作品タイトル不明
131 異界の魔法使い
王都モノカンヌスの輪廻神殿に開いたゲートをくぐった。
私の身体が闇に呑まれた。
やがて意識までもが闇に呑まれていく。
まさか、悪神モヌゴェヌェスは約束を違え、私を取り込もうと――?
《心外だな》
闇の奥から声が聞こえた。
声というより、それは形のない念波のようなものだ。
「悪神モヌゴェヌェス……」
《さよう。契約通り、おまえをこれから異世界へと送り出す。》
「楽しみね。本当に、楽しみだわ」
《さほど、楽しいものとも思えぬがな。予告しておいてやろう。おまえのような魂は、すぐに刺激に飽きてしまう。楽しいのは最初だけだ。その後に襲ってくるのは孤独と寂寥と――途方もない退屈。我は予告したぞ。》
「余計なお世話よ」
《余計ついでに、ひとつスキルを与えてやろう。【インスタント通訳】というものだ。アトラゼネクが設計したスキルだが有用なものだ。しばらくの間、向こうの言語に自動通訳が働く。》
「あら、親切ね」
《言葉一つわからぬ異界をうろつかせるのも面白かったかもしれぬが、言葉が通じてこそわかる絶望もあろう。》
「ずいぶん確信があるのね、私が破滅すると?」
《破滅するか、破滅させるか。おまえはそのような選択を常に迫られて生きてきた。そのたびに罪悪感など抱かず、相手を破滅させてきた。おまえが異世界を破滅させる。少なくともその一部に混沌を生み出すことができれば、我が異世界へと降臨する橋頭堡となろう。》
「なるほど、あくまでもあなた自身のためなのね。それなら礼はいらないわね」
そんな会話を、どれだけの時間をかけてか交わしていた……と思う。
時間は須臾のようでも永遠のようでもあった。
闇の中に一条の光が見えてきた。
私はその光に向かって歩みを進める。
この先に待っている異世界に心をときめかせながら――。
◇
「これは……」
気づくと私は路上にたたずんでいた。
地面はどこまでも舗装されている。マルクェクトにも主要な街道なら舗装はされていたが、あれは平らな石やレンガを敷き詰めたものだ。この地面のように灰色のまっ平らな素材でどこまでも固められているということはない。
道が広い。
馬車が複数台行き交うことができそうな広さだ。
道の真中にはオレンジ色の線が引かれている。
オレンジ色の線はどこまでもまっすぐに伸びていた。
突然、背後から形容しがたい音がした。
ラッパを何倍にも大きくしたような音だ。
驚いて振り返ると、そこには巨大な馬車がいた。
いや――これは馬車ではない。
だいいち馬がいない。
外装は鉄でできているようだ。
その上半分に水晶のように透明な何かがはめこまれている。
その透明な何かの奥で、車輪のようなものを握った男がこちらを睨んでいた。
私は慌ててその場を飛び退った。
巨大な鉄の車が通り過ぎていく。
私は改めて周囲を観察する。
幅の広い道路の脇には、灰色の角ばった建物が並んでいた。
それぞれ4階かそれ以上ある。
モノカンヌスの旧市街でも3階建て以上の建物はまれだった。
ここでは逆に、2階建て以下の建物が見当たらない。
私の目の前に、よくわからない建物がある。
極彩色のポスターが貼られた店内からは、音と光が漏れてくる。
戸口から慎重に覗きこんでみる。薄暗い店内で、若い男性たちが明るく光る窓のようなものの前に座っている。男性たちは手をせわしなく動かし、喜んだり悔しがったりしているようだ。
そのうちのひとりがこちらに気づく。
私は慌てて戸口から離れた。
「これは……想像以上ね」
私はつぶやく。
異世界と言うからにはわけのわからないことも多々あるだろうとは思っていた。
マルクェクトでも 竜蛇舌大陸(ミドガルズタン) の辺境や他の大陸に足を運べば、サンタマナとは全く異なる文化や習俗が見られる。
しかし、これはその比ではないようだ。
とにかく、何がなんだかわからない。
さっきの鉄の車は何なのか? 馬なしでどうやって走っているのか?
そしてこの建物は何で、今戸口の奥で邪教の儀式のようなことをやっている連中は何者なのか?
私は途方に暮れて、道路の端に座り込む。
気配を消すのも忘れて、ただ呆然と目の前の光景を眺め続ける。
そこに、ひとりの女性が現れた。
いや、違う。二十歳くらいのその女性の隣には、得体のしれないものがいた。
直感的に表現するなら、金属製の人形、だろうか。
遠目に見ても精密にできており、女性に合わせて自然な動きで歩いている。
「まさか……ゴーレム?」
マルクェクトの古代遺跡の中からは、時折そのような存在が見つかることがある。
魔法で動く人工の生命。
生命の尊厳に踏むこむその研究が、この世界では成し遂げられているというのか?
女性とゴーレムは、なぜかこちらに向かってやってきた。
「すみません」
女性が言う。
悪神モヌゴェヌェスが入っていた通り、何を言っているかが理解できた。
「はい?」
「恐縮なんですが、そこをどいていただけますか?」
女性は手に花束を持っている。
花束。
この世界で見たものの中で、初めて私にも理解できるものが現れた。
私が黙っていると、女性は困った顔を浮かべた。
「あ……ごめんなさい」
私はそう言って立ち上がる。
よくわからないが、断る理由もない。
私は女性にその場を譲った。
「ありがとうございます」
女性はそう言うと、手にした花束を、私がしゃがんでいたあたりに置いた。
いや、手向けた、というべきか。
女性は手向けた花に向かって両手を合わせて目を瞑る。
形式は異なるが、それが祈りの姿勢だということは想像がついた。
「加木さん。あなたのおかげで、今年もチャンピオンになれました」
女性がつぶやく。
「今年は大変でした。このアンドロイドを見てください。サプライズでグリンプス社の最新鋭機である彼と対戦することになったんです。ちゃんと勝ちましたよ」
女性の言葉に、アンドロイドと呼ばれた機械人形が前に出る。
《〈キーシーカー〉さん。はじめまして。私はサンシローといいます。彼女に敗れて、今は彼女の秘書をしています。》
驚いたことに、機械人形は滑らかにしゃべった。
「あら、霊なんて信じるの、サンシロー?」
《いえ、信じてはいません。しかしこうするのがこの場では適当なのでしょう?》
「それを口にしてしまうのはあまり適当ではないわ。わたしは構わないけど」
《エデュケーションに感謝します、ミナギ。ミナギは霊を信じるのですか?》
「いいえ、信じないわ。でも、なんとなくこうしたくなるの。彼はもう死んでいる。でも、わたしの心のなかではまだ生きているのね」
《Good education...but...》
急にアンドロイド?の声が理解できなくなった。
「サンシローは考えこむと英語が出るわね」
《すみません、ミナギ。》
「べつに責めてるわけじゃないわ。さて、お祈りも終わったし、行きましょうか」
女性が立ち上がった。
「あ、あの……」
私は思わず、その女性を呼び止めていた。
「なんでしょう?」
「今のは……その……」
私は言葉を濁す。
「ああ、ここで7年前、亡くなった方がいるんです。その方にはお世話になったので、毎年ご挨拶にうかがうことにしてるんですよ」
「そう……。あなたの恋人?」
「えっ……? ち、違いますよ!」
女性は顔を赤くして両手を振った。
「ごめんなさいね。熱心に語りかけているようだったから」
「特別な人ではありますね。もし生きていたら、恋人になることもありえたのかな……」
女性が遠い目をする。
「いくつか教えてほしいのだけれど、いいかしら?」
「え? 内容によりますけど」
女性はやや警戒したようだ。
「いえ、たいしたことじゃないわ。この近くに冒険者ギルドはないかしら?」
「ぼ……?」
女性は眉間にしわを寄せて黙りこんだ。
何か、まずいことを言ったらしい。
この街では冒険者が排斥されている?
私は慌てて取り繕う。
「い、いえ、間違えました。今日の宿を探したいんです」
「宿? ホテルですか?」
「ええ」
「観光客の方……ですよね」
「観光……そうね。そうなるかしら」
「ホテルは予約しておかなかったんですか? 女性一人なのに物騒じゃないですか」
女性が心配そうに聞いてくる。
「う……そ、そうね。予約しておいたのだけれど、急に貴族の客がやってきたとかで、追い出されてしまったの」
「き、貴族? ヨーロッパのどこかの国の人かな? でもそれならかなり高級なホテルよね。予約してたお客さんを追い返すなんて……」
「い、いえ、もともと無理を言って予約したものだから」
「じゃあ、今夜寝る場所が決まってないってことですか?」
「そういうことね」
「スマートフォンで検索したらどうですか?」
「ス、スマート……?」
「ひょっとして、持ってないんですか?」
「そ、そうよ。困ったわね」
「そういうことならわたしが……ううん、そうだ、サンシロー」
《なんでしょうか。》
「彼女にホテルの予約をとってあげて」
《了解です。ご予算はどの程度でしょう?》
予算、と聞いてハッとなる。
私はこの世界の通貨を持っていない!
「実は、お金は持ってなくて」
「ええっ! どうしたんですか!?」
「さ、財布を落としてしまったの。でも、荷物の中に金塊があるわ。これを換金すれば……」
「き、金塊っ!?」
女性がアンドロイド?と目を見合わせる。
《どうも特殊なご事情がおありのようですね。》
アンドロイドの言葉にどきりとする。
「そういえば、かなり珍しいドレスですよね。セクシーですけど、あまり見ないデザインね」
《画像検索しましたが、同じドレスは見つかりませんでした。オーダーメイドのものでしょう。》
「じゃあ、実家はお金持ちなんだね。失礼ですけど、どこの国の人なんですか?」
女性の質問に、私は短く躊躇してから答えた。
「……遠くの国よ。あなたは知らないと思うわ」
「国の名前なら、高校で地理をやった時に すべて(・・・) 暗記しましたよ? たぶんわかると思うんですけど」
私の頬を汗が伝った。
国の名前をすべて暗記している? この女性はこの世界の賢者なのだろうか。
ならば、ゴーレムを従えているのも頷けるが……。
《ホテルの予約が完了しました。》
「そう。ありがとう、サンシロー。金塊をお金に替えられるところはあるかしら?」
《検索します。近くの駅前に貴金属の買い取りを行っている店があります。ホームページに記載されているレートは適正なものです。口コミ情報でも問題はないと思われます。》
「じゃあ、そこまで一緒に行きましょう」
「えっ……いいの? 何か用事があったのでは」
「用事はさっきので済みました。本当はゲーセンに寄ってこうかと思ってたんですけど、困ってる人を助ける方が大事なので。あ、わたし、片瀬美凪といいます」
女性が明るい笑みを浮かべて言ってくる。
私は偽名を名乗るべきか迷ったが、結局本名を名乗ることにした。
どちらにせよこの世界に知り合いなどいないのだから。
「レティシア・ルダメイアよ」
《私はサンシローです。》
私はミナギとサンシローに連れられて、「エキ」とやらまで行くことになった。
それにしても、このサンシローというゴーレム。
見れば見るほど精巧に作られている。作りだけじゃない。動きも、話し方も、人間と比べてほとんど遜色がなかった。
この世界ではこんなものが日常的に使われているのだろうか?
だとしたらこの世界の文明水準はマルクェクトのはるか先を行っている。
へたをすれば古代のマルクェクトに匹敵するような文明だ。
私はボロを出さないよう気をつけながら、ミナギやサンシローと言葉少なに会話する。
「お仕事は何をされてるんですか? レティシアさんって、すごくできる女って感じですけど」
ミナギが出し抜けに聞いてきた。
「できる女」というのはどういう意味だろう? 男性から見て性的交渉を期待できそうな女という意味の隠語――ではなさそうだ。目の前の女性が同性愛者ででもない限りは。
それにしても、仕事と来たか。
私はさっきまでの失敗を踏まえ、なるべく無難でつっこまれることのなさそうな答えをひねり出した。
「――私は、旅の魔法使いよ」
ミナギが、思いっきり変な顔をした。