軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

37.帳簿

「ロレンゾ……お前は今なんと言った?」

「ですから、あなたの罪を――この横領事件の主犯であることを証言します」

「ロレンゾ、貴様――!」

カスペル侯爵は憤怒の表情でロレンゾに殴りかかった。

しかし、騎士であるロレンゾが負けるわけがない。

殴りかかってきた腕を掴んでひねり上げ、痛みに呻く侯爵を椅子へと戻らせた。

「座って話をお聴きください、侯爵」

息子として証言すると言っていたロレンゾの態度はかなり他人行儀だった。

だが、以前からこの二人の間に親子の情というものは感じられない。

「お前に何がわかるというのだ! 侯爵家のことも考えず、騎士などになりおって! 政務官としてやっていくのがどれほど大変かわかりもせずに!」

「……確かに、私には政務官の大変さはわかりません。ですが己の地位を高めるために賄賂などで支持を得ることが間違っていることはわかります。しかもそのために部下を唆して横領させ、さらにはその事実で強請るなど、破落戸と何も変わりないではないですか」

「な、何を馬鹿なことを……。これ以上侮辱するなら息子といえども許さぬぞ!」

悲しげなロレンゾに対し、カスペル侯爵は怒りに満ちていた。

侯爵は立ち上がって今にも殴りかかりそうではあったが、先ほどの経験から動けないでいるようだ。

両脇で拳を握りしめ、唾を飛ばしながら怒鳴る。

「賄賂とは言わないかもしれません。あなたは娘を――アリーチェを陛下と再婚させるために金品を配りはしたが、結局は実を結ぶことはなかったのですから。問題は無駄に配ったその金の出所です」

「たとえ金を配ったとして、それがなぜ横領をした金だと思う? 我が家にどれほどの金があるかわかっているのか!?」

「はい。管財人に確認しましたから、把握しております。この数年の資産の動きと、祖父が亡くなってからの遺産に関しても」

「何だと!?」

ロレンゾの言葉に財務官たちはどこか安堵したように見えた。

自分たちの罪が消えるわけではないが、唆され脅されていたことを知っている者がいるだけでも安心したのだろう。

だがロイヤだけは会話の行方を不安そうに聞いている。

「遺産についてはここでお話しすることではないので省きましょう。問題は贈賄に使われた金です。我が家の資産について過去五年の記録の写しを管財人から提出させたものがそこにあります」

ロレンゾは法務官たちが用意した証拠――賃金台帳などを並べた机を目線で示した。

その帳簿を取り上げようとしてか、侯爵が机に向かおうとして衛兵たちに阻まれる。

「そこをどけ! 私を誰だと思っている!」

怒鳴りつけられても衛兵は当然引かない。

その中にガイウスの姿を認め、アリエスは首を傾げた。

「あら、不思議。なぜここに使用人棟担当の衛兵がいるのかしら」

「人手不足だからだろ」

「では、あなたも動いてはどうかしら」

「ここではまだかな……」

アリエスが疑問をわざとらしく口にすると、ジークがしれっと答えた。

呑気な会話を交わす二人とは違って、室内には張りつめた空気が漂っている。

ロレンゾは再び侯爵を椅子へ強引に戻してから続けた。

「帳簿については後ほどご覧いただければおわかりになるでしょうが、ひとまず口頭で述べさせていただくと、贈賄に必要な大きな金額は動いておりません。当然ですよね。祖父が存命のときにそのようなことができるはずがないのですから。だからこそ、横領という手を使うことにしたのでしょう。祖父が引退したのが四年ほど前。そのときになってあなたは今までのように祖父の名の下に権力を振りかざすことができないと気付かれた。そこで、今度は祖父の名ではなく金の力で味方を増やし、権力を得ようとしたのですよね?」

「お前はどこまで父親を馬鹿にするつもりだ? 確かに私はお前の祖父ほどの才覚はなかったかもしれない。だからといって、なぜ権力を得るために金を配る? そのように私が汚れた男だと思うのか? 私は第七代カスペル侯爵だぞ?」

冷静に話すロレンゾを見ていて侯爵も落ち着きを取り戻したのか、答える声には威厳があった。

先ほどまで楽しげに告発していたヘンリーも他の法務官たちも二人の話を黙って聞いている。

「先ほども申しましたように、あなたの罪の証拠は入手しております。贈賄の記録とそのための資金に侯爵家の資産が使われていないことを証明する帳簿です」

「……贈賄の記録だと?」

「はい。侯爵は几帳面にもいつ何時、誰に幾ら渡したかの記録を付けておられたようですね? しかも賄賂を贈った相手からのさらなる金品を要求する手紙やお礼の手紙をしっかり取っておられたのは、侯爵自身も証拠を残されるためでしょう?」

「貴様……金庫を開けたのか!?」

ロレンゾの言葉に侯爵はみるみる顔色を悪くしていった。

思い当たることがあるのだろう。

やがて侯爵が震える声で問い詰めると、ロレンゾはかすかな同情らしきものを滲ませて答えた。

「……祖父が亡くなってから暗証番号を変更されなかったのは失敗でしたね」

「まさか父上はお前にも番号を教えていたのか?」

ショックを受けた様子の侯爵に、ロレンゾは悲しげに微笑んだ。

すると、ジークが小声でアリエスに問いかける。

「まさかあんたが金庫を開けたんじゃないだろうな?」

「暗証番号だけというのは、金庫としては不十分よね。少なくとも二重に鍵をかけるものでないと」

「どうやって番号がわかったんだ?」

「何のこと? ああ、でもそういえば前侯爵は恋に落ちたって、あなたは言っていたわね」

「どう関係があるんだ?」

「恋なんて錯覚に溺れる人は判断力も鈍っているものよ。相手の誕生日なんてただの記録でしかないのに、特別な数字に思えるらしいわ」

「詳しいな」

「本で読んだの」

「誕生日か……気をつけないとな」

「……建国記念日なんて誰もが知っている数字はもってのほかよ」

「マジか……」

アリエスとジークがこそこそと話している間も、ロレンゾと侯爵のやり取りは続いていた。

侯爵は贈賄の記録など偽造されたもので、ロレンゾと管財人が二人で自分を嵌めようとしていると主張している。

「なあ、嫡子とはいえ当主でもないロレンゾに、なぜ侯爵家の管財人は帳簿の写しを用意したと思う?」

「さあ? 弱みでも握られたんじゃないかしら?」

「そりゃ、災難だったな」

以前の実直なロレンゾなら、誰かの弱みを握ったとしても利用しようとは思わなかっただろう。

ジークは同情の言葉を口にしながらも楽しげに笑って、目の前のロレンゾに注意を戻した。

「筆跡を見ていただければ、わかると思いますが?」

「そのようなもの、偽造できる者がいると聞いたことがあるぞ! 何の証拠にもならん!」

「それでは、できることなら出したくはなかったのですが、もう一点証拠の品があります」

「はっ! 何だ、それは?」

「……あなたの日記です」

言いにくそうに告げたロレンゾの言葉に、はっと侯爵は息を呑んだ。

あまりに個人的なものすぎてなのか、よほどまずいことを書いていたのか、侯爵は言葉を失っている。

だが何度か瞬きをすると恐ろしい形相に変わり、なぜかアリエスを睨みつけ指さした。

「お前か! お前がロレンゾにいらぬことを吹き込んだのだな!」

ほんの少し前とよく似た状況に、皆の注目が再びアリエスに集まった。

アリエスは首を傾げ「あらあら」と呟き、今度はその声も皆に聞こえたらしかった。