作品タイトル不明
壊れた魂
【憤怒の魔導書】は私の神器【七つの魔導書】の一つだ。能力は世界改竄の記録。世界の理を書き換える能力。
通常、神器は習得すると自然とその能力を理解するものだ。しかし、この【憤怒の魔導書】の能力を完全に理解する事は出来なかった。そもそも世界を改竄するなど、人間の身に許される領分を超える行為だ。失われて行くアリスの命を繋ぎ止めるのに、どれ程の代償が必要か、私の全てを支払っても足りないかも知れない。それでも……。
私は最早重さを感じないアリスの体を抱き締めながらありったけの魔力を魔導書に込める。
視界がだんだんと曖昧になり、私の意識は真っ白に染まった。
どのくらいの時間そうしていたのだろう。気がつくと私は一人、一面真っ白な空間に立っていた。
「此処は……?」
『此処は人界と神界の境界です』
不意に聞こえた声に振り返ると神々しい光を纏った女性が立っていた。
「貴女は……」
彼女が何者なのかを尋ねようとしたが、途中で言葉を止めた。答えを聞くまでもなく理解したのだ。私はその場に跪き頭を垂れた。
『面を上げなさい。エリザベート』
「はい」
許しを得て顔を上げる。目の前の女性は明らかに人間では無い。人間の姿をしているが、その全身から発せられる神々しい気配は女性の正体を否応なく理解させられる。
女神
その存在を信じていなかった訳ではない。天界や魔界など、この世界とは違う世界が存在している事は知っているし、私自身も一応、女神様を信仰するイブリス教の信者だ。しかし、まさかこうして女神様本人と相対する事になるとは思っていなかった。
「女神様……一体どうなっているのでしょうか? 私は娘を助ける為に神器を使ったはず……」
『はい。その件で貴女を此処に招いたのです。取り敢えずお座りなさい』
女神様がそう言うのと同時に私の目にテーブルと椅子が現れ、次の瞬間には湯気を立てる紅茶と焼きたてのクッキーが並べられた皿がテーブルの上に置かれていた。ほんの少し警戒したが、この様な超常の力を持つ神を相手にその様な事は意味がないと理解して椅子に腰を下ろした。
そして私は気になっていた事を尋ねた。
「私は死んだのでしょうか?」
『いいえ、貴女がこの世界の理を改変しようとしていたので時間を止めてこの世界に招きました』
「それはつまり、女神様に置かれましては私が娘を助ける事を許容出来ないと言う事でしょうか?」
女神様の返答によっては私は到底勝ち目などない戦いを挑まなければいけなくなる。
『確かに不用意に世界の理を変える事は許されません。ですが一人の蘇生くらいでは世界が壊れる事はないでしょう」
「では!」
『しかし、貴女の力ではアリスの蘇生は叶わないでしょう』
「そんな⁉︎」
『これを見なさい』
女神様が手のひらを差し出すとその上に浮かぶ小さな光の球が有った。
『これはアリスの魂です』
「え⁉︎」
私は背筋が冷たくなった。アリスの魂はひび割れ、今にも消えそうなほど弱々しい光しか放っていなかった。
『普通なら人間の魂がこれ程傷つく事は有りません。しかし、アリスはその存在を精霊に変えられてしまった事で魂に大きな負担を受けていたのです。貴女の【憤怒の魔導書】と言う力は自身の魂の力を消費して世界を作り変える力。本来、人間に扱える力ではありませんが、貴女はイブのカケラを持つ者。故にその力が目覚めたのでしょう』
「イーグレットも言っていました。そのイブのカケラとは何なのでしょうか?」
『イブのカケラとは私の魂の破片。人の身から精霊に、そして古の神々のお導きにより天界へと招かれた私の魂からこぼれ落ちた力の一端です。力は輪廻の輪に宿り、適合する人間の魂と融合して巡っていました。貴女の魂にはその力が宿っているのです。それも多くのカケラの中でも特に大きなカケラです』
「女神様の力が私の中に……その力を使ってもアリスの蘇生は叶わないのでしょうか?」
『既に貴女の魂はソレが叶わない程に濁り傷ついているのです』
「わ、私の魂が……」
『ええ、一度その目で見た方が理解できでしょう』
女神様が手を向けると、私の胸の内からアリスの物よりも一回り大きな光の球が現れた。しかし、その球は欠けており、光は一部が黒く濁っていた。