軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

19.危機迫る

一報を聞いたベルモンドは臣下を引き連れ、王宮の軍務省に向かった。

バネッサのこともシャンテのことも棚上げにするしかない。

深夜にも関わらず、軍務省は人でごった返していた。

「陛下、陛下がいらしたぞ!」

ベルモンドの来訪を告げる声が省内に響くが、安堵の顔を見せる者はいない。

誰もが不安を隠せず、動揺している。

会議室に飛び込んだベルモンドは側近に問う。

「状況は?」

「はい、リンゼット帝国はマズロー山に集結しつつあるとのことで……」

マズロー山はエスカリーナの王都から東、リンゼットと接する国境であった。

「帝国軍はすでに三万を超える規模に膨れ上がっているとのこと」

「マズロー山に置いてある守備軍は?」

「五千ほどです」

三万対五千は絶望的な数字に思えるが、エスカリーナも国境を守る備えは怠っていない。

マズロー山には堅牢な要塞があり、武器や兵糧も十分のはず。

(マズロー山を抜ける規模ではない。それは向こうもわかっているのでは……?)

もっとも実戦経験の少ないエスカリーナ軍でどこまで戦えるかだが。

「諸君、マズロー山の守りは堅い。十倍の敵でも跳ね返せる」

ベルモンドは震えを抑えながら、自分にも周囲にも言い聞かせる。

「マズロー山の守備軍には決してこちらから手出ししないように伝えろ。予備軍を再編し、マズロー山へ兵力を。速度が勝負だ」

「は、はいっ!」

エスカリーナ王国は防衛戦しか経験したことがないが、その分対応はマニュアル化できている。このような状況も散々、座学では学んできた。

(大丈夫、大丈夫だ……。まだ想定外の状況じゃない)

だが、ベルモンドが王になって初めての緊急事態であった。

この事態を収拾できれば、ベルモンドの求心力は間違いなく高まる。

「国内の貴族にも兵を出すように伝えろ。いざという時に、リンゼットの軍を撃退しなければ」

それ以外にも様々な指示を出して、夜が明ける。

リンゼット帝国軍が国境に迫ってからというもの、エスカリーナ国内は右往左往することとなった。

若き国王であるベルモンドの力量を心配する声、リンゼットの目的を訝しむ声、他の国に支援を求めるべきだという声……。

これまでとは比べ物にならないほど、国内は動揺しつつあった。

それはベルモンドも同じであった。

会議などで人が見ている時は冷静に振る舞えるが、それ以外の時は落ち着きようがない。

眠りは浅く、意味もなく歩き回ってしまう。

不思議なのはリンゼットから特段の通告がなかったことだ。

何の要求もなければ応じようもない。

にらみ合いだけが目的にしては大仰すぎる。

(費やす資金とて馬鹿にならないはず。どういうつもりだ)

現時点でリンゼットはただ、無駄に国境沿いへ軍を集結させているだけだった。

そして最初の一報から五日ほど経ち、次々と報告が舞い込んでくる。

報告を受けたベルモンドは、会議室で声を荒げた。

「たったこれだけの兵しか集まらないだと!?」

この数日間、王国政府は国内の貴族に兵を供出するよう命じていた。

エスカリーナの常備軍は貧弱であり、有事の際は貴族からの兵が生命線だ。

しかしその結果は惨憺たるもの。

「計画では三万の兵が――見込みは一万! 半分も集まる見込みがないというのか!」

机を叩くベルモンドに官僚が縮み上がる。

苛立ちを見せるべきではないと思っても、今は制御が難しかった。

「陛下、どの貴族も内実は厳しいのです」

ベルモンドをなだめたのはシズであった。

財務省からの代表として、彼女は会議に出席している。

「夜会に出席するのにも予算が必要です。どの貴族も軍備にまで手が回りません」

ベルモンドは内心、歯噛みする。

(これもバネッサのせいか。国庫にも余裕はない……)

貴族からの兵が足りなければ、国庫を開いて兵をかき集めるしかない。

だが、貴族からの兵なしでどこまでリンゼットに対抗できるのか。

「それに緊急で集めた数万の兵を養う金も巨額です。もしマズロー山での対峙が長引けば悲惨な結果になるでしょう」

「具体的なタイムリミットは?」

「一年……それ以上は国庫が破綻いたします」

思ったよりも遥かに短い。

ベルモンドは愕然とする。これが自分の受け継いだエスカリーナの現実なのか。

会議に参加する首脳陣もお互いに顔を見合わせる。

シズの言葉を聞きながら、ベルモンドはなんとか感情をコントロールしようと努めていた。

「軍資金を賄うためには、緊急徴税も検討すべきかと」

「大丈夫なのか? 軍資金は調達したとしても……理解が得られるか」

不安そうな声を上げたのは軍務省の高官であった。それはベルモンドも同意見だ。

兵の供出もままならない中で重税を課せば、国民は大きな不満を持つだろう。

「申し訳ございません――私ども、財務官僚ができるのは金勘定のみです。その結果について、国内事情がどうなるかまでは責任を負えません」

「……正論ではある」

叫び出したいのを抑え、ベルモンドは言葉を絞り出した。

「諸外国の動きは?」

「はっ……今のところ、我が国に加勢しようという仁義ある国はおりません」

「ひとつもか」

「リンゼット帝国の軍事力にどの国も恐れをなしている様子で……」

「レイデフォンは? あの国からはさすがに何かあるだろう!」

びくっと身体を縮こまらせた外務省の官僚が、レイデフォンからの通告書をベルモンドへ手渡してきた。

優美なハーブの香りのする未開封の封筒を開けて、ベルモンドは目を剥いた。

『同盟を結び、レイデフォン王国の兵をエスカリーナ王都に駐在させること。さすれば我が国から働きかけ、リンゼット帝国の暴挙を止めよう』

(馬鹿な! レイデフォンの兵を王都まで!? そんなことをすれば……)

リンゼットの軍を止めるのに、レイデフォンの軍を内部に入れたら意味がない。

これは実質的にエスカリーナ王国を掠め取ろうとするも同然ではないのか。

ベルモンドの中の何かがぐらりと崩れていく。この三年間、ベルモンドは寝る間も惜しんで働いてきたつもりだった。

確かにバネッサは自由にさせすぎたが、そこまでのマイナスではなかったはず――。

いや、それも自分の浅慮なのだろうか。

危機に直面した時ほど、人の器は知れる。今の自分はどうなのだろうか。

「陛下、陛下――」

「あ、ああ……すまん、レイデフォンからは同盟関係になれば兵を出すつもりがあるそうだ」

「なんと、それは朗報ですな!」

「レイデフォンが加勢してくれるのならば……!」

詳しい内容を知らない者たちは口々に賛意を示す。

疑わしい目を向けているのはシズだけだった。

それも当然だ。この場にはシズを除いてレイデフォンに親近感を持つ人間しかいない。

そうでない人間はとうの昔に去っているのだから。

(本当にこのまま進んでいいのか……?)

先日まではレイデフォンとの同盟こそエスカリーナの道だと思っていた。

しかしラセターもシャンテも反対して、知恵者は皆乗り気ではない。

さらに吊り上げられた条件をそのまま呑んでいいものなのか。

こうなる前に同盟を結んでおくべきだったと思うが、後の祭りだ。

事態はもはやベルモンドの能力で制御できる限界を超えていた。

『中立政策をお捨てになりませんように』

クロエの手記に書かれた言葉が虚しくベルモンドの胸に響く。

このままではエスカリーナは破滅してしまう。

かつてないほどの危機にベルモンドの心は元婚約者に向かっていた。

(……クロエはリンゼットにいる)

彼女は今、どのような立場でリンゼットにいるのだろうか。

この軍事行動のことを知っているのだろうか。

クロエのことだから、もしその気があればリンゼットでも重用されるだろう。

もしリンゼットの政治にクロエが関わっているのなら、助けて欲しかった。

「彼女に会わなくては――」

レイデフォンとの同盟は最後の手段になってしまった。