軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

2 不易不労

というわけで、俺、加木智紀は異世界マルクェクトへと転生した。

事前説明があったおかげで、気がついたら見知らぬ大人に囲まれて、身体はろくに動かないし、自分の腕を見てみたら赤ん坊でびっくり、というお約束? はやらずに済んだ。

せいぜい、「おお、本当に転生してる!」と改めて驚いた程度かな。

だが、別のことでは驚くことになった。

他でもない、神様からもらったスキル【不易不労】のことだ。

はじめてこの世界で気がついて、まわりにいる大人たちが両親であることがわかって、おっぱいを飲まされたら日が暮れた。

母親(まだ二十歳くらいの女の子だ、前世の感覚からすると)が俺をあやして寝かしつけようとするのだが――ちっとも寝つけないのだ。

はじめは、元の世界でも夜型だったしな、と軽く考えていたのだが、今の身体は生後まもない赤ん坊である。

それなのに、まったく眠くならない。

あやしてくれる母親の手前、寝入ったふりだけはしたものの、その後窓の月が端から真ん中まで動く間、俺にはまったく眠気が訪れなかった。

なんだこりゃ、と思いながら、ぼんやり月を眺めていると(暗くて他のものはろくに見えないのだ)、突然文字が浮かんできた。

《ルラヌス:惑星マルクェクトにかかる月。》

「ほぎゃっ!?」

(うわっ!?)と言ったつもりだったが、声帯が未発達なため、変な声になってしまった。

あわてて、ベッドに突っ伏して寝ている母親を見るが、母親は口を半開きにしてよだれたらしながらなんかやたら幸せそうな顔で眠っている。

我が親ながら人妻とは思えないかわいらしさである。

さて、その顔を見て落ち着いた俺は、今の現象を冷静に考え直してみる。

……ま、考えるまでもない。

いわゆる【鑑定】系の能力なのだろう。

前世では、通勤の暇つぶしによくネット小説を読んでいたのだ。

どうせ眠くもないので、俺は覚えたての【鑑定?】を試してみる。

《ルラヌス:惑星マルクェクトにかかる月。》

《ルラヌス:惑星マルクェクトにかかる月。》

《ルラヌス:惑星マルクェクトにかかる月。》

《ルラヌス:惑星マルクェクトにかかる月。》

《ルラヌス:惑星マルクェクトにかかる月。》

……いや、だから、暗くて月しか見えないんだって。

でも、どうしたことか、同じ文面が返ってくるばかりなのに、俺はいっこうに飽きなかった。

【鑑定?】を発動するには、意識の向け方にコツのようなものがあって、そのコツをああでもないこうでもないと手探りしているだけで結構楽しい。

これは、あれだ。前世で格闘ゲームのコンボ練習をしている時の感覚に近い。

《ルラヌス:惑星マルクェクトにかかる月。》

《ルラヌス:惑星マルクェクトにかかる月。》

《ルラヌス:惑星マルクェクトにかかる月。》

《ルラヌス:惑星マルクェクトにかかる月。》

《ルラヌス:惑星マルクェクトにかかる月。》

この、見ようによっては馬鹿げた作業を、まる二時間はやっていただろうか。

《ルラヌス:惑星マルクェクトにかかる月。マルクェクトに常に同じ面を向けている。》

増えた!!!

そんなに有用な情報ってわけじゃないけど、項目が何の前触れもなく増えていた。

「ふ、ふぁ、ふええ、ふぁあぇ……」

(じ、じゃあ、これを続けたら……)

身体が赤ん坊のせいでいちいち締まらないが、これはいいことに気がついた。

そして、

《ルラヌス:惑星マルクェクトにかかる月。マルクェクトに常に同じ面を向けている。》《ルラヌス:惑星マルクェクトにかかる月。マルクェクトに常に同じ面を向けている。》《ルラヌス:惑星マルクェクトにかかる月。マルクェクトに常に同じ面を向けている。》《ルラヌス:惑星マルクェクトにかかる月。マルクェクトに常に同じ面を向けている。》《ルラヌス:惑星マルクェクトにかかる月。マルクェクトに常に同じ面を向けている。》《ルラヌス:惑星マルクェクトにかかる月。マルクェクトに常に同じ面を向けている。》《ルラヌス:惑星マルクェクトにかかる月。マルクェクトに常に同じ面を向けている。》《ルラヌス:惑星マルクェクトにかかる月。マルクェクトに常に同じ面を向けている。》《ルラヌス:惑星マルクェクトにかかる月。マルクェクトに常に同じ面を向けている。》

俺はいっそう勢いを増して【鑑定?】を繰り返す。

そして、月が窓の端に消えそうになる、ちょうどその時に、

《ルラヌス:惑星マルクェクトにかかる月。マルクェクトに常に同じ面を向けている。公転周期は24日。》

「ふぉお!」(おおっ!)

再び、情報が増えていた。

◇◆◇◆◇◆◇◆

月が窓の外に隠れてからは、部屋の中が暗くなって、【鑑定?】はできなくなってしまった。

しかも、やっぱりどうやっても眠くならない。

悶々としているうちに空が白んできた。

これが前世なら、そろそろ頭がおかしくなってくるころなのだが、怒濤の【鑑定?】ラッシュと不眠にもかかわらず、俺の頭は興奮するでもなく眠くなるでもなく、ごく正常な状態を保っていた。

考える時間だけはたっぷりあったので、俺はこの事態についてそれっぽい仮説を立てることができた。

その仮説ってのは、ぶっちゃけこうだ。

――これって、スキルのせいなんじゃね?

俺が女神様からもらったスキルの名前は、【不易不労】。

要するに、疲れないってことだろう。

疲れないし、眠くもならない。

それで体調が悪くなることも(たぶん)ない。

まだ一日目だから、ひょっとしたらどこかで眠くなることもあるかもしれないが、今のところ眠くなる兆しは全くない。

眠くならないこともそうだが、【鑑定?】を何時間連打しても疲れないばかりか飽きることもないってのも異常だ。

前世でも格ゲーのコンボ練習なんかはやってると時を忘れることがあったけど、それにしたって何時間も休みなしにぶっ続けで疲れないなんてことはない。

おそらく、この「疲れない」「飽きない」ってところも、このスキルの効果なのだろう。

まとめるなら、スキル【不易不労】の効果は、「疲れない」「飽きない」「眠くならない」ことだ。

あくまでも仮説だが、そんな風に考えられると思う。

さて、このスキルを、どう見るか?

「それだけ?」と思う人もいるだろう。

たしかに、武術や魔法の習得が早くなるとか、世の中のあらゆるものを鑑定できるとか、レーダーのように一定範囲の人の動きを脳内マップで把握できるとか、そういうわかりやすいスキルと比べると、この【不易不労】は……なんていうか、「渋い」。

でも、よくよく考えると、このスキルにはかなり大きな可能性が眠ってるんじゃないか。

考えてもみてほしい。

たとえばスポーツ。

プロのアスリートですら、いや、プロのアスリートならばなおのこと、疲れたら十分に休んでコンディションを整えなければならない。

また、基礎練習の中には、地道で心を削られる反復練習もあるだろう。筋トレ、ストレッチだって、基本的には苦痛に満ちた反復作業である。

しかし、この【不易不労】があれば、「疲れない」以上休む必要がないし、「飽きない」から地道な基礎練習を一日中ぶっ続けでやることもできるし、「眠くならない」から一日二四時間をまるごと練習時間に充てることもできる。

あるいは格闘ゲーム。

何度も例に引いているコンボ練習はもちろん、たとえば飛んでくる相手に対空攻撃を当てる練習だとか、表裏・中下段のガードを切り換える練習だとか、ヒット確認からの高火力コンボの練習だとか、非常に地道だが、しかしできれば大きいような練習が、時間の許す限りいくらでもぶっ続けでできるのである。

たしかに、努力が必要なことは変わりがないが、その努力が格段にやりやすい――いや、そんなレベルじゃないな。

ほとんど人間離れした練習マシーンになることができる。

「そんなのなりたいの?」という人もいるんだろうけど、修行じみた地道な反復練習(格ゲーの)が、せわしない毎日の中の癒やしの時間だった俺のような変態からすると、可能性が広がりまくって妄想が止まらないような、そんなスバラシイ能力だ。

「ふぇふぁびふぁま、わいあほーぅ!」(女神様、ありがとう!)

俺は心の底から叫んでいた――赤ちゃんボイスで、だけど。