作品タイトル不明
スケッチ解禁日と次の予定
帰りの馬車の中で。
コナー伯爵令息とは庭園の馬車留めで別れている。
「今日はお誘いくださってありがとうございました」
「いや。楽しんでもらえたかな?」
「はい! とても楽しかったです!」
鮮やかな個々の花々はもちろん、庭園も調和が取れていてとても美しかった。
いくら見ていても飽きることはなかった。
今度スケッチしに来たいくらいだ。
ただ人の多いこの時期にスケッチブックを広げるのも迷惑なこともわかっている。
「スケッチ解禁日というものがあの庭園にはあるから、クラウディア嬢もスケッチしに行ったらどうかな?」
「それなら是非スケッチしに行きたいです。それはいつのことでしょうか?」
アーネストが告げたのは伯母に会いに行く次の次の日だった。アーネストの休日の次の日だ。
その日なら今のところクラウディアに用事は入っていない。
それなら是非とも行きたい。
「大丈夫そうですから是非行ってみますね」
「わたくしはその日は用事があって一緒に行けないけれど、後で絵を見せてほしいわ」
「私もできれば見せてほしいな」
「わかりました。では描きましたら今度お屋敷にお邪魔する時に持っていきますね」
クラウディアが了承すれば二人は揃って笑顔になる。
「それで次の予定のことなんだけど、」
アーネストが心配そうに切り出す。
「次の休日は同僚と交換して一日前になったのだけど、クラウディア嬢の予定はどうだろうか?」
その日は予定があった。
アーネストの休日がずれるとは思っていなかったのでその日で了承してしまったのだ。
「申し訳ありません。その日には用事が入っておりまして」
「そうか。休日をずらしてしまったのはこちらなので気にしないでほしい」
「いえ、確認すればよかったですね」
暦通りだと思って確認を怠ったクラウディアに責任がある。
「それは私にも言えることだね」
アーネストに返されて言葉に詰まる。
「お互い様ということでいいじゃない」
ヴィヴィアンが間に入ってくれる。
「そうだね。次からはきちんと確認することで話を終わりにしようか」
「はい、そうしましょう」
お互いに退けばこの話は終わりだ。
「でも珍しーーくはなかったわね。クラウディアが誰かと会うのは。約束していることが珍しいけれど」
「伯母様から久しぶりに会いたいとお手紙をもらったのよ」
「伯母様というと、」
「クノス公爵夫人よ。私の刺繍のお師匠様でもあるのよ」
「あらそうなのね」
あら、ヴィヴィアンにも言っていなかったかしら?
「言っていなかったかしら?」
「クラウディアの刺繍の先生だと言うことは初めて聞いたわ。でも、それなら納得ね」
伯母であるクノス公爵夫人の刺繍の腕は広く知れ渡っている。
ヴィヴィアンがクラウディアの刺繍の腕を認めてくれていて嬉しい。
クラウディアはふふ、と 微笑(わら) って明かす。
「今は訪問着に刺繍をしているところなのよ。伯母様に見てもらおうと思って」
「緊張しないのね」
「公爵夫人といっても伯母様だもの」
「そちらではなくて、師に刺繍を見せるのって普通緊張しないかしら?」
クラウディアは目を 瞬(またた) かせた。
「えっ、そういうもの?」
「少なくともわたくしは緊張するわね」
「そうなのね」
クラウディアにはない意見だ。
「クラウディアが羨ましいわ」
クラウディアは軽く首を傾げる。
「そう?」
「ええ。だってわたくしだったらもう緊張してしまってそんなふうに楽しそうには話せないわ」
「きっと身内というのもあると思うわ」
「身内というより関係じゃないかしら? クノス公爵夫人とはいい関係を築いているのでしょう」
「そうね。幼い頃からお世話になったもの」
伯母はクラウディアの興味をうまく引いて刺繍を初め、女性の嗜みを色々と教えてくれた。
クラウディアが貴族の端くれとして何とかやれているのは伯母のお陰でもある。
「だからでしょうね」
ヴィヴィアンの言葉に頷いた。
だからこそ伯母に見せるのが楽しみなのだ。
帰ったら続きをしよう。
ああ、でも覚えている間に庭園の絵も描きたい。
考えただけでわくわくしてきた。
「何だか楽しそうね?」
「あ、帰ったら刺繍の続きをしようかしら、絵を描こうかしらって考えたら楽しくなってしまって」
「クラウディアらしいわね」
「本当だね」
ヴィヴィアンとアーネストが揃って慈愛のこもった目でクラウディアを見ている。
「絵を描くなら出来上がったら見せてほしいわ」
「私も」
「わかりました。ではスケッチ解禁日の絵とまとめてお持ちしますね」
「ええ、楽しみにしているわ」
「ありがとう」
だとしたら伯母の屋敷への訪問にはまだ余裕があるから、今日は帰ったら絵を描こう。
そう決めてクラウディアは軽く頷いて微笑んだ。