軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

77.パーティーの後

二日後。

パーティーの熱気が未だに冷めやらぬ中で通達された内容に、王宮内はさらに混乱した。

現カスペル侯爵が近衛騎士を退任し、法務官に任命されたのだ。

これは後々重要な役職に就くための布石に思われた。

法務長官であるガスパル伯爵は非常に厳しいことで有名であり、彼の下で政務官として学ばせるのだろう、と。

だが、これだけならここまで騒ぎにはならなかった。

問題は一緒に発表された内容。

カスペル侯爵令嬢アリーチェが、リクハルド王太子殿下付きの侍女見習いになったことだった。

パーティーで国王がアリーチェを二番目にダンスに誘ったことと相まって、再婚説がまた流れ始めたのだ。

陛下はイレーン・マルケス男爵未亡人とどちらを選ぶのだ、と呑気な者たちが賭けを始めたくらいである。

しかし、テブラン公爵派は当然ながら、いつも中立派と称して勝ち馬に乗る者たちは慌てた。

落ち着いていたのはテブラン公爵と噂の当人たち、ガスパル伯爵など我が道を行く者ぐらいである。

そしてそのうちの一人であるはずのアリエスは、非常に後悔していた。――自分の選択を。

「アリエスお姉様~、これからよろしくお願いしまーす」

「クローヤル女史と呼んでください。またここでは私はアリーチェ様の上司に当たりますので、そのおつもりでいらしてください」

「ええ~。でも、お姉様は私とやっぱり働きたくなったんですよね~?」

「違います。私への呼び方も、私の気持ちもまったく違います」

「そんなに照れなくてもいいですよ~」

今すぐアリーチェを部屋から放り出してしまいたかったが、残念ながらここには多くの目がある。

しかもリクハルドが興味津々でアリーチェを見ているのだ。

今まで周囲にこんなに頭の――態度の軽い人物はいなかったからだろう。

「アリーチェ?」

「はーい、殿下。何ですかあ?」

「アリーチェはどうしてみんなとちがうはなし方をするの?」

「それは~、このほうが楽だからですよ~」

アリエスはアリーチェの頭を後ろから思いっきり叩きたかったが、リクハルドの前なのでどうにか堪えた。

他の女官たちは嫌悪の表情を浮かべながらも、何も言えないことに苛々している。

アリーチェの身分が高いだけでなく、今回は女官長が決めた人事ではなく、国王直々の采配だからだ。

「らく?」

「はい、みんなの反応で色々わかるんですよ~」

「はんのうって?」

「私のことをどう思っているかわかるから、楽なんです~」

アリーチェのことをしばらく観察していたからこそ、本人にとってこの言葉に深い意味がないことはわかる。

それでもアリーチェのような立場にいると、多くの者たちが群がってくる上で手っ取り早い選別方法を無意識に行い、それを口にすることには驚きだった。

(意外とやっかいな方ではあるのよね……)

だからこそ、リクハルドの傍にいてほしいと思える人物でもあった。

吉と出るか凶と出るかは賭けのようなものではあるが。

「じゃあ、アリエスはアリーチェのお姉さまなの?」

「違います」

「え~。アリエスお姉様、ひどいです~」

「殿下、お気をつけくださいね。大人は平気で嘘をつきますから、すぐに信じられてはだめですよ? その者の発言の根拠をしっかり調べ、裏付けを取ってくださいね?」

「え? えっと……うそ?」

アリーチェの答えがよくわからなかったリクハルドは、違う疑問を持ち出した。

それをすかさずアリエスが否定し、さらに進言したが、当然のことながらリクハルドには理解できなかったようだ。

しかし、こういう教育は早いほうがいい。

「ほら~、アリエスお姉様が難しいことを言うから、殿下が混乱しているじゃないですか~」

「混乱させているのはアリーチェ様ですよ。いい加減にその天然ものの迷路な頭の中身を少しでもすっきりさせてください」

「アリエスお姉様が何を言ってるのかわからないです~」

「クローヤル女史、です。数代遡って調べたところ、アリーチェ様 と(・) は(・) 血縁関係にないことはわかっておりますので、もし次に私のことを近親縁者と思われるような発言をされましたら、一回につき一食抜きにさせていただきますので、お心に強くお留めください」

「アリ…クローヤル女史は意地悪です~」

身分的にはアリーチェが上だろうと、今はアリエスが上司なのだ。

不満そうにしながらも、アリーチェはようやくアリエスの呼び方を改めた。

普段は反抗的な女官たちも、このときばかりは尊敬の眼差しをアリエスに向ける。

リクハルドはどうやら意味がわからなかったようで首を傾げていた。

わざと聞き取りにくいように早い口調で告げたからだろう。

まだまだ問題は山積みで注意も必要だが、ひとまずリクハルドとアリーチェの相性は悪くなさそうだとアリエスは判断した。

このまま上手くいけば、予定している休みを取れそうだ。

リクハルドと同じレベルで――目線で話をしているアリーチェを見守りながら、アリエスがほっと息を吐いたそのとき、予想外の訪問者が現れた。

「――リクハルド殿下、お久しぶりでございます。覚えていらっしゃるでしょうか? カスペル侯爵ロレンゾ・カスペルでございます」

「カスペルこうしゃく? ロレンゾのなまえ、変わったの?」

「覚えてくださっていたのですね? 名前は変わったというよりも、少し増えたのですよ。もちろん今までのように、どうぞロレンゾとお呼びください」

近衛騎士だったロレンゾとは接点があったのだろう。

それでもリクハルドが名前まで覚えているということは、それだけ印象に残っていたということだ。

(それはともかく、わざわざロレンゾが挨拶に来るなんてねえ……)

アリエスはロレンゾとともにやってきたヘンリーをちらりと見た。

その視線にすぐに気付いたヘンリーはにっこり微笑む。

胡散臭いその笑みから目を逸らし、アリエスはリクハルドへ視線を戻した。

近衛騎士から政務官に転籍したくらいで王太子に挨拶に来る必要はない。

これは世間に――テブラン公爵派に向けたアピールであり、簡単にはリクハルドを自由にはさせないという国王の意向なのだ。

「殿下、ロレンゾは私のお兄様なんですよ~」

「……それもうそなの?」

「本当ですよ、殿下。アリーチェは私の妹なのです。ですからもしアリーチェが殿下を困らせてしまうことがありましたら、私におっしゃってくださいね」

アリーチェの言葉をリクハルドが疑えば、ロレンゾが優しく答える。

ここまでアリーチェとどんなやり取りをしたのか、すぐに察したのだろう。

「お兄様までひどいです~」

「酷いのはお前だろう、アリーチェ。なぜ殿下が〝嘘〟などと疑っていらっしゃるんだ?」

「でも~、お兄様とアリ……クローヤル女史が結婚なさったら、本当になるんだから、嘘ではないんです~」

「なっ、何を――」

「殿下、そろそろお昼寝のお時間ですから、失礼いたしましょう」

「え? あ、うん……」

また馬鹿なことを言い出したアリーチェに今度はロレンゾもうろたえたので、アリエスが割って入った。

これ以上くだらないことに付き合ってはいられない。

リクハルドはさらに意味がわからないといった様子だったが、アリエスに素直に従う。

「それでは、私たちはこれで失礼いたします」

はじめに挨拶したきり、ずっと黙っていたヘンリーがようやく口を開いたかと思えば、辞去の挨拶だった。

ロレンゾも数歩引いてから立ち上がると、リクハルドに向けて同じように深く頭を下げて挨拶する。

リクハルドは王子らしく頷いただけで応えると、他の女官に連れられて着替えのために居間を出ていった。

アリエスはぼうっと立ったままのアリーチェに、ついていくようにと手ぶりで示した。

リクハルドの世話を早く覚えてもらわなければ困る。

そしてロレンゾたちを見送ろうと彼らに向き直ると、ヘンリーがまたにっこり微笑んだ。

「そうそう。クローヤル女史に妹から手紙を預かっているのですよ。またお渡ししますので、お時間のあるときにでも返事をしてくださると喜びます」

「――かしこまりました。ありがとうございます」

「いえいえ。それではまた」

そう言い残してヘンリーは出ていった。

その後を追うロレンゾも特にアリエスに話しかけることはなく、扉が静かに閉まる。

アリエスは踵を返すと、老侯の物語を読み聞かせるためにリクハルドの許へと向かった。