軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

27.期待

「ああ、いたいた! クローヤル女史!」

アリエスがジークと庭師の小屋の裏手で別れてから三日後。

仕事を終えたアリエスが執務棟の一階に下りたところで、衛兵長のガイウスに声をかけられた。

面倒だなという気持ちを隠さず、アリエスは大きくため息を吐いてから振り返った。

「……ガイウスさん。どうかされましたか?」

「それがまた事件なんですよ」

「そうですか。大変ですね」

「いやいやいや、ちょっと待ってください!」

アリエスが淡々と答えて踵を返すと、慌ててガイウスは呼び止めた。

今度はあからさまに不機嫌を顔に表し、アリエスは腕を組んだ。

「何でしょう?」

「今度は調理場の裏手で料理人の一人が死んだんですよ!」

「……それが何か?」

「ですからクローヤル女史に解決していただきたくて、呼びに来たんです」

「ナイフか何かで刺されていたんですか?」

「いや、後頭部から血を流して死んでいたんです。裏庭にあるハーブを採りにいって、なかなか帰ってこないからと捜しに出た同僚が発見したんですよ」

「……事故ですね。それでは、ごきげんよう」

殺人というものはそうそう起こるはずがない。

実際に起こったとしても、よほど周到に計画していなければ犯人はわかるはずなのだ。

前回の二件も計画的ではあったが杜撰で、そのためアリエスにもわかっただけである。

今日は死体を見る気分でもないので、アリエスは早々に答えて引き上げようとした。

だがそれをガイウスは許さない。

「どうしてそんなに簡単に答えられるんですか! 少しは興味を持ってくださいよ!」

「私はただの女官です。前回はたまたまであって、もうあのようなことはありませんから」

ガイウスは予想外にしつこい。

アリエスは自分が関係ないことを思い出させたが、ガイウスには通じなかった。

それどころか、アリエスはガイウスという人物を見誤っていたことに気付かされた。

「現場もご覧になっていないのに、そのように事故と断定されるのは怪しいですね? ちょっと同行願いましょうか」

「怪しいですって?」

「ええ、今日一日何をなさっていたのか、それを証明してくれる人物を教えていただきたいので、少しお時間をいただきたいのです」

「……わかったわ。現場に行きましょう」

一日資料室に籠もっていたのだから、証明などしてくれる人はいるはずがない。

正確には資料室にいたわけではないが、それをわざわざガイウスに教えるはずもなかった。

そして、アリエスが資料室にいなかったことを証明できる人物はいるが、それでは何の解決にもならないのだ。

逆に墓穴を掘るだけである。

「いやあ、助かります。今までなら事故で片づけたんですがね、皆がそれでは納得しないんですよ。困ったものですね~」

「そうですか。皆さん、刺激を求めているのかもしれませんね。それが悪い方へ進まないためにも、使用人たちに何か息抜きのための娯楽を提供できるよう、陛下に上申されてはどうですか?」

「また無茶をおっしゃる。娯楽が欲しいなどと言おうものなら、即刻クビですよ。最悪、本当に縛り首になってしまうかもしれない」

「そのように恐ろしい方でしょうか?」

「クローヤル女史は噂をご存じないんですか?」

にこにこと人が好さそうな笑みを浮かべるガイウスを、アリエスは目を細めて見た。

今まで興味の対象になかったガイウスだが、なかなか面白い。

この王宮で働きだして半年余り、まだまだ知らないことはたくさんあり、ガイウスについてもまた新しくわかったことだった。

「もちろん知っています。噂話は大好きなんですもの。その真相を知ることも、出所を知ることもわくわくしません?」

「私は苦手ですね。噂と嘘とよくわからなくなってしまいますから」

急ぐことなく歩いて現場に向かいながら、アリエスとガイウスは会話を続けた。

ガイウスは困ったようにぎこちなく笑っている。

「……ガイウスさんはジークをご存じですか?」

「――もちろんですよ。仕事仲間ですからね。そういえばクローヤル女史は彼とよく一緒にいるようですが、親しいのですか?」

「いえ、ただの知人です」

「おやおや。ジークは振られてしまいましたね」

「ガイウスさんはジークの気持ちを勝手に人に伝えられるほどに親しいのですか?」

「これは一本取られてしまったようだ。あ、あそこですよ」

男女が一緒にいるとすぐに恋愛関係に結び付けようとすることにほんの少しイラついて、アリエスが嫌みで返せばあっさり逃げられてしまった。

ガイウスが指さす方向を見れば人だかりができている。

その中の一人がアリエスに気付いて「クローヤル女史だ!」と声を上げると、皆もわっと沸いた。

「ほらね、私どもでは納得しないんですよ」

「それはご迷惑をおかけしました」

アリエスが心にもないことを口にすると、ガイウスがくくっと笑う。

そんなガイウスをちらりと見てから、アリエスは正面を見据えた。

「犬は飼い主に似るって本当ね」

小さく呟いて、アリエスは人々が開けてくれた場所を通って前に出た。

ガイウスはアリエスの声が聞こえただろうが何も言わない。

アリエスも気にもとめず、横たわったままの料理人の死体を見てから周囲を見回した。

太陽は沈み、残照だけではこのあたりはすでに暗い。

何人かはランプを持っており、その明かりがチラチラと光を反射している。

集まった人々の中には料理人を知っている者も多いのか「いいやつだったのにな」「なんでこんなことに……」などと悼んでいた。

アリエスは遺体の傍らに膝をつくと、後頭部に触れ少しだけよいしょと持ち上げた。

誰かが「ひっ」と声を漏らしたが、気にすることなくべたついた髪をかき分けて出血箇所を見つける。

それからそっと元に戻し、立ち上がった。

「あら、ありがとう」

ガイウスが気を利かせてハンカチを貸してくれる。

本当はさっさとこの場を離れて手を洗いたかったが、今はこれで我慢することにした。

アリエスが集まった人々を見回すと、皆が期待に満ちた表情をしていた。

これから起こることにわくわくしているようだ。

「事故でしょうね」

「だよなあ」

アリエスが断言すると、ガイウスが同意した。

きっとそのように皆に告げたのに納得しなかったのだろう。

実際、集まった人々は物足りないようだ。

「ここは夕方になると建物の陰で暗くなるようですから、ハーブを摘んだあとで足元が見えず、そちらに転がっている空き瓶を踏んで転んだのでしょう。そしてハーブを守ろうとして手を使わず、運悪く後頭部を縁石で打ったようですね」

アリエスは遺体の近くに転がっている空き瓶――ランプの明かりを受けてチラチラと光る空き瓶を指さし、遺体の胸元に散っているハーブを示して説明した。

「じゃあ、本当に事故なのか?」

「この方は誰かに恨みを買うような方でもなかったのでしょう? お気の毒ですが、運が悪かったとしか言えませんね。事故再発防止のために何か対策を講じるべきでしょう。それでは、失礼いたします」

誰かの問いかけに答えてアリエスがその場を離れると、皆も現状を思い出したのか慌てて動き始めた。

まだ仕事中の者もいるのだろう。

ガイウスは部下の衛兵に指示を出すと、アリエスを走って追いかけた。