軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

102 ミリアとアスラ

今週も訪問診察のボランティアをする曜日になったので、俺は輪廻神殿モノカンヌス旧市街支部を訪れた。

しかし、今回は俺ひとりじゃない。なぜかついてくると言い出したエレミアと、そのエレミアから離れたがらないアスラも一緒についてきてしまった。

「どうしてついてくるんだよ。エレミアには神術の適性がないだろ?」

俺がエレミアにそう聞くと、

「だって……輪廻神殿に行く時のエドガー君ってなんか楽しそうなんだもん」

そんな意外な返事が返ってきた。

「楽しそう?」

「うん。誰かに会えるのが楽しみだなっていう顔をしてるよ」

……たしかに、俺はミリア先輩に会えることを楽しみにしてるのかもしれない。

清楚なお嬢様でありながら、休みの日には訪問診察のボランティアに勤しむ心優しい少女で、芯の強いところもある。

まさかとは思うが、俺はひょっとしてミリア先輩のことが……?

肉体年齢8、9歳というのは、初恋には早いようでもあり、適切な時期のようでもある。

考えこんでしまった俺を見て、エレミアが頬を膨らませた。

「だからっ、エドガー君に変な人が近づいてないか見張らなくちゃいけないの! お義父さんからもそれとなく変な人物が近づいてきていないか注意してくれって頼まれてるし!」

「……いや、それを俺に言っちゃダメだろ」

なんかこの会話、デジャビュを感じるな。

そうそう、カラスの塒でエレミアと似たような会話をしたことがあった。「牧師さま」に俺の監視を依頼されたことを、エレミアは俺にバラしてしまったのだ。

エレミアは暗殺者にすごく向いているようでいて、こういうところに隙が多いというか、ちょっと天然が入ってるような気がする。

「あっ! 何笑ってるの!? 今ボクのこと笑ったよね!?」

……それでいて、どういうわけか俺の顔色を読むことにかけては並ぶ者がない。

ジュリア母さんや妖精であるメルヴィよりもその点では敏感だ。

俺とエレミアがそうしてじゃれあっていると、

「……おねーちゃん、とらないで」

アスラが俺の服の裾をぎゅっと引っ張りながら言った。

アスラは本当によくエレミアになついている。どうも、アスラは音楽に弱いらしく、エレミアが笛を吹いたり子守唄を歌ったりするとすぐにぐったりとなって眠ってしまう。

「取ってないよ。ほら、エレミアと一緒に遊んでな。俺は用事を片付けるから」

俺がそう言いながら輪廻神殿の扉を開けようとすると、

「――エドガー君?」

背後から声をかけられ、振り返る。

そこには、ダークブラウンの髪を腰の辺りまで伸ばした楚々とした雰囲気の美少女がいた。言うまでもなく、ミリア先輩だ。

……さっきエレミアが余計なことを言ってきたせいで、なんとなく先輩の顔を直視できないな。

「どうしました? お腹でも痛いのですか?」

「い、いえ、何でもないです」

俺が慌ててそう言う横で、エレミアがますます膨れていく。

「やっぱり! この人が目当てだったんでしょ!」

「ち、違うって! 俺は【治癒魔法】のスキルレベルを上げるために訪問診察を手伝ってるんであって……い、いや、仮に俺がミリア先輩を目当てにここに来てたとして、どうしてエレミアに怒られなくちゃいけないんだよ!」

「やっぱりそうなんだ! どうしてボクのことは妹扱いなのに、この人には敬語なのさ!」

さらにヒートアップするエレミア。

そこにアスラが爆弾を落とした。

「……わたしはおねーちゃんがすき。おねーちゃんはおにーちゃんがすき。おにーちゃんはそのひとがすき?」

「な、ななな……っ」

エレミアが顔を真っ赤にして言葉をつまらせる。

エレミアも今年で12歳。お年ごろではあるんだよな。もっとも、俺は見た目が幼いからエレミアの恋愛対象にはならないだろう。

……と、鈍感系主人公のようなとぼけ方をしてしまったが、本当はわかっている。エレミアは俺に依存心を抱いているし、思春期に入った今、それは恋心へと変わりつつあるのだと。

しかしそれがエレミアにとっていいこととはとても思えない。エレミア自身もそのことはわかっていて、俺への依存心を克服してからでなければそういうことは考えないと決めているように見える。

……本当は、エレミアを養女にする時に、養女ではなく俺の婚約者にしてしまえばいいのではという意見もあったのだ。これについては結局、俺もエレミアもその時期じゃないと思って判断を保留し、今の形に落ち着いている。

それなのに肝心の俺がミリア先輩に恋心を抱いているのだとしたら、エレミアとしては心中穏やかではないはずだ。

しかし渦中の人物であるミリア先輩は、穏やかな笑みを浮かべながら、

「ふふっ。大丈夫ですよ、エドガー君は私にとっては弟みたいなものですから」

そんなことを言ってくれる。

……うん、微妙に傷ついた。

しかし、その言葉に劇的な反応を示したのはまたしてもエレミアだった。

「お、弟……っ!? エドガー君はボクの弟なのに!」

「あら、そうなのですか。それは失礼しました」

あくまでも穏やかに接するミリア先輩だが、頭に血の上ったエレミアには通じない。

そこに、

「――あなたたち? そろそろ訪問診察の時間よ?」

神殿の助祭さんが割って入ってきた。

美人で評判の助祭さんは、面白そうに俺とミリア先輩とエレミアを見比べる。

俺たちはその視線から逃れるようにして、訪問診察の準備に取り掛かった。

そんなわけで、訪問診察にはなぜかエレミアとアスラまでついてくることになってしまった。

傍から見ると、ミリアお姉さんに率いられた小学生の集団登校みたいな雰囲気だろう。この世界には小学校なんてないけどな。なお、集団登校も、地域や世代や学校によってあったりなかったりするらしく、下手に若い人に話を振るとオッサン扱いされることがあるので要注意だ。俺の地域ではまだやってたんだよ!

あっちへふらふらこっちへふらふら落ち着かないアスラと、それに振り回されるエレミアを微笑ましく眺めながら歩いていると、ミリア先輩が真剣な顔になって話しかけてきた。

「エドガー君。あの子は…… 何(・) ?」

あの子、というのはエレミアではなくアスラの方だ。

ミリア先輩はアスラの羽を隠しているマント(苦心惨憺の末に外から見て違和感がないように改良されている)をじっと見つめながらそう言った。

不審がられるのはわからなくもないが……「何」と来たか。

険しくなった俺の表情を見て、ミリア先輩は慌てたように言い直す。

「う、ううん、そうじゃないんです。あの子はどういう子なのかなって」

「どういう……と言いますと?」

俺が慎重に聞き返すと、ミリア先輩は少しためらってから言う。

「……エドガー君だから言っちゃいますけど、私、特殊なスキルを持ってるんです。【身体透視】と言って、人の身体の内部を透視することができます。といっても、骨以外は陰みたいにぼんやりわかるだけなんですけど」

えっ。ミリア先輩にそんなスキルが?

【真理の魔眼】を使わせてもらおう。

ミリアリア・サーガスティン(サーガスティン侯爵家次女・ギャリガン勅許初等学校一年生・《訪問診察の天使》)

年齢 14歳

レベル 3

HP 12/12

MP 34/34

スキル

・伝説級

【身体透視】-(身体を透視することができる。)

・達人級

【治癒魔法】4

・汎用

【手当て】9(MAX)

【水魔法】2

【光魔法】2

《医神の注目》(医術の神ザルエラの注目を受けている。神術系スキルの習得・成長に微補正。神術によるMP消費が2割軽減される。)

ミリア先輩の言い分からすると、前世のレントゲンみたいな性能のようだ。

これまで先輩はどうしてそんなに正確に患部の位置がわかるのかと思っていたが、このスキルのせいだったらしい。

それから、どうでもいいところだけど、先輩にはお姉さんがいるんだな。

「……どうやってそんなスキルを覚えたんですか?」

「……あることにショックを受けた時に、気づいたら使えるようになってました」

ミリア先輩が言葉少なに言う。その「あること」が何かってことについては聞かない方がいいんだろうな。

「それで、あの子は一体? あ、聞かない方がいいことならいいですけど」

そうだった。

俺はアスラとエレミアを呼び寄せ、事情を説明する。

アスラに後ろを向いてもらい、ミリア先輩に見えるように背中のマントをまくった。

「これは……!」

ミリア先輩には骨格が透視できていたはずだが、自分の目で見るのはまた別なのだろう。

「触ってもいいですか?」

と、ミリア先輩はアスラに断ってから羽に手を伸ばす。

今のアスラの羽は、色を白くして大きさを最小限に縮めたものだ。アスラは自分の羽を自分の意思で変化させることができる。

ミリア先輩はアスラの羽を優しく撫でていく。

アスラも少し気持ちよさそうだ。

しかし、

「――ぁうっ!」

ミリア先輩がアスラの羽の付け根に触ったところで、アスラが急に悲鳴を上げた。

「ちょっと! アスラちゃんに何したの!?」

エレミアがミリア先輩の腕を掴んでそう凄む。

ひょっとしたらガゼインを超えつつあるかもしれない暗殺技能者の凄みを受けて、ミリア先輩がびくりと身体を震わせた。

しかしミリア先輩は膝を震わせながらもエレミアに向き直って言う。

「――この子、怪我してるじゃないですか!」

「えっ……?」

「保護者を気取るなら、ちゃんと気をつけてあげてください! 診せて!」

ミリア先輩がエレミアを押しのけてアスラの背中に再び手を伸ばす。

「痛かったら言ってね?」

アスラに確認しながらミリア先輩が触診をする。

羽の付け根に触るとアスラが「いたいーっ」と言った。

「ど、どうなの……?」

さっきまでの剣幕はどこへやら、心配そうな顔でエレミアが聞いた。

「羽の付け根の骨に、ヒビが入ってます。それから、その周りの筋肉が引き攣ってます。羽を動かすたびに痛いんじゃないでしょうか」

「えぇ~っ!? アスラちゃん、本当!?」

掴みかからんばかりのエレミアに、アスラが気圧されたように頷いた。

「ど、どうしてボクに言わなかったの!?」

「……だって、いたいっていったら、とぶなっていわれるとおもって」

しゅんとなってアスラが言う。

アスラは夜な夜な空を飛びたがる。その欲求はどうも本能に近いもののようだったので、俺とエレミアは3日に1回くらいの頻度で新市街の外れに宿を取り、そこから王都の外の荒野に出て(王都をぐるりと囲むように大城壁ができたが、俺たちなら簡単に乗り越えられる)、アスラを好きに飛ばせてあげるようにしていた。

「飛ぶと、付け根と肩甲骨にすごく負荷がかかるみたいです」

ミリア先輩が目を細めて羽を観察しながらそう言った。たぶん、【身体透視】を使ってるんだろう。

「とびたいーっ」

アスラが手をバタバタと振り回しながら言う。

「飛んでもいいけど、飛んだら必ずエドガー君か私に羽を見せること。いい?」

ミリア先輩がアスラに言うと、アスラはエレミアを見上げた。

「アスラちゃん、無理をしたら飛べなくなっちゃうかもしれないよ?」

「それは……イヤ」

「じゃあ、飛んでもいいけど、飛んだらエドガー君かミリアさんに診てもらうんだよ?」

「うぅ~わかった……」

アスラが納得したところで、ミリア先輩と俺でアスラの羽に【治癒魔法】をかけた。

さいわい、軽微な骨折だったから、数分もかからずに治すことができた。俺だけだと骨折がちゃんと治ったかどうかわからないのだが、患部を透視できるミリア先輩がいれば話は別だ。

「はい、これで飛んでも大丈夫ですよ」

「うわぁ……いたくない!」

アスラが羽を小刻みに震わせながら、目を輝かせて言った。

どうやら、これまで相当に我慢してたらしいな。

俺も 切り裂き魔(リッパー) 事件にばかり頭が行って、アスラのことを気にかけてやれなかった。

いちばん一緒にいる時間の多いエレミアもしょぼんとした様子で顔を俯けている。

ミリア先輩が、アスラの前にしゃがみこんで言った。

「アスラさん、エドガー君とエレミアさんを見てください。2人とも悲しそうでしょう? どうしてだかわかりますか?」

「うぅ~? いたくなくなったのに、どうして?」

「2人は、これまでアスラさんが痛いのを我慢してたのに気づけなかったのを悲しんでるんです」

「がまんしてたから……かなしい?」

首を傾げるアスラに、ミリア先輩が言う。

「そうです。アスラさんが辛い時は、2人も辛いんです。辛かったら、辛いと言わないと。アスラさんががまんしないで言っていたら、もっと早く治してもらえたんですよ?」

「あぅ……」

アスラがしょげた様子で羽を縮ませる。

ミリア先輩は今度は俺へと視線を転じて言う。

「エドガー君も。訪問診察のボランティアで、何を勉強してたんですか? 身近な人の不調にも気づかないようで、患者さんの不調に気づけると思ってるんですか?」

「う……」

ミリア先輩は治療のこととなると人が変わったようになる。

ミリア先輩の言葉は容赦なかったが……事実だな。いくら【治癒魔法】のスキルレベルが高かったって、怪我に気づけなかったら意味がない。俺はステータスの数字ばかりを追って、目の前にいる人たちに関心を向けることを怠っていたのかもしれない。

「エレミアさんは……反省してるみたいだからいいです。さぁ、訪問診察に行きましょう?」

ミリア先輩がやわらかく微笑んで言った。

「アスラさんの身体、すごく不自然だったんです」

訪問診察の帰り道、俺と並んで歩くミリア先輩がそう言った。

ちなみに、診察の間待たされるばかりで退屈してしまったアスラは手を水平に広げて「ぶーん」と言いながら道を駆け回り、エレミアはそれを宥めるのに苦労している。

「不自然……?」

「普通の鳥は、すべての骨格が、飛ぶために最適化されていて、特定の箇所に負荷が集中しにくいようになってます。

でも、アスラちゃんのあの羽は、身体にむりやりくっつけたみたいに見えたんです。だから、付け根に負担がかかって、疲労骨折してしまうのだと思います。

ですけど、そんな生物がいたとしたら、餌を取り、寝床を確保し、子孫を残していくことができないはずです。自然はとても厳しいものだから、生物は自然に合わせて身体や生き方を変えていくしかないんです。

私の【身体透視】で見ると、動物たちの身体が、それぞれびっくりするほど違うのがわかります。ですけど、それでもなんとなく似た『感じ』があるんです。その『感じ』が、アスラちゃんの身体には感じられないんです。

まるで……そう、まるで誰かが頭の中でこういう生き物を作ろうと考えて、木や粘土をこねくり回して作り上げたみたいな……ごめんなさい」

こわばった俺の表情を見て、ミリア先輩が謝った。

しかし、言いたいことはよくわかる。アスラの身体は、自然淘汰をくぐり抜けてきた生物としては不自然に見えるってことだろう。

「アスラの身体に継ぎ目とかはないみたいだけど……」

「そういうことじゃなくて、もっと根本のところから、誰かがアスラちゃんの身体を『設計』したんじゃないかと思います。羽だけじゃないんです。手も足も肋骨も骨盤も頭蓋骨も……どこかちぐはぐで、とってつけたような感じがするんです。ある部分を見て感じる『感じ』と、他の部分を見て感じる『感じ』が、なめらかにつながりながら変化している、と言いますか……夕暮れ時の空は、西側が茜色に染まっていても、反対側に行くほど藍色に近づいていくでしょう?」

つまり、グラデーションを描くような形で、異質なものがつなぎ合わされてるってことか。

「でも、とくに異質なのは、やっぱり羽なんです。あの羽は、ひとつじゃないような気がします。いくつもの羽が重なり合って混じりあっているような感じがします」

実際、アスラを岩山の洞窟で発見した時には、アスラの羽は黒く染まっていた。暴れ出した時には竜の鱗すら浮いていた。

これまで最終的な判断を保留してきたけど、俺だって本当は気づいている。

アシュラ――阿修羅。

この名前をつけたのが転生者・ 杵崎亨(きざきとおる) なのだとしたら、そのネーミングには意味があるはずだ。

俺は前世で仏像に詳しかったわけではないが、修学旅行で興福寺の阿修羅像を見たことがある。

三面六臂。より多くの衆生を救えるように3つの面と6つの腕(= 臂(ひじ) )を持つという神様だったと思う。

テレビゲームでも、阿修羅をモチーフにした敵キャラがいた。3つの面にそれぞれ別の攻撃モードがあって、それぞれに対応した戦い方をする必要があるというボスキャラだ。

アスラには、複数の異なる要素が混在している。

羽はハーピークイーンのものと、竜人?のものが混ざっている上に、黒く染まることからするとまだわかっていない要素もありそうだ。

アスラのステータスが正常に表示されないのも、このことと無関係ではないだろう。

それにしても――飛びたいという本能を持ちながら、飛びすぎると怪我をしてしまうというのはあまりにもむごい。

前世でも、ペットとしての理想を求めるあまり、品種改良が行き過ぎて、生物としては歪になってしまった愛玩犬がいた。頭蓋骨のサイズと脳のサイズが合わず、痙攣しながら死んでいく愛玩犬の映像を見て、ショックを受けたことがある。

アスラがそのような「品種改良」によって生み出された存在なのだとしたら、その背後にいるのはやはり前世の知識と医師としての技術を併せ持つ杵崎亨なのではないか。

俺の手の中に、幻の感覚が現れた。

通り魔事件の際、杵崎と揉み合いになった末に、あいつの心臓をナイフで突き刺した時の感覚だ。

たしかに死んだはずのあいつがこの世界で生きているということに、これまでなかなか実感が持てないでいた。

しかし、今度こそははっきりと、俺は敵の姿を胸中にイメージすることができた。

奴が今どんな姿でいるかは、依然としてわからないままだったが――。

「……エドガー君?」

ふと気づくと、ミリア先輩が俺の顔を心配そうに覗きこんできていた。

「あっ……ええと、何でしたっけ?」

「いえ、エドガー君が上の空みたいでしたので」

ミリア先輩は本当によく人のことを見ているな。

「すみません。考えごとをしてました。何か話してましたか?」

「ええ……エドガー君に、ひとつお願いがあって」

ミリア先輩が伏し目がちにそう言った。

お願い? 珍しいこともあったものだ。ミリア先輩は遠慮がちな人で、他人に何かを頼むということがあまりない。自立しているといえばそうかもしれないが、単に人を頼るのが苦手なようにも見える。

「ミリア先輩のお願いなら大歓迎ですよ。どんなお願いなんです?」

俺がそう聞くと、ミリア先輩はなんだか言いにくそうに言った。

「……王立劇場で来週から新しい劇が始まるんです。その劇に、私と一緒に行ってくれませんか?」

えっ……これってまさか……デートのお誘い?

だけど、俺はまだ8、9歳児ルックなんだぞ?

ミリア先輩がショタコンなんだったら、俺としては喜んでいいのやら悪いのやら……。

いや、それはもちろん冗談だ。ミリア先輩のどこか思いつめたような表情を見れば、そんな浮かれた用件じゃないことは自ずとわかる。

「非業の死を遂げた伝説の歌姫ベアトリーチェ姫に材を取った、悲恋の物語なんだそうです。そこにはいつもの私じゃない私が行くから……エスコートしてくださいませんか?」

ベアトリーチェ姫――どこかで聞いたことがあると思って考えてみたら、思い出した。

ベルハルト兄さんが 切り裂き魔(リッパー) の正体はベアトリーチェ姫の亡霊なのではないかと言っていたのだ。

しかし、今の話の要点はそこではない。

「私じゃない私……?」

意味深な言い方だ。

いつもの優等生じゃない普段のままの自分で行く――という婉曲的な表現だろうか。

「そこは、わからなくていいんです。でも、約束してください。勝手なこと言ってるのわかってますけど、他に頼める人がいなくて……」

ミリア先輩が困ったように言う。

そう言われてしまえば、俺としては返事は決まったようなものだった。

「……わかりました。来週、王立劇場ですね」

ミリア先輩との「デート」か。なんだかわけありっぽいのが気にかかるが、俺は心の一部が浮き足立つのを抑えられそうになかった。