軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

28 尋問

冒険者ギルドからの帰り道で、アルフレッド父さんとばったり出くわした。

父さんは、中央通りに軒を連ねる露店のひとつで、串を食べながら店主と談笑していた。

「――アルくん!」

「やあ、ジュリア。用事は済んだかい?」

「うん、アルくんは?」

「僕も挨拶回りは終わったよ。で、ここで君たちを待っていたんだ」

ここは冒険者ギルドとキュレベル子爵邸を結ぶ線上にあるから、ここで待っていればすれ違うことはないだろう。

「例の黒ずくめの尋問を始めるそうだ。

どうも〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉に狙われているらしいと話したから、僕の立ち会いを待っててくれたみたいでね。

正直、女性や子どもに見せるものじゃないけど、君たちも気になるだろう?」

「もちろん、行くわ」

と母さん。

俺も力強くうなずいておく。

父さんは俺たちの反応を確かめると、

「じゃあ、店主さん、僕はこれで」

「おうよ。綺麗な奥さん連れで羨ましいねぇ。また寄ってくんなせえ」

そんな挨拶を交わし、歩きはじめる。

向かうはフォノ市の警備を行っている騎士たちの詰め所だ。

市参事会堂をぐるりと周った裏側にある無骨な建物が、詰め所だった。

「ごめんよ」

と、領主にあるまじき気安さで父さんが詰め所の戸口をくぐっていく。

「お待ちしておりました、領主様」

若い、実直そうな騎士が父さんに答える。

「こちらです」

騎士は、俺たちを詰め所の地下にある牢屋へと案内してくれた。

牢の中、粗末な寝台の上に、全身を包帯と縄とでぐるぐる巻きにされた黒ずくめの姿があった。

毒を仕込んだ奥歯は取り除かれているので、口枷はつけられていない。

「顎の力が抜ける麻酔を使ったから、舌を噛まれる心配はしなくていいよ」

と父さん。

その声に、黒ずくめがこちらに顔を向けた。

襲ってきた時は覆面で顔の下半分を隠していたが、今は素顔を晒している。

精悍で意志が強そうではあるが、どこにでもいそうな顔でもあった。

牢の前で立ち止まった俺たちをジロリと睨んでくる。

ええっと……なんて名前だっけ?

【鑑定】。

《ルクレツィオ:〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉第7班班長。レベル:33。》

そうそう、ルクレツィオ。

「やあ、ご機嫌はいかがかな? 暗殺者くん」

父さんが言った。

笑顔のままなのが、かえって怖い。

「暗殺者……? 何のことだ。俺はただの人さらいさ」

「ふむ。リベレット村近辺で子どもをさらっていた連中の仲間であることを認めるんだね?」

「……そんな連中は知らん」

「あくまでも単独犯だと?」

「……そうだ」

明らかに嘘をついてる。

が、こいつに口を割らせるのは難しそうだ。

そこで、不意にメルヴィが姿を見せた。

「わたしも手伝うわ」

「えっ……?」

意外な申し出に驚く俺。

「こいつら、子どもをさらったのは妖精だって噂を流していたんでしょ?」

「あ、ああ……」

「それなら、わたしにとっても敵よ」

「でも、てつだうって言っても、どうやって?」

「【妖精の眼】を使えばいいのよ。

そいつが嘘をついてるかどうかは、わたしには確実にわかるから、いろいろ質問してみて」

メルヴィの言葉に、父さんが頷く。

「それはありがたい。よろしく頼むよ、メルヴィさん」

父さんはメルヴィをさん付けで呼ぶ。

エルフにとって妖精は敬うべき存在なのだという。

始祖エルフが妖精を作ったのなら、エルフは妖精の主人筋じゃないかと思ったのだが、どうやらそこまで単純な話ではないらしい。

ついでながら、メルヴィが月に一度でいいから俺を妖精郷に連れていきたいと話すと、父さんは二つ返事で承諾してくれた。

メルヴィの封印された主人を解放したい、という話も、旅の途中で済ませてある。

自分かジュリア母さんを一度同行させること、という条件はつけられたが、こちらにとっても別に不都合はない。

いや、えんえん剥落結界を削っている姿を見られるのは、あまりよくないのかな……。

それはさておき、父さんが黒ずくめ――ルクレツィオの前に歩み出て聞く。

「君は、〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉の構成員かい?」

「……違うと言っているだろう」

「嘘ね」

メルヴィの言葉に、父さんと母さんが顔を見合わせて頷く。

ちなみに、ルクレツィオにはメルヴィの姿は見えていない。

「君は〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉では、どのような地位にあるのかな?」

「……だから、〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉など知らん」

「嘘よ」

「君は、〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉では、下っ端で、大した情報を持っていない」

「……そもそも、〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉など知らん」

「嘘」

「君は、〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉では、それなりの人数の部下をまとめる地位にあった」

「……違う」

「嘘」

「君は、リベレット村で子どもをさらった誘拐犯を知っている」

「知らんと言っているだろう」

「嘘」

「君は、リベレット村で子どもをさらった誘拐犯を指揮する立場にあった」

「違う」

「本当」

「なるほど……誘拐犯とは別行動をしていたということか」

「……っ」

ルクレツィオは動揺を押し殺すように口を閉ざした。

口元がすこし震えているのは、顎の力を麻痺させるという麻酔のせいだろう。

「誘拐犯の失敗を知って、君は事情を知る僕たちを襲うよう命令された」

「……っ、違う!」

「嘘」

「命令したのは、〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉の教主だ。

〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉教主グルトメッツァ。

口にするのも汚らわしい、悪魔どもの手先で、人でなしの――」

「違う! 違う違う違うっ! 教主様は聖なるお方だ!」

「前半は、嘘。後半は本当」

「ようやく馬脚を現したね。君は〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉の構成員だ。そうだろう?」

「……だからどうした?」

「本当」

「それなら、洗いざらい吐いてもらおうか。〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉の組織構成、人員配置、その他、機密情報なら何でもいいよ」

「誰が話すものか。拷問されても俺は吐かぬ」

「やれやれ、ずいぶんと職業意識が高いんだね?

悪神を崇め奉り、無辜の人々を殺して回る、薄汚い暗殺者ふぜいが……」

父さんは露悪的に言って、嘲るように笑った。

元が美形だからこんな表情もインパクト大だ。

もちろん、ルクレツィオを挑発して口を滑らせさせるためだろう。

「我らは誇り高き 御使(みつか) いだ! 貴様らに何がわかる!

悪魔を倒さなければ!

悪魔をこの世界から取り除かなければ、この世が滅ぶのだ!

その聖務をこなす我らのことを、貴様は今何と言った!?

薄汚いだと!?

それはむしろ貴様らのことだ!

教主様によって示された聖なる義務に見向きもせず、犬のごとく食らい、豚のように眠る貴様らこそ薄汚いわ!

おのれ、悪魔の手先め!

俺の戒めを解け!

貴様を、悪魔と戦い続ける聖なる悪神、モヌゴェヌェス様への供物にしてくれるわ!」

父さんの煽りに、ルクレツィオくんがプッツン切れた。

煽り耐性なさ過ぎだろ。

この程度の煽り文句でキレてるようじゃ、格ゲーはうまくなれないぞ。

それにしても……モヌゴェヌェスと来たか。

しかも、「悪魔と戦い続ける聖なる悪神」とはな。

〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉は単なる暗殺組織ではなく、まさしく暗殺 教団(・・) だってことか。

しかし……そんな連中が子どもをさらって一体何を?

その後もルクレツィオはわけのわからないことを喚き続けたので、父さんは尋問を一旦諦めるしかなかった。

◇◆◇◆◇◆◇◆

「ふ~っ。参ったね」

帰り道、すっかり暗くなった市参事会堂の裏手を進みながら、父さんがぼやいた。

母さんが生み出した ∩(ライト) の灯りが、指向性を持って俺たちの前の地面数メートルを照らし出す。

∩(ライト) を維持する反対の手で、母さんは俺の手を握っている。

メルヴィは俺のそばをふよふよと飛んでいた。

父さんのぼやきが続く。

「彼の話を聞いてると、なんだかこっちが間違ってるような気がしてきてしまうよ。

尋問を担当する騎士たちには、根を詰めず、交替しながらやるように言っておくべきだろうね」

たしかに、「悪魔と戦い続ける聖なる悪神」の存在を、ルクレツィオは完全に確信している様子だった。

ずっと付き合っているとこっちまでおかしくなりそうというのはわかる。

「あくしんって、なぁに?」

そ知らぬ顔で聞いてみる。

「ああ、エドは知らないか。

悪神というのは、その名をモヌゴェヌェスと言って、人類を嗾し、自分たちの手で世界を破壊させようとしているという、伝説上の存在さ」

「でんせつ……なの?」

「さあ、どうだろうね。

少なくとも、善神と呼ばれる神々が存在することは事実だから、悪神がいたっておかしくはない。

ただ、その悪神が悪魔と戦っているなんて話は、僕は初めて聞いたよ」

「……アルくん、あまり黒ずくめの言うことを真に受けない方がいいよ?」

「いや、真に受けてはいないんだけど……どうも少し当てられてしまったようだ」

父さんが難しい顔で首を振った。

「悪神なら、いるわよ?」

唐突に、メルヴィが言った。

「ええ? 本当かい?」

と父さん。

「本当よ。わたしのご主人様を封印したのも、悪神の使徒だったはずだもの」

「ううむ……」

「悪神の使徒の中には、人づてにでも他人に影響力を及ぼすことのできる者もいるそうよ。

アルフレッドさんが、あの男の言葉に説得力を感じたのだとしたら、ひょっとすると、あの男の背後には悪神の使徒がいるのかもしれない」

「悪神の使徒だって!」

父さんはメルヴィの言葉をすぐには信じられないようだ。

俺からすれば、メルヴィの危惧していることは十分ありうることのように思うが、それを父さんに納得させるのは難しい。

ゴレスのことも、うまく説明できる気がしなくて、いまだ話せていないしな。

「エドガーくん、疲れてない?」

母さんが聞いてくる。

「だいじょうぶ」

たしかに、今日一日中母さんについて回っているから、普通の3歳児なら間違いなくバテてるところだ。

俺の【不易不労】は今日も順調に仕事をしてくれているので、俺の身体は一日中歩いてもその日の初めとなんら状態が変わっていない。

変わったことと言えば……ちょっとお腹が減ってきたくらいだろうか。

「エドガーくんは、体力があるんだねえ?」

さすがのジュリア母さんも不審そうにしている。

そんな母さんの様子を見て、俺は思う。

――いい加減、隠しておくのも限界なのかもしれないな。

その点については、こっそりメルヴィに相談したりもしたのだが、

「うーん、ごめん、あまり役に立てないかも」

と言われてしまった。

嘘をつくことができない妖精は、そもそも隠し事をすること自体が難しい。

だから、隠し事をどう打ち明けるのか、なんて問題には、頭を悩ましたことがないのだという。

「相手の気持ちを考えることも大事だけど……やっぱり、正直がいちばんよ?」

そう言われても、隠し事の内容が内容だからな。

そんな風に悩みながら歩いていたので、母さんが足を止めたのに気づかず、つんのめってしまった。

「あれは……」

母さんが視線を闇の奥に向けながらつぶやいた。

遅ればせながら俺も母さんの視線を追う。

路地の入口で、使用人風の若い女性と、旅人のような風体の男が身を寄せ合っている。

といっても、恋人同士には見えない。

男が女性に顔を近づけて、鋭い語調でつめよっているようだ。

俺は改めて女性の顔を見て、その顔に見覚えがあるような気がした。

「あの娘は……うちの使用人じゃないか?」

父さんの言葉で、俺も気がついた。

【鑑定】。

《マルスラ・リンネ:キュレベル子爵邸使用人。》

「マルスラさん」

「よく覚えてたな。たしかに、そんな名前だった。相手の男は……?」

【鑑定】――しようと思ったところで、母さんが歩み出て、俺の視界を塞いでしまった。

母さんはそのまま2人に近づいていく。

母さんは ∩(ライト) を出したままなので、2人の方でもすぐに母さんに気がついた。

「ちょっと? うちの使用人に何のご用かなぁ?」

母さんが男に問いかける。

男が、吐き捨てるように言った。

「……貴様には関係ないだろう」

「うちの使用人だって言ってるでしょう? あまりしつこいようなら――」

母さんがボッと指の先に炎を灯してみせる。

「――わたしが相手になるわよ?」

「……。俺は、そいつに伝言を持ってきただけだ」

母さんは使用人に目で問いかける。

使用人は、わずかにためらってから、こう言った。

「……は、はい。その方は、実家からの使者です、ジュリア奥様」

「……本当に?」

「はい……」

母さんは疑わしげに男を観察してから、

「マルスラさんは王都の出身だったよね?

――最近の王都はどうかしら、使者さん?」

「……ふん。最近の王都は物騒だ。

俺が出た時には、切り裂き魔の噂で持ちきりだったからな。

何年かおきに現れる、王都の亡霊って奴だ」

「きりさき魔……?」

近づいていた俺がつぶやくと、男はにやりと笑って、

「そうだ、ボウズ。おまえみたいなガキが夜中にうろついてると、どこからともなく怖いお姉さんが現れて言うんだよ……おまえの口を、この鋏で切り裂いてやろうかってな」

「……くちさけ女かよ」

「ん? なんて言った、ボウズ」

「ううん。こわいなって」

「けっ。脅かし甲斐のないガキだな。

……で、奥さん、どうだ、疑いが晴れたなら行ってもいいか?」

「……そうね」

母さんが渋々頷くと、男は俺たちに背を向けて去って行く。

俺は男に向かって目をこらし、毎度おなじみの【鑑定】を――

「――っ!!」

男の背に【鑑定】をかけようとして、俺は凍り付いた。

男は、俺が【鑑定】をかけようとしたタイミングで振り返っていた。

バレた……? いや、さすがに偶然だと思うが……。

男の目が俺の目を捉える。

男はニヤリと笑って、人差し指と中指で、何かを切るような仕草をした。

と同時に口が動いている。

――チョッキン。

男が路地の奥に消えた後も、背筋の悪寒は、なかなか消え去ってくれなかった。