの死にそうな顔から一転、ぱっと表情を明るくさせた。

「そうか、そうか! やっと出て行くのか。わはははっ」

軽快に笑うひー様に、そこまで嬉しいのかと、娘の瑠璃としては少し複雑である。

「って言っても、先にジェイド様に相談してからだけどね」

「ならばとっとと行ってこい、小娘。そして早く奴を追い出すのだ!」

「人の母親を追い出すとか言わないで欲しいんだけど……」

「なんでもいい。奴の魔の手から離れられるならば」

本当に何があったのかと問いたいが、きっとひー様は話さないだろう。

今にも踊り出しそうなほど喜ぶひー様に背を押され、瑠璃はジェイドの執務室を目指した。

ノックをして、部屋に入る。

「ジェイド様、ちょっといいですか?」

ジェイドはいつものように書類を手に座っていた。

ジェイドの側にはクラウスが手伝い、扉近くにはフィンが立っている。

ジェイドは瑠璃を見るや、その表情を甘くとろけさせる。

「どうした、ルリ?」

「えーっとですね。それが今度は母が城を出ると言い出しまして……」

「なに! 今度はリシア殿か!?」

部屋にいたジェイド、クラウス、フィンは一様に驚いた顔をする。

まあ、それも仕方がない。

数日前に祖父がいなくなったところなのだ。

ここでさらに愛し子である母まで出ると聞いて平常心ではいられないだろう。

「あっ、出ると言っても、以前に私が用意した王都の家に移るだけみたいです」

そこはクラウスの家からも近く、周辺は竜族がたくさん住んでいて、城の次に安全な地区だ。

それを聞いた三人は少し安心したような顔になる。

「そうか、それならまだ問題も少ないな」

「すみません、おじいちゃんに続いてお母さんまで」

「いや、この王都に残ってくれるならそれでいい。だが、急にどうして? 城での生活は不満だったか?」

城の主としては気になるのだろう。

「不満とかではなく使命だそうです」

「使命?」

ジェイドは意味が分からず疑問符を浮かべる。

「王都に自分の店を開きたいようで」

「ふむ、なるほど。確かに城にいては難しいか……」

ジェイドはトントンと指で机を叩きながら何か考えているようだ。そして、少しして口を開く。

「では、フィン」

「はっ」

「リシア殿の護衛として数名の兵を常駐させるようにしてくれ。人選は任せる」

「御意」

フィンはジェイドの命令に頭を下げた。

「クラウス。身の回りの世話をする者を選んでくれ」

「かしこまりました」

クラウスもまたフィンと同じように頭を下げる。

「王都に店を持ちたいと言うならその準備も必要か……」

「いえっ、そこまでお世話になるわけにはいかないので自分で……」

そう断ろうとしたが、それを制止するようにジェイドが手を上げる。

「いや、リシア殿は愛し子だ。警護の面から考えても、守りやすい所をこちらで用意したい。勿論、リシア殿の希望は考慮するが」

そう言われてしまえば、迷惑を掛けないためにも瑠璃が断るわけにはいかなかった。

愛し子である以上、護衛は欠かせないのだ。

瑠璃のようにコタロウに守られていても護衛を必要とするのだから。

「準備ができたら出て行くそうなので、ジェイド様の方の準備も終わったら言って下さい」

「分かった。早急に整えよう。だが、コハク殿はどうするのだ?」

「お父さんはその家から通いで城で働くそうです」

「それなら行き帰りは竜族の誰かに送り迎えしてもらうように頼んでおこう」

「それは助かります!」

父親の琥珀が働いている場所は、城の上の区域である。

愛し子の伴侶であることも考慮され、安全な一区から五区辺りが行動範囲だ。

そんな上の方の区域から、下に降りて家まで通勤するのは人間にはかなり大変だ。

上の区域にいるのは大抵魔力の強い者で、魔法を使ったり、竜族のように羽のある者は自力で飛んできたりしている。

しかし、魔力もない人間の琥珀にそれは難しい。

どうしようかと相談しようと思っていたのだ。

ジェイドから解決策を出してくれたことはありがたかった。

そうでなければ、琥珀は仕事をするために毎日山を登らねばならなくなる。

一区辺りともなれば雲の上。

きっと勤務時間が終わった頃に辿り着くことになってしまうだろう。

「お父さんも安心して仕事ができると思います」

それからはトントン拍子に話はまとまっていき、護衛や使用人の手配にと、フィンとクラウスはさすが仕事が早かった。

そしてあっという間に準備が整うと、リシアは琥珀と共に意気揚々と城を出て行った。

何故かひー様がリシアにズルズルと連れて行かれていったが、瑠璃も他の者も見なかったことにした。

瑠璃はひー様に向けて合掌する。

きっとしばらくリシアに振り回される日常が待っているだろう。

普段自分が周りを振り回しているのだから少しは他者の気持ちが分かるようになるといい。

「ルリ、寂しいのではないか?」

肩を抱くジェイドにもたれかかるように身を寄せる瑠璃。

「そうですね、少し。……けど、王都にある家ならいつでも会いに行けますから。お父さんは毎日城に来るだろうし」

「そうだな。けれど、会いに行く時は私も一緒に行くからな」

こんな時まで独占欲を発揮するジェイドに、瑠璃はくすりと笑う。

「ええ。ジェイド様も一緒に行きましょう」

にこりと微笑み合う二人。

ジェイドはゆっくりと顔を近付けていく。

そして二人の唇が触れそうになったその時。

瑠璃がサッと間に手を入れる。

「まだ同調は終わってませんよ」

「今はキスをする雰囲気だったろう!?」

「駄目です。約束は守ってもらいます」

不満を訴えるジェイドに向けて、瑠璃は非情な言葉を投げ掛けたのだった。