軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

壬申の章 馬に牽かれて貴族学院参り

翌朝、公爵邸の食堂には、久しぶりに親子三人で食卓を囲むベアトリスたちの姿があった。

とは言え、その空気は和やかな家族団らんとは程遠い。

食べ物を口に運ぶ合間に訓戒を垂れ流すヴォルフガングと、それを傾聴するベアトリスとフェルディナンド、というのが公爵家お決まりの朝の食卓風景だった。

「久しぶりの学院だな、ベアトリス」

「はい、お父様」

「学友に会えるからといって浮ついた気持ちでいてはいかんぞ」

「わかりました、お父様」

「フェルディナンドもだ。ティヤンディたるもの、常に筆頭公爵家の誇りを保ち、威厳ある態度でいなくてはならん」

「承知しております、父上」

いつ終わるとも知れぬ訓戒に痺れを切らしたのか、ベアトリスの頭の中で源太が胴間声を上げて歌い出した。

(〽小言聞くときゃ頭をお下げ、下げりゃ意見が通り越すゥ〜……ってなァ)

「……ふふっ」

「!?………ベアトリス、何を笑っている?」

「申し訳ありませんお父様………久しぶりの家族揃っての食事が楽しくて、つい。

お父様はいつもお変わりなくて結構ですわ」

「あっ、ああ、そうか…………?」

ベアトリスは、横で目を丸くしているフェルディナンドに片目をつぶってみせると、

「仕度がありますので、先に失礼いたします」

と弟を促して席を立った。

煙に巻かれた形のヴォルフガングはひとり食堂に取り残される。

頭の何処かで「あの子の笑顔を見たのは何時ぶりだろう」などと考えながら。

※※※※※※※

公爵邸の馬車寄せには、ベアトリスを学院に送るべく二頭立ての馬車が待っていた。

なお、中等部は始業時間が違うので、フェルディナンドは一足先に別の馬車で出発している。

ベアトリスは、久しぶりに会った御者と馬たちに声をかけ、二頭の馬を代わる代わる撫でてやった。

「アレクサンドラ、ヒルデガルト、今日からまたよろしくね」

それを聞いていた源太が、物珍しげな声を出す。

(へえー。そいつがこのウマ公たちの名前かい?

顔も 長(なげ) ェが名前も 長(なげ) ェや。

それにしても、馬に人の乗る車を牽かせるたァ、コッチの連中も考えたなァ)

「エドには馬車がなかったの?」

(江戸じゃァ馬ってのは専らお侍ェが跨るもんでね。

畑で鋤を引っ張る馬はいても、人が乗る車を牽く馬ってのは見たことがねェなァ。

京の方じゃ、お公家さんが乗る車を牛が牽いてるらしいけどな。

ま、郷に入れば郷に従えってやつだ。おいらもコッチの流儀に慣れねェといけねえ……というわけだ、よろしく頼まァ、えーと)

「アレクサンドラとヒルデガルトよ」

(おう、アレ公にヒル公だな)

そこへヴォルフガング自慢の猟犬たちが走ってきて、ベアトリスに飛びついた。

(ヒャア!!)

ベアトリスの中で、源太が飛び上がる。

「大丈夫、この子たちは咬んだりしないわ。今日も元気ね、マイロ、ブルーノ」

ベアトリスは逃げ出しそうになる源太を宥めて、犬たちの頭を撫でてやった。

(でけえワン公どもだねおい………ヒエ〜、なんちゅう鋭い牙を生やしていらっしゃりやがるんでェ………)

「………ゲンチャン、もしかして犬が怖いの?」

源太が挙動不審になっている気配を感じて、ベアトリスが尋ねる。

(ばばば馬鹿言っちゃいけねえ。こちとら度胸が取り柄の火消し人足だぜ?

この源太様に怖いものなんてあるわけがねェや。

……そりゃ、ま、ガキの頃に追っかけ回されてお堀に落っこちてからこっち、犬だけはどうも苦手だけども……

………いや、怖かねェよ?怖かねェけどおめえ、おっかねえじゃねェか)

「………へぇ〜そうなのね。ふふふふふ……」

(何だよその言い方ァ。いいから早く馬車とやらに乗っちまおうぜ)

狼狽える源太にニヤニヤしながら、ベアトリスはそれでも素直に馬車に乗り込んだ。