軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

新設の商会

カビと埃の臭いが充満する古びた家屋の戸板を力任せに開く。

メキッ!

…………開こうとした。

「ボロボロですね、お嬢様」

「そうね。流石土地家屋付きで金貨2枚の格安物件だわ」

私は戸板だった物をポイッと投げ捨てる。

此処はレブリック子爵領の領都の端、ルーカス様の紹介で商業ギルドに登録した時に購入した廃墟だ。

日当たりは悪く、中心街や門からは離れており、井戸は枯れ葉で汚れて庭は雑草が我が物顔で伸び放題。

「とてもお嬢様に相応しい屋敷では有りません」

ミレイは隙間風が入る壁の亀裂を忌々しげに睨みながらボヤく。

「仕方ないわ。ルーカス様からお借りしている金貨はたった100枚。

無駄遣いは出来ないでしょ?

営業許可はルーカス様の口利きでなんとかなったけど、商会を立ち上げるには商館として登録する為の建物が必要だったんだから」

私はミレイに雑巾を手渡して自らは箒を手に取る。

「お、お嬢様、掃除なら私が……」

「良いのよ。今は人手が足りないんだから。

それと、その『お嬢様』も止めて頂戴」

「し、しかし……」

「私達は亡命して来たのよ。

力をつけるまでは目立つのは控えるべきよ。

そうね……エリー・レイスとでも名乗りましょうか。ミレイも私の事はエリーと呼んで頂戴」

「は、はい。で、では、エリー……様」

「ふむ、まぁ良いわ。

さぁ、掃除を始めるわよ。

此処が私達の新しい拠点、王国への反撃の砦になるのだから」

勇しく宣言してみたけれど、やる事はただの掃除だ。

埃を払い、草を刈り壁の隙間を埋める。

都合3日を掛けて廃墟をボロ屋と言い張れるくらいには綺麗に出来た。

そして表に新しい私の商会の名前『トレートル商会』と書かれた簡単な作りの看板を提げる。

これも直ぐに立派な看板に作り替えるつもりだ。

これで商会としての体裁は整った。

「それでエリー様、トレートル商会でも以前のように化粧品を中心に商売を始めるのですか?」

私は以前の商会で化粧品を中心として商売をしていた。

王宮に保管されていた古文書を、周囲には【 英知の魔導書(グリモア・ウィズドム) 】と説明していた神器【 傲慢の魔導書(グリモア・ルシフェル) 】によって解読して作り出した化粧品は、従来の物に比べて頭1つ抜けた効能だったのだ。

そのレシピはハルドリア王国で人気になった商品から未発表の物まで全て【 傲慢の魔導書(グリモア・ルシフェル) 】に記録されている。

だが、私は首を左右に振って見せる。

「確かに貴族女性をターゲットに化粧品を売るのは儲けが多いけど、それをするには今の私達には設備も人員も足りてないわ」

「では……」

「これを売るわ」

私はミレイにこの街の商会や有力者について情報を集めて貰っている間に作成しておいた商材をポケットから取り出してミレイに見せる。

「これは……石鹸ですか?」

「ええ」

「確かにこの国で使われている石鹸に比べれば格段に質は良いですが……」

「ふふ、勿論この石鹸はあくまでも足掛かりよ。いずれ帝国の財界を我がトレートル商会が牛耳るためのね。

その為に何人かの人に会わないといけないわ」

私はミレイが集めてくれた資料の山からある人物の情報が記された書類を手に取り、ミレイに差し出す。

「先ずはこの男に接触して頂戴」

◇◆☆◆◇

「きゃ!」

夕刻、お使いに出ていたのだけれど少し帰りが遅くなってしまったので、オレンジ色に染まる街中を小走りで屋敷へと向かっていたら角から歩いて来た人に出会い頭にぶつかってしまいました。

「す、すみません!」

ぶつかってしまった女性が尻餅をついてしまった私に手を差し伸べてくれた。

その女性は私より少し年上くらいの美人だった。

黒髪に切れ長の目が少し怖そうだが、柔和な微笑みがそれを打ち消している。

「怪我はないかしら?本当にごめんなさい。

商業ギルドを探していて、よそ見をしていました」

「わ、私こそごめんなさい」

私は立ち上がりスカートの埃を払った。

「え、えっと、商業ギルドですよね?

あそこに見える時計塔がある広場に行けばすぐに分かりますよ」

「ありがとうございます。この街に来たばかりで困っていたんです」

女性は笑顔でそう言った。

「あ、そうだ。コレ、お詫びとお礼に受け取ってください」

「え?」

女性は手にしていた籠から手の平で包める位の包みを手渡してくれた。

「コレは?」

「石鹸ですよ」

「石鹸ですか?」

「はい。私はトレートル商会のミレイと申します。

この石鹸は私共の商会で扱う事になる商品なんです。

私の故郷の特別な製法で作った自信作ですので、是非お試し下さい」

つまり宣伝を兼ねてって事ね。

ならありがたく貰っておこうかな?

「ありがとうございます」

「いえ、こちらこそ。

では、私はコレで。トレートル商会をよろしくお願いします」

茶目っ気を見せながら笑うミレイさんと別れた私は、お仕えしている男爵様のお屋敷に帰って来た。

男爵様はこの街の領主様であるレブリック子爵様の下で働いている法衣貴族様で、とてもお優しい方だ。

奥様も気さくな方で、私達の様なメイドにもよく話しかけてくれる。

この街の貴族の奥様方の中でも中心的な人物だ。

その奥様が今、目の前で仁王立ちしている。

「あ、あの、奥様……」

「もう1度聞くわ、メリア。その石鹸をくれた女性はトレートル商会と名乗ったのね?」

「は、はい」

夜、貰った石鹸を使って体を洗った後、奥様に石鹸について問い質されていた。

「今流通している石鹸よりも明らかに上質な物ね」

「は、はい。泡立ちも凄く良くて、それに香りも素敵です」

「そのトレートル商会のミレイと言う女性は最近この街に来たのね?」

「はい、商業ギルドの場所を探していましたから、他国から来て商会を立ち上げたばかりだと思います」

「そう。この石鹸は素晴らしいわ。

是非、そのトレートル商会に接触しなければならないわね」