軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

番外編:幽霊2

夕方になると資料室はあっという間に暗くなる。

気を利かせて明かりを用意してくれたフロリスに、アリエスは部屋へと戻るように言いつけた。

「それでは、失礼いたします」

「ええ。明かりをありがとう」

アリエスが部屋に戻ればすぐに食事でも湯浴みでもできるように、ユッタとともに準備を進めてくれるのだろう。

資料室から出ていくフロリスを見送り、アリエスは手元の本に視線を戻した。

「――それで、医務局で何かわかったのか?」

「後をつけたんですか?」

「気になる相手のことは何でも知りたいんだよ」

わざと明かりを遮るように立ったジークを見上げ、アリエスは深くため息を吐いた。

さすがに部屋に入ってきていたことには気付いていたが、やはりジークは気配をあまり感じさせない。

後をつけられていると気付かなかったことに内心で苛立ちながらも、アリエスは落ち着いた様子で読んでいた本を置いた。

実際にアリエスの後をつけたのはジークではないのだが、わざわざ口にはしなかった。

「幽霊の正体はやはりバウアーか?」

「さあ、可能性から言ってそうじゃないですか? どうやら彼はヘベノン中毒のようですから」

「曖昧だな。調べていたんじゃないのか?」

「医務官も確信があるわけではないようです。それに私が調べたかったのは、タイザム卿が自殺なのか他殺なのか事故かです」

アリエスの言葉は予想外だったらしく、ジークは一瞬驚きを顔に表した。

すぐにいつものにやけた表情に戻ったが、その声には警戒が窺える。

「法務官たちの前で自ら毒を飲んだんだぞ?」

「何を飲んだのか、医務官にきちんと聞きました?」

「ああ。毒草のヘベノンらしいな。どうやって入手したかはわからないが、手元にわずかに残っていたらしい」

「ヘベノンは確かに今は毒草だと禁止されていますけど、以前は薬草として使用されていたでしょう? ただの事故の可能性をなぜ考えなかったのかしら?」

「禁止薬物を法務官の前で飲んだんだから、答えは明白だろ?」

「あら、それもそうね」

ジークはアリエスがあっさり認めたことに驚いたようで、今度こそはっきりその表情を見せた。

ヘベノンは鎮痛作用があると以前は治療に使われることがあったが、取り扱いが難しいこと、中毒性があることで使用も栽培も禁止されている。

しかし、それも十年ほど前のことで、未だに隠れて使用している者は多い。

精神的な安定を求めたり、鎮痛のためにと、未だに諸外国から密輸入されたり、隠れて栽培されているのだ。

しかも、それほど厳しく取り締まられているわけではなかった。

とはいえ、さすがに横領に関与していると疑われている最中に、法務官の前で使用することはないだろう。

「自殺と結論付けるのか?」

「それが一番面倒がないですから、それでいいと思います」

「誰にとって面倒がないんだ?」

「法務官の方たちです」

「たとえ面倒でも、真実を暴くのが法務官の仕事だ」

「残念ながら、何が真実かはわからないと思います。わかるのは事実だけ。タイザム卿が横領に関わっていた証拠が見つかった。タイザム卿は亡くなった。以上です」

ジークが苛立った調子で反論したが、アリエスは淡々と答えた。

本当にアリエスには感情がなくなってしまったのではないかと思うほどに。

「だがタイザム卿が本当に関わっていたのかどうか、本人の口から語られたわけじゃない」

「証拠は見つかったのですから、言い逃れはできないでしょう。確かに、ほんの少し人事を操作しただけですから、罪としては重いものではありません。ですが、本人は生き恥をさらすことになったでしょうね。プライドが高かったという彼には耐えられなかったのでは? 皆がそう思っているのですから、それでいいではないですか」

「よくないだろ。本人の自供がまったくないんだからな。共犯者がいたかもしれない。なぜ横領に関わるようになったかも、カスペル前侯爵が黙秘を貫いている以上、知ることができない。わからないことだらけじゃないか」

「では、もしタイザム卿が生きていて、横領について語ったとして、本当にそれが真実だと言えるのですか?」

「何だって?」

「捜査を混乱させようと、嘘を吐く可能性だってありますよね? しかも彼はヘベノンを飲んで死亡したとされています。それまでにヘベノンを飲んでいなかったと言えますか? ヘベノンは幻覚症状や情動不安を引き起こします。そんな彼の言うことが真実だという保証はどこにあるのですか? 余計な冤罪が生まれた可能性だってあります」

あくまでも冷静に語るアリエスに、ジークは何も言えなかった。

ただ自分の甘さを痛感しただけだ。

そんなジークにかまわず、アリエスは席を立った。

「お腹がすきましたので、これで失礼します」

「ちょっと待ってくれ」

「まだ何か?」

「タイザム卿の死因を知って、どうするんだ?」

「どうもしません」

「では、なぜ調べているんだ?」

「秘密を知りたくなったからです」

「秘密?」

「ええ。タイザム伯爵家の秘密です」

そう答えたアリエスの声は心なしか浮かれていたように思う。

資料室に残されたジークは、アリエスについて理解した気になっていたことを恥じた。

本当に自分は甘い。

きっと老候が――先々代カスペル侯爵が生きていたら、呆れられただろう。

ジークは今にも消えそうな明かりを完全に消し、暗闇に包まれた資料室から出ていった。