軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

125 エンブリオ

「くそっ! どうすればいい!?」

俺は礼拝堂を行ったり来たりしながら考えをまとめる。

まず、メルヴィに【念話】を飛ばして緊急招集をお願いする。

メルヴィからは「わかったわ!」という頼もしい返事が返ってきた。

次に、俺は【祈祷】を使って礼拝堂の祭壇に意識を接続、女神様へと呼びかける。

「――女神様!」

すぐに応答があった。

『把握してるわ! 一時的に王都モノカンヌス周辺へのギフトの供給を遮断するわ。そうすればエンブリオが新たに孵ることはなくなるはず。でも、遮断が完了するまでに半日はかかるの』

「半日だって!?」

その半日の間に、いったいどれだけのエンブリオが孵化することか。

数十ならいい方だ。数百、数千……下手をすれば万に届くほどのモノカンヌス市民がエンブリオモンスターへと変貌することになる。

そうなったら――この街はおしまいだ。

『エンブリオは、あなたの【スキル魔法】で封印することができると思うわ』

なるほど、スキルを封じることのできる【スキル魔法】なら、同じくステータス情報であるエンブリオをどうにかできるわけか。

俺は絶望の中に光明を見た気がした。

『ただし、それはあくまでも孵化する前のエンブリオに限ったことよ。孵化し、ステータス情報を書き換えられてしまったら、現状では打つ手がないわ』

「てことは……」

『可能なら、なんとか拘束してちょうだい。それが無理なら……倒すしかないわね』

「そんな……」

『ギフトの供給を遮断できたら、エンブリオによって改竄されたステータスを検出し、再書き換えするサブシステムを構築するわ。拘束した人たちはそれで元に戻せるはず』

「どれくらいかかる?」

『丸二日といったところね』

2日もの間、強力なスキル・アビリティを持つエンブリオモンスターを拘束し続ける必要があるってことか。数にもよるが、相当厳しいことになりそうだ。

『あなたが動きやすいように、輪廻神殿の司祭にもお告げを下しておくわ』

「助かる!」

女神様との交信が終わると同時に、礼拝堂にエレミアとチェスター兄さんが飛び込んできた。

「エドガー君!」

「エレミア」

エレミアは聖剣〈 空間羽握(スペースルーラー) 〉を抱えている。

「メルヴィさんはみんなを呼びに屋敷に向かってくれたよ」

チェスター兄さんが言う。

エレミアとチェスター兄さんには、万一に備えて神殿のそばに控えていてもらった。

レティシアの出方は俺の想定を超えていた。まさか俺の元いた世界――地球に逃げられてしまうとは。その意味では2人の待機は無駄になってしまった。

でもそのおかげでこうしてすぐに駆けつけてもらうことができた。

俺は、エレミアの抱えている聖剣に聞く。

「シエルさん、エンブリオについて何か知らないか?」

『キザキは自分の研究を私にはまったく見せませんでした。用心深い男です』

ダメか。

十分ほどで、今度はジュリア母さん、デヴィッド兄さん、アスラ、ステフがやってきた。

「メルヴィちゃんは王城のアルくんとベルハルトくんに伝えに行ってくれたよぉ」

母さんがそう教えてくれる。

「アルフレッド父さんは 王室騎士団(ロイヤルガード) 団長だし、ベルハルト兄さんはイルフリード殿下の従士だ。ここに来られるかどうかはわからないね」

デヴィッド兄さんが言う。

「それなら先に始めよう。時間がない」

俺はレティシアと女神様から得た情報をみんなに話す。

みんなの顔がみるみるうちに強張った。

アスラだけはぽーっとしているが。

「やるべきことは2つだ。まだエンブリオが孵化していない感染者をここに連れて来て、俺の【スキル魔法】でエンブリオを取り除くこと。それから、エンブリオモンスターと化した市民を、なるべく傷つけずに拘束すること」

「エンブリオに感染しているかどうかはどうやって見分けるんだい?」

チェスター兄さんが聞いてくる。

「それは簡単だよ。エンブリオ感染者は孵化する前に成長眠に陥る。魔物を倒したわけでもないのに急に眠り込んだ人を、巡査騎士たちにここまで運んできてもらえばいい」

もちろん、俺の【真理の魔眼】やメルヴィの【鑑定】でステータスを見た方が早い。

でもこの方法は俺とメルヴィにしか使えない。

母さんが言う。

「エドガーくんが動くよりも、運んでもらった方が早そうだねぇ」

「というより、俺はここを動けないんだ。【スキル魔法】は祭壇に接続しないと使えないから」

「そっか、そうだったぁ」

母さんが頷いた。

そこで礼拝堂の扉が開く。

「――エドガー君! いるかね!?」

そう言いながら駆け込んできたのは、優しそうな顔立ちの老司祭だった。

「ソロー司祭!?」

5年前俺がステータスを両親に明かした時に立ち会ってくれた、巡回司祭のソロー司祭だ。

あいかわらず徳の高い僧侶のような好々爺然とした風采だが、今はかなり慌てているようだった。

ソロー司祭はこの神殿の司祭や他の聖職者と一緒に入ってきた。

「アトラゼネク様からお告げがあったのですじゃ。至急ここに来てエドガー君を手伝うように、と。それで、神殿の宿坊にいた他の聖職者にも声をかけてこうして馳せ参じたというわけじゃ。

直々にお告げがあるなど、きわめて異例のことじゃ。夢ではないかとも疑ったのじゃが、エドガー君がここにいる以上、本当だったのじゃな」

司祭は息を落ち着けながらそう言った。

「おひさしぶりです。まさか王都にいらっしゃったとは」

「うむ、ちょうど昨日王都に着いたところじゃった。わしで手伝えることがあったら何でも言ってくだされ」

「それじゃあ、司祭には神殿の取りまとめと騎士たちにエンブリオ感染者を集めてもらう差配をお願いします。デヴィッド兄さんと一緒に」

「あい、任された。アトラゼネク様の使徒としては、エドガー君が先輩じゃからの」

俺はこれまでのいきさつを掻い摘んでソロー司祭に話す。

司祭はかなり驚いたが、すぐに輪廻神殿の聖職者を集めて、今後の段取りについて話し合い始めた。

「じゃあ次はモンスターの拘束だね」

チェスター兄さんが言う。

「モンスターの拘束かぁ。それって、相当に難しいよ? エンブリオモンスターは、エンブリオによって本来持ち得ない強力なスキルやアビリティを持ってるんでしょ? 拘束どころか並の騎士じゃ返り討ちに遭うかも」

母さんが難しい顔で言った。

「市民や騎士が殺されそうな場合は……拘束を諦めるしかないだろうね」

俺の言葉にみんなが押し黙る。

それは、エンブリオモンスターと化した市民を見捨てるということだからだ。

「そもそも、どうやってモンスターを拘束するつもりなんだい? ロープや網で縛り上げる? だが、エンブリオモンスターはモノカンヌス中に発生するんだろう? そのすべてを拘束できるだけのロープや網なんて、急に用意できるわけがない」

デヴィッド兄さんが焦りをにじませる。

「それについては私の――いや、『アスラ』の力を使えばいい」

アスラが小さく手を上げて言った。

いや、

「ん? ひょっとしてナイトか?」

「今日は満月だからな。ついさっき入れ替わったのだ」

今は急ぎだから、ナイトが出てきれくれたのは有り難い。

俺はナイトの言ったことを考えてみる。

「そうか、例の魔物を『しまう』力だな?」

「アスラは既に数百を超える魔物をその内に取り込んでいる。私の感触だと容量にはまだまだ余裕があるはずだ」

「アスラに危険はないのか?」

「さあ……だが、数百程度で今さら揺らぐことはないだろう。数千数万となったらわからないが」

「……しかたない。アスラに頼もう」

幼いアスラに負担をかけたくないが、それ以外の方法でエンブリオモンスターを拘束するのは困難だろう。

「ナイトのままでもその力は使えるのか?」

「いや、その都度アスラと替わる。アスラの説得は頼むぞ」

俺はナイトの顔をまじまじと見る。

「……何だ?」

「いや、力を貸してくれるんだな、と思って」

「誤解があるようだが、すべての魔族が人間を敵視しているわけではない。それに、私も『キメラ』にされた身だ。放ってはおけないよ」

「そうか。そうだな。すまない」

俺はナイトに小さく頭を下げる。

「でも、王都は広い。いくらアスラが飛べると言っても、モンスターを探すだけでも大変だ」

デヴィッド兄さんが冷静に指摘する。

たしかにその通りだ。

俺たちは難しい顔で黙りこむ。

そこに、

「すまん、遅くなった!」

そう言って礼拝堂に入ってきたのはベルハルト兄さんだった。

「ベルハルト兄さん! 竜騎士団はいいの?」

「王子がこっちに行って協力しろとおっしゃられてな」

ありがたい! 今の事態で、ベルハルト兄さんの力はすごく頼りになる。

他でもない、【事件察知】のことだ。

イルフリード王子もそのことがわかっていて、こっちに送ってくれたのだろう。

「王子や国王陛下にはメルヴィが説明してくれてるよ。アルフレッド父さんは 王室騎士団(ロイヤルガード) を指揮して王城を固めると言っていた。こっちには来られないんじゃねぇかな」

メルヴィはあっちこっちを飛び回ってくれているらしい。

ベルハルト兄さんがいるなら聞きたいことはひとつだ。

「兄さん! 【事件察知】の反応は!?」

「今のところは数カ所だ。出る前に伝えておいたから、それぞれに騎士が向かってる」

「マズいな……早く行かないと、エンブリオモンスターになった市民が殺されるか、騎士に被害が出るかだ」

「そんなにヤバいのか、そのエンブリオモンスターってのは」

「まだわからないけど、油断はできない。パピーは?」

「もちろん連れてきた。そこに向かえばいいのか?」

「うん。アスラを連れて行ってくれ」

「パピーじゃ、2人乗りはできないぞ」

「アスラは飛べるから大丈夫」

「わかった。他に聞くことがないならすぐに出る。アスラ、行くぞ」

「今はナイトよ、お兄さん」

ベルハルト兄さんとアスラ(ナイト)が礼拝堂を出て行った。

「残りのメンバー……ジュリア母さんとチェスター兄さんとエレミアとステフは、各所でエンブリオモンスターを足止めしてほしい」

4人が揃って俺を見る。

「多少の怪我はしかたがない。とにかく動きを止めさせて、アスラとベルハルト兄さんが到着するまで時間を稼いでくれ!」

「わかったぁ」

「わかった」

「うん、わかった」

「わかりました」

4人がそれぞれの返事とともに駆け出していく。

「……これで大丈夫か?」

「いや、やるべきことはもうひとつあるよ、エド」

そう言ったのはデヴィッド兄さんだ。

「もうひとつ? 何か漏れがあった?」

「エンブリオバグの対策はどうするんだい? 放っておいたら際限なく増えていくんだろう?」

「……そうだった」

いくら感染者からエンブリオを取り除き、エンブリオモンスターを拘束したとしても、大元となるエンブリオバグが野放しのままでは意味がない。

「でも、どうすれば……」

相手が実体のないものだけに対策の立てようがない。

「――それについては、我らが力になろう」

いきなり聞こえてきた声に、俺とデヴィッド兄さんがぎくりとする。

振り返ってみると、そこには地下に棲みついていた2体の死霊が現れていた。

どうやらナイトが置いていったらしい。

「〈バロン〉、〈クイーン〉!」

〈バロン〉が口ひげを指で伸ばしながら言う。

「そのエンブリオバグとやらの掃除は我らに任せてもらおう」

「どうにかできるのか?」

答えたのは〈クイーン〉の方だった。

「うむ。そのエンブリオバグという存在は、死霊とよく似ておる。この世に実体を持たない存在という意味ではの」

「我々は長い間至高のアンデッドを作るべく研究を重ねてきたが、その終着点はやはりステータスなのだよ。その点では、転生者キザキトオルとやらは非凡な着眼点の持ち主であった」

「妾らが王都中のエンブリオバグを吸い尽くしてやろう。死霊はまれに他の死霊を呑み込んで集合霊となることがある。その現象を意図的に引き起こせばよいのじゃ」

〈クイーン〉の言ったことを考えてみる。

本人が言うのだからできるのだろう。

でも、

「そんなことをして、あんたらは大丈夫なのか?」

「大丈夫かと言われれば、大丈夫ではないの。我らも実体を持たぬ存在ゆえ、バグからの影響を受けるであろう」

「じゃあ……」

「いや、いいのじゃ。妾も〈バロン〉も、自らの術をおぬしらに授け、戦いの決着もついて、もはやアスラの中で意識が拡散していくのを待つのみとなっておった。最期くらい、生者の役に立つのも悪くはなかろう。なに、心配するな。エンブリオバグに呑み込まれる前に、妾らの存在ごとバグどもを消し去ってみせよう」

「いいのかよ、それで」

俺の言葉に〈バロン〉が答える。

「よいのだ、我が弟子よ。もともと生き永らえていること自体が間違いなのだ。おぬしらが現れなければ、我と〈クイーン〉は永劫の時の果てに悪神モヌゴェヌェスに取り込まれていたであろう。我が魔道をおぬしらに伝えることができたのは望外の幸運だった。悪神に取り込まれず、アスラという居場所を得ることもできた。ここまでの恩を受けたのだ。貴族として何も返さないわけにはいかん。 此度(こたび) のことはちょうどよい機会であった」

〈バロン〉はどこか晴れ晴れとした表情で言う。

「……そうか。わかった。これ以上はかえって失礼なんだろうな」

「よくわかっているではないか。我ら最期の見せ場を取り上げるような残酷なことはしてくれるな」

礼拝堂につかの間、しんみりした空気が流れた。

「ほれ、何をぼさっとしておる。妾らの覚悟を無にするでない」

〈クイーン〉が言う。

「そうだな、済まない」

俺は短く謝ってから、みんなへと向き直る。

ここに残っているのは俺、デヴィッド兄さん、〈バロン〉、〈クイーン〉だけになっている。

ソロー司祭はこちらに背を向けているが、司祭と話している他の聖職者が〈バロン〉と〈クイーン〉に気づいて口をパクパクしていた。

このメンツが本部スタッフだ。

本部スタッフは、巡査騎士や竜騎士によって運び込まれてくる手筈のエンブリオ感染者を捌いていく。

エンブリオモンスターの出現が本格化したら、怪我人も運び込まれてくる。その対処も神殿の役割だ。

街中に散ったみんなの情報ハブとしての役目もある。

メルヴィにはベルハルト兄さん・アスラ組に合流してもらって【念話】での連絡係になってもらう。

今はまだ王城にいるらしいから、イルフリード王子に新市街の感染者の移送を竜騎士団にお願いしたいと伝えてもらった。金門橋は既に下りている時間なので、新市街の感染者を旧市街にある輪廻神殿まで運ぶには、竜騎士の力が必要なのだ。王子は二つ返事で了承してくれたらしい。

本当にもう抜けはないか?

デヴィッド兄さんを見ると、兄さんは小さく頷いてくれた。

「――よし、やるぞ! 死んだ人間の思い通りにさせてたまるか!」