軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

覚醒者

「こ、この様な場所に……誠に申し訳ありません、エリザベート様」

「フリード様の命令なのですから貴方が気に病む必要は有りませんわ。

それに国王陛下やお父様に連絡は行っているのでしょう。

国王陛下達がお帰りになればどうとでも出来ますわ」

私はひたすら恐縮する衛兵達を帰してジメジメとした地下牢のカビ臭い部屋の椅子に腰を下ろした。

「はぁ、よりにもよってフリード様に意見出来る様な重鎮が全て国を出ている時にこの様な…………いえ、だからこそ実行したのかしら?」

真偽はともかく、1度噂が立つとそれは傷となるのが貴族の世界。

私を排除するのなら確かにコレは好機と言えるかも知れない。

まぁ、流石にこの話を聞いたら国王陛下やお父様達も直ぐに帰って来てくれるでしょう。

エリザベートの首には魔封じの枷が付けられている。

コレはこの国で開発された罪人につけられる魔法を封じる特殊な枷で、魔力の高いエリザベートを拘束する為に王太子の命令でつけられた物だ。

「やれやれ」

その首輪をコツコツと叩きながらエリザベートは深いため息を吐き出したのだった。

◆◇★◇◆

「何だと!!!」

豪華な調度品で揃えられた1室、今回の会議でホストとなった国から王国にあてがわれている屋敷の一角だ。

「その話は真か!!」

「は、はい」

深々と頭を下げる伝令兵にギリリと奥歯を噛み締めて憤怒の形相を見せるのはハルドリア王国国王、ブラート・ハルドリアである。

ブラート王はかつて戦場で『雷神』と呼ばれ、恐れられた武人だった。

そんな男の怒気を受けて伝令兵はガチガチと歯を震わせていた。

国王の隣の席に腰を下ろす壮年の男が見かねて声を掛ける。

「落ち着いて下さい陛下」

「む、そうだな。お主に怒った所でせんなき事、許せ。

ここまでご苦労だった。下がって休め」

「はっ!」

伝令兵が退室した後、国王は改めて頭を抱えた。

「全くあの馬鹿は次から次へと問題を起こしおって……」

「フリード殿下にも困ったものですな」

壮年の男……ハルドリア王国の宰相を務めるジーク・レイストン公爵も苦虫を噛み潰した様な顔を浮かべる。

彼らが国際会議への出席の為に国を留守にしていた間に、なんと王太子が婚約者を投獄して勝手に男爵家の娘と婚約を宣言してしまったと連絡が来たのだ。

本来なら国王か宰相、どちらかが国に残る予定であったのだが、様々な事情が重なり国王代理を王太子に任じなければならない事態となっていたのである。

「まぁ、投獄されたと言ってもエリザベートですから」

「ふぅ、そうだな。お前の娘なら自力でなんとでも出来るだろう」

「ええ、あの子は優秀ですから」

「ああ、エリザベートに任せておけば問題無いだろう」

2人はエリザベートの心配などはする事なく、フリードの愚かな行いを愚痴りながらワインを傾けるのだった。

そんな2人が居る部屋のすぐ側に控えているメイドがいつの間にか姿を消した事に気付かぬまま。

そして、翌日以降もそのメイドの姿を見た者はいないが、何故かそれは誰の話題にもあがらなかった。

◇◆☆◆◇

エリザベートが地下牢に幽閉されてから1ヶ月程が経とうとしていた。

地下牢の粗末な机の上はエリザベートが持って来させた税の書類や国の運営に関わる資料、参考用の書籍で山積みとなっていた。

あの日から今まで、フリード殿下がここに来ることは有りませんでしたね。

しかし、国の重要書類がこんな所で処理されているのに心配になったりはしないのかしら?

エリザベートは手元の書類をヒラヒラさせながらフリードの無責任さに呆れていた。

「今までも決して優秀とは言い難いフリード殿下でしたが、まさか此処までとは……」

エリザベートが誰にともなく呟く声が意味の成さない音となって地下牢に小さく響くのだった。

「あら?」

数時間後、ふと首を傾げたエリザベートは辺りを見回して何か納得する様に頷いた後、こんな地下牢の囚人に相応しくない優雅な動きで立ち上がった。

「ちょっとよろしいかしら?」

「はい、如何なさいましたか?」

地下牢の見張り番の衛兵が恭しく傅き尋ねる。

彼としても私の様な者を閉じ込めるのは本意では無いのだろう。

しかし、王太子よりも上位の命令を出せる者がいない以上、従うしか無いのが臣下というものだ。

「ええ、ちょっとこっちに来て頂戴」

「は、はい?」

エリザベートの言葉通り、衛兵は牢のすぐ前までやって来る。

当然、何の警戒もない。

故に彼は反応する事も出来なかった。

パチン

牢の隙間から伸ばされた右手。

その指が音を鳴らすと同時に衛兵の目から意志の光が消え去り、トロンとした夢でも見ているかの様な表情へと変わる。

闇属性魔法の1つ【 催眠(ヒュプノシス) 】である。

しかし、この魔法は人並みの魔力が有れば簡単に抵抗出来る程度の弱い魔法だ。

では何故、衛兵はこんなにも簡単に魔法にかかってしまったのか。

それは彼があまりにも油断していたからに他ならない。

抵抗する様子もなく、寧ろ自分たち衛兵の立場を気遣う様な令嬢。

その上魔力を封じる枷をかけられている。

そして決定的なのはエリザベート・レイストンの魔力は水属性、それも氷に特化していると言うのは有名な話だからだ。

この衛兵も実際に騎士達に混じり訓練でエリザベートが氷の魔法を自在に操るのを目にしたことがあった。

魔法は適性を持つ属性魔法と無属性魔法しか扱えない。

なのでエリザベートから闇属性魔法をかけられるなど考えの端にすら無かったのである。

「貴方は座っていなさい。そして今ここで見た事は全て忘れるのよ」

「……はい……畏まりました」

衛兵はフラフラと歩き、椅子に腰を下ろすとボーっと虚空を見つめ始めた。

「さて、もう良いわよ」

私がそう声を掛けると、牢の前の空間が不自然に歪み、メイド服に身を包んだ私と同年代の女性が姿を現した。

「お手数お掛けしました、お嬢様」

「気にする事はないわ、ミレイ」

ミレイは私の腹心だ。

今回の件で国王陛下とお父様がどう動くのか確かめる為、伝令兵の後を追う様に出立していたはずだ。

「それで、どうなったのかしら?」

「それが…………」

「何ですって……」

ミレイの話を聞いて私は珍しく激怒していた。

彼らは王太子がこれ程の問題を起こした事を知りながら、全ての問題を私に丸投げしようとしているのだ。

思えば最近はそんな事が多い。

フリード殿下が問題を起こす度に呆れながら『エリザベート、始末を頼む』の一言で済ませていた。

お父様もそうだ。

国の面倒事が持ち上がる度に『エリザベートの意見を聞かせてくれ』と言って私の仕事を増やして行く。

苛立つ私を気遣う様にミレイが話を続ける。

「更に私が戻った後、市井を調査したのですが、お嬢様の名誉を落とす様な噂が広まっています」

「噂?」

「はい、『嫉妬に狂って男爵令嬢を暗殺しようとした』とか『王太子を差し置いて政に口を出し、国を乗っ取ろうとしている』などの根も葉もない話が出回っています」

「…………出所は?」

「手の者を使って調べた所、いくつかの商人と貴族に行き着きました。

いずれもあのクズ……失礼、王太子殿下との繋がりの有る者たちです」

「…………そう。どの程度広がっているの?」

「残念ながら最早完全に消し去るのは不可能でしょう。

無論、お嬢様と関わりの有る商人や貴族には鼻で笑い飛ばされる様な話ですが、民の中には信じている者も少なくない様です」

「そう」

「それと、お嬢様の商会の件なのですが……」

私は商会長として商会も経営している。

貧民救済の為に国王陛下に幾つかの政策を上申した際、予算の問題に躓いた事を切っ掛けに、私個人で動かせる資金を得る為に商会を立ち上げたのが12になって直ぐくらいの時分だ。

今では王国経済界の中でも上位に喰い込む程の規模となり、雇用の創出や慈善事業を通じて王国の貧富の差を狭める一助となっている。

ミレイが言う商会とはその事だろう。

「お嬢様は国家反逆を企てた罪人で有るとして王太子殿下は商会の強制捜査、また自分の息のかかった商人や貴族を幹部に据える様に圧力を掛けている様です」

「馬鹿な!私の商会は商会長こそ私だけれど、出資金を複数に分散させている共同出資商会よ!

たとえ私が罪人として裁かれたとしても商会は私を追放して終わりのはず。

そこに経営などにまで国が口を出す法的根拠なんて有るの?」

「いえ、法的根拠は有りません。

ですが王太子殿下は権力をチラつかせて強行しようとしている様です。

商会の幹部の方々は抵抗している様ですが、あまり良い状態では有りません」

ギリ

私の奥歯が音を立てる。

ミレイは表情に影を作り、怒りを押し殺した声色で少し躊躇いがちに私に問い掛けた。

「…………………僭越ながら……お嬢様は何故そこまで国に尽くされるのでしょうか?」

「…………何故って、私は貴族だから……」

「これ程の仕打ちを受けても……ですか?」

ミレイは悔しさに奥歯を噛み締めながら絞り出す様に私を諭す。

「お嬢様……私は……家が没落し、後は奴隷か物乞いか、と言う状況であった私を救って頂き、恐れ多くも腹心と呼んで下さるお嬢様を敬愛しております」

「…………ミレイ?」

「私は!!!」

「⁉︎」

突然叫んだミレイに驚いた私は慌てて地下牢全体に【 遮音(サイレント) 】の魔法を掛ける。

「お嬢様を蔑ろにしておきながら都合の良い時に便利な道具の様に扱き使う貴族共が憎い!

常に民草の為に身を粉にして働いて来たお嬢様を、下らない噂1つで裏切った民衆が憎い!

お嬢様に散々頼っておきながら!こんな状況を!心配すらしない国王が!公爵が!

…………そして何より!あのクズが許せない!!!」

ミレイの慟哭が地下牢の冷え切った空気を震わせる。

普段、寡黙で影の様に寄り添ってくれる従者の感情の爆発に呆気に取られていた私だったが、地下牢に反響する怒りの残滓が薄くなって行くにつれて、ミレイの言葉が染み込む様に胸の中へと吸い込まれ、私の中に封じ込められ、自身ですら気付いていなかったマグマの様に煮えたぎる感情の存在を自覚させた。

「…………………そう……よね」

ミレイの怒りに共鳴する様に湧き上がった感情は、手足が痺れる様な震えと、頭の先がチリチリする様な熱を持って私の全身に広がって行った。

さっきまでの怒りなど、ただの感情の細波に過ぎなかったと自覚する。

「…………何で……何で私はっ!!」

私の拳が地下牢の石壁に叩き付けられ、轟音と共に大きな亀裂を作る。

それによって半ば暴走気味の魔力が漏れ出している事に気が付いた私は深呼吸を繰り返して溢れ返る魔力を鎮める。

「ふぅ〜。……………ありがとうミレイ。

私、目が覚めたわ」

「お嬢様……」

「国を出ましょう」

「…………国を出て……どうされるのですか?」

私は口角を上げて心からの笑みを浮かべる。

自覚したばかりの怒りを静かに精錬しながらミレイに告げる。

世界に宣言する様に。

自らに誓う様に。

言葉を紡ぐ。

「報復よ」