作品タイトル不明
兄と土産と雑談と
キティがクラウディアと兄の前にお茶の入ったティーカップを置いた。
クラウディアは早速手を伸ばして香りを 嗅(か) ぎ、一口飲んだ。
ラグリー領のお茶だ。
やはりほっとする。
兄も目の前で美味しそうにお茶を飲んでいる。
緩やかな空気だ。
このまままったりとお茶だけしていてもいいのでは? と思う。
だけどその前にせっかく兄がいるのだからお土産を渡してしまおう。
「先にお兄様にお土産を渡してしまいますね」
「ああ」
クラウディアが何か言う前にキティがすっと箱を差し出した。
「ありがとう、キティ」
さすがはクラウディアの優秀な専属侍女だ。
受け取った箱をクラウディアは兄に差し出した。
「お兄様へのお土産です」
「ありがとう」
受け取った兄は早速中身を見ている。
その表情がひきつっているように見える。
「お気に召しませんでしたか?」
「そもそも、これは、何だ?」
「文鎮だそうです。紙を押さえるものだと 伺(うかが) いました」
「何故それを俺に?」
クラウディアはきょとんとする。
「だってお兄様は文章を書く時に石を 重石(おもし) に使っておられるでしょう?」
「あれはお前が昔……いや何でもない。あれはあれで気に入っている。しかしだな」
あまり喜ばれずクラウディアはしゅんとなる。
見た時はこれしかないと思ったのだが、兄が気に入らないものをあげるのは不本意だ。
「お気に召しませんでしたか?」
「そのお品は唯一お嬢様が淑女を忘れて駆け寄ったものですわ」
そうキティが補足すると何故か兄の機嫌が上向いた。
「窓辺に置かれていて一目でお兄様へのお土産はこれしかないと思ったのですが、気に入らなかったのなら申し訳ありません。後日別のものを差し上げますのでそれはお返しくださいませ」
「いや、返さない」
「ですが、」
「俺はこれがいい」
先程までは気に入らなかったように見えたのだが、何故急に意見を変えたのだろう?
「お兄様がそれでよろしいのでしたら構いませんが」
「ありがとう、クラウディア。大切に使う」
「はい」
兄は箱に丁寧に入れ直すと、そっと傍らに置いた。
「それで今日はどう過ごしたんだ?」
お茶を飲みながら聞かれるがままに今日のことを話す。
隠すようなことは何もない。
話しているうちにふと昼間思ったことを兄に話す。
「お兄様、アーネスト様は大物ですね」
兄の眉根が少し寄る。
「あいつは確かに大した奴だが、急にどうした? 何かあったのか?」
クラウディアは今日行ったカフェ併設の菓子屋の名を告げる。
「ご存知ですか?」
「……知っているが、それがどうした?」
兄が警戒した様子を見せた。
別に買ってきてくれと言いたいわけではない。
「そもそも今日のお出掛けは、あそこのお店に行くことが目的でした。先日、モーガン邸にお邪魔していた時にアーネスト様がヴィヴィアンへのお土産にあそこで買ったお菓子を持ってきてくださって私もいただきました。それが美味しくてどこのものか訊いたのがきっかけでした」
兄は話の行き着く先がわかったのだろう、頭痛を 堪(こら) えているような顔だ。
「まさかあの可愛らしいお店にアーネスト様が一人で行かれてお菓子を買って帰られたとは思いもしませんでした。ヴィヴィアンも珍しく動揺を隠せないようでした」
「アーネストはそういう奴だ。侯爵家嫡男としての世間の目は気にしても、自分がその場にいて浮くかどうかは無頓着なんだ」
「そうなんですね」
意外な一面だ。
「言っとくが俺は買いに行かないぞ?」
「ええ、わかっています。あのお店にお兄様一人で行っていただくのはちょっと……」
さすがに申し訳なくなる。
あそこのお菓子が食べたければ自分で買いにいけばいい。
ラグリー領まで持ってくるのは大変だろうから領地に戻れば王都のお菓子は望まない。
ラグリー伯爵家領地本邸の料理人は腕もよくクラウディアたちのためにお菓子を焼いてくれるので問題ない。
領内の菓子屋のお菓子も美味しいので十分だ。
「わかっているならいい。セルジュならシルヴィアがねだれば 嬉々(きき) として買いに行くだろうが」
セルジュはシルヴィアの婚約者の名前だ。
「そうですね。あの方なら、大丈夫だと思います」
いつも柔和な笑みを浮かべ人懐っこい様子を見せる彼はとにかく場に溶け込むのがうまい。
彼なら違和感なくあの店で買い物ができるだろう。
「お土産にお菓子も買ってきました。お兄様も後でお召し上がりくださいね」
家族に出してくれるよう伝えてあるので出してくれるはずだ。
それとは別に屋敷のみんなで食べるようにと渡してあるので使用人全員に行き渡るはずだ。
「ああ、楽しみにしている」
またまったりとお茶を飲む。
そうしていてふと思い出す。
そういえばクラウディアは兄に聞きたいことがあったのだ。
「そういえばお兄様はよく行かれますか?」
レストランの名前を告げると兄はすぐに思い当たったようだ。
「たまに行くな」
それが何だという顔で先を促される。
「お兄様のお勧めの料理は何ですか?」
「アーネストの奴はそこに連れて行ったのか?」
「はい」
「美味かったか?」
「はい! とっても! ですのでお兄様のお勧めが知りたいのです」
「わかった。なら今度一緒に行くか?」
「シルヴィアも?」
「ああ、シルヴィアと三人で」
「是非!」
三人で出掛けるなんて久しぶりだ。
シルヴィアもあそこの料理は気に入るだろう。
「約束ですからね、お兄様。絶対ですからね」
「ああ」
嬉しくなってにこにこと 微笑(わら) う。
兄の口許も綻んだ。