軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

65.秘薬

リクハルドの突然の発熱は二日後には平熱に戻り、五日経った今ではすっかり回復している。

アリエスはほっとしながらも、次はいつあれを飲ませるべきかと考えていた。

最近、王太子殿下付の人事異動が行われ、今まで毒味役だった女官は別の部署へと移っていった。

そのときの女官の安堵した表情は本物であり、新たに毒味役を命じられた女官の恐怖も本物であることを確認している。

それでもアリエスはリクハルドに毒を盛ることができるのだ。

警備体制の甘さに憂慮しつつ、自分の無慈悲な行動の矛盾に呆れてもいた。

もちろんリクハルドに毒を盛ったのは耐性を強くするためだ。

国王の不調の噂は聞いていないが、渡した毒薬を飲んだだろうかと考え、なぜか苛立った。

(そもそもジークは人間の醜悪さをまだまだ知らなさすぎるわ)

為政者としての教育を受けると同時に、おそらく紳士としての教育もしっかり受けたのだろう。

それ故に女性に甘い。――悪く言えば侮っている。

アリエスがポルドロフ王家の毒薬を渡したときも、唖然としていたのだから。

アリエスが毒薬を持っていることに驚いたのが少し。

飲んで耐性をつけるよう促したことにショックを受けたのがもう少し。

リクハルドに毒を与えたと知って傷ついたのが大半だろう。

先々代侯爵の日記から知ることができた王妃の病状は、ポルドロフ王家の毒薬を飲んだときの症状そのものだった。

それも少しずつ飲まされたもの。

この国では――正確にはポルドロフ王国でも知られていない毒であり、耐性を持つ者は少ない。

だからこそリクハルドの毒薬への耐性をつけるために、他の毒より優先し、さらにはジークに毒薬を渡したのだ。

本当ならアリエスがリクハルドの毒味役ができればいいのだが、アリエスには様々な耐性があるので意味をなさない。

毒味役の女官をマニエル夫人に手を回してもらって交代させたのも、同様のことを危惧したからだった。

もし毒味役の女官が耐性を持つ者だったら、と。

王妃が生存していた頃からリクハルドに仕えている女官はあと二人。

できるだけ早くこの二人もリクハルドから離したいが、テブラン公爵が黙っていないだろう。

(公爵は女性をかなり侮っているから、やり方次第なのよね……)

ローコーの物語を読み聞かせていたアリエスは、リクハルドが完全に眠ったことを確認してフロリスと交代した。

それから久しぶりにメイド服に着替え、フロリスの部屋から廊下へと出る。

王族の住まいであるこの棟は警備が厳しいが、今はアリエスがフロリスに扮しているのだ。

そのため、フロリスも普段から特徴あるメイド姿でいてくれる。

フロリスだと思っている警備兵たちにぺこりと頭を下げつつ、一般棟へと入ってすぐ陰に隠れた。

それからアリエスは髪型を変え姿勢を変えて目立たないメイドへと姿を変え、執務棟へ向かう。

昨日も同じように抜け出して使用人棟へ出かけたのだが、やはり気付かれなかった。

これもまた、警備体制の甘さを露呈している。

アリエスは執務棟へと入り、勝手知ったる様子でお茶の用意をすると、とある部屋の扉をノックした。

中から訝しげに誰何する声が聞こえたが、気にせず中へと入る。

「おい、勝手に……」

「ご一緒にお茶でも飲みませんか? そろそろ休憩も必要でしょう?」

「……休憩どころかまた仕事が増えそうですね。先日は面倒な紹介状を用意させられて大変だったんですよ。それに命の危険を冒してまでテブラン公爵を探らなくてはなりませんのでね」

「まあ、それは大変ですね。ですが、今回は簡単なお願いをほんの少ししたいのです。ですからそれほどお邪魔はいたしませんわ。――今は」

「それは怖いな」

そう言いながらもヘンリーは楽しそうに笑いながら、席を移った。

アリエスはそつなくお茶を淹れると、自分の分も用意してヘンリーの向かいに腰を下ろす。

二人ともしばらく無言でお茶を楽しみ、やがてカップを置いたヘンリーがようやく口を開いた。

「それで、お願いとは何でしょう?」

「今から四年前の公式記録――王宮への訪問者や催しの記録簿を一年間分見せていただきたいの」

「私は法務官であって、書記官ではありませんよ」

「ええ、知っているわ。とても実直で融通が利かない法務官なんですってね?」

「おっしゃる通りですので、お断りします」

「そういえば、あなたの同僚――あの横領事件の査問会にいた方たちは色々と秘密を抱えているようよ。ガスパル長官はとても厳しい方だそうだから、そんな秘密を知られれば何らかの処罰を受けるのではないかしら。減俸や場合によっては免職とか? そうなると、あなたはさらにお忙しくなるのではなくて?」

「私の秘密ではないのですか?」

「外国にお友達が多いのは素敵なことだと思うわ」

「ちなみに、これは恐喝というのですよ?」

「あら、秘密というのは漏れるものです。とても慎重に隠しておかないとね」

アリエスが淡々と述べると、ヘンリーは大きくため息を吐いた。

そして自分で二杯目をカップに注ぐ。

「おっしゃってくださったら、私がお注ぎしましたのに」

「もうあなたにはできるだけ借りを作りたくないんですよ」

「お茶をお淹れするのは 私(メイド) の仕事ですわ」

「笑わないメイドほど怖いものはないと知ったんですよ。それで、いつお持ちすればいいんですか?」

「資料室に運んでくださればありがたいですね。ちょうど入って二列目の書架の中央、三段目に置けるスペースがありますから」

「わかりました。遅くても明後日には並べておきますよ」

「ありがとうございます」

アリエスは座ったまま深く頭をさげたが、それでもその顔に笑みはない。

それから茶器を片づけてヘンリーの執務室を出る直前、振り返った。

「ああ、そうそう。もう一つお願いがありました」

「ほんの少しではなかったのですか?」

「もうすぐ法務局に新人が入るそうですが、その教育係をお願いしたいのです」

「それはあなたが決めることではありませんが?」

「ええ。ですから、どうぞ立候補してください。とても優秀な新人だと思いますから」

「私が彼に教えられることはほとんどありませんよ」

「正反対のお二人なんですから、お互い学べることがあると思いますわ。それでは、失礼いたします」

そう言って、アリエスは茶器を持っているにもかかわらず音もなく出ていった。

ヘンリーは扉が閉まるまでその姿を見つめ、深く深くため息を吐いたのだった。