軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

15.野次馬

翌朝。

アリエスは賃金の書かれた今までの明細を持って、女官長の部屋へと向かっていた。

女官長の仕事中に邪魔をしては何を言われるかわからないので、朝食中に乗り込むことにしたのだ。

当然、女官長の朝食の時間は調べ済みである。

(まあ、朝食の時間を邪魔したって怒るでしょうけど、仕事中じゃないのなら罪はないもの。女官長の怒りだけで)

女官長に公に罰則を与える機会は作りたくない。

他の女官のように上手く女官長に取り入ればいいのだろうが、それはアリエスにとって面倒だった。

普通はこのように正面から戦うほうが面倒である。

しかし、アリエスにとってはちょっとした娯楽でもあった。

アリエスが女官長の部屋へ向かって歩いていると、下方から悲鳴が聞こえた。

使用人棟の通路は硝子窓ではなく、ただ明かり取り用に開いているだけなので、外の声がよく聞こえる。

アリエスが少し背伸びして小さな窓から覗くと、一階の洗濯物を干す場所にはすでに人だかりができていた。

「し、死んでるぞ!」

「おい! 誰か衛兵を呼んでこい!」

当然の如く興味を引かれたアリエスはよく見えるように別の窓へと移動した。

そこから一階を見下ろして「まあ、あれは……」と呟き、すぐに踵を返して階段を駆け下りる。

「よお、そんなに急いでどこに行くんだ?」

「洗濯物干しの場所で人が死んでいるらしいの」

「ああ、メイド長らしいな」

「やっぱり?」

遠目ではあったが、あの体つきと服装からそうだと思ったのだ。

予想が当たったアリエスの返答をジークは訝しげに思ったらしい。

ジークの目つきが厳しいものに変わる。

「ずいぶん嬉しそうだな?」

「そうかしら? でも彼女が亡くなったのなら喜んでいるメイドは多いと思うわ」

「確か、虐めがひどかったらしいな。お前も虐められたのか?」

「いいえ、面識はないわ。メイドとしてはね」

「なら、何しに行くんだ?」

「気にしないで。ただの野次馬よ」

本当にそうなのだ。

アリエスは退屈な結婚生活の中で、本から得る知識と噂話を糧に生きてきた。

ジークはアリエスの真意を量るようにじっと見ていたが、やがて諦めたようだ。

「俺も行くよ」

「また仕事をサボるの?」

「人が死んでいるんだぞ? 仕事だろ」

「それもそうね」

前回は被害者が貴族であり、近衛騎士のイヤオルだったので大事件になったが、今回は言ってしまえばたかが使用人だ。

だからジークは先ほどまでは無関心だったようだが、アリエスと会った今は興味を持ったらしい。

正確にはアリエスがこれから何かするかもしれないという興味を。

再び階段を下り始めたアリエスは二階までくると、廊下へと足を向けた。

「おい、どこへ行くんだ?」

「メイド長の部屋よ」

「そういや、そこから落ちたっぽいもんなあ」

一緒に下りていたジークがぶつぶつ言いながらついてくる。

アリエスは黙ったまま使用人棟の二階では一番いい部屋の前で足を止めた。

扉に鍵はかかっておらず、部屋に入っても誰もいない。

「不用心だな」

「犯人は鍵を持っていなかったのかしらね」

「犯人って、事故じゃないのか?」

「さあ、それはどうかしら」

メイド長の部屋はアリエスの部屋より上等だった。

テーブルには栓の空いたワインボトルがあり、木製のカップが二つ。

椅子は二脚あったが、そのうちの一脚は倒れている。

しかもテーブルが置かれた床にはかなり古びてはいたが、絨毯が敷かれていたのだ。

窓もまた開け放たれたままで、風でカーテンが揺れていた。

「カーテンがあるわ」

「そりゃ、あるだろ。窓なんだから」

「……」

アリエスの部屋には小さなガラス窓はあってもカーテンはない。

そのうち端切れでも手に入れてカーテンらしきものを作ろうとは思っているが、それでも庶民にとっては贅沢だと思えるだろう。

アリエスはくんくんと鼻を鳴らしながら、絨毯をじっと見つめ、窓辺に近づいて階下を覗いた。

多くの人が集まっているが、みんなメイド長に目を向けるばかりで、アリエスには気付かない。

「……何かわかったか?」

「メイド長が死んでいるみたいね」

「それは最初からわかってるよ。他に何かわかったことがないか訊いてるんだよ」

「これから半年前と同じことが繰り広げられそうよ。あのときとは違って、ずいぶん醜いものになるでしょうけど」

足早にその場を離れたアリエスは、それでも部屋を出ると扉を閉めた。

その行動にジークは眉を上げたが何も言わずに後を追う。

アリエスが急ぎ一階に下りて人だかりができている場所に駆け寄ると、中心から男のダミ声が聞こえてきた。

「ドロタ! ドロタ、嘘だろ!? 目を開けてくれ、ドロタ! 俺を置いていくんじゃねえ……」

どうやら元夫のヤコテがドロタにすがりついて泣いているらしい。

アリエスは隣に立ったジークにこっそり耳打ちした。

「ねえ? 醜いでしょう?」

背の高いジークは人垣の後ろからでも見えたらしい。

アリエスの言葉に顔をしかめたものの、答えることはなかった。

確かに半年前と同じような光景ではある。

しかし、あのときは美青年のイヤオルが胸から血を流して倒れ、若く可愛いユッタがすがりついて泣いていたのだ。

それに比べると、でっぷり太った中年のドロタは目を剥いたまま倒れ、すがりついているのは無精ヒゲが生え、髪の毛も服もぼさぼさのヤコテで、心揺さぶられることはない。

それでも醜いと表現するにはジークは憚られた。

「あいつだ……あのガキがドロタを突き落としたんだ!」

ヤコテの訴えに周囲の者たちが息を呑んだ。

それからひそひそと囁き始めたが、その内容は皆「フロリスだ」といったもの。

「おい! フロリスという娘を連れて来い!」

怒鳴りつけるように声を上げたのは、その場にいた衛兵の中で一番身分の高い者――兵長のようだ。

確か半年前の事件のときにもその場にいた記憶がある。

兵長の命令に応じて、衛兵の二人が走り去っていく。

「あなたは行かなくていいの?」

「俺は今、休憩中なんだよ」

「そう」

アリエスは疑わしげな視線を向けたが、それ以上は何も言わなかった。

そしてもっと近づけないかと、入り込めそうな隙間を探し始めた。