軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

20 解読

「うーん、暗いな」

ジュリア母さんが聞き込みに出かけてから30分ほど。

俺は日が完全に落ちきった森の中を、指先に小さな灯り( ∩(ライト) )を生み出して疾走、ボイス君の失踪したという川に到着した。

川幅は5メートルくらい。ランズラック砦の濠と同じくらいの幅だな。

水は澄んでいて、指先の灯りを近づけると、水底に川魚がいるのがわかった。

塩焼きにでもしたいが、それはまた今度にしておこう。

俺は ♭(フィジク) を3つ書いて川を跳び越える。

跳躍の瞬間に1つ、着地の瞬間に1つ ♭(フィジク) を使い、最後の1つは事故った時用の予備だ。

屋敷の中庭でも何度か練習はしてたんだが、ここまで広い空間だと遠慮なく使えて気持ちがいい。

川沿いをピョンピョン跳んで上流を目指していくと、10分ほどで柵が見えてきた。

川幅は最初の半分くらいになっているが、その代わりに曲がりくねっている。

その川の脇に、不自然に開けた空間がある。

直径5メートルくらいの円形の空間で、第一印象を言うなら広場といったところか。

その広場の中心を取り囲む形で、顔役の言っていた木柵が立てられている。

木柵というか、木板を何枚か地面に打ち込んで縄でつないだ程度の簡素なものだ。

俺は、木柵の隙間から ∩(ライト) を柵の中に投げ込む。

「……へえ」

地面には確かに、文字とも絵ともつかない模様が描かれている。

模様はかなり複雑だ。

模様には30個くらいの小さなまとまりがあり、それが順番に並んでいる。

小さなまとまりのひとつひとつの意味はわからないが、いくつか重複している模様もある。

……っていうかこれ、文章じゃないか?

「まほうもじ? うーん、ちがうか……」

マルクェクトには共通語がある。

それは、魔法発動に使う魔法文字が通常の文字としても利用されているからだ。

魔法という共通の技術があるから、少なくとも文字に関しては、魔法文字を使うのが手っ取り早い。

だから、話し言葉が多少訛ることはあっても、文字に関しては、世界共通で魔法文字を使っているはずだ。

要するに、マルクェクトには、魔法文字以外の文字は存在しない。

「まてよ……ほかのもじ……」

俺は慌てて、抱えてきた『アバドン魔法全書』を開く。

「あった、こだいまほうもじ」

古代魔法文字。

それは、千年以上昔に使われていた強力かつ精緻な魔法文字のことで、現在の魔法文字の 起源(オリジン) である。

現在の魔法文字の方が簡潔で万人にとって扱いやすいとのことだが、古代魔法文字は現在の魔法文字よりも威力の面でははるかに上だったらしい。

もっとも、制御が難しすぎて失伝し、現在に伝わっているのは簡略化された後の魔法文字だけなのだそうだ。

アバドンも古代魔法文字については相当に調べたらしいが、ほとんど何もわからなかったとある。

ただし、アバドンが遺跡で発見した古代魔法文字の断片が、古代魔法文字の項の隣に模写されている。

俺は興奮を押し殺しながら、目の前の模様と本の模写を較べるが――

「うーん? ちがう、のか?」

模写の古代魔法文字がかっちりした楷書体の漢字だとしたら、目の前の模様は女の子の書く丸文字みたいな印象だ。

あっちこっちに装飾が施してあって、元の字体を特定するのが難しい。

「……とりあえず、うつしてもどるか」

俺は柵の中の模様をノートに書き写し、間違いがないことを確認してから村へと戻った。

◇◆◇◆◇◆◇◆

夜中――

俺は隣で気持ちよさそうに眠る母さんを起こさないように気をつけて、ベッドから起き出す。

机の陰で光量を絞った ∩(ライト) を使い、写してきた模様を何度となく眺める。

が、

「……わからん」

【不易不労】の効果で精神的な疲労はないため、何時間でも考え続けることができる。

しかし、考えてもわからないことはわからない。

俺の頭がよくなったわけじゃないからな。

太平洋戦争中に日本軍の暗号を米軍が解読してたって話があったが、あれはできたばかりのコンピューターと世界有数の頭脳を持つ数学者が集まって解読できたもんだったと思う。

素人の俺に暗号解読なんて無理なのかもしれない。

「ええい」

俺の頭がたいしてよくないことなんて、今に始まったことじゃない。

俺の強みは何だ?

そう、単純作業だ!

俺は机の下にノートを広げ、写してきた模様をその上に何度となく書き取ってみる。

10回、20回……。

肉体的に疲れることもないので手が疲れることはないが、あまりやりすぎると筋を痛めることはある。

たまに休憩を入れながら、30回、40回……。

なんとなく書き方がわかってきた。

書き順とか、自然なペンの走らせ方をつかんだ気がする。

50回、60回……。

そろそろ、書き写した模様を見ないでも文字が書けるようになってきた。

そこからさらに70回、80回……。

ふと、文字を書く時に体内の魔力が動いたような気がした。

が、意識を向けると魔力は拡散してしまった。

90回。

また魔力が動く。

どうも特定の箇所で魔力が動くみたいだ。

しかし、次の文字に進んだ途端に魔力は霧散してしまう。

でも、感覚はつかんだ。

そして100回目。

動いた魔力が形を取る。

これは――

ボッ……!

やばい、火だ!

「 π(アクア) !」

あ、危ねー。

ノートに焦げ目がついてびしょ濡れになってしまったが、何とか他人の家で小火を出す事態は避けられた。

……あ、床にも焦げ目が。

……黙ってればバレないよね?

ともあれ、これでこの模様が魔法文字だったことはわかった。

何度も書く内に字形を覚え、かすかな魔力の動きから、無意識のうちにその文字の効果がイメージできるようになっていたんだろう。

この古代魔法文字らしき文字は、現在の魔法文字よりも複雑であるのと同時に、別の特性も持っているようだ。

この文字は、絵でもあるのだ。

日本人である俺にはわかりやすい話で、古代魔法文字は漢字やエジプトの神聖文字のような絵から派生した象形文字なのだと思う。

それが時代を経るに従って簡略化され、アルファベットに近い現在の魔法文字になったんじゃないだろうか。

だから、字形をひたすらなぞっているだけでも、発動できる術のイメージが徐々に頭に染みこんできていたのだと思う。

まあ、まさか本当に魔法を発動できるとは思ってなかったが……。

俺はひとまず、濡れてしまったノートを、密かに練習していたオリジナル魔法「 卜(フレイム) λ(ウィンド) ――《 乾燥風(ドライヤー) 》」で乾かす。

ちょっとごわごわしてしまったが、しかたがない。

さいわい、書き取りを百回もやったおかげでそろそろ使い切るところだった。

室内でこれ以上の実験をするのは危ないので、俺は静かに寝室を抜け出し、村長宅の裏庭に出る。

そして今度は手頃な枝で地面に模様を刻んでいく。

これもとりあえず100回。

魔法は発動前に ∃(イレイズ) で潰し、模様の全体像の把握に重点を置く。

――さて、地道な作業なので、少しカットさせていただこう。

◇◆◇◆◇◆◇◆

夜が白んでくる頃に、ようやく、模様の全体像がつかめてきた。

なかなか興味深い結果になった。

まずこの模様には、有効な部分と無効な部分が混じっている。

現在の魔法でもそうだが、多文字発動する際に、組み合わせられる文字と組み合わせられない文字が存在する。

この模様の中にも、組み合わせて魔法になる部分と、組み合わせられない部分が混在しているのだ。

これは、模様を描いた者が間違えた、というわけじゃないと思う。

古代魔法文字を知っているような存在が、そんな初歩的なミスをするとは思えないからだ。

つまり、この魔法にならない部分は、意図的に挿入されている可能性が高い。

次に、これが魔法文字なのだとしたら、それを文章として読むことはできないのか、ということだ。

結論から言うと、どうもできそうにない。

古代魔法文字を実際に発動させて、効果が同じ現在の魔法文字と対応させ、置き換えるということはやってみた。

しかし、そうしてできた「文章」は、無意味な語が並ぶ意味の通じないものにしかならなかった。

が、どうもこの意味の通じなさ具合が「くさい」のだ。

既存の単語を何文字かずつ置き換えたような、そんな違和感のある通じなさをしている。

以上のことから、俺はある確信を深めていた。

それは、

――これは、暗号である。

ということだ。

有効な部分と無効な部分。

通じるようで通じない単語。

小学校に入った頃によくそんなような暗号の問題を解いていたような記憶がある。

「たぬき」とか、ああいうよくある奴だな。

暗号であるからには、それこそ「たぬき」がそうであるように、解読のためのルールが存在するはずだ。

そして、ルール解明のためのヒントはもう出揃っている。

おそらく、魔法として無効な部分を取り除き、残りの部分の単語を何らかのルールに基づいて変化させる。

これでいいはずだ。

そして、これが暗号だとしても、ひとつのメッセージであることに違いはない。

メッセージであるからには、これを書いた者と、これを書いた者が読み手として想定した者とがいることになる。

要するに、誰かが誰かに宛てて書いたものだってことだ。

書いた者は、古代魔法文字の知識を持つ者。今のところ妖精だと思っていいと思う。

では、誰に宛てて書かれたものなのか?

古代魔法文字を解読でき、魔法文字の組み合わせについて知識を持つ者。

妖精同士の私信、という可能性もあるが、それだけならここまで面倒な暗号にしなくてもよさそうだ。

俺は、直感ではあるが、こうじゃないかと思う。

――これは、妖精が魔法に詳しい人間に宛てた挑戦状なのだ。

妖精は善良な存在ではあるが、同時にいたずら好きとしても知られている。

暇をもてあまして人の目につくところに暗号を残すなんて、いかにもそれっぽいじゃないか。

「でもそうすると――」

妖精はボイス君失踪事件とは無関係ということになる。

暗号を解かせるために子どもをさらった、という可能性もあるにはあるが、さすがに「いたずら」の範疇を超えているだろう。

しかし、じゃあ、一体誰がボイス君を?

その答えを知るためにも、俺は暗号解読に取り組んだ。

――そして、朝ご飯ができる前に、なんとか暗号を解き終えることができたのである。