軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

乙丑の章 異世界は 冥土の旅の 一里塚

江戸の町火消、 鳶(とび) の源太の魂はフラフラと虚空を彷徨っていた。

享年、数えで二十歳。

只中、死出の旅路の真っ最中である。

肉体は失われたが、魂には様々な想いが去来し、源太はどこともしれぬ靄の中を漂いながらも、あれこれ考え続けていた。

(チェッ……この源太様が、あれしきの火事でお陀仏たァ情けねえや。

あと一、二年もありゃァ「よ組」の 纏(まとい) を預かれるぐれェの火消しになってみせたのによ。

仲間たちは無事だったかなァ……

お 頭(かしら) は、おいらがおっ 死(ち) んで今頃泣いてるかな?

「源太の野郎、親も同然のこの俺を遺して逝っちまいやがって、なんてえこった。おうっ、酒持ってこい。これが呑まずにいられるかってんだ」……

いや、あのお頭のことだ、もしかしたら逆に怒ってるかも知れねえぞ?

「源太の奴め、ろくに恩も返さずとっとと死んじまうたァ、ふてえ野郎だ。おうっ、酒持ってこい。これが呑まずにいられるかってんだ」……

……………どっちにしても酒呑む口実にされてるところしか思い浮かばねえな…………)

源太の魂はフヨフヨと進む。

(しかしまあ、よりによって晦日の真ん前に死んじまうとはなァ。

これであっちこっちの店のツケは全部ご破算だい。

掛け取りの連中はさぞかし悔しがってるだろうなァ。

今頃おいらの墓前に借金取りが集まって、「うらめしやァ」なんて言ったりして………おっと、これじゃァ話があべこべだ)

眼下には、霞に紛れて見たこともない風景や街の姿がぼんやりと表れては消えていく。

(………それにしても遠いなァ。

西方浄土って言うくれえだから西の方にあるんだろうと、何となくの見当で西へ西へと進んでみちゃァいるが、何しろあの世に行くなんてのは初めてだから、どうも不案内でいけねえや。

やれやれ、こんなに遠いと知ってりゃ 草鞋(わらじ) と 脚絆(きゃはん) くれェ用意しておくんだったなァ。

………いけねえいけねえ、こちとらもう足なんざ無ェんだったィ………)

進むうちに周囲の空気が暖かくなり、源太の魂はどこかの街の上に差し掛かった。

どうやら下は春の夜らしく、微かに花の香が漂い、うっすらと音楽も聞こえてくる。

ありがてえ、もしやここいらが極楽ってやつかな?と源太が考えたとき、「キャアッ」と女の叫び声が聞こえ、霞がかかったようだった視界が不意にはっきりと開けた。

その源太の目に、大きな白亜の建物から転落する女の姿が飛び込んでくる。

「―――危ねえ!」

思うより速く、源太の魂は動いていた。

※※※※※※※

ベアトリスは意識を取り戻した。

自分はどうなったのだろう。

何だか腕が痛いが、取り敢えず無事ではあるようだ。

ベアトリスは、思うように回らない頭で直前の出来事を思い出そうとした。

確かあの時、光の玉に気を取られてバルコニーに身を乗り出し、何かに押されてそのまま外へ……

「え、えええええー!?」

ベアトリスは周囲を見回して仰天した。

3階のバルコニーから投げ出されたはずの彼女の身体は、何故かひとつ下の2階のバルコニーの下部に突きだした出っ張りに両手でぶら下がっている。

そして、驚愕している間にも彼女の細腕は、ベアトリスの意思に関係なくジリッジリッと横に進み、バルコニーの端へと彼女の身体を運んでいるではないか。

(おっ、姫さんお目覚めかい?

悪いがチョイと身体を借りてるぜ。

待ってておくんなよ、今お助け申し上げるから)

ベアトリスの頭の中で声がした。

「だッ、誰!?誰なのッ!?」

(おいら 鳶(とび) の源太ってんだ。

いやね、死んであの世に行く途中に姫さんが落っこちるのを見かけてさ。

「危ねえ」ッてんで夢中で飛び出したら、どういうわけか姫さんの身体の中に入っちまった。

おいらが姫さんに飛び込んだことで勢いがついたのか、うまい具合にここに掴まってぶら下がれたのはいいが、姫さんの腕を借りて露台によじ登るには、チョイと着物が重すぎてね。

仕方ねェから、このままアッチ端まで行って雨どい伝いに地べたへ降りてやろうと思ってよ)

「……この声、私の頭の中から聞こえてるの……??イヤァッ!私の中に何かいるッ!!それに、『死んであの世に行く途中』って……そ、それって、まさか、ゆ、ゆ、幽霊……!?」

(へへへ、御名答)

頭の中から聞こえる能天気な笑い声に、ベアトリスはパニックを起こした。

「キャアアアア〜!誰か、誰か助けてえ!悪霊が、悪霊が私の中にいいいいい〜!!!」

(うおおっ、ちょ、ちょ、ちょ、暴れちゃいけねえ。落ち着いてくんな。とにかく話は下に着いてから……って、あ)

もがいた拍子に、ベアトリスの手が出っ張りから離れる。

(うわあああ〜)

「イヤアアア〜」

二人で一人の公爵令嬢は、そのまま地上へと落っこちた。