軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

80.面会

「――おい、まだ許可を出していないだろう!」

「いいんですよ、ロレンゾ殿。彼女は言っても聞きませんから」

「しかし……」

ノックの応答をする前に入ってきたメイドに対し、ロレンゾは叱責した。

普段は温厚なロレンゾだが、上司への無礼は許せないようだ。

だが、ヘンリーはため息交じりにそれを止めた。

この時間に応答も待たずに入ってくる人物など決まっているのだ。

「今回はどのようなご用件ですか?」

「そろそろ休憩されてはどうかと思いまして。カスペル侯爵も新しい職場で疲れていらっしゃるのではないですか?」

「アリエス殿!?」

ロレンゾは現れたメイドの顔をはっきり目にして驚きの声を上げた。

アリエスは無表情なまま首を軽く傾げる。

「侯爵、執務室ではあまり大きな声を出されないほうがよろしいですよ。誰が聞いているかわかりませんからね」

「覗き見趣味のメイドとかね」

アリエスが注意すれば、ヘンリーが付け加える。

だがアリエスは無視してお茶の用意を続けた。

「それで、今度はどのような厄介事ですか?」

「何て酷いお言葉かしら。ただ純粋に休憩しながら世間話をしたいだけですのに」

「うわ。純粋とか、似合わないですね?」

「ダフト卿、本音が漏れてますよ?」

「ああ、すみません。建前は『お心遣いありがとうございます』でした」

「疲れていらっしゃるんですね? 本音と建前を間違えてしまうなんて」

応接テーブルを挟んで向かい合うアリエスとヘンリーは微笑みながら会話を始めた。

そんな二人を、ロレンゾは困惑して交互に見る。

「お二人は仲が良いんですね」

「ロレンゾ殿のその耳はお飾りなんですね」

「ダフト卿、また本音を口にしていらっしゃるわ。ねえ、侯爵。目で見た情報だけを頼りにするのは間違っていますよ?」

ロレンゾの言葉にヘンリーが笑顔で答える。

それをアリエスが突っ込み、続いてロレンゾに指摘した。

するとロレンゾが噴き出す。

「これでも目と耳とそのほかの情報を元に出した結論ですよ。ですが、言い方がまずかったのなら訂正します。お二人は似たもの同士ですね」

今度のロレンゾの言葉をヘンリーは受け入れたようだ。

少し考えてから頷く。

「そうですね。それについては先日、お互い同意したところです」

「それは違いますわ。私たちが同意したのは、気が合うということですもの」

「そうでしたか? まあ、世間話はこれくらいにして、本題をおっしゃってください」

アリエスが間違いを訂正しても、ヘンリーは大して気にしていない。

それよりもこの休憩の目的が気になるようなのだ。

「では、ダフト卿。少しの間、席を外してくださいませんか?」

「私の執務室なのに?」

「そうですね」

「いいですよ」

あっさり了承したヘンリーが立ち上がると、ロレンゾも慌て立ち上がった。

「ダフト卿、そういうわけにはいきません!」

「かまいませんよ。私は本当の休憩をしながら、クローヤル女史に貸しができるんですから。ですよね?」

「残念なことに」

「それでは、またのご利用をお待ちしております」

ヘンリーはアリエスに貸しができることが嬉しいのか、浮かれた様子で部屋から出ていった。

アリエスがこの部屋に訪れたのは、最近のお互いの忙しさを考えれば、ここが一番秘密を話すのに適していると判断したからだ。

しかし、早まったかもしれないと珍しく後悔していた。

借りを返すために、ろくでもないことをさせられかねない。

とはいえ、後悔する時間も無駄だ。

「ロレンゾ、あなたの弟さんの養子縁組先が決まったわ」

「どちらのご夫妻ですか?」

「……それは知らないほうがいいわ。新しい人生を歩むためにはね。引き取ってくださる方も赤ん坊の出生については知らないの」

「彼は愛されるでしょうか?」

「お母様になる方はとてもしっかりなさっているわ。可愛らしい娘さんもいるのよ」

娘については、話に聞いただけで実際には会っていない。

それでもアリエスはロレンゾを安心させるためにそう告げた。

「そうか。すでに子どものいるご夫妻なら安心だな」

「ええ」

ロレンゾは父親については訊ねようとしない。

しかも今のアリエスの説明も安心できる要素などなかったのに、簡単に納得している。

何事においても固定観念が強いロレンゾはまだまだ未熟だった。

そのあたりはヘンリーに鍛えられるだろう。

ロレンゾが納得したようなので、アリエスは席を立って茶器を片付けた。

現当主であるロレンゾが認めたのだから、あとはフロリスに頼んで養子の手配を進めるだけだ。

ロイヤは子を手放すことに何の抵抗もなく、今もいっさい抱こうとしないらしい。

前カスペル侯爵にあっさり捨てられた影響かもしれない。

(期待するからダメなのよ……)

アリエスは茶器を持って部屋を出ると、さっさと片付けて王族棟へ戻り始めた。

そのときすれ違った男性の香りが気になり、思わず振り返る。

男性はアリエスの視線に気付くことなく進んでいたが、懐に手を入れた後で何かを落とした。

が、アリエスは声をかけることもなく、すぐに前へ向き直って歩み去る。

落とし物に気付いた男性が振り返ったときには、すでにアリエスはその場から消えていた。

そしてリクハルドの部屋に戻ると、さっそく抱きつかれてしまった。――アリーチェに。

「アリエス様~。聞いてくださいよ~」

「嫌です」

「実はですね~」

「私の意見を聞いてください」

「最悪なんです~」

「私の状況がね」

無情なアリエスの返答にも慣れたもので、アリーチェはかまわず続ける。

どうにかアリーチェを引き離そうとアリエスは奮闘していたが、思いがけない内容に動きを止めた。

「お母様が王都に帰ってきたんです~」

「前カスペル侯爵夫人が?」

「体調がよくなったんですって~。それで私に会いたいって言うんですけどぉ」

「なるほど。前侯爵夫人はアリーチェ様に会いに、この王宮にいらっしゃるおつもりなのですね?」

「そうなんです~」

前カスペル侯爵夫人はロレンゾとアリーチェが国王に重用されていると考え、自分も社交界に返り咲くつもりなのだろう。

あの横領事件があるまではかなりの権勢を誇っていたらしい。

それまで権勢を争っていたテブラン公爵夫人は王妃が亡くなって領地で喪に服すことになり、ライバルがいなくなったためだった。

(至って普通ね……)

先々代カスペル侯爵が亡くなるまでは慎ましく振る舞っていたらしいが、その実しっかり浮気をしていたのだ。

そして侯爵夫人となってからは華やかな生活を送るようになり、夫が横領の主犯格らしいと判明した途端にさっさと離縁し、ロレンゾの――現カスペル侯爵の母として生きることにしたのだから逞しいと言わざるを得ないだろう。

しかし、社交界においてそのような女性は珍しくもない。

「それでは、その日はお休みをあげますから、お母様といつでもお会いしてください。場所は王宮の一室を……いえ、カスペル侯爵家なら部屋はありましたね」

「ええ? そんなお休みなんていらないですぅ」

「そんなことおっしゃらないでお会いしてあげては? 何か面白いお話が聞けるかもしれないのですから」

「母親だから会うべきとは言わないんですねぇ」

「親子だの家族だのっていうのは偶然の産物でしょう?」

「そうですよねえ。だからアリエス様のこと好きなんです~」

「好意も過ぎれば迷惑になりますよ。さて、お休みは前侯爵夫人とお会いするときであって、今ではありません。働いてください」

「は~い」

アリーチェはよくサボるがそれは他の女官や侍女たちも変わらないので、アリエスはそこまで厳しく言わずにいる。――アリエスもよくサボるので。

だが、今回は珍しく素直に返事をすると、アリーチェは殿下がいる部屋へと向かっていった。

(前侯爵夫人がどんな人物か、もう少し知っておいたほうがいいわね)

今までは特に気にするほどの人物ではないと思っていたが、今後どう出てくるかはわからない。

ひょっとして面白い情報を持っているかもしれないのだ。

カスペル侯爵家の部屋なら覗き見できる場所は押さえているので、アリーチェとの会話内容も聞くことができるだろう。

また、王宮の面々が前侯爵夫人をどのように迎え入れるのか、その反応も楽しみだった。

アリエスは誰にも気づかれることはなかったが、その日は機嫌よく過ごしたのだった。