軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

10.手記の内容

バネッサの部屋から退室したベルモンドはすぐさま別の公務に向かう。

信頼できる人間に任せたいが、クロエに近しかった貴族はもう王家に協力してくれない。慢性的な人材不足は真綿で首が締まるようなものであった。

手記を早く読みたかったが、人のいるところでは読めない。

それにバネッサの増やした余計な調整のせいで、さらに時間を使ってしまった。

逸る心を抑えながらまとまった時間を取れたのは夕方になってから。

ようやく離宮のソファーに座って息をつく。

夜も公務が目白押しだ。それまでに読めるところまで読まなくては。

執事に用意させた紅茶を飲みながら、ようやくベルモンドは手記を読み始めることができた。

ページを進めるたびにベルモンドは息を荒くして興奮した。

(……これは凄い!)

手記にはエスカリーナ王国の抱えるであろう問題点が簡潔に列記されていた。

国内の水と石炭……王国の生命線について、専門家の意見も是非も書かれている。

開発を進めるとどこそこの川で問題が発生するとか。ここの石炭は質があまり良くない、ここは環境保全にも相当配慮しないと赤字になり得るとか。

今まさにベルモンドが苦しめられている問題の欲しい要約だった。

「三年前から今の状況を見越していたのか……」

ベルモンドは感嘆する。考えれば不可能ではない。

三年で地形が変わるわけでもなく、しっかりと地道に調査と推論を重ねればいいだけの話だ。

だが、ベルモンドとバネッサにはその資質が欠けていた。

今のベルモンドは悔しいながらも認めざるを得なかった。でなければさらに深い穴に落ちてしまう。

結局、ベルモンドとバネッサではクロエひとりに敵わないのだ。

敗北感はあれど必要性のほうが勝る。

ベルモンドは手元にある資料と読み比べながら手記の内容を書き写していく。

クロエの流麗な字を懐かしく思いながら、ベルモンドの頬がふっと緩んだ。

「ありがたい。絶対無駄にはしないぞ」

ある程度書き写したところで、ベルモンドはぱらぱらと手記をめくる。

手記の最初の数十ページは国内資源の話のようだ。

その次はインクが変わり、別のセクションに移っているようだった。

ベルモンドは次のセクションに目を向ける……。

それは貴族内の秘密の縁戚関係、交流関係を記載したセクションであった。

ベルモンドはさきほどよりも大きな衝撃を受ける。

「こ、こんなに俺の知らない貴族同士の関係が?」

もちろん王家でも貴族同士の内密な情報は調べさせている。

その上でクロエはどうやったのか……王家にも秘密の関係を暴き出していた。

どの貴族に隠し子がいるのか、表には出ていない金銭や利権の貸し借り。

貴族らの急所となりうる情報だった。よくもまぁ、これだけ調べたものだ。

「しかし、こんな有用な情報があれば貴族外交でも……っ」

手記に書かれた貴族の情報は名前順でも場所順でもない。

恐らくは調べた貴族順で並んでいた。

貴族情報のセクションをめくるベルモンドが、手を止める。

そこにはクロエの但し書きが記載されていた。

『もし貴族の中で先見の明を持った人間を探しておられましたら、ラセター侯爵に会いに行かれますように』

「ラセター侯爵……?」

ベルモンドが深く思考を沈ませる。

彼は中立派の貴族で、自分の持つ派閥以外と付き合わないはず。

切れ者だという噂もあるが、ベルモンドもよく知らない。式典などで顔を合わせる程度だ。

「クロエと接点があったのか?」

ベルモンドが知る限りクロエとラセター侯爵は親しくはないはずだ。

だが、クロエがこう書き残している以上価値があるのだろう。

この手記はクロエが父であるトルカーナ四世に宛てたものである。

全くの無根拠ではない……それにラセター侯爵の派閥が引き込めれば非常に大きい。信じるしかないか。

気が付くと夜も暮れ、次の公務の時間が迫っていた。

ベルモンドは手記に栞を挟むと執務室の鍵付き棚にそっと手記を置いた。残りは明日だ。

執務室を出たベルモンドは控えていた文官にラセター侯爵との会合を早急に設けるよう命じた。

突発的な指示に文官が怪訝な表情を浮かべる。

「陛下、ラセター侯爵でございますか?」

「なるべく早く頼む。……そう不審がらないでくれ、大したことじゃない」

ベルモンドは文官を安心させるために微笑みかける。

今、余計な疑念を側近に与えるわけにはいかない。

ようやくその境地にベルモンドも達したのだ。

クロエにはとうの昔にできていたことだろうが。