軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

52 化かし合い

「――やったか?」

思わずそうつぶやいてしまった俺の背中に、冷たい予感が走った。

俺は本能の命じるまま宙に身を投げ出し、【サイコキネシス】の助けを借りて前方宙返りを決める。

空中で【見切り】によって確認すると、俺がさっきまでいた場所を、一本のナイフが通り過ぎて行くのが見えた。

着地してから、ナイフの飛んできた方向へと振り返る。

そこには、柱に背中をもたせかけて腕組みしているガゼインの姿があった。

「ちっ。勘のいい」

ガゼインが舌打ちする。

さっき焼かれながら転げていった「ガゼイン」の方をちらりと見ると、そこにはただ礼拝堂の壁があるだけだった。

「――【幻影魔法】か」

思わずつぶやいてしまった。

ちょっとした失策だったが、ガゼインは気づかずに言う。

「そういうこった。

今のを外したのは残念だが、おまえの切り札、ひと通り見せてもらったぜ?」

ガゼインがニヤリと笑ってそう言った。

「くっ……」

俺は焦りを顔に滲ませながら後じさりする。

「手品は終わりか?

それなら、今度こそ本気で行くぞ」

その言葉と同時に、ガゼインの身体が 分裂(・・) した。

3体に数を増やしたガゼインは、俺の正面と左右から、タイミングをズラして攻めかかる。

くそっ……どれが本物だ!?

が、その思考こそが罠だった。

戸惑う俺の無防備な背中に、3体のどれでもなかった本物のガゼインが、闇をまとったまま、鋭利な刃を突き立てた!

しかし――

「何ッ!?」

驚きの声を上げたのは、ガゼインの方だった。

それもそのはず、ガゼインが刺し貫いたのは、 何もない空間(・・・・・・) だ。

「――《グランドダッシャー》!」

無事だった俺が地面を踏みつつ唱えた言葉とともに、足元の床が土砂流と化してガゼインを襲う。

が、ガゼインは完全な不意打ちだったはずのこれすら回避した。

とはいえ、これも計算のうちだ。

俺は《グランドダッシャー》で噴き出した土砂の中から、あらかじめここに埋めておいた2本の剣を、【サイコキネシス】で掴み取り、【飛剣技】――いや、習得したばかりの【飛剣術】を使って、ガゼインに二陣の回転斬りを放つ。

「うおおおおっ!?」

ガゼインはその片方を手にした短剣で弾くが、もう片方がガゼインの脇腹を浅くかすめた。

初めての有効打だ。

俺はふた振りの飛剣で追い打ちをかけつつ、さらに【鋼糸術】を使ってガゼインの退路を塞ごうとする。

しかしガゼインは、手甲の革の部分で【雷撃魔法】の付加された鋼糸をそらし、大きくバク転しながら俺から距離を取ってしまう。

【投擲術】で剥落結界の砕片を投げつけてみるが、これは難なくかわされてしまった。

――これでまた、仕切り直しになった。

「くくっ……やるじゃねえか……。

おまえの方の『分身』は……さしずめ【光魔法】ってとこか」

ガゼインが太い笑みを浮かべながらそう言った。

そう。初め、ガゼインが【幻影魔法】の分身を囮に俺の背後から攻めかかってきた時、ガゼインの刃が貫いたのは、俺が【光精魔法】で生み出した蜃気楼だった。

この世界では光の性質がほとんど知られていないということを、ガナシュ爺とのやりとりで知った俺は、光を屈折させて虚像を生み出す 魔法(ミラージュ) を編み出しておいたのだ。

ちなみに、3体の分身を見せられた瞬間に、俺は3体とも全て虚像だと直感的に気づいていた。

が、そこではあえてガゼインの策に乗せられたフリをしてガゼインを引き込み、《ミラージュ》と《グランドダッシャー》、【飛剣術】の連携で片をつけようと思ったのだが、ガゼインはその罠をあっさりと食い破ってしまった。

この攻防で、用意しておいた切り札を2つも切らされた。

それと引き換えに与えられたのが脇腹の浅い傷だけだというのは痛い。

くそっ……想像以上だ。

【幻影魔法】を使った変幻自在の戦い方もそうだが、何より厄介なのは【危険察知】だ。

いくらガゼインの身体能力が優れていると言っても、【危険察知】がなければ、ここまで不意をつかれて、そのすべてをかいくぐるなんてことはできなかったはずだ。

「ったく、どんだけ引き出しがあるんだよ……。

このびっくり箱野郎が」

言いながら、ガゼインの目は笑っている。

――これだ。

首領をやってる時とは違って、戦っている時のガゼインは、本当にガキみたいに目をキラキラと輝かせることがある。

悪辣なことばかりやってきてるというのに、この目を見ると憎む気持ちが薄らいでしまう。

ったく、魅力的な悪役ってのは始末に負えないな。

「あーあ……殺しちまうのが惜しい――ぜッ!」

ぜッ!が背後から聞こえるのと同時に、正面のガゼインが消えていた。

――【幻影魔法】!

俺は既に、ガゼインの必殺圏の中に捕らわれている。

【見切り】が背後――ではなく、正面から攻撃が来ることを教えてくれる。

背後から聞こえた「ぜッ!」すら幻影か。

俺は振り返りかけていた身体を、【サイコキネシス】でむりやりノックバックしてガゼインの間合いから逃れようとするが、ガゼインの攻撃は短剣による刺突――を幻影にした含み針だ!

が、それはあらかじめ無詠唱の《ミラージュ》で半身だけズラしておいた蜃気楼を突き抜けただけだ。

しかしそんなことは織り込み済みとばかりに、ガゼインは短剣を、蹴りを、手刀を、投げ針を、手甲に仕込んだ鋼糸を、めまぐるしい早さで繰り出してくる。

しかも、そこに【幻影魔法】を絡めてくる。

【鑑定】する余裕なんてもちろんないから、【魔力検知】と勘でなんとかするしかない。

カンスト目前の【見切り】ですらかわしきれない猛烈なラッシュで、俺の身体のあちこちから血がしぶく。

「どうしたァッ!

接近戦は苦手か、オロチィッ!」

「ああ――苦手だ、よッと!」

ガゼインの刺突を、俺は胴に着込んできた手製の 帷子(かたびら) で受け止める。

ガゼインが驚くのが、短剣の先の感覚からわかった。

高レベルの【暗殺術】には、鎧の破点を見破る効果がある。

今の刺突は、防具の破点を狙いすまして貫き、そのまま俺の心臓をえぐろうという攻撃だった。

それをそのまま受け止めることは、常識的な方法ではできないだろう。

驚き固まるガゼインの剣先を、俺の帷子を構成する砕片ががっちりと噛み締める。

常識を外れた現象に動きを止めたガゼインを――

「 ナム(Θπξλ) ――」

Θ(コンデンス) π(アクア) ξ(サンダー) λ(ウィンド) 。

魔文により構成された帯電した水球が打ち据え、

「 アミダ(πξ卜Xπ) ――」

π(アクア) ξ(サンダー) 卜(フレイム) X(ミックス) π(アクア) 。

帯電した油を撒く焼夷弾が灼き、

「 ブツ(≡λΣ∨λ) !」

≡(セイスモ) λ(ウィンド) Σ(ショック) ∨(スプレド) λ(ウィンド) 。

風属性の衝撃波が弾き飛ばす。

冗談で作り始めた魔文だったのだが、俺自身が「ナムアミダブツ」にいくばくかの呪文的な意識を持っていたらしく、詠唱とのなじみが他よりよかった。

イメージを惹起させる要素はないが、魔力をこめて力づくで強化しやすい特性があるため、ここ一番の切り札として練習を重ねていたのだ。

感電し、灼かれ、衝撃波で壁に叩きつけられたガゼインを【鑑定】する。

《ガゼイン・ミュンツァー。HP:19/140、MP:176/439(39+400)。》

今度こそ、幻影ではない。

「――地の精霊よ、我が敵を縛めよ」

最後に【精霊魔法】でガゼインの四肢を壁に磔にする。

「――ガゼイン、あんたの負けだ」

「くそっ……」

手足を土の蔦で拘束されたガゼインが、俺を睨みながら毒づいた。

◇◆◇◆◇◆◇◆

最後の攻防でガゼインの刺突を防いだのは――驚くなかれ、【 竜鱗防御(・・・・) 】のスキルだ。

剥落結界の砕片に【彫刻】と次元ノミで穴を開け、鋼糸でつなぎあわせて帷子を作った。

この帷子を、竜の鱗に見立てて、これによる防御の方法をあれこれと模索してみるうちに、俺は火竜親子の持っていた【竜鱗防御】のスキルを習得することに成功した。

これは偶然ではない。

《善神の加護》の効果に、「 全スキル(・・・・) の習得制限解放」がある。

ならば、それがスキルである以上は、たとえ火竜のものだろうと習得できるのではないか。

そう思いついてから、メルヴィと一緒に試行錯誤を繰り返していたのだ。

【竜鱗防御】は、ついさっきガゼインに対して使ったように、攻撃を頑丈な鱗で受け止め、鱗同士を連携させることで相手の武器を折ったり封じたりするというスキルだ。

竜なら鱗は筋肉で動かせるのかもしれないが、俺の場合は【サイコキネシス】を使って動かさなければならず、使い勝手ははっきりいってめちゃくちゃ悪い。

それでも、このくらいの奇手を用意しておかなければガゼインの裏はかけないと思った。

思うに、ガゼインが【竜鱗防御】に対応できなかったのは、【危険察知】が働かなかったからではないだろうか。

【危険察知】は「あらゆる危険及び危険につながりうるものの気配を察知することができる。」というスキルだ。

そして実際、俺からの攻撃には、嫌になるほど敏感に反応していた。

だが、ガゼイン自身の攻撃が防がれたことが 結果として(・・・・・) ガゼインを危険に陥れる可能性までは、察知の対象外だったのではないか。

俺のスキル【竜鱗防御】は、その名の通り防御のためのスキルで、それ自体がガゼインの「危険につながりうるもの」とは言えないからな。

俺がこんなにも多くの戦術的バリエーションを用意してガゼインとの戦いに臨んだのも、ガゼインの【危険察知】の精度がどこまでのものかが読みきれなかったからだ。

そして、俺はすべての切り札を使いきってようやく、ガゼインに勝つことができた。

いや――もうひとつだけ、切り札となるものはあったのだが、あまり人目には触れさせたくなかったので、【竜鱗防御】からの三連魔文で倒しきれてよかった。

俺がゆっくりと近づいていくと、最後のあがきとばかりに、ガゼインが含み針を飛ばしてきたので、【サイコキネシス】でキャッチして投げ返してやる。

肩口に含み針を食らったガゼインが小さくうめく。

「じゃあ、話してもらおうか」

「……何をだ?」

「奴のことを、だ。

知ってるんだろう?

俺みたいな(・・・・・) 赤子のことを」

「素直に話すとでも?」

「さいわい、俺の父は軍人として名高いキュレベル子爵だ。

いくらあんたでも、口を割らせる手段はいくらでもある。

べつに、義理立てしたいような相手でもないんだろう?」

「ふん……俺をここで殺さないなら、後悔することになるぞ?」

「正直、情が移って殺しにくいことは事実だけどな。

今殺さないのは、それが必要だからだ。

もう気は済んだか?

さっさと吐いてくれれば、わざわざ拷問にかけたりはしないよ」

「けっ。甘ちゃんだなあ。

甘くて甘くて、吐き気がすらぁ。

そして――その甘さが命取りだ」

ガゼインは、言葉とともに目配せのような動きを見せた。

反射的にその視線を追って振り返る。

その視線の先で、虚空からいきなり人が現れたように見えた。

その人影は、手にした針を、目の前に立っていた小柄な人影の肩に向かって突き立てた。

針を刺された人影のかぶっていたフードが脱げ、中からショートカットの銀髪が零れ出す。

エレミアだ!

エレミアは、びくんと身体を震わせると、そのまま力が抜けたようにその場にうずくまる。

その首筋に、突如として現れた人物が、ナイフを突きつけた。

その人物は、陰険そうな目つきの中年の御使いだ。

「ガズローさん!」

叫んだのは、ネビルのようだ。

俺はガズローを今一度【鑑定】する。

ガズロー・アルトロワ(〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉特務班班長・《隠し身のガズロー》)

44歳

レベル 39

HP 73/73

MP 24/24

スキル

・伝説級

【潜伏】4(周囲の者の意識にすら上らないほどに己の気配を滅却する。)

・達人級

【隠密術】4

【気配察知】2

・汎用

【忍び足】9(MAX)

【 弩技(いしゆみぎ) 】6

【聞き耳】5

【暗殺技】5

【鋼糸技】5

【夜目】4

【爪技】4

【格闘技】4

【指揮】3

【短剣技】3

【ナイフ投げ】2

以前、隙を見て【鑑定】した時と、ほぼ同じ結果だ。

特務班を率いるガズローについては、事前に情報収集を行っていた。

【潜伏】は脅威になりうるスキルだったため、特務班所属のネビルとエレミアに、とくに詳しく確認を取っていた。

2人によれば、ガズローの【潜伏】は、たしかに【隠密術】以上に気配が捉えにくくなるスキルだが、【気配察知】と《昏き森の祝福》を持つエレミアであれば気配を捉えることはできるということだった。

だから今回、エレミアには【隠密術】で気配を消してガズローの動きを警戒するよう頼んであった。

そのエレミアが不意打ちを食らったということは……おそらく、ガズローは本当の力を特務班員に対しても隠してたってことだろうな。

「おい、おかしな真似はするなよ、オロチ。

びっくり箱みてえなおまえのことだ、どんな些細な動作にも裏がねえとも限らねえ。

少しでも身動きしたら、こいつの命はないものと思え」

ガズローが、舌なめずりをしながらそう言ってくる。

「ガズローさん! 目を覚ましてくれ!

〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉はおかしい!

悪神モヌゴェヌェスのためって名目があったら、ガゼインの旦那の言うとおりの相手を殺していいだなんて、そんな馬鹿な話があるものかよ!

俺たちはガゼインの旦那に利用されてるだけだ!」

そう叫ぶネビルを、ガズローは蛇が蛙を見るようなぬらりとした目で観察した。

「おうおう……ネビル、てめえ、助けてやった恩を忘れたのか?」

「そ、それは……」

ネビルは怯んだが、

「……そうだ。忘恩の誹りを受けてもしかたがない。

それでも、俺はこれ以上、自分で自分を騙し続けるつもりはない!」

「ケッ……そうかよ。

まあいい、もともと、俺がハメたんだからよ」

「ハメた……?」

「なんだ、気づいたわけじゃなかったのか?

俺は今と同じく、あの時もあの場所に【潜伏】してたのさ。

そして、ゴブリンどもの群れの中から矢を放った――ゴブリンなんぞに狼狽して、隙だらけのお前めがけてな」

ネビルが以前語っていた、ゴブリンの群れから助けられた時のことか。

怪しいとは思っていたが……やはりそうだったのか。

「な……っ!」

「殺す方法は嫌ってほど仕込まれちゃいるがよ、殺さないように射るってのはなかなか難儀だったな。

のちのち暗殺者になってもらわにゃならん以上、後遺症が残るような怪我もまずい。

ま、このガズロー様でもなけりゃ、しくじっていただろうな」

「て……っ、てめえええええっ!」

ネビルが顔を赤く染めて叫ぶが、そこで飛び出すほどネビルは短慮ではない。

礼拝堂に落ちた沈黙を破ったのは、低い笑い声だった。

笑い声の主は――ガゼインだ。

「残念だったな、オロチ」

俺が壁に磔になったガゼインを見やると、ガゼインはニヤリと笑ってみせた。

「――ふんっ」

ガゼインは全身を弓なりにしならせて、手枷足枷となっていた土の蔦を引きちぎった。

自由になったガゼインの元に、エレミアを片腕で抱えたガズローが、俺を遠回りに迂回して合流する。

「――オロチ、この場は負けを認めるしかねーだろうな。

おまえはうまくやったよ。

だが、詰めが甘すぎだ。

エレミアを解放してほしかったら、俺を見逃せ。

俺とガズロー、レティシア……それに、ネビルとエレミア以外の特務班を全員、解放しろ」

レティシアというのは、エレミアの言っていた「牧師さま」のことだ。

ガゼインの要求に、俺は顔をうつむけたまま答えない。

「だんまりか。あまり俺をがっかりさせねーでくれよ?

せっかくゴレスの代わりが見つかったと思ってたのに……こんなことになって、残念だよ」

「……っ」

「どうした……今になって怖くなったか?

まったく、俺の目も曇ったもんだ。

所詮はガキだったってこ――」

「……くくっ」

「――とか……って、あぁ?」

「甘いのは、あんただよ、首領」