軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

7.メイド

「はあ、疲れた……」

アリエスは古いベッドと机、小さなチェストが置かれただけの部屋に入ると靴を脱いでベッドに横になった。

途端にベッドが軋む。

このベッドは古いだけでなく固い。

どうやらアリエスに与えられた部屋は女官用のものでなく、女官たちの世話をする侍女が利用するためのものらしい。

それでも一人部屋なので十分だろう。

バスルームは共用になるようだが、それも我慢できる。

なぜならアリエスに与えられた仕事が王宮の資料室管理の仕事だったからだ。

女官長は嫌がらせのつもりらしかったが、アリエスにとっては最大の幸運だった。

女官の花形の仕事といえば、王族付きになることだが、アリエスにとってはできるだけ人と接したくなかったので、できれば裏方の仕事希望だった。

だからこそメイドでもかまわなかったのだが、資料室にこもって蔵書整理をすればいいらしい。

おそらくヘンリーが知れば反対されたかもしれないが、彼は早々に退散させられた。

あの嫌みな問いに抗議しようとしたヘンリーは、女官長に真実を知る必要があるとか、これ以上の口出しは無用とかと返され、仕事に戻るようにと促されたのだ。

そのやり取りから、女官長はかなりの実権を握っていることがうかがえた。

王宮内の女性の最高権力者は王妃である。

しかし、王妃がいないこの王宮では女官長がその座にあるのかもしれない。

女官長の傍にはもう一人、女官長補佐という職のロイヤという女性がいた。

彼女もまた高慢そうで、二人をじっくり観察するのも楽しみだと考えて、アリエスは起き上がった。

荷物の整理をしなければならないことに気付いたのだ。

今までは何だかんだで使用人がやってくれた。

持ってきた荷物はポルドロフ王国から持ち帰ったものそのまま。

さすがに王宮に上がるのだからと、元伯爵夫人としては地味なドレスを着ていたが、女官用の服に着替えるようにと命じられた。

幸いなことに小さなクローゼットがあり、脱いだドレスや他のドレスを仕舞う。

チェストには実家までの旅の間に着ていた服を二着と下着類を仕舞い、その下に日記を隠した。

日記の鍵は鎖に通して常に首にかけている。

片づけが終わったところでお腹が鳴り、お昼から何も食べてないことを思い出した。

(ご飯はどうすればいいか、聞きそびれたわ……)

ひょっとして女官長はわざと言わなかったのかもしれないが、空腹を我慢しては眠れないこともわかっていたので、アリエスはご飯を求めて部屋から出ることにした。

「――おい、お前。どこへ行くつもりだ?」

「はい? あ、えっと、お腹が空いたのでご飯をいただきに行きたいのですが、今日が初めての勤めなのでよくわからなくて……」

王宮内をうろうろしていたアリエスはいきなり声をかけられて驚いた。

誰か女官か他の使用人がいれば訊ねようと思ったのに、あいにく誰にも会わなかったのだ。

声をかけてきたのはどうやら衛兵らしく、制服を着て剣を佩いている。

「皆、この時間は食堂かお付きの方の夕食を給仕しているだろうからな。だが女官ならメイドが部屋に持ってきてくれるはずだろう?」

「……今日入ったばかりですから」

「へえ? それは聞いてないな」

「ヘンリー・ダフト卿の紹介ですから、問い合わせてくださればすぐに間違いないことがわかります」

衛兵にここで怪しまれてはさらに食事の時間が遅くなると思ったアリエスは、急ぎヘンリーの名を出した。

くっと笑った衛兵はそんな考えを読んだのかもしれない。

「その姿で食堂に行っても目立つだけだろう。食事は届くように手配するから部屋に戻ればいい」

「いいえ、それではあなたのお仕事の邪魔をしてしまいます。警戒を怠って何かあっては大変ですから」

「心配はありがたいが、ちょうど仕事が終わったところなんだよ。だから気にするな」

「……では、今日はお言葉に甘えます。私はアリエス・クローヤル。あなたは?」

「――俺はジークって呼んでくれればいいよ。俺もアリエスと呼ぶから」

「ずうずうしいんですね」

「それくらいじゃないと、この仕事はできないんだよ」

そう言ってジークは早く部屋に戻れというように手を振り、去っていった。

家名を名乗らなかったのは、おそらくアリエスの噂を知っていて面倒な話題を避けるためだったのだろう。

夫に離縁され、一文無しで追い出された女性の扱いに男性は憂慮するはずだ。

ジークほど簡単になかったことにしてくれればいいが、この先あれこれと訊かれるのも面倒くさい。

これからしばらくは自分に興味を示して近づいてくる者が絶えないことを、アリエスは経験から知っていた。

(本当に面倒くさいわね……)

アリエスは部屋に戻りながら明日からのことを考えてため息を吐いた。

そういえば、女官長の部屋から出てロイヤに資料室まで案内してもらったとき、かなり視線を浴びていたことを思い出したのだ。

普段は気配を消すことが得意なアリエスでも、わざわざ捜されてしまっては大好きな読書も人間観察もできなくなる。

だが人間は単純なものだ。

アリエスは自分を見下ろしてから肩を竦めた。

部屋に戻ってしばらくすると、メイドが食事を持ってきてくれた。

メイドは一瞬料理をどこに置けばいいのか迷ったようだったが、結局小さな机の上にお盆ごと置いた。

「ありがとう。食器はどこに返しにいけばいいかしら?」

「その必要はございません。頃合いを見て、私がまた取りに参りますから。明日の朝は何時にお食事をお持ちすればよろしいですか?」

「あら、それは申し訳ないわ」

「いいえ、仕事ですから」

「そう……。それじゃあ、お願いするわ。私はアリエス。あなたは?」

「わ、私はユッタと申します。よろしくお願いいたします」

「ええ、よろしく」

ユッタはアリエスの態度に驚いたようで、頬を赤くしてがばりとお辞儀した。

女官は身分ある家の既婚女性がなるものなので、女官長のように高飛車な女性が多いのかもしれない。

アリエスはにこりともしていないが、親しげで柔らかな口調はユッタの心をつかんだようだ。

ハリストフ伯爵家でも使用人は同情的で、夫や義母の見ていないところではそれなりに親しくしていた。

だからこそ、屋敷から追い出されたときも、執事や侍女が困らないようにとアリエスの荷物を準備してくれたのだ。

(どんなに身分が高くても、お金があっても、人は一人では生きていけないもの)

食器を引き取りに来てくれたユッタにお礼を言うと、また嬉しそうな表情をしていた。

夫や義母が誰かにお礼を言っているのを聞いたことはあったかしらと思い出しながら、アリエスは固いベッドに入って眠りについた。