軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

走れエイミー

ソリット社のインタビューの翌日。エイミーは久々に新聞へ載った自分の記事にわくわくしながらも、珍しく早起きをしてソリット社の朝刊を二百Gで買った。

鼻歌を歌いながらも新聞の見出しを見てPT三人が映っていることを確認し、文字に目を通す。エイミーの目はどんどんと据わっていく。

エイミーは激怒した。かのソリット社の暴虐を許してはならんと、その足はいつの間にかソリット本社へと向かっていた。

「エ、エイミ~様~!? 一体なんですか~!」

「あんたがあの記事書いたんでしょ! 早く訂正しなさい!」

ソリット本社は三階建ての大きい建物だ。一階の警備の者をそこらで拾った二つの木棒で瞬く間に気絶させたエイミーは、二階で記事を新たに書いているミルルの胸ぐらを掴んで揺らしていた。周りの社員は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

「……あぁ、あの幸運者にまた脅されているのですね~。大丈夫です~。私がエイミー様をお助けします!」

「はあぁぁぁ!? なにそれ! 誰が言ったのそんなこと!」

「エイミー様はそう言うしかないのですよね! ですが私が真実を公表しましたのでもう安心ですよ~! これであの幸運者はもうエイミー様に手出し出来ませんからね~!」

自分の目で見たエイミーと努の 歪(いびつ) な関係。探索者への聞き込み調査でも手応えを感じ、何か裏があると確信していたミルル。そして記事内容に難色を示す編集長を色仕掛けで無理やり頷かせた。

編集長の谷間を見つめる下卑た視線も、あのエイミーを悪の手から助け出すためなら怖くなかった。悪の手からエイミーを救い出す高揚感に支配されているミルルは、正義は自分にありと言わんばかりの顔をしていた。エイミーはその顔を見て話にならないと思ったのか彼女を投げ捨て、ソリット本社の階段を駆け上がった。

「下が騒がしいと思ったけど、元凶が貴方とはね」

三階に上がると黒が主体の制服を着た警備団の者が三人、エイミーを待ち構えていた。その中でもエイミーの顔見知りだった警備団所属の女性は一歩前に出た。

迷宮都市を治めている貴族に治安維持を一任されている警備団は、入団試験の最低条件にダンジョン三十階層攻略を付している。探索者が犯罪に走ることもあることを想定されているので、警備団の隊長ともなると四十、五十階層を更新している者が多数だ。

それにモンスターと戦う探索者とは違い、警備団は対人戦のプロだ。迷宮都市最高階層を更新中の紅魔団が万が一犯罪に走ろうが、警備団は余裕を持って紅魔団を鎮圧出来る実力を持っている。

「もう本部へ応援要請をしてあるわ。大人しく投降なさい」

「ソリット社の最高責任者を問い詰めさせてくれたら、投降してあげてもいいけど?」

「出来るわけないでしょう。貴方、穏やかな空気を放っていないもの」

「交渉決裂ね。ブースト」

エイミーは彼女の言葉を聞くや否や木棒を両手に持ち突撃。スキルで AGI(敏捷性) を上げたエイミーを三人は警棒を構えながら迎え撃つ。

その警棒は希少な雷の魔石が埋め込まれた魔道具で、常人が電流を流されれば身動きが取れなくなる。振られる警棒をしなやかな動きで避け、警棒を持つ手首をエイミーは素早く木棒で打つ。呻く警備団の男。

左右から挟むように迫る警棒。エイミーは木棒を投げて牽制しつつ、身を伏せて避ける。その体勢のまま鞭のような足払いを放ち女性を転倒させる。

「ダブルアタック」

小声で呟かれたスキル名と共に素手の二連撃。両耳を手の平で挟むよう叩かれ男性はふらつく。キーンとした耳を押さえる男性。後ろに回り込んだエイミーが首に手刀を落とし、男性の意識は沈んだ。

続いて彼女は落とした警棒を拾おうとする男性の顎を押すように蹴り飛ばす。壁に頭をぶつけた男性は 昏倒(こんとう) した。残るは警備団の女性のみ。

「なんで……」

街中でなにかと騒ぎを起こすエイミーを彼女は何度も捕まえ、留置所送りにしてきた。実際に素手のエイミーと戦闘を行ったこともある。彼女自身もエイミーと同じ四十階層攻略者であり、それに対人戦闘訓練も受けている。エイミーに遅れを取るはずがない。その余裕が今は崩れていた。

気怠そうに女性の方を向いたエイミーは男性二人が落とした警棒を腰に引っ掛ける。そしてつまらなそうにアーモンド型の目を細めた。

「あれが本気なわけないでしょ。訓練なんだから」

「く、訓練?」

「あ、ごめん。今の忘れて」

エイミーは素手で女性に迫る。振られる警棒を軽快な足取りで避け、その腕を絡め取るように押さえる。そのまま女性の背中に周り腕を後ろに回させて動けなくさせる。そのまま地面に倒しこむ。

「はなせっ!」

「はいはい」

後ろに回した腕を膝で押さえつけてエイミーは女性の首に腕を回す。的確に頚動脈を締めて女性を気絶させたエイミーは、木棒を拾いつつ奥に進もうとした。

「子猫ちゃ~ん?」

「……げっ」

エイミーがその猫なで声に振り向くと、二メートルを優に超えるオークのような男がいた。その鍛えられた肉体は黒い制服の上からでもわかるほど盛り上がっている。

「朝のランニング中にソリット社から救難信号が来たから何かと思ったら、エイミ~ちゃんじゃな~い! 相変わらず可愛いわねー! 今度洋服見に行きましょ!」

「さいっあく」

エイミーは腰の双剣を引き抜きその筋肉の塊のような男に容赦なく斬り掛かる。顔面を狙った攻撃を防いだ腕の制服を鉄の刃は切り裂いたが、身体に突き刺さることはなかった。

「あんっ!」

喘ぐような大男の声にエイミーはドン引きしながらも手は止めない。乱舞の名に恥じることのない剣捌きで大男の制服は剥がれていく。しかしまるで砂袋を斬っているような感覚しか彼女の手には伝わってこない。

なんで、よりにもよってこの男が。エイミーは慌てずに装備を整えてくるべきだったと舌打ちした。 肉体鎧(マッスルボディ) のユニークスキルを持つ警備団を仕切る大男。彼は顎に手を当てて可愛らしく首を捻った。

「状況がよく飲み込めないけど、ソリット社に乗り込んでこんなことするなんて……流石に留置所じゃ済まないわよ?」

「知ってる」

「そう……貴方のそんな目。久々に見たわね」

腕に巻かれている魔道具を起動して本部に応援を要請した大男は、力を込めるように両拳を握った。

「ならかかって来なさい。全て受け止めてあげる」

ふん! とポージングを取りながら顔面に振るわれる斬撃を受け止める男。全力の攻撃で薄皮しか斬れていないことに歯噛みしたエイミーは、腰にある警備団の者が使用していた警棒を男の腕に叩きつける。そして透明の魔石を落とすスイッチを入れる。警棒から流れる電流。

「あぁ~。朝のトレーニングで火照った筋肉に、染みるわ~!」

身を捩らせて恍惚な表情を浮かべる大男からエイミーは距離を離す。最善の装備でもこの男を倒すことは出来ない。それなのに装備はそこそこの双剣に防具無し。応援を呼ばれ時間をかけるほど不利。絶望的な状況だった。

今から逃走することも考えたエイミー。窓から飛び降りて全力で逃げれば逃げられる可能性はある。どうするか。集中するように閉じた 双眸(そうぼう) を開き、すうっと開く。

エイミーが選んだのは戦闘だった。時間もかけられない。狙うは目。視界を奪えば勝機はある。

しかし大男もそれを分かっているのか顔面だけは必ず守っている。腕、足で双剣を防がれる。

「ブースト。ダブルアタック。岩割刃」

スキルを次々と繋げて大男に斬りかかるも、やはり刃は通らない。ならば関節技でも決めたいところだが、体術での接近戦は大男に分がある。しばらくお互い有効打がないまま時は過ぎていく。

エイミーは息が荒れ始めたが大男はまだまだ元気だ。いくら攻撃しようがまるで攻撃が通らない大男。それでもエイミーは酸欠になり始めた身体を動かす。

「武器がまともだったら、もう少し楽しめたと思うのだけれどね!」

楽しげに言いながら動きの鈍ってきたエイミーを捕まえようとする右手。その右手へエイミーは蛇のように絡みつき、その勢いのまま地面に引き倒す。しかし足首を掴まれそうになりすぐに飛び引く。

起き上がる大男。エイミーは駆け寄りながら警棒を顔面へ投げつける。それを払った大男に続いて左手に持つ双剣の一本を投げ放つ。

鉄製の剣をまるでおもちゃのナイフのように手で払う大男。だがその間に近づいたエイミーはその大男の股の間を蹴り上げた。男の一番の急所を狙う金的だ。

「ああああああぁぁぁぁぁんんんん!!」

野太い声を上げた大男の目を狙おうとしたエイミーは、しかし自分の右足が動かないことに気づく。大男の両足が引き絞られ、エイミーの右足が万力のように挟まれている。

「ふふーん。つ、か、ま、え、た! 狙いが露骨すぎよ? エイミーちゃん?」

金的を予測していたのか大男はまるで意に介していない様子で、エイミーの頭を捕まえようと両手を振りかざす。しかしエイミーは上体を大きく反らしてそれを避け、その腕を左手で後ろへ引っ張りながら挟まれている右足を上げる。大男はエイミーの後ろへ投げ出される。

しかしエイミーの右足を挟んでいた大男の両足は緩まることなく、エイミーも一緒に投げ出される。エイミーは空中を彷徨いながらも右手にある双剣を男の目に放つ。

その剣は大男の目を捉えた。しかしエイミーの右足を挟んでいる両足はがっしりと離さない。大男と一緒に床へ落ちたエイミーはすぐにその足を外しにかかる。

「ブラインド」

その時。その二人に黒い気体がぶつかった。続いて黄色。紫と状態異常を引き起こす魔法スキルは続く。エイミーの視界は暗闇に包まれて声が出なくなる。身体は痺れて息苦しさが彼女を襲った。

大男に応援を要請された本部隊。ソリット社からの応援要請に加え、警備団のトップである男からの要請も受けて本部の大部分がここに集結していた。

状態異常にかかっているエイミーをすぐに縄で拘束した本部の警備団。大男に白魔道士がメディックを重ねがけすると、彼はガバっと身を起こした。

「あらら、助けられちゃったわね。ありがとね~! でも私ごとやるの止めてよね!」

「緊急要請があるから急いで来てみれば……乱舞のエイミーじゃないですか。他は?」

「さぁ~? 多分いないと思うけどねぇ?」

「……恐らく記事の件で来たのでしょう。ということは幸運者と、ガルムも侵入している可能性もあります」

「あら~! ガルムちゃんまで来てるの~!」

人体の弱点である目に短剣が刺さった大男は、それを引き抜いて白魔道士の者にヒールをかけて貰っている。そして大男は話している眼鏡の男の言葉に歓喜していた。

「現在捜索させています。幸運者は確か白魔道士。実力は不明。それにガルムとは厄介ですね」

「最近はろくな仕事なかったし、引き締まっていいじゃな~い!」

「白魔道士とガルムが行動を共にしていたら厄介です。この建物の全域は捜査させましたが、ガルムならこちらの戦力も把握しているはず。もしかしたら抜けられているかもしれません。人海戦術でこの建物を引き続き調べます」

その言葉と共にエイミーの意識は途切れた。そして身体をはね上げて意識を取り戻す頃には留置所に収容されていた。

そしてエイミーは意外にも三日ほどですぐ解放された。だがソリット社はエイミーの行動を努に脅されて起こした行動と曲解し、彼女自身は無実だという論調でそれを記事にした。警備団の者からも死者はおらず、怪我を負ったのはあの大男だけ。その男からも刺された目でウインクされて特にお咎めもなかった。

しかし幸の薄そうな顔をしている温厚な副ギルド長には大目玉で説教を受けた。その迂闊な行動はギルド職員の権威を下げ、更に努の評価をまた落とすこととなっている。警備団の者もソリット社の記事を本気にし始めた者も出てくる始末だ。

長い説教を意外にも大人しく聞いていたエイミーは、努に謝ろうとふらふらと出ていこうとする。副ギルド長はそれを止めた。

「彼に謝りにでも行くつもりですか?」

「だって、謝らなきゃ!」

「ツトム君に謝る貴方をまたソリット社は記事にしますよ。そして彼の評価はまた落ちる」

「…………」

扉に手をかけていたエイミーは黙り込む。副ギルド長は厳格な表情を崩さない。

「その謝罪は自己満足ですよ。本当に申し訳ないと思っているのなら、貴方はこの騒動が収まるまでツトム君と接触しないことです。いいですね?」

「……はい」

「……貴方の気持ちは私が彼に伝えておきます。だからその涙を拭いて、堂々とここを出て行きなさい。それが彼のためにもなります」

「うわぁぁぁぁん!!」

ふと厳格な表情を崩してそう告げた副ギルド長がエイミーにタオルを渡す。ギルド長室で泣き喚くエイミーにギルド長室を守っている番人は珍しげに目を見合わせた。そして憑き物が取れたかのようにギルド長室を出てきたエイミーは、その後ある出来事が起きるまでは基本的にギルドの宿舎から出ることはなかった。