軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

32.責任転嫁

「このような書類をどうやって手に入れられたのですか?」

「別に大したことはしておりませんわ」

賃金横領の証拠を見せながら、アリエスは淡々と答えた。

ヘンリーはじっとアリエスを見つめていたが、別の点から攻めることにしたようだ。

「カスペル騎士と親しくされているのはこのためなのでしょうか?」

「彼とはちょっとした秘密を共有しているだけです。ですが、そのことについてはあなた方に関係はありませんので、ご安心を」

「そうはおっしゃいましても、カスペル侯爵家はこの国でもかなり重要な地位を占めていらっしゃる。前侯爵は陛下にとられましても恩師のような方だとおっしゃっておりましたからね」

「ですが、彼の方はもうお亡くなりになりました。亡くなった方を偲ぶお気持ちは大切ですが、だからといってそのお気持ちに囚われるあまり目の前の現実が見えないような方ではいらっしゃらないでしょう? ですから、私はあなたを信頼してこの書類を預けようとしているのです。ただ、それとカスペル騎士とは無関係ですから。もちろん、侯爵家の人間として責任があると言うのなら、彼も潔く罰を受ける覚悟ではいるようですよ」

「さすが高潔な方ですね」

「ええ、そうですね。――それでは、よろしくお願いいたします」

「はい、お任せください」

アリエスは表情を変えずに頷くと、立ち上がった。

ヘンリーも礼儀正しく立ち上がると、先だって扉まで進む。

しかし、扉を開ける前に振り向いてアリエスをまたじっと見つめた。

「まだ何かございましたか?」

「――学生の頃、ルドルフがよく話してくれたんですよ。ご自慢の姉君のことを」

「まあ、それは怖いわ。何を言われていたのかしら」

「アリエス姉さんはとても優しく賢くて、誰よりも素敵な女性なんだ、と。私には姉がいなかったので、とても羨ましかったですね」

「今では厄介者の姉ですわ」

「……ポルドロフ王国で何が……ハリストフに何をされたのですか?」

「いいえ、何も。大したことは何もありませんでしたわ。ああ、でも……きちんとお給金が戻ってくるのなら、ポルドロフ王国であった面白いことをお話しする気にはなるかもしれませんね」

「――では、横領犯をしっかり捕らえるためにも、ご協力をお願いすることになりますが、よろしいですか?」

「……わかりました」

改めて問われ、アリエスがしぶしぶ答えると、ヘンリーはにっこり笑って扉を開けてくれた。

アリエスは廊下を進みながら顔をしかめた。

どうも最近のアリエスの周囲には癖のある男性ばかり集まっている気がする。

面白いことは大好きだが、これ以上あの男性たちとかかわっていたら面倒なことばかりしなければならなくなるだろう。

(この件が終わったら、しばらくおとなしくしていようかしらね……)

そう考えたアリエスだったが、すでに手遅れだったことを後に思い知らされた。

翌日、法務局の者たちによる財務局の立ち入り監査が急きょ行われ、多くの使途不明金や多額の横領が発覚したのだ。

それについてはアリエスの筋書き通りだった。

法務官たちはまるで下見をしていたかのように不正が行われている部門の台帳の棚にまっすぐ向かい、次々と証拠を見つけていったらしい。

しかも財務局に保管されていた賃金台帳の数字と各職場長に渡される台帳とに差異が認められ、使用人たちの賃金が長年にわたって少しずつ横領されていたことがわかり、皆の怒りに火をつけた。

財務局の者たちは取り調べが行われるなか、使用人たちからは暴言や石など投げつけられるようになったのだ。

しかし責任者であるカスペル侯爵は体調不良を理由に屋敷に籠っている。

皆は卑怯者だの臆病者だと侯爵を誹り、その怒りは息子に向けられたが、毅然とした態度のロレンゾを前にすると何も言えなくなってしまうようだった。

そしてアリエスの誤算は早い段階から流れ出した噂である。

その噂とは今回の横領を発見したのはクローヤル女史だというもの。

明細の額面を見ておかしいことに気付き、知り合いの法務官に相談し、そこからさまざまな横領が発覚したというのだ。

「やっぱりアリエス様はさすがですわ。皆もアリエス様に感謝しておりますもの。私、鼻が高いです!」

「わ、私も――私までも皆に感謝されるんですよ! 私はアリエス様に感謝してもしきれないというのに、皆の感謝まで背負ってしまいます!」

「フロリス、それってアリエス様に苦情を言っているみたいよ?」

「ええ! 違います! そうではないんです!」

「わかっているわ、フロリス。ユッタもフロリスをイジメないで」

「は~い。すみません。でもずるいです。私だって、アリエス様の専属メイドになりたいのに……」

「あら、そうよね。専属でもないのに、いつもユッタに頼み事ばかりしてごめんなさいね」

「ち、違います! それは嬉しいです! 光栄です! メイド仲間のみんなも、アリエス様のことを優先していいって言ってくれてるので、どんどんご命令してください!」

「……ありがとう、ユッタ」

湯浴みをフロリスとユッタに手伝ってもらいながらの他愛ないおしゃべりだが、ここのところはいつもこの話になる。

またアリエスが女官服で歩けば、あちらこちらから感謝の言葉をかけられるのだ。――メイド姿のときには相変わらず気付かれないが。

フロリスはアリエスの専属メイドとして感謝されることもあるようだが、〝アリエス〟として感謝されることも多いのだろう。

湯浴みを終え、衣服を着てから廊下に出たアリエスはそこで女官長と鉢合わせしてしまった。

こんな時間に女官長が三階にいるなど珍しいが、侍女頭に用事があったようだ。

背後に侍女頭の姿を認めて、アリエスは賃金台帳の控えのことかなと考えた。

「クローヤル女史、あなたのように卑しい女官は今まで見たことも聞いたこともないわ!」

「卑しい? 何のことでしょう?」

「わざわざお給金の明細を確認することよ!」

「はい? では、女官長はご確認されないのですか?」

「当たり前です! 国王陛下から名誉ある職を与えていただき、そのうえお給金まで頂けるのですよ? それなのに、頂いたお給金の内容を疑うなんて、卑しい人間にしかできないわ!」

「それでは、女官長は今までのお給金も含めて返上なさってはどうですか? 名誉ある職を頂けるだけで十分なのでしょう?」

「なっ――!?」

「ですが私は今もこの先も生きていくうえでお金がとても大切ですから、働いた分は対価としてお金を頂くつもりです」

そこまで働いていないけど。――と心の中でだけ付け加える。

周囲にはまた人々が集まり、その中からアリエスの言葉に拍手が起こった。

女官長もこんな人目のあるところで始めなければよかったのだろうが、アリエスを見て言わずにはいられなかったのだろう。

だが始まったからには、アリエスも引くつもりはない。

せっかくおとなしくしていようと思っていたのに、ヘンリーに名前を利用されたせいで今まで以上に注目されている。

それならいっそ暴れてやろうとアリエスは決めた。

「それで、女官長はどう責任を取ってくださるのですか?」

「何ですって?」

「お給金のことです。今まで私たちは―――私はまだ半年ほどですが、女性使用人たちの明細を管理確認されていたのは女官長でしょう? そこから侍女頭さんやメイド長さんに明細を渡され、お二人が確認署名したうえで各自に配られていたのですよね? その明細を持って私たちは財務局にお給金を受け取りに行っておりました。私は事前に幾ら頂けるか聞いておりましたから間違いに気付きましたが、皆さんはどうなのでしょう? 幾ら頂けるか知らなければ間違いに気付きようもないですよね?」

アリエスの訴えに皆が大きく頷いている。

侍女頭は青ざめた表情で女官長を伺い、その女官長もさすがに言葉を返せないようだった。

「そ、それは……」

「ですが、先ほどの女官長のお言葉でよくわかりました。女官長はお金に頓着なさっていないのですね? ですから皆がどれほどお金を大切に思っているかご存じなかったのでしょう」

「そんなことは……」

「そのためか、女官のお給金は他の方たちよりもかなり多く着服されているようです。ですから私も気付いたのです。誤差の範囲からかけ離れておりましたから。しかも今回のことでわかったらしいのですが、女官の何人もがお給金をもう何か月も受け取っていないそうです。財務局の受領帳簿に署名がないそうで……。その方たちはお金を必要とされていないのかもしれませんね。それならいいのですけどねえ。それらのお金がきちんと保管されているのかは、まだ調査中だそうですから」

唖然とした様子の女官長を見るのは楽しかった。

しかし、さすがというか女官長はすぐに表情を引き締め、アリエスを睨みつける。

「お給金に関しては全てロイヤに任せていたのよ!」

「責任転嫁ですか? たとえそれが事実であっても、責任者は女官長です。国王陛下から与えていただいた名誉ある職を、どうぞ責任を持って全うしてくださいませ。それでは、髪を乾かしたいので、これで失礼いたします」

屈辱と怒りに震える女官長を残し、アリエスはその場を去って部屋へと入った。

続いてフロリスが入ってきたが、ユッタはいない。

きっとあの場に残ってまた噂を楽しんでいるのだろう。

そのことに関して何の不都合もないので、アリエスは椅子に腰を下ろしてフロリスに髪を任せた。