軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

104 未踏の地下空洞へ

切り裂き魔(リッパー) による第六の事件が発覚する前日――

ひさしぶりにキュレベル邸(元はなんとかいう侯爵の屋敷だったらしい)に戻ってきたメルヴィに、剥落結界解除作業の進み具合を聞いた。

「怖いくらいに順調よ。剥落結界は残り3分の1を切ったわ」

メルヴィは興奮と緊張が混じりあったような妙なテンションでそう言った。

千年以上をかけて求めてきた悲願がいよいよ達成されるというのだ。その心中を思い量ることは俺なんかにはとてもできそうにない。

ただ、

「気持ちはわかるけど、思い詰めすぎないようにね」

「そう……ね」

だいたいこんな時ほどつまらない失敗をしてしまうものだ。

難しいと思うが、メルヴィには気分転換が必要だと思う。

「そうだ。今日はひさしぶりにイッキのみんなと会うんだよ。メルヴィも来ない?」

「イッキってなんだっけ」

「ほら、元少年班じゃ微妙だから名前をつけようって言って『イッキ』になったじゃないか」

「あ、ああ! ミゲルたちのことね! 何のことかと思ったわ」

正直俺も馴染みにくい名前だと思ってはいるのだが、みんなで名づけてしまったから今さら変更するわけにもいかない。少年班って言葉は〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉を思い出させるからあまり使いたくないし。

というわけで、今日はメルヴィとエレミア、アスラを連れて、冒険者ギルド・モノカンヌス本部へと向かうことにした。

ちなみに、ステフは今日はお休みだ。キュレベル邸はこの世界ではありえないほどのホワイト企業で、末端の使用人に至るまでちゃんと週1、2回の休暇が保証されている。父さんと前世の企業でのあれこれを話し合っていた時に休暇の話になって、それはいい仕組みだと言って父さんが屋敷内で取り入れてくれたのだ。キュレベル邸の使用人は優秀なので休暇を与えても仕事には支障が出ていないどころか、適度に休みがあることで仕事の能率がむしろ向上したという。

ステフは俺が冒険に出ると聞いて、「お伴しましょうか?」と聞いてくれたが、部下に休日出勤を強いる上司にはなりたくなかったので好きに過ごすように言っておいた。

「坊ちゃまはお優しいですけど、もう少し頼りにしてくださってもいいんですよ?」

わざわざしゃがみこんでから上目遣いでそう言ってくるステフに、

「頼りにはしてるよ。でも、今日はイッキのみんなと一緒だからさ。ステフがいたら他の連中の出番がなくなっちゃうよ」

と、身も蓋もない説明をして、俺たちはキュレベル邸を後にした。

旧市街にあるキュレベル邸から新市街にある冒険者ギルド本部へは金門橋を渡る必要があるが、ギルド本部は金門橋の新市街側出口のすぐそばにある。キュレベル邸も旧市街のメインストリートに面した場所にあるので、旧市街メインストリート~金門橋~新市街メインストリートと進んで30分もかからずギルドに到着した。

冒険者ギルドに入ると、すぐに懐かしい顔が見つかった。

「ミゲル! ベック! ひさしぶりだな!」

そこには、5年が経ってすっかり少年の顔へと変わったミゲルとベックがいた。

ミゲルは今年14歳で、ベックは13歳。ミゲルは相変わらずの赤毛を前世で言うところのウルフヘアみたいに伸ばして似非ビジュアル系みたいな髪型になっていた。ベックは以前は短くしていた金髪を、真ん中でぴっちりと櫛分けし、髪の先を揃えて切ってパッツンにしている。

背は、2人とも見上げるほどに大きくなっていた。前世の単位で言えば、ミゲルが160ンチくらい、ベックに至っては170センチを超えているのではないだろうか。

ミゲルは以前と同じような手甲を武器にしているようだが、ベックの方は以前俺があげたジュラルミン製の大盾をまだ愛用してくれているようだった。それ以外にもベックは大振りなメイスを背中にかけている。

「わたしもいるよ」

その声に振り返ると、

「ドンナまで!」

ドンナは今年で16歳になるはずだ。黒いぺたんとしたイヌミミとふさふさ尻尾、独特の編み方のセミロングは相変わらずだったが、背が少し高くなり(155センチくらい?)、何より――胸が大きくなっていた。

いいか? もう一度言うぞ……胸が大きくなっていた!

俺がドンナの胸から目を離せないでいると、それに気づいたドンナが腕で胸を隠した。

そして、足の甲に走る激痛。

「ってぇぇぇっ!」

「ドンナちゃんの胸ばっか見てるからだよ!」

俺の足の甲を思い切り踏み抜いたエレミアがぷんぷんとかわいらしく怒りながらそう言った。

……いや、怒り方はかわいいが、今のかなり本気の一撃だったぞ。HP減ってるんじゃないか?

エレミアとドンナが女の子同士で喜び合うのをほっこり見守っていると、

「相変わらずだな、オロ……じゃなかった、エドガー」

そう言ってきたのは、3人の背後にいたネビルだった。

〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉で反旗を翻した時に、御使いたちをまとめてくれた陰の功労者だ。

「近くの街で、たまたま見つけてな」

ネビルは大城壁の建設が終わった後、何人かの仲間とともに〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉残党の説得や捕縛を行っている。いまだに〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉の教義を信じて活動を継続しようとしている御使いが存在するのだ。また、中には教義とは関係なしに暗殺者に身を落としてしまった者たちもいる。この場合、もはや教義を信じてはいないので、元御使いとしてではなくただの暗殺者として対応することになる。陰惨な仕事だが、せめてもの贖罪にと言って、ネビル以下数名の元御使いが率先してその任にあたっていた。

その途中で、ミゲルたち3人を見かけて、一緒になって王都に戻ってきたということらしい。

「お祖父ちゃんもいるけど、長旅で疲れたから宿で休むって」

ドンナが教えてくれたのは、ガナシュ爺――俺の 塒(ねぐら) における【薬研】の師匠のことだ。〈錬金術師〉というクラスを取得したことを教えたら、めちゃくちゃ驚くだろうな。

「……あ、エドガー君がまた悪いこと考えてる」

エレミアがジト目でつっこんでくる。

俺はその視線から逃れるように宙を見、ミゲルに聞いた。

「あれ? モリアさんは?」

「ああ、母ちゃんなら2階だぞ。他にもハフマンさんやチェスターの兄貴もいるぜ」

「えっ、チェスター兄さんもいるの?」

「いやぁ、あの人、大活躍だったんだぜ? ほら、エドガーの開発した例のアレでさ」

少し声を潜めて、ミゲルが言う。

例のアレ――俺が開発した銃器類のことだ。目がよく弓の得意なチェスター兄さんには開発した銃器のテストも行ってもらっている。

いろいろ使ってもらったが、結局本人が気に入ったのは、ボルトアクション式のシンプルな狙撃銃だった。

俺はメルヴィの【催眠術】で記憶の奥底から前世の知識を引っ張りだしてもらって、前世で見たことのある(もちろん映画やマンガの中で)銃火器を再現しようとしている。その中でも、日本の警察の特殊部隊が狙撃銃として運用していた豊和M1500という銃を、俺の作れる弾薬や手に入る素材の性質に合わせて改造し、「ホウワ改」として完成させた。兄さんに今渡してあるのはこの銃だ。

もちろん、くれぐれも人目につかない場所で使ってくれるよう念を押してある。

そんな話をしていると、2階からモリアさんたちが降りてきた。

「おお、エド坊! おっきくなったな!」

モリアさんがさっそく俺を抱きしめてくれた。

もう30代半ばをすぎたはずだが、以前と変わらぬビキニアーマーだった。歳を取って容貌が衰えたなんてことは全くなく、むしろ女盛りを迎えているような印象だ。

「か、母ちゃん! 恥ずかしいからやめてくれよ!」

ミゲルがそう言ってモリアさんを引き剥がす。

ミゲルも思春期だからな。若くて綺麗な母親がビキニアーマーでは何かと辛かろう。

わかるぞ、というつもりでぐっと親指を立ててやると、ものすごく嫌そうな顔をされた。

「……エド、ひさしぶりだね」

そう静かに話しかけてきたのはチェスター兄さんだ。

兄さんの背中には、これも俺が制作したホウワ改用の収納ケースがある。黒くて長細くていかにもスナイパーという感じがしていい。この世界でも長い槍などを分解して持ち運ぶ者はいるから悪目立ちすることもなかった。

「ホウワ改の調子はどう?」

「うん、これはすごい銃だ。エドは有効射程は800メテルくらいだと言っていたけど、森の声を聞いて、【風精魔法】で銃弾をコートしてやれば、ざっと1300メテル先まで狙うことができる」

「うえええ? そんなに!? いや、さすがにそれができるのはチェスター兄さんだけだと思うけど」

チェスター兄さんは、エルフとして森に親しんできた経験から、「森の声」が聞こえるのだという。これは【精霊魔法】で聞こえる精霊の声とは別物らしいのだが、該当するスキルがなく、いくらやり方を聞いても真似することはできなかった。

【風精魔法】で銃弾をコートして風の影響を排除するという技術自体は、べつに俺が編み出したものではなく、風魔法使いには古くから知られていたものらしい。エルフなどは矢に【風魔法】をからめることでとてつもない精度での狙撃を行ってくるという。もちろん、この場合の「狙撃」というのは銃ではなく弓なのだが、その射程は4~500メテルにも及ぶと言われていた。

チェスター兄さんはその両方の技術を使って、ホウワ改での狙撃を行い、最大射程1300メテルを叩き出したことになる。俺自身がホウワ改を使って狙撃した時には、〈シューター〉としての補正がかかってなお、最大射程にギリギリ届くレベルの狙撃にしかならなかった。というか、その射程をもってホウワ改の最大射程としたのだ。

「そいつがいると、狩りが楽すぎて腕がなまりそうだよ」

と、ミゲルをいなしたモリアさんが言ってくる。

「そういえばモリアさん、元御使いの冒険者の面倒を見てくれてるって聞きました。俺から言う筋合いかどうかはわかりませんが、ありがとうございます」

俺はそう言ってモリアさんに頭を下げる。

「ははっ。なんだって、奴らに誘拐されたエド坊が、あいつらのために感謝するのさ。まったくおかしな奴だよ」

〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉の元御使いに課された刑罰は、大城壁建設への奉仕とその期間中の執行猶予だった。モノカンヌス新市街の外縁を覆う大城壁は、去年の秋に完成している。それによって放免となった元御使いたちだが、彼らは進むべき道を見つけることができず、戸惑っていた。

モリアさんはその中から、冒険者になる気のあった者たちを集めて、冒険者としてのイロハを教えてくれたのだ。

「……最初は憎らしかったさ。あたしからミゲルを奪った連中の仲間なんだからね。

でも、話を聞く内に、彼らも犠牲者だってことがわかったのさ。あたしにできるのは、あいつらに冒険者としてのノウハウを仕込んで、自活できるようにしてやることだ。さいわい、腕の方は冒険者としても十分やっていけるだけのものがあったから、自立は早かったね」

既に何組かの元御使いの冒険者パーティが結成され、活動しているのだという。

彼らは仕事を着実にこなすし、金品を誤魔化したりもしないので、徐々にギルドや依頼人たちの信頼を受けるようになっているという。

また、元御使いの一部は、父さん麾下のキュレベル侯爵騎士団にも登用している。王も忠誠心の高い密偵がほしいらしく、これはという人材については積極的にリクルートしているという。

もちろん、暗殺者としての教育を受けた者を野放しにしたくないという事情もあるらしいが、あながちそれだけでもないと聞いている。〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉の元御使いは、暗殺者として十分な技能を持っている上に、世間ずれしておらず上からの命令に従順だと王が言っていた。普通、有能なスパイほど相手方と通じたり機密情報を使って雇い主に脅しをかけてきたりと、有能であればあるほど扱いにくくなっていくらしい。その点元御使いは任務に忠実で私欲が少ないと言うのだ。王は褒めているつもりのようだったが、俺からすると微妙な評価のようにも思える。要するに、権威に従順で飼い慣らしやすい優秀な猟犬だと言われているようなものだからだ。権力側から見て、これほどに便利な手駒もないだろう。

現王ヴィストガルド1世は情に厚いことで有名ではあるが、もちろん統治者としての現実的で打算的な判断もできる人物だ。元御使いが使い潰されるようなことがないように、俺もそれとなく気をつけておく必要があるだろう。

「モリアさん、ここだけの話なんですが……彼らはどうですか?」

「どう……とは?」

「これはあくまでも噂のひとつなんですが……〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉の残党が王国への報復のために 切り裂き魔(リッパー) 事件を起こしているのではないかという話がありまして……」

イーレンス王子が示唆していた可能性について、モリアさんに聞いてみる。

モリアさんは一瞬あっけに取られた様子を見せてから考えこみ、やがて首を振った。

「エドガー、あんたも本気で信じてるわけじゃないんだろ?」

「ええ、まあ」

「ひとつ指摘できる点があるね。本当に 切り裂き魔(リッパー) 事件が〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉の残党の仕業だったとしたら、残党は犯行声明を出してるんじゃないか?」

たしかにその通りだ。これが〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉を壊滅させたサンタマナ王国への報復行動なのだとしたら、残党は犯行声明を出すだろう。そうでなければ報復であることがわからなくなってしまう。

王のお膝元であるモノカンヌスで猟奇連続殺人が起き、王城はいつまで経っても犯人を捕まえられないとなれば、サンタマナ王国の面子は丸潰れだ。

その時、残党が事前に犯行声明を出しているかどうかで対外的な受け止められ方は大きく変わる。犯行声明が出ていたにもかかわらず対処ができなかったのであれば、それは〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉残党がサンタマナ王国に一矢を報いたことになるのだ。

残党が〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉の再建を夢見ているのだとしたら、格好の組織宣伝のチャンスを逃していることになる。情報収集や情報工作についても仕込まれているはずの元御使いの行動としては不自然だ。

「残党については、あたしにも完全にはわからないけどね。〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉の元御使いたちは、それはもう献身的に仕事に励んでいるんだよ。それだけじゃない。 切り裂き魔(リッパー) 事件を受けて、自警団のような活動をしている者までいる。夜間の活動は自分たちの得意分野だから、 切り裂き魔(リッパー) 逮捕に協力したいと言ってね」

「……それは知りませんでした」

「あいつらは、あたしに言わせりゃちょっと真面目すぎる。もう少しいい加減なくらいがちょうどいいと思うんだが、あいつらは白と黒の間でバランスを取るのが苦手なのさ。灰色のものを見ると、どうしても白か黒かに片付けないと気が済まないんだろうね。だけど、そういう連中が悔い改めたんだから、今更『黒』とわかってる側に転ぶことはないと思うよ」

「……いまだ逃亡中の残党もいますけど、そっちはどうです?」

「それは、あたしよりもネビルに聞きな」

モリアさんが言うと、話を聞いていたネビルが口を開いた。

「残党と言っても、徒党を組んでるわけじゃねぇんだ。〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉は必要のない人的な接触を避ける組織だったから、『上』が吹っ飛んじまった今、『下』はバラバラになっちまってるのさ。

そのうちの誰かが王都に来て 切り裂き魔(リッパー) をやってるってのは、俺にはどうも納得がいかねぇよ。連中は〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉で教育を受けてるから、俺たちにはよくも悪くも行動が読みやすい。どうやって情報を集めるか、どういった場所に拠点を築くか、どのようにして作戦行動に必要な物資を手に入れるか……そうした手の内がわかるから、待ち伏せたり罠にかけたりすることもできる。

俺を始め、有力な御使いのほとんどはあの時 塒(ねぐら) 内にいた。俺たちの目を盗んで 切り裂き魔(リッパー) ができそうな元御使いなんて、それこそエレミアか死んだガズローくらいじゃないか? あるいは……そう、『オロチ』なんてのもいたけどな」

ネビルがからかうように言ってくる。

あらゆる状況証拠が俺が 切り裂き魔(リッパー) であることを示唆しているような気もするが、俺は断じて 切り裂き魔(リッパー) ではない。ないったらない。

「それはともかく、エドガー、あんたに頼みたいことがある」

とモリアさんが意外なことを言ってきた。

「頼みたいこと……ですか?」

「ああ、あたしもさっき ギルドマスター(ギルマス) から聞かされたばかりなんだが、奈落の探索を行いたいたしいんだ」

「奈落? ああ、死霊が棲むという地下の大空洞のことですか」

死霊が湧き、奥まで入ったものは戻ってこないという噂から、モノカンヌス湖の地下大空洞は「奈落」とも呼ばれていた。

そこにいるという死霊が地上に現れて 切り裂き魔(リッパー) となったのではないかという説もあったから、 切り裂き魔(リッパー) 事件とも無関係ではない。

「先月、旧市街側で陥没事故があってな。その穴が、地下大空洞につながってるらしいから、調査してほしいという依頼が王城から出ているらしいんだ」

地下大空洞か。もしそこが行き来できるのであれば、 切り裂き魔(リッパー) がそこを利用している可能性がある。もっとも、その場合でも 切り裂き魔(リッパー) は地下大空洞に巣食うというアンデッドを切り抜けるだけの実力の持ち主だということになってしまうが。

イーレンス王子の説によれば、 切り裂き魔(リッパー) は死霊術師で、奈落を自由に行き来できるのではないか、ということだったな。王子も本気で言っているふうではなかったが……。

「それから……こいつは関連があるのかどうか怪しいが、最近王都でハエが増えてるようでね」

「ハエ……ですか」

「ああ。これも、地下空洞で繁殖したものが溢れ出して来てるんじゃないかという懸念があるらしいんだわ。実際、今の季節にハエってのはおかしいだろう?」

ハエは変温動物だから、気温の低い今の時期はあまり活発には動けないはずだ。

しかし地下なら、この季節は地上よりも気温が高く、湖の真下ということもあって湿度も高い。その上アンデッドまでいるとなれば、ハエの繁殖は容易だろう。

「……えっ、てことはハエの巣に突っ込むっていうんですか?」

俺が思いっきり嫌な顔をして言うと、

「それはどうだろうね。不思議なことに、大穴のそばではあまりハエの発生報告がないんだ。だから、ハエと大穴には関係がないのではないかという専門家もいる。だいたい、もしそうなら今年だけハエが地上に出てくる理由もないしな」

「それはそうですね」

「とはいえ、アンデッドやら死霊やらがいるという噂がある大穴を放置はできない。問答無用で埋め立てようって意見もあったんだが、かえって連中を刺激することになってはことだ。そういうわけで、ギルドでは大穴の奥を偵察してくれる冒険者を大募集中というわけなのさ」

「へぇ。それで、モリアさんは引き受けたんですか?」

「いや、断ったんだ。理由は単純、大穴の内部は入り組んでいて、狭い箇所も多いらしい。チェスターくらいならともかく、あたしやハフマンなんかは身体が大きい上に得物もでかい。チェスターだって、弓や銃を使う以上、見通しの効かない大穴には向いてないだろう」

たしかにそれはそうかもしれない。モリアさんは双剣使いで、ハフマンさんは盾か大斧を使う。チェスター兄さんは弓か銃。狭い空間で戦うのは厳しそうだ。

「だから、身体がちっこくて、多種多様なスキルが使えるエド坊に頼みたいのさ。あんたは魔法も使えるから、通路が狭ければむりやり広げることだってできるだろう?」

カラスの塒でそうしたように「ダクト」のようなものを掘ることはできるな。

それに、 切り裂き魔(リッパー) が鋭利なナイフか強力な【風魔法】を使って死体を切断しているのだとしたら、やはり実力のある冒険者である可能性が高い。また、「X」の書かれていた高さからすると 切り裂き魔(リッパー) は小柄であると思われる。

要するに、 切り裂き魔(リッパー) が俺と似たような要件(=小柄でかつ戦闘力が高い)を満たす人物だったかもしれないってことだ。

だとすれば、二重殺人の時に 切り裂き魔(リッパー) が奈落を経由して新旧両市街を往復していたという可能性が出てくる。もしそうなら「不可能犯罪」の謎が解消されることになるのだ。

「……わかりました、やってみましょう」