軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

69.根拠

「本気でそう思うのか? 王妃が臥せったのは四年前、メルシア嬢がまだ十四歳のときだぞ?」

「もう十四歳だったのです」

「……誰かに唆されたってことか? ちょっとした悪戯のつもりが、まさか死んでしまうとは思わなかったとかあるだろ?」

「そういう場合もあるでしょうが、彼女に関してはありませんね」

「なぜ言い切れる?」

「先日も申しましたでしょう? 私はあなたより女性について詳しい、と。間違いないと確信はしておりますが、あなたを納得させるには証拠がいるようですので、これからも調査は続けますね」

はじめは信じられないといった様子のジークだったが、徐々に落ち着いてきたらしい。

果実酒をゆっくり飲みながら、考えを巡らせているようだ。

「一つ聞かせてくれ」

「どうぞ」

「あの毒は調合次第で即効性にもなると言ったが、体に影響を及ぼすまでの時間を調整できるのか?」

「そうですね。それも可能です」

「それなら――」

「ご安心ください。用法容量をきちんと守ってくだされば、死ぬことはありません」

「薬じゃねえだろ」

「先々代ハリストフ伯爵は〝願いを叶えてくれる万能薬〟と記していましたけれどね」

「そいつは母親似か?」

「きっとそうでしょうね。どうやらポルドロフ王家の秘薬の魅力に取り憑かれていたようで、他にも色々と役に立つ記録を残してくださっていました」

先々代ハリストフ伯爵は非人道的な実験も行っていたようだ。

アリエスが初めてその記録に目を通したときは恐怖に慄いたが、人間とは慣れるものである。

あの悲惨な状況に慣れたように、薬の調合をするようになってからは、大いに参考にさせてもらったのだ。

「要するに、あの毒で長く患っているようにみせ、その後に死に至らしめるには、継続的に摂取する必要があるってことか?」

「ええ、その通りです」

「確かにメルシア嬢なら、それを可能にできるな」

「当時のことは私には知り得ませんが、メルシア様は王妃様のお見舞いによくいらしていましたか?」

「……調べてみるよ」

「そうしてください」

王妃の見舞客に関しても公式記録には残されていた。

しかし、メルシアは身内であるゆえに、記録を省かれていたのだろう。

それでも国王がもう少し王妃に気を配っていたなら、メルシアの見舞い状況について答えられたはずだった。

アリエスは気にしていないようだが、ジークは気まずさからグラスを口へと運んだ。

果実酒は香りよく口当たりもよいが、度数はかなり高い。

だが二人とも全く酔ってはいなかった。

「では、二つ目の願いとは何だ?」

「明後日のパーティーですけど、イレーン・マルケス夫人をパートナーに誘ってください」

アリエスが口にした願いに、ジークは思わず酒を噴き出しそうになった。

どうにか堪えたが、そのせいで激しくせき込む。

「お、おまっ……」

「少し静かにしてくださいませんか? 殿下が目を覚まされてしまいます」

アリエスがしれっとした様子で注意する。

今はぐっすり眠っているリクハルドだが、そのうち異変を感じればすぐに起きだせるように訓練を受けるのだろう。

「マルケス夫人もさすがに数多くいる恋人の中からパートナーを選ぶことはできないはずです……ほとんどの方が妻帯者ですし、同伴者はいないでしょう。以前でしたら、カスペル侯爵を同伴して周囲を驚かせたかもしれませんが、今回カスペル侯爵は妹さんを同伴されるようですから、明日申し込んでも間に合うと思いますよ」

「ロレンゾはアリエスに同伴を申し込んだって聞いたぞ?」

「では、お断りしたのもお聞きになっているでしょう? それで、どうされますか?」

「そんなに皆を驚かせたいのか?」

「アリーチェ様が殿下付きの侍女になられたら、皆さんはさらに混乱されるでしょうね。ですが私が驚かせたいのはテブラン公爵とマルケス夫人だけです」

「対価は? 今度は証拠あるものにしてくれよ」

「証拠ですか……。それは難しいですね。ですが、あなたならそれほど苦にせず確固たる証拠を掴めるはずです」

「へえ?」

グラスを置いたジークは足を組み、肘かけに片肘をついてその手の甲に顎を乗せた。

その姿は玉座に君臨する王そのもの。

アリエスが以前、一度だけ遠くから目にしたマーデン王国国王の姿だった。

「……マルケス男爵は殺されたのでしょう。それから、イレーンの実父とされる牧師もすでに亡くなっているはずです。もしくは、はじめから存在しなかったか……。簡単な調査でしょう?」

「テブラン公爵がマルケス夫人の存在をでっち上げたのか? 娘を――王妃を献身的に介護させて皆の心を掴み、政敵を骨抜きにするために?」

「いいえ。骨抜きにされているのはテブラン公爵です」

「それじゃ、マルケス夫人は……」

「ええ。おそらくポルドロフ王国の密偵です」

ジークはもう片方の手で顔を覆い、沈黙した。

イレーンが密偵なら、メルシアが途中で己の所業に恐れをなして引いたとしても、王妃の死を確実なものにできただろう。

これほどの時間をかけてポルドロフ側がマーデン王家の弱体化を謀る理由は考えなくてもわかる。

やがて顔を上げたジークは態度だけでなく、表情も冷徹な――心のない王そのものだった。

「根拠は?」

「何に対してでしょうか?」

「私がお前を信じるに値する根拠だ」

「ございません。ですので、私こそがポルドロフ王国の密偵だとお疑いになられても否定できるだけの証拠も何もございません」

「そうか……」

グラスを置き、まっすぐに背を伸ばして答えたアリエスに、ジークは――ヴィンセント・ジークハルド・マーデン国王はひと言発して再び沈黙した。

もしここで密偵と疑われ投獄され処刑されようとかまわない。

ただアリエスが賭けに負けただけ。

それだけのことだと、アリエスは静かに待った。

どれほど時間が経ったのかわからなかったが、おそらくそれほどではないだろう。

ふっと軽く息を吐いた国王は――ジークは、アリエスに向けてにかっと笑った。

「マルケス夫人を同伴してパーティーに出席するのも面白いだろう。その様子をアリエスに見せられないのが残念だけどな」

「覗き見は得意ですから」

アリエスがいつもと変わらず淡々と答えると、ジークはくくっと笑い声を漏らした。

どうやらこの賭けには勝ったらしい。

だとすれば、この先の勝算はかなり上がった。

「それでは最後に、三つ目の願いは何だ?」

「欲しいものがあるのです」

「欲しいもの? 安泰に暮らせるだけの金か?」

「それは自分で手に入れます」

「では何だ?」

きっと今までで一番面白いことになる。

そう思うと、同じように面白がっているジークを前に、アリエスの顔に 満(・) 面(・) の(・) 笑(・) み(・) が浮かんだ。

「私が欲しいものは、ポルドロフ王国です」