軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

己卯の章 猫もご令嬢も木の上参り

ベアトリス……というより、源太に倣って皆で無糖の紅茶を味わってみると、成る程香りが繊細に感じられ、スッキリした飲み口が菓子の甘さを引き立てる気がした。

「美味しいですわね」

「ええ本当に」

頷き合う令嬢たちの横でベアトリスはこっそり源太に問いかける。

「………ゲンチャン、どう?」

(エエ、結構なお点前で………味も匂いも悪かァねェが、如何せんヌルいなァ………

まァ、「湯呑みの端っこしか持てねェほど熱い茶が一番」ってのは貧乏人の習い性みてェなもんだからね。

………何だかこうしていると番茶と羊羹が懐かしくなっちまうなァ)

「ヨウカン……?」

(アッチで茶と一緒によく食われてる菓子の名前さ。

豆を甘ァく煮て潰した奴を、海藻の汁で固めてあるンだ)

「……………………それは人間が食べても大丈夫な物なの?」

(失礼ェだねどうも)

ベアトリスが源太とコソコソ話していると、丁度友人との会話が途切れたオリヴィアが気づいて声をかけてきた。

「ベアトリス様、どうなさいました……?」

ベアトリスは慌てて顔を上げる。

「すみません。どなたかにこうしてお茶会に誘っていただくのは本当に久しぶりで……

こんなに楽しいものだったんですね。

皆様のお陰ですわ。ありがとうございます」

そう言って心から嬉しそうに微笑むベアトリスに、オリヴィアたちは思いがけず胸がキュンとなった。

※※※※※※※

外がにわかに騒がしくなり、犬の鳴き声や入り乱れる足音が聞こえたかと思うと、執事が急ぎ足でテーブルに近づいて来てオリヴィアに何か耳打ちした。

「……なんですって、レディ・オテモヤンが!?まあ、どうしましょう……」

「大丈夫ですか、オリヴィア様?」

「レディ・オテモヤンとは?」

慌てた様子のオリヴィアを、他の令嬢たちが気遣う。

「内輪のことでお恥ずかしいですわ。庭でちょっと問題が起きてしまって……………って、ベアトリス様は何故腕まくりを?」

「あっ、ごめんなさい。事件の気配を感じると、私の意思とは関係なくこうなってしまうんです。

それより、差し支えなければ何があったかおうかがいしてもよろしいですか?」

「ええ………レディ・オテモヤンというのは、うちで飼い始めたばかりの子猫のことなんです。

先日王太后殿下が可愛がっている猫が子どもを産んで、そのうちの一匹をわが侯爵家に下賜してくださいましたの。

とても大切にしているんですけれど、先程庭で遊ばせていたところへ、運悪く馬丁の飼っている犬が入ってきて………

レディ・オテモヤンが驚いて、高い木の上に登ったまま降りられなくなったそうなんです」

「まあ大変」

「園丁に何とかしてもらえませんの?」

「それが、あの子ったら梯子も届かないような高さで動けなくなってしまったらしくて………園丁では枝が折れてしまいそうで登れないとかで、執事が私を呼びに参りましたの。

………あの、大変申し訳ないんですけど、庭に行ってきても宜しいでしょうか。私が呼んだら降りてきてくれるかもしれないので………」

「もちろんですわ」

「良ければ私たちもご一緒させてください」

令嬢たちは立ち上がった。

※※※※※※※

「レディ・オテモヤン!降りていらっしゃい!そこは危なくてよ………」

数分後、令嬢たちはストコ・ド・コイ邸の庭園で心配そうに木を見上げていた。

木の上の方から、オリヴィアの声に応えて微かにミィミィと鳴く声が聞こえてくるが、梢の近くに見える小さな影が動く様子はない。

使用人たちも手に手に梯子や玉網を持って辺りをウロウロしているが、その高さと梢に向かうにつれ細くなる枝にどうにも手を出しかねていた。

なお悪いことに、レディ・オテモヤンの声に誘われるように、先程からチラホラカラスも集まり始めている。

「ああ、どうしましょう」

「可哀想に、あんなに鳴いて……」

オロオロする令嬢たちの後ろで、事態を測っていた源太がベアトリスに小さく声をかけてきた。

(どうする?姫さん)

ベアトリスはハッとなる。

「ゲンチャンなら………私の身体を使ってなんとかできそう?」

(多分な。だがこいつは姫さん次第だ。

この身体は姫さんのものなんだから、姫さんが竦んだらおいらも止まっちまう。

姫さんがあのニャン公を助けようって心から思い切らなきゃ、おいらは動けねェ)

「わかっ………たわ…………」

ベアトリスはギュッと目を閉じたが、それも一瞬だった。

すぐにキッと顔を上げ、小声だがハッキリと源太に伝える。

「………お願い、ゲンチャン、レディ・オテモヤンを助けて!………私も頑張るから………」

(その言葉を待ってたぜ。それにしても、おいらはよくよく猫助けに縁があるなァ)

源太はベアトリスの身体の主導権を握ると、そこらをウロウロしている園丁に声をかける。

「なァ、その肩から下げてる袋、ちょいと貸しちゃくれねェか?生憎この服には懐らしい懐がなくて、ニャン公を入れとく場所がねェんだよ」

火消し令嬢は驚いて棒立ちになる園丁に構わず彼の道具入れを取り上げ、中身を空けてそれを肩から斜めがけにした。

「ベアトリス様!?どうなさいましたの?一体何を………」

狼狽えるオリヴィアに、火消し令嬢は笑いかける。

「さァてお立ち会い。

これより天下御免の公爵令嬢が、あのニャン公を助けてご覧にいれやしょう。

首尾よく参りましたら拍手喝采おん願い申し上げらァ。

とは言えこっちはこのなりだ、おいらが木に登っている間、野郎どもはどうぞ後ろを向いててもらおうじゃねェか」

そう言うと、火消し令嬢は木に向き直り、レディ・オテモヤンをまっすく見上げた。

「姫さん、怖ェだろうが、おいらに任せておけば大丈夫だからな。

あと、何があっても目だけは開けておいてくれよ?

さあ―――行くぜ!」

火消し令嬢は木の幹に手をかけた。

※※※※※※※

後日、その場に居合わせた令嬢はその時の状況をこう語った。

「あの時の公爵令嬢は、まるでお猿さんのようでした!」

令嬢は、そのときの興奮と畏怖の念を思い出し、瞳を輝かせる。

「あの方は躊躇いも迷いもなくどんどん木の上へと登っていって、あっという間にレディ・オテモヤンを園丁のバッグに入れると、悠々と降りていらっしゃって……

梯子も使わずに一番下の枝からピョンと飛び降りりた勇ましさは、ご令嬢の一人が驚いて失神してしまう程でしたわ。

私、あのいつも冷静なオリヴィア様が、ベアトリス様からレディ・オテモヤンを手渡されて、思わず泣き出してしまった姿を生涯忘れることはないでしょう。

きっと、ストコ・ド・コイ家の皆様は、これからずっとベアトリス様に心からの感謝を捧げていくと思いますわ!」

令嬢は頬を上気させて話を結んだ。