軽量なろうリーダー

思い通りにはさせません

作者: 猫宮蒼

本文

ミリアム・レインネイアとエリック・ヘイルンウッドは幼い頃に婚約を結び、結婚式を挙げるまであと僅か……というところまでになっていた。

家は互いに伯爵家。家格は充分、互いの相性も問題なし。

そんな二人に割り込もうと考える者など、いるはずがなかった。

……本来ならば。

一年程前、ヘイルンウッド家に一人の少女がやって来た。

その少女はエリックの父の姉が遺した子であった。

エリックの父ジェイムズの姉、ロッテーシアの嫁いだ先で生まれた子。

それがドリスだ。

ドリスは本来ならばルクテン子爵家の令嬢として育つはずだったのだが、ドリスが幼い頃ロッテーシアが病気で没した後、父親の再婚相手がドリスを虐待した。

虐待といってもわかりやすく暴力をふるっただとかではなく、彼女を使用人の子として育てる事にしたのである。

再婚した直後からそうだったわけではなかった。

まだ母親が死んで、その事実を受け入れられなかったドリスと、新たにやって来た継母とでは簡単に距離が縮まるものでもない。

最初は継母もドリスに優しく寄り添おうとしていたらしい証言は出ていた。

だがしかし、その後継母が孕んだ後からドリスへの風当たりは少しずつ強くなっていった。

ある意味で分かりやすい。

自分の子どもが生まれるならば、ドリスは邪魔だ。

だがそこから徐々にドリスへの態度が冷ややかになっていったとしても、妊娠した事で色々と不安なのだろうと周囲は思ってしまったし、何よりドリスの継母への態度は使用人たちが見ても流石にこれはちょっと……と思えるものだったらしく。

下手をすればお腹の子を害されるかもしれない、と思った継母がドリスを遠ざけようとしていると見なされてしまっていた。

ドリスの父も、初産を迎える継母が不安そうにしていたため、彼女を優先してしまった。

ルクテン家の子はドリスだけ。

次に生まれてくる子が男児であれば、と思ったりもしたのかもしれない。

今は女性でも跡取りとなれる時代ではあるけれど、それでもまだまだ男児を望む者は多かったので。

そうして生まれてきた子は、男児であった。

そうなればドリスの父の関心は男児へと向けられたし、それに倣うように周囲も生まれた赤子の世話に追われた。ルクテン子爵家の使用人はそう多くはなかったので、ドリスの周囲にいる大人は数える程度だった。

自分が放置されているとなって、ドリスは大人たちの関心を自分に向けようと色々とやらかしたらしい。

その結果、父親の怒りを買い、反省のために、と最初はちょっとした罰のはずだった。

彼女は使用人のように使われる側へと落ちてしまったのである。

そこでドリスが反省する素振りを見せていたのなら良かったのだが、そうはならなかった。

自分がこんな目に遭っているのは弟が生まれたからだ、と考えたドリスは異母弟を害そうと試みたのである。

結果としてそれは父と継母の怒りを買い、彼女は令嬢としてではなく、使用人と同等――いや、それ以下の扱いを受ける事となってしまったのだが……

ドリスがヘイルンウッド家に引き取られる少し前、ドリスの異母弟がやらかしたのだ。

すくすくと育ち、ルクテン家の次の当主はお前だと言われて育ってきた異母弟は高位身分の貴族の不興を買い、結果としてルクテン家の存続が危ぶまれるところまでやらかしてしまった。

その時にドリスが自身の幼い頃から家族に虐げられていた事実が明らかになり、救出される形となった。

ロクな食事を与えられていなかった……わけではないが、それでも彼女は図太く逞しく育っていたため、周囲からはマトモな扱いを受けていませんとばかりに儚さを演出し、病弱な少女として母の弟の家に引き取られる形となったのである。

さて、このドリスに関する話は世間では家族に蔑ろにされ続けていた哀れな令嬢の話として広まっている。

可哀そうな少女ドリス。ルクテン家が取り潰し一歩手前の状態で社交界には当分姿を出せない状況になってしまったものの、今までマトモに育てられてこなかったため跡取りになるのも難しく、彼女を支えてくれるであろう婿を探さなければならない。

療養と教育をヘイルンウッド家が請け負う形となった……というのがまぁ世間一般の認識である。

なにせドリスの血縁と呼べる相手の中で一番近い立場にあるのが、エリックの父ジェイムズなので。

エリックの祖父母も一応まだ生きてはいるが、年齢が年齢なのでドリスの面倒を見るのは難しい。

その他の親類もそれぞれ厄介な事情を抱えているのでドリスの面倒を見る余裕はなさそうだ。

――というわけでドリスはヘイルンウッド家に滞在する形となったのである。

ドリスが性格の悪い女である、というのが知られているのは、ルクテン子爵家が潰される一歩手前状態だった時、ドリスの母ロッテーシアに仕えていた使用人の証言からだ。

ロッテーシアが嫁ぐ際、共に婚家へ向かった一番信用と信頼を向けていた使用人は、ロッテーシアが亡くなった際、当然のようにドリスの面倒を見ていたのだけれど。

その使用人からも「これはあかん」と思われるくらいにドリスは性格が悪かった。

男と女の前で態度が違うし、自分より下だと思った相手にも態度が悪かった。

ルクテン子爵にドリスを決して甘やかすな、と言わしめたのだ。さもありなん。

なのでロッテーシアに付き従っていた使用人も、亡き奥様の代わりに……とドリスに寄り添っていたのだけれど、そんな彼女にドリスの態度はまぁ最悪だった。

根気強く性根を正そうと試みたけれど、無理だった。

そもそも異母弟が他所の家の貴族に睨まれる結果となった出来事も、裏でドリスが異母弟にいらん事を吹き込んだからだ。まさか令嬢としてマトモに教育を受けていないにも関わらず、裏で糸を引くような事をしでかすとも思っていなかったのでルクテン子爵家はそれはもう大変な目に遭ってしまったわけだ。

マトモな令嬢教育を受けていなくても、それでも血筋は貴族令嬢であるので性格が悪いからという理由だけで追い出すわけにもいかない。というか、こんなのを野放しにしてはならない。

なのでヘイルンウッド家に引き取られる事が決まった時点で、実に多くの使用人たちからの証言などを集めた上で、ドリスという女に対する注意喚起がなされたのである。

そういうわけで、エリックはドリスがどれだけ儚げ美少女を装っていても、既に裏の顔を知っていた。

彼女の状況を見る限り同情できる部分はあったけれど、しかし完全に同情もできない。性格の悪さ故に。

だがしかし社交界でそんな話を流石に広めるわけにもいかないので、表向きは家族に蔑ろにされていた少女を引き取った、という事になっているのである。

一応ルクテン子爵家は潰されてはいないので、いずれドリスはルクテン女子爵となるわけだが……彼女にせめて貴族社会の常識などを叩き込まなければならないし、もっというのなら彼女の婿にはむしろ彼女を手の平の上で転がしていらん事をやらかさないマトモで強かな相手を探さねばならない。

だがそんな有能な人材が子爵家の婿という立場にジャストフィットするかとなるとちょっと無理な気がしている。

性格が悪かろうとも、世間一般では家族に蔑ろにされた可哀そうな少女なので。

実はこんなに性格が悪かったんですよぉ、なんて今から事実を公表したところで、ルクテン子爵家の失態を誤魔化そうとしているとかそっち方面に受け取られかねないので、真実を公表する事もできやしない。それ以前にそんな事を暴露したら余計に婿が来ない。ドリスの性格の悪さは極力薄布でくるむようにふんわりと伝えるしかないのである。

ドリス本人はヘイルンウッド家に引き取られてからは、療養という名目で与えられた自室の中で病弱な美少女として大人しくはしているけれど……

それも果たしていつまで続くかはわからなかった。

いっそ何かやらかしてきっちりと引導を渡す事ができるような事態になれば手っ取り早いのだが、ドリスはマトモな令嬢教育を受けたわけでもないのにそういうギリギリのゾーンを見極めるのがやたらと上手かったのもあって、現状ではすぐさま解決ともいかない。

というのは引き取った当初の話である。

既に彼女の先はほぼ決まりかけていた。

ヘイルンウッド家に引き取られたドリスがほぼ屋敷の部屋の中で大人しくしていたのは、エリックに目をつけたからに他ならない。

家族に虐げられてきた哀れな少女。

そんな風に装って、エリックの同情を買おうとしたのだ。

自分がエリックと結婚する事になれば伯爵夫人になれる。あの家の後を継ぐよりも、そっちの方が絶対いい。

そんな風に考えていたわけだ。

だからこそ何かあればドリスはエリックに傍にいてほしいと願っていた。

今までは皆自分に構う事もなかったから、一人ぼっちだったから寂しい、なんて言って。

体調が良い時には話し相手として。体調が悪い時は一人でいるのが不安だからと。

あの手この手でエリックと一緒にいて、なんとしてでも振り向かせようとしていた。

エリックは一応そんなドリスの要望に応えていた。

世間では悲劇の少女扱いなので、それなりに丁寧に応対しないとヘイルンウッド家の評判に関わってくる。

だからこそエリックは内心で面倒くさいなと思いながらも、ドリスの前では紳士の仮面をかぶり、それこそ王子様のように振る舞いドリスをお姫様であるかのように蝶よ花よと扱った。

とはいっても、四六時中ずっと一緒にいるわけではない。

エリックにだって外に出る用事くらいあるし、ドリス以外の人付き合いだって当然存在する。

ドリスだってずっと束縛するのはよくないとわかっているようで、そういう時は寂しいけど我慢するわ、とばかりに健気な少女然としてエリックを見送ったりしていたのだ。

それでも、どうしてもいかないでほしい時はあえて体調を崩したように装って傍にいてもらったけれど。

ちなみにどうしても行かないでほしい時というのは言わずもがな、エリックの婚約者であるミリアムとのデートなどである。

横から掻っ攫う気満々なドリスなので、婚約者との接触は確実に防いでいきたいところだ。

エリックもエリックで、明日はミリアムと出かける予定なんだとかご丁寧に教えてくれるものだから、ドリスとしても都合よく体調を崩しやすかった。

そのかわりに、友人と出かける時とかは見送ったりもした。

本当は一緒にでかけたかったりもしたけれど、そういうのを仄めかすと大抵やんわりと元気になったらね、と言われるだけだった。

いっそもう元気よ、と言ってしまえばよかったのだが、しかしそうなると今度は勉強しなければならない事が山ほどあるといわれているので、そちらに時間を取られるのが明らかだったので。

なのでドリスが確実に妨害していたのはミリアムと会う時だけだ。

婚約者との逢瀬を毎回妨害されて会う事もままならないのであれば、ミリアムという女も自分よりドリスを選んだのだとでも思って婚約を解消するなりして身を引けばいいのに……なんてドリスは思っていたけれど、一向にそういう話は出てこない。

もしかして手紙でやり取りしているのかしら……いえ、でもほぼ一年会っていないのだから、流石にそんな状態が続けば普通なら耐えられないでしょうに……いっそ、そろそろ健康になってきたからって事で外出できるようにして、二人の間に割り込んで見せつけてやろうかしら……

そうね、ここ一年でエリックとの仲はかなり深まったはず。そろそろ次の段階に進んだっていいでしょう。

そんな風に考えて、ドリスは今後の計画を頭の中で練っていた。

ところが。

「そういえばドリスは今度領地の方に移動する事になったよ」

「えっ」

「ルクテン子爵家の領地の方が王都と違って空気もいいし、先日医者に診てもらったけどこのままいけば問題はないって話だったから領地で今後は評判の落ちたルクテン子爵家の評判を立て直すために頑張る事になると思う」

「えっ、でも、私にはまだそんな事はとても……」

「そうかな? 無理? じゃあ爵位返す事になると思うけど。

平民の生活の方が大変だと思うよ?」

「いえ、その……嫁ぐとか」

「嫁ぐ? どこに。相手もいないのに?」

「えぇーっと、その、エリック様とかは」

「何言ってるんだい。私にはミリアムっていう婚約者がいるんだよ?

それに結婚式は来月なんだから」

「えっ!?」

「……なんでそんなに驚いてるのかな」

「だって、エリック様は婚約者の方としばらくお会いしていらっしゃらなかったから……てっきり」

「え? 普通に会ってたよ」

「えぇっ!?」

「驚かれる意味がわからないけど……

ともあれ、どのみち当分ルクテン子爵家は社交界に出る事もそう無いだろうし、領地の発展だけに集中すれば生活はできると思う。

とはいっても、領地経営とかもドリスには難しいだろうから、父上が方々に話を持ち掛けてやっと君の夫になってくれる相手を見つけてきたんだ。

少し年上だけどとても頼れる相手だから安心して」

「え、いや、あの」

にこりと微笑むエリックではあるが、ドリスはその言葉に何も安心できなかった。

領地に? あの小さくてこれといって特に何もないド田舎と言っても過言ではないあの領地に戻る?

折角伯爵家に引き取られて王都で生活できると思ってたのに?

病弱装ってたせいで全然王都を出歩く事もなかったけど、それは追々って思ってたのに……!?

「あの、でも、もし何かあった時の事を考えるとやっぱり優秀なお医者様がいる王都の方がいいかな、って」

「大丈夫だよ、医者も手配してあるから万が一の事があっても何も問題はない。

それに結婚したらミリアムがここで暮らすからね。

余計な事で煩わせたくないんだ」

「わっ……」

煩わせる存在だと面と向かって言われて、ドリスは言葉を失った。

どうにかしてこの屋敷に居座ろうというのがわかりやすいくらい出ているドリスに、エリックは笑みを崩さないままだった。

「君を引き取る時の事は、勿論ミリアムにも、ミリアムの家にも最初に連絡はしてあるから、間違いが起きたみたいな噂を流したところで無駄だと思うよ。

まぁ、君は早々に病弱を装ってくれたから外に出す必要もなくなったし、噂をバラまく相手もいなかったから実に扱いやすくはあったけど。

君が生家で受けた仕打ちは少しばかり同情できなくもないけれど。

でも、君のどうしようもない人間性も既に最初から周囲は知ってたからね。

だから決して間違いが起きないように、私は君と二人きりにはならなかっただろう?

常に周囲には使用人がいた」

「そ、れは……」

確かにいた。

エリックと二人きりになろうとして部屋に引き留めた時、控えていた使用人は確かにいたけれど。

しかし影のように音も立てず壁際にいただけの、いっそ置物みたいな状態の使用人の存在なんてドリスの意識からはすぐに消えていた。

けれど確かにいたのだ。

であれば今更あの時に何か間違いがあったかのように言い出したとしても、控えていた使用人が真実を語るだろう。

「ミリアムがね、君を引き取るって聞いた時に言ったんだ。

市井で出回っている娯楽小説に病弱な幼馴染とか義理の妹とか従姉妹とか、ともあれ家に引き取った結果婚約者を蔑ろにして婚約破棄、なんてものがあるって。

酷いのになると婚約者同士のデートにまでついてくるとか、男の方が何を思ってか連れてくるとか。

ともあれ、病弱だからっていうのを理由にそっちを優先して自分の方が大事にされてるっていうのを見せつけたり、とかね」

所詮娯楽で作り話だ。

だから本来なら有り得ない展開であっても話の中では当たり前のように進んでいく。

エリックにとっては、そんな馬鹿な話があるんだ……と驚愕するばかりだったが、ミリアムは言った。

「今度引き取るというその方、やらかしそうですわね」

――と。

「そこまで愚かではないと思いたかったんだけどね。ミリアムは万が一を考えた。

そうして私にこう言ったんだ。

事前に彼女に今後の予定を伝える時に、どうでもいい用事の日と、友人と出かける用事の日、それから婚約者との逢瀬の日を伝えて、体調を崩す日を見極めなさいと。

もし婚約者と出かける時に限って体調を崩すようなら、彼女は貴方を狙っていますよ、ってね」

「そんな、確かに婚約者と会う日だと言われた時に体調を崩す事が多かったのは確かです。でも、私そんなつもりじゃ……」

「うん、だからね、実際は特に予定もなくて暇が確定してる日をミリアムと会う日だって君には伝えてたんだ。友人と会う日とか、それ以外の用事で外出しないといけない日って伝えた時にミリアムとは普通に会う事にしてたんだよ」

実際友人と会う日は、本当に友人と会う事もあったけれどその半分くらいはミリアムと会っていた。

あとはどうしても出かけないといけない、跡取りとしての執務に関する外出だとか、そういう風に言った時もミリアムとの逢瀬だった。

「ミリアムと出かけるって事前に伝えたら当日確実に体調を崩すから、あからさますぎて笑いそうだったよ。せめて一度くらい体調が良くて邪魔をしない日があったなら、本当にたまたまタイミングが悪かった、って思ったかもしれないけど一度もなかったからさ」

エリックは笑みを崩さない。

しかし笑ってはいるけれど、その目だけは笑っていなかった。

どこまでも冷ややかである。

「せめて最初の一か月から三か月くらいまでは、家でマトモにご飯も与えられてなかった、って事で療養してても問題はなかったと思うけど。

でも、一年経っても貴族としてやっていくのに必要な事を学ぼうともしなかったんじゃ……ね?

仮にミリアムとの婚約が解消になったとしても、そんな女を娶ろうとは思わないよ」

本当に病弱だったなら子を産むのだって難しいし、そうでなくたって、身体が弱っていたとしても、もう少し真面目に学ぶ姿勢があったならこちらもそれに対してマトモな対応をしたけれど。

部屋の中で我侭を言い続けるだけの女をいつまでもヘイルンウッド伯爵家が飼い続けるはずがない。

世間では家で虐げられていた少女という話ではあったけれど、それだってヘイルンウッド家で引き取ってからずっとその評価のままであるわけでもない。

ここ一年の間の彼女の言動から、世間では既に悲劇の少女という立ち位置ですらないのだ。

エリックは別に友人たちにドリスの事をわざわざ話題に出したりはしていなかったけれど。

エリックの母は参加した社交の場で一時的に預かる形となった少女の話をそこかしこでしてきたのだ。

エリックが婚約者と出かける予定の日に毎回必ず体調を崩しエリックに傍にいてほしいと懇願する話だって。

実際は婚約者と出かける日ではなかったからこそエリックとミリアムの仲に亀裂が生じる事にはならなかったというオチすらも。

ドリスの話は社交界でのいいゴシップだったし、市井に出回っている娯楽本同然だった。

「時間をかけて私を落とそうとしたのかもしれないけど、他の者にも同じだけの時間が与えられているんだ。

打つ手段を間違えたね」

笑みを消して言ったエリックに。

ドリスは何も言えなかった。

今まで自分に優しくしてくれていたと思ったエリックは、しかしそんな事がなかったと知って。

婚約者よりこちらを優先してくれたと思っていたが、実際はそんな事もなくて。

この状況でそれでもまだエリックは自分に好意を持っているだなんて言えるはずもない。

言った時点で道化確定である。

そんな状況で、ここからドリスがエリックの心を奪うような展開に持ち込めるはずもなく。

こうしてドリスはルクテン子爵家の領地へ送り返される事が決まったのであった。

高位身分の貴族から睨まれる形になってしまったドリス以外のルクテン子爵家の者たちはというと、そもそも異母弟がドリスの言葉を真に受けてやらかしたのが原因であると後になって判明したのもあって、異母弟が素直すぎた結果の事故であるとみなされた。

潰れる一歩手前というのも、何も本気で潰そうとは思われていない。

ただ、そういう話をドリスの耳に挟めておいた方が彼女の取る行動がわかりやすくなるだろうと思っての事だ。

勿論やらかしはやらかしなので、謹慎の意を込めてドリスの父や継母、異母弟はひっそりと大人しくしていたのだけれど。

異母弟に子爵家を任せたとしても、このままではドリスとは別の悪女に転がされそうだし、かといって結婚相手にドリスより 上手(うわて) のご令嬢を選ぼうにも、そんな都合よく見つかるわけもなかった。

それならばドリスに結婚相手をあてがってそちらに任せた方がまだうまくいきそうという話になった結果だった。

ドリスの結婚相手は平民である。

本来ならば貴族を……と探しはしたものの、しかしドリスと上手くやっていけるであろう貴族は恐らくいないと判断されたのだ。

ドリスがせめてもうちょっと貴族としての礼儀を弁えていれば話は違ったかもしれないが、マトモに育てられてきた令息とドリスでは確実に男がブチ切れるのが目に見えていた。

最悪ドリスに逆に転がされる可能性もある。

そうなるとルクテン子爵家も領地も周囲も大惨事だ。

だからこそ、貴族令嬢――淑女としてはどうしようもないドリスにブチ切れる事のない、貴族としての地位を必要としていた商人の男がドリスの夫として選ばれたのである。

男は元々爵位を金で買えるものなら買うつもりだった。

女性経験もそれなりに豊富だったので、ドリスのような見た目と若さだけの女にコロッといく事もない。

男の目的はあくまでも商売でのし上がる事なので、爵位を得たとしても貴族としてのし上がるつもりはないのもドリスの夫に選ばれた理由である。

貴族になっても他家の足を引っ張るでもなく、商人としてやっていくつもりであるのなら他家ともそこそこ上手くやれるだろう。

ドリスという明らかな不良債権ですら、男にとっては利用価値のある物に変えられる。

エリックの父はむしろこれだけ優秀な男が平民である事に納得がいかないようではあったけれど。

ドリスの周囲の人間と、男との利害関係が一致した事でドリスは彼と結婚する事が定められた。

馬鹿みたいな贅沢はさせてもらえないだろうけれど、まぁ領地で大人しくしている分には生活に困る事もないだろう。

下手にエリックとミリアムの仲を引き裂こうとしていたならばそうはならなかった、という事を考えれば。

ドリスがどれだけ現状に納得がいかなかったとしてもハッピーエンドなのである。