軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

新興の商会

「エリー様、今月の収支報告書です」

「ありがとう」

私はミレイから受け取った書類にサッと目を通す。

トレートル商会を立ち上げてから3ヶ月、売上は順調だった。

「選定した顧客からは設定した注文枠一杯まで予約が入っております。

また、噂を聞いた方からも購入を希望する声が出ています」

「順調ね。新規の顧客には身辺を調べて問題がなければ少数だけ販売するわ」

私はミレイに指示を出し、更にもう一枚の書類を取り出してサインを入れる。

「それとコレをお願いね」

「畏まりました」

その書類は商会の利益からの神殿の孤児院を始めとした福祉施設への寄付を行う指示書だ。

私は商会の利益から毎月、少なくない額を寄付している。

おかげで司祭様やシスターとも随分と仲良くなった物だ。

「さてミレイ、そろそろ行きましょうか」

「はい、エリー様」

最近、私達は偶に夕食を外に食べに行く事がある。

石鹸作りが忙しく、用意する暇が無いと言うのも有るが、雑多な人々が集う食堂と言うのは偶に面白い話を聞けたりもするのだ。

それに貴族育ちの私としては下町の食堂の雰囲気も珍しく結構気に入っていた。

「あら、いらっしゃい。エリーちゃん、ミレイちゃん」

「こんばんは」

「こんばんは、お世話になります」

私達は最近行きつけの食堂である火蜥蜴亭のおかみさんに挨拶して、ほぼ指定席に成りつつ有る席に腰を落ち着けた。

「日替わりを2人分、それとワインの水割りも2つお願いします」

「相変わらずあんた達はちゃんとしてるねぇ。ほら野郎共も少しは見習いな。

偶には『お願いします』や『ありがとうございます』とか言ってみたらどうだい?」

「え〜酷いなぁ、おかみさん。俺達は十分礼儀正しい紳士だぜ」

「あんたらが紳士ならアタシはご令嬢だよ!」

「「「はっはっは」」」

おかみさんは常連の冒険者らしき中年達に声を掛けながら注文の品を運んで来てくれた。

今日も賑やかな店だ。

今日の日替わりは腸詰肉とマッシュポテト、パンにボイル野菜とスープだ。

コレだけのボリュームが有りながらワインの水割りと合わせても銅貨2枚と鉄貨3枚。

格安である。

「競合している商会の方はどうなの?」

私はジューシーな腸詰肉をパリッと頬張りながら商会での話の続きをミレイに振った。

「今の所、動きは有りません」

「そう、引き続き警戒だけはしておいてね。

今の私達にとってあの石鹸は生命線だから」

そこで私は少し声を落とす。

「特に製法の流出は命取りよ」

「心得ております。石鹸の製法は商会の金庫で厳重に保管しておりますのでご安心ください」

「そう。私達トレートル商会もそれなりに名が知れてきた頃だし、そろそろ大きく儲けるべきかしら?」

「そうですね。ルーカス様との契約の件も有りますし、あまり時間を掛けるべきでは無いかと……」

その後、私とミレイは商会の話や街の話、流行りの服や物語など、多くの事柄を話した。

貴族としての責務に取り憑かれていた頃の私では到底考えられない様な楽しい時間を過ごすのだった。

◆◇★◇◆

「クソッ!」

まだ中身の入ったワイングラスが壁に叩きつけられ粉々に砕ける。

中に入っていたワインも、砕けたワイングラスも購入には金貨を用意する必要がある程の逸品だ。

それらを投げつけてもまだ怒りが収まらない様子の男は、レブリック子爵領を拠点として化粧品の販売で頭角を表していたガザル商会の商会長、ガザル・ジャックマンであった。

ガザルはその脂肪が入って丸まった腕を乱雑に机に叩きつける。

3ヶ月ほど前から少しずつ売り上げが落ち始め、特に高級石鹸の販売数は以前の10分の1以下にまで落ち込んでいた。

勿論、手広くやっているガザル商会が石鹸一つで傾く訳もないのだが、それでも売上は目に見えて落ちており、何より新参の商会が自分達の顧客を掻っ攫って行った事がガザルの心中を余計に荒立てていた。

その上、トレートル商会が顧客を選んでいると言う事もガザルの怒りを煽っている。

トレートル商会は石鹸の生産数を理由に販売を断っているらしい。

だがトレートル商会が意図的に顧客を選んでいる事は、同じ商人であるガザルには容易に想像がついた。

トレートル商会が締め出した者達の多くが非常に面倒な客ばかりなのだ。

現にトレートル商会とは無関係であるガザル商会に対してトレートル商会製の石鹸を入手する様に命令して来たり、今まで喜んで使っていた石鹸に文句を言って来たりとやりたい放題だ。

文句ならトレートル商会に言えと言いたい所だが、トレートル商会の顧客にはこの子爵領の社交界でかなりの発言力を持つ男爵家の奥方を始めとした有力者が多い。

顧客が少ない分、付き合いが深い為、トレートル商会には直接的な手を出しにくい状態なのだ。

「クソッ!クソッ!あの小娘共が!」

ガザルが苛立ちを机にぶつけていると、ノックの音が鳴る。

「なんだ!」

「し、失礼します」

部屋に入ってきた男の顔を見てガザルは更に苛立たしげに舌打ちをする。

「なんだグランツ、また金の無心か?

大した仕事もせずによく顔を出せた物だな」

グランツはガザル商会で経理の仕事をしている男だが、先日から何かと金が要ると言い、給料の前借りをしたり、突然仕事を休んだりと面倒な男だ。

「それが……その……」

「なんだ!用があるならハッキリと言え!」

「は、はい……その、ガザル様のお耳に入れたい事が有りまして……」

グランツは媚びるようなヘラヘラとした笑いを張り付けてガザルに近づいて来た。

その態度に苛立ちながらガザルはグランツの話を聞く。

「じ、実は小耳に挟んだんですが……例のトレートル商会の石鹸の製法、商会があるボロ小屋の金庫にしまってあるって話でして……」

「なに?」

ガザルはグランツの言葉にピクリと反応する。

「お前、その話は何処で聞いたんだ」

「はい、昨日下町の食堂でトレートル商会の女共が話してたんです。

俺、たまたまあいつらの背後の席に座っていて、声を潜めていましたが確かに聞きました」

ガザルはグランツの言葉を吟味する。

つまり、その製法を手に入れればトレートル商会の石鹸と同等の物が作れる。

いや、今やトレートル商会は1つのブランドとして認知され始めている。

なら、トレートル商会の石鹸だと言って売った方が利益は大きい。

裏のルートで手に入れたと言えば、奴らが売っている数倍の値段にまで吊り上げる事も不可能ではない。

ガザルは机の引き出しから無造作に金貨を1枚取り出してグランツに放る。

「お前はこの件を忘れろ、良いな」

「は、はい」

グランツは床に落ちた金貨を拾いヘコヘコと頭を下げて部屋を出て行った。

ガザルはグランツが立ち去った後、盗みや金庫破りを得意とする非合法な仕事を請け負う配下を呼び出す為にベルを手に取るのだった。