軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

積もる信頼

――そんな、文化的な交流に思いを馳せる日もありました。

「ア゛ー!! ティナする、ティナするだったー!! ア゛ア゛ア゛ア゛ーー!!!」

大声を上げて泣くアルベルティナの前では、玩具を持ったエルンストが困りきっている。

「すまなかったアルベルティナ。さあ、ここに置くから自分で片付けるといい」

「ちがう〜!! ちがうティナがああ〜!! ア゛ア゛ー!!」

何が違うと言うのだろうか。しかし、諭そうにも一度ああなるともう手が付けられない。私はさっと膝をつき、アルベルティナを抱きしめた。

「そうね、自分でしたかったのね」

「ア゛ア゛ア゛ー!! ティナがあああ〜!!」

ちなみに抱きしめたからといって特に効果はない。アルベルティナは仰け反って暴れ、怒り続けている。アッ痛い力強くなった分成長を感じられて花丸ッ!

泣き続けるアルベルティナに対し、私はひたすら共感し、同意することに徹している。エルンストが床にそっと玩具を置いた。

少し前から始まったアルベルティナの癇癪は、どこでどう発動するか分からない不可解なものだ。先日なんてあまりに泣いているので何事かと使用人に問えば、『おやつのプリンを食べたら無くなった』という理由で二時間も泣き続けていた。理不尽すぎる。自分で食べたのに。

「……奥様、お支度のお時間でございます」

「後は私どもが」

ヨランダたちが控えめに声を上げる。差し出された手にアルベルティナを預け、私は眉尻を下げた。

「こんな状態だけれど、お願いね」

「お任せくださいませ」

使用人の腕の中でもアルベルティナは反り返って泣き続けている。今日は『ばいばい』がない。さみしい。エルンストと顔を見合わせ、揃ってため息をひとつ。夕食のため、アルベルティナの部屋を後にした。

§

どこか沈鬱な空気の漂う夕食を終える。エルンストがいつにも増して黙りがちなのだ。お茶を飲み干し、空のカップをソーサーに置く。エルンストがためらいがちに顔を上げた。

「私の応接間で少し話せないだろうか」

「ええ、もちろん構いませんよ」

話したいのは最近のアルベルティナについてだろう。私は笑顔で快諾し、エルンストの後についていった。

「……先日登城した際に、三人のお子を持つ方と話す機会があった」

向かい合ってソファーに腰をかけるなり、エルンストが話し始める。……『登城』『三人のお子』『方』――なるほど、王太子殿下だ。せっかく伏せてくれたのに気づいてしまった。いや、明言せずにいてくださるのだ。あいまいにしておこう。私は笑顔で頷き、先を促す。

「その方が言うには、アルベルティナくらいの年で癇癪を起こすのが当たり前なのだそうだ。『うちも皆が通った』と。……自我が芽生え成長した証なのだと」

また頷けば、エルンストは真っ直ぐに、真剣なまなざしを私に向ける。

「私はあなたを尊敬する。あなたは理不尽な癇癪に苛立ちをかえすことなく、アルベルティナに付き合ってやっている。おおらかに許し、言い分を聞いてやっている。――私は」

私を労うために呼んでくれたのだろうか。そう思った瞬間、エルンストがかすかに瞳を揺らした。

「……私は、やはりアルベルティナの父親になれないのだろうか。成長した証だというのに、あんな幼い子に苛立ってしまう。今日など言い返すのを堪えて、私は……なんて、不甲斐ない……」

違う。エルンストは苦しい心の内を吐露し、懺悔したいのだ。でも――! 私は立ち上がり、エルンストに駆け寄る。隣に座り、膝の上で握り固められた拳にそっと手を重ねる。

「いいえ、いいえエルンスト。あなたは何も悪くないわ。だって、腹立たしく思うのは、あなたがアルベルティナに真剣に向き合っている証拠だもの」

途方に暮れた顔つきのエルンストを覗き込む。――エルンストの立場なら、疎ましく思えば人任せにしてしまえばいいだけのこと。誰もそれを咎めない。でもこの人は、どれだけアルベルティナに困っても、苛立ちを感じても、アルベルティナに関わることを諦めないでいてくれる。自分が、こうして深く傷ついても。

「腹が立って当然だと思うもの。私は確かにうんうんとアルベルティナの言い分を聞いているけれど、『どうにもならないわ』と半ばあきらめているだけなのよ。もう少し会話ができるようになったら言い聞かせられるかしら、なんて先送りにしているばっかりで、それでいいのかも、よく分からないの」

子供と向き合うのはなんて難しいのだろうと思う。叱るだけでも、甘やかすだけでもきっとだめで。正解なんてない難問の繰り返しで、日々向き合っていくしかなくて。

「私はあなたを尊敬します、エルンスト。あなたが傷つくのも、苛立つのも、私よりよっぽど今のアルベルティナに真剣に向き合おうとしている証だもの」

「……そうだろうか」

「ええ。……ねえ、私たち成り立ての親だけれど、きっと丁度いい両親になっていけると思うの。今そう思ったの。私たちだけじゃない。屋敷の皆も支えてくれるわ。だから自分を責めないで。ね? エルンスト」

私に足りないところは、あなたが真摯に考えてくれる。あなたが考えすぎたときは、私がきっと緩めてみせる。私たちきっと、補い合っていける。強張った拳から力が抜けた。そっと、手が重ねられる。

「あなたと共になら、……すごいな、大丈夫に思える」

「ええ、私たちなら」

和らいだ目元に愛しさが込み上げる。ああなんて真面目で、誠実で。心から信頼できる、私の旦那様。

「あなたは本当に、得難い人だ」

微笑みと共に落とされた言葉に、私は心からの笑みを返した。